tedukurikotoba (2563)

負うた子に教えられて浅瀬を渡る

【漢字】負うた子に教えられて浅瀬を渡る 【読み】おうたこにおしえられてあさせをわたる 【意味】背中に負った子に浅いところを教えてもらいながら川を渡ることから時には初心者や年下からも教わることもあるという意味。 【例文1】スマホ機能がわからず、祖父が孫に負うた子に教えられて浅瀬を渡る。 【例文2】最新型の車の操作を負うた子に教えられて浅瀬を渡る。 【例文3】上司が部下にパソコン操作を負うた子に教えられて浅瀬を渡って習う。 「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」は「時には自分より年下のもの、未熟なものに教えられることもある」の意味です。子を背負って川を渡っている途中、親は足元を流れにとられないようにと必死で下ばかり見て歩みを進める事でしょう。 おんぶされた子どもの方があちらこちらに目を配り、他人が渡っている様子や、川の中の葉っぱの淀みなどで浅瀬を見つけることができて、親に教えることで無事に川を渡ることができたというおそらくは実体験から出てきた言葉でしょう。言葉は知っていても、いざその時になって、自分より目下の部下の進言を快く受け入れられるかというと、上司にもプライドや見栄があり、聞き入れられないこともあります。そんな時はこの言葉で自分を納得させてみるのもいいかもしれません。それが度量というものです。

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栄枯盛衰

【漢字】栄枯盛衰 【読み】えいこせいすい 【意味】繁栄がいつまでも続く事はなく、いつかは衰えていくものである。 【例文1】かつての国民的大スターの30年後は栄枯盛衰だった。 【例文2】栄枯盛衰なので老後を考える。 【例文3】かつての二枚目俳優も40年も経てば栄枯盛衰でただのオジさんだ。 「栄枯盛衰」の栄枯は「草木の青々と繁ることと枯れること」で盛衰は「栄えることと衰えること」で「栄枯盛衰」とは「栄えたり衰えたりすること」を表します。この言葉で思い浮かぶのは鴨長明の記した「方丈記」か「平家物語」でしょう。鴨長明の時代は大地震や大火などの災害が多く、建物だけでなく人身もかなりの被害が出ていたと言われています。未曽有の被害を目の当たりにした鴨長明が行きついた境地を表したのが「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。」(川の流れは絶えることはないが、それでいても、もとの水ではない。淀み水に浮かぶ水の泡は、一方で消えると、一方で新しいのができて、いつまでも水の泡がそのままでいる例はない)で始まる「方丈記」。都に瓦を並べる建物も大きい建物が小さくなったり、建物がそのままであっても持ち主が変わっていたりとそのままではないのだと、世の無常を見事な文章で私たちに語り掛けてくれます。また、「平家物語」も「祇園精舎の鐘の声。諸行無常のひびきあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」(お釈迦様が説法した場所祇園精舎にある鐘の音は、僧が亡くなる時には自然になりだし、諸行無常の響きを立てる。お釈迦様が入滅する時に真っ白に変わったという沙羅双樹の花の色は盛者必ず衰えるという道理を示している)と話の冒頭から平家の勢いとその滅亡を表現しています。 どちらも「栄枯盛衰」を見事に表現し、今も色あせない魅力のある作品ですね。

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上には上がある

【漢字】上には上がある 【読み】うえにはうえがある 【意味】上には上がいると多くの人が間違って多用してますが、正しくは上には上があるで、最高に優れている思っていたが、さらに優れたものがあるという意味。 【例文1】市内では模試1位だったが県内では2位だった。上には上がある。 【例文2】自分が1番だと思っていたが、社会に出ると上には上があるもんだ。 【例文3】上には上があると思い知らされた。 私は高校時代甲子園を目指して、毎日練習に取り組んでいました。年間で休みはお盆と正月のみで、雨の日は室内練習になるので休みがとにかくありませんでした。 私のいた学校は、春夏の県大会では常にベスト15には入っていました。私が2年生の時に最高でベスト4というのが、学校の最高実績で先輩が引退してからは少し低迷していました。 そんな中でも練習に励んでいたのですが、ある練習試合の時に考え方を大きく変える出来事がありました。対戦校は甲子園出場の経験があり、県内では名門校でした。胸を借りる気持ちで練習試合に臨んだのですが、試合に勝ってしまいました。この試合の勝利には、チームメイトも私もかなりの自信になりました。 しばらくして、前年夏の甲子園に出場した、県内トップクラスの高校と練習試合をする事になり、自信を持っていた私は勝てる気がしていました。試合が始まり、私がバッターボックスに立つといつも感じない何かが、ピッチャーから伝わってきました。ピッチャーが一球投げた瞬間に、私の身体は固まってしまいました。 今迄見た事の無い速さと、伸びのある球を目の当たりにして太刀打ちできないと思ったのです。結果惨敗に終わり、物ではありませんが、上には上があると痛感しました。

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言うに事欠いて

【漢字】言うに事欠いて 【読み】いうにことかいて 【意味】もっとマシな言い訳があるだろうに、他にも話題があるだろうにという意味。 【例文1】彼氏の前で失敗談をするなんