tedukurikotoba (2563)

苦あれば楽あり、楽あれば苦あり

【漢字】苦あれば楽あり、楽あれば苦あり 【読み】くあればらくありらくあればくあり 【意味】苦しいつらい事があっても次は楽しい事がある。逆に楽しいことばかりでなく苦しい時もあるという意味。 【例文1】マイホームの35年ローンがやっと終わる!人生苦あれば楽あり、楽あれば苦ありですな。 【例文2】幼いうちの子育ては苦あれば楽あり、楽あれば苦ありでかけがえのない経験だった。 【例文3】苦あれば楽あり、楽あれば苦あり。生きていりゃ楽しい事もあるさ。 苦あれば楽あり、楽あれば苦ありとは人生苦しい時もあれば楽しい時もいつかはやってくると言われています。 私の半生は今でこそ子どもたちが職に就いて楽になりましたが、早くに結婚して周りに子育てをしている同世代がいなかったし、ましてや今のように気軽に発信できるSNSなんてなかったですから、手さぐり状態で子育てをしていました。 実家の父母の手伝いがなかったら育児ノイローゼ気味になっていたかもしれません。子どもは3歳半で幼稚園に通いました。15時には通園バスで帰ってきますから、その間、1歳の次女を連れて公園で遊んだり、ぐずる娘をスーパーへ連れて買い物するのはとても大変でした。数年前から2,3ヶ月から倒して乗せられる買い物カートやトイレにはベビーシートもあるので便利になっていますよねー。私の時代にもあったらどんなに楽だったか・・小・中学校に入るとすぐ近くでしたから、参観日や行事ごとは楽でした。 高校は私立高校に通い補助金制度がどんなに助かったか。 卒業後は実家を離れて隣の市で二人とも一生懸命働いています。 周りは子育て真っ最中で大変みたいですが、私の役目は9割終わったと思います。残りの1割は次女の成人式です。着物の手配から前撮り撮影、当日の明け方前からの着付けなどは慌ただしかったけど晴れ姿を見て涙、涙でした。来年で終わりかと思うとさみしいような嬉しいような複雑な想いですが、この待ちわびた許す限りの自由な時間まで人生楽しみたいです。 私には小学生の時からの、親友と呼べる友達がいます。 その親友は小学生の時から、特に勉強を良くしていたのです。 暇な時間はほとんど勉強をしていると言う感じで、丸で勉強に取りつかれているようでした。 それに対して私はと言うと、勉強が大っ嫌いで、学校にいる時しか勉強をしませんでした。 小学生の時に勉強していなかった私は、中学生になって急に勉強が難しくなり、悪戦苦闘するようになったのです。 ですが親友はと言うと、小学生の時からしっかりと勉強をしていたので、中学生になっても私のように勉強で躓く事はありませんでした。 私は中学校で勉強に躓いてからという物、更に勉強が嫌いになってしまい、ますます勉強をしないようになってしまいました。 そんな私ですから、高校もレベルの低い所にしか入れませんでした。 それに対して友人は、進学校に楽々入ってしまったのです。 この後私は大学には進学せず、就職をしました。 親友の方は有名大学に進学をして、一流企業に就職を果たしました。 私が就職した会社は企業業績が低迷して、お給料がいつまで経っても増えてくれなかったのです。 一方一流企業に就職をした友人はどんどん出世を果たし、収入が順調に増えて行ったのです。 それで友人は苦あれば楽あり、僕は楽あれば苦ありだなと、しみじみ思いました。 私が「苦あれば楽あり、楽あれば苦あり」を実感したのは小学校5年生の時。その時私のクラスでは、担任の先生の意向により、漢字ドリルと計算ドリルを学期中に2回ずつやるというのが決まりでした。しかし私は1回だけやって満足し、2回目を後回しにしていました。そして学期の終わりに全てやるという羽目になった時、後悔と共に「楽あれば苦あり」ということわざが私の中にふと浮かんできたのです。それからは「苦あれば楽あり」を目指して何事も毎日コツコツとやり、色々なことを後回しにしない習慣が身につきました。 このことわざはその後、私の座右の銘のようになり、イヤなことや乗り越えなければならない物事があっても「苦あれば楽ありだ」と思って逃げずに頑張ることができるようになりました。それがいつしか私の中で、苦しみながら頑張った後に味わえる達成感となって私を成長させてくれたように思います。 大人になった今も、このことわざは私の中に生きていて「コツコツやっていれば、きっといい結果が生まれる」という意味に転じて、人生の様々な場面で、頑張る原動力となっています。 また、「ツライことの後にはきっといいことがある」という意味としても、私の中で困難を乗り越えるためのフレーズとしてたびたび登場しています。

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聞いて極楽見て地獄

【漢字】聞いて極楽見て地獄 【読み】きいてごくらくみてじごく 【意味】人から聞いた話と、実際に自分が見るのとではだいぶん違いがある。 【例文1】野球部の練習は聞いて極楽見て地獄だ。 【例文2】写真では美味しそうに見えたのに味は聞いて極楽見て地獄だ。 【例文3】中古物件は聞いて極楽見て地獄だ。 インターネットが普及した今日、楽しそうなレジャーの写真や友達同士のランチなどの写真をブログやSNSにアップして楽しんでいるという方は多くいらっしゃいますよね。 仲の良い友達がおいしそうなランチを食べている写真をアップしていたら、同じお店に是非食べに行ってみたいと思うものです。 「とっても美味しかったよ!絶対おすすめ」と言われて自分でも食べに行ってみたのはいいけれど、実際行ってみたら料理が出てくるまでに長時間待たされたり、味はたいして美味しいと思えなかったり、スタッフの態度は気に入らなかったりで、想像とは全然違っていた、なんて事もあるでしょう。 まさしく「聞いて極楽見て地獄」です。話を聞いただけならばとても魅力的だったのに、自分で見て経験してみたら、想像とは全く違ってとてもひどかったという事です。 けれども、魅力的な話や体験は自分でも試してみたいものですから、それがどんなに地獄のような出来事であったとしても、聞いただけで自分が経験しないよりは見たり経験する方が人生は楽しくなることでしょう。

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飼い犬に手を噛まれる

【漢字】飼い犬に手を噛まれる 【読み】かいいぬにてをかまれる 【意味】普段からかわいがって面倒をみてきた者から裏切られる。 【例文1】会社のお金を社員に横領されていた。まさに飼い犬に手を噛まれた。 【例文2】面倒見てきた部下があっさりヘッドハンティングされて辞めた。飼い犬に手を噛まれたとはこのことだ。 【例文3】保証人に逃げられて飼い犬に手を噛まれる。 犬というのは猫に比べて飼い主の言うことを良く守り、従順なペットとしてとても飼いやすいイメージがありますよね。赤の他人にはよく吠えたり噛み付いたりするような犬でも、飼い主には大人しくしおらしい態度を取るというのも犬ならではだと思います。 そんな犬ですが、毎日かわいがって手をかけた相手に対して従順な態度を取るといわれていますので、飼い主だけの言うことを聞いたり、飼い主にだけ態度が違うというのもよく理解できるところですね。 「飼い犬に手を噛まれる」というのは、文字通り飼っている犬に手を噛まれるという意味ではなくて、犬のように毎日世話をして気にかけていた部下や相手に対して、その恩をあだで返されるような態度を取られることを意味します。 いつも世話していた部下があなたの出世の足を引っ張ったり、あなたの不利になるような事をして裏切ったりするような行為はまさに「飼い犬に手を噛まれる」という事になるわけです。 そんなふうな態度を取られてしまうと、その先どのようにして部下を育てたら良いのかわからなくなってしまいますね。 1つだけわかる事といえば、自分が思っていたよりも相手はあなたに恩義を感じていなかった、という事ですから必要以上の期待は極力せずに、自分の信念を信じて貫くしかないといったところでしょうか。

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老いては子に従え

【漢字】老いては子に従え 【読み】おいてはこにしたがえ 【意味】年を取ったらおとなしく子どもの言うことに従ったほうが良いという戒め。 【例文1】息子夫婦と同居するのなら老いては子に従えの方がうまくいく。 【例文2】お嫁さんの意見も老いては子に従えで耳を傾ける。 【例文3】養ってもらうのであれば老いては子に従え。 老いては子に従えという言葉が好きです。 自分ばかりが意気がり強がって生きていっても人生虚しいと思います。 確かに若い内は、親や目上の人になるべく頼らないで生きた方が、周りからも注目され尊敬されるでしょう。 でも、人は段々年を取るにつれて考え方が頑固になってしまい、人の意見特に 子どもや目下の者の意見を仲々受け入れようとしない人が多いですね。 それでは、人は人生の半分を損している事になるのです。 文化や科学の発展は、日々めまぐるしく動いています。そのスピードに老いていく人はついていくのが困難ですが、若者は柔軟な心と頭を持っているためについて行くことが出来ます。 この世の半生をより良く快適に生きて行くためには、若者(子供)の力が必要なのです。 私自身40歳の後半辺りから、子どもたちの現代のスピードについていける能力が羨ましくて仕方がありませんでした。 でも、恥をしのいで色々と教わってきました。 お陰様で、何とか年寄り臭くなく生きていけてるかなというレベルは保っている次第です。 皆さんも、現代におけるあらゆる新しい知識や技術をお子さんから教わってみてはどうでしょうか? お互いが理解し合え認め合うようになってより絆が深まると思います。 そして何よりも賢くなれます。 若い人の柔軟な発想と心を大いに盗んでみてはいかがでしょうか? 「老いては子に従え」という言葉がありますが、元々は女性に対して使われていた言葉でした。現代の女性の立場とは違い、女性は父親や兄、主人に従うべきだという意味が込められていたもので、夫亡き後は子供の言う事に従うべきということわざだったのですが、そのまま現代女性にこのことわざが当てはまるかというと、到底当てはまるわけがないですね。 現代では「歳を取ったなら理解力や判断力も子供の方が上であるから、時代の流れを素直に受け入れて子供の言うことを聞いている方が良い」といった意味合いで使われている言葉です。 人は誰でも歳を取っていくもので、幼い頃や若い頃は当たり前だった事柄や常識と思えていた事柄でも、時代の流れとともにそれが間違っているものとされたり、より良い新しいものに取って代わられたりします。 ですから、昔の事にこだわって意地を張って生きるよりも、子供世代の意見やものの見方を素直に受け入れて生きる方が最終的には良い結果が残せることもあるのです。 実際自分が歳を取り、高齢者になってみないと本当のところは分かりませんが未来を担っていく子供たちのいう事を素直に受け入れる事で新しく見えてくるものもあるのでは無いかと思います。 「老いては子に従え」という教えは、その昔、まだ日本全国に健全な家族制度が確立されていた時代の教えです。健全な家族制度とは、父親を頂点とする厳格な上下関係に基礎を置いている制度であり、やがては長男が家を継いで親の面倒を見るのが当たり前だった時代の制度のことです。この制度の元でこそ、その教えは効力を発揮するのです。 しかし日本の現代社会においては、家族制度も多様化してきました。父親の威厳は弱くなってきましたし、親孝行な子供たちも減ってきていることも間違いありません。こんな現代においては、「老いては子に従え」という教えは廃れてきています。 何しろ子供たちは長男と言えども、昔と違って結婚を機に実家を出て独立するのが当たり前なのです。ですから親は老後に子に従おうと思っても、実家には老夫婦しか残っていないのです。これでは子に従いたくても従えません。 また、そんな親世代も最初から子供に面倒みてもらおうなどとは考えず、老後に備えてせっせと蓄えている現状です。そして子供たちは、今の不景気なご時世ゆえに、そんな親の蓄えを密かに狙っているようなフシも多く見られます。 とにかく「老いては子に従え」に該当しない家庭は、今も確実に増え続けているのです。それは残念なことなのかも知れませんが、時代の流れなのですから仕方がないでしょう。

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英気を養う

【漢字】英気を養う 【読み】えいきをやしなう 【意味】何かに取り組むために十分に休養をとる。 【例文1】英気を養うために明日から旅行に出る。 【例文2】友人と温泉に浸かり英気を養う。 【例文3】週末は家で英気を養う。 英気。この言葉を辞書で調べたら、こんな事が書かれてありました。 人並み優れた気質。才気又は気力。 この言葉自体に当てはまる人は他でもないフィギュアスケート選手浅田真央さんです。 5歳の頃からスケートを始めやがてジュニアグランプリを制し、12歳でシニアと混じって特例でグランプリファイナルの出場を果たしそこで優勝し、シニア転向後グランプリファイナル4連覇、3度世界選手権を制覇し、バンクーバー五輪では、銀メダル、2度目の五輪ソチでは、メダルこそ逃すも、全世界を感動と涙で締めくくった伝説のフリーの演技は、一生人々の記憶に残る事でしょう。 そういった、浅田真央さんが全て持っている英気というものを養う。この言葉に色々な思いが込められていて、座右の銘にしたいくらい大事な言葉になりました。 真央さんも、とうとう引退表明を行わなくてはならないのが残念で仕方ありません。 ですが、次の人生のステージに向けて、先ずはプロ転向して今夏アイスショーに出演するとの事、充分英気を養って、プロ後、スケートで恩返しが出来るような偉業を成し遂げてもらいたいものです。 決して、これでもう真央ちゃんとは、一生のお別れという訳ではありませんので、又、可愛い笑顔と人を包み込む優しさを持って、私達の前に現れて頂きたいです。 国民栄誉賞を貰うとか貰わないとか関係なく、私達国民の永遠のアイドルだと思ってます。 浅田真央さん、色々と有難う御座いました。そして、お疲れ様。

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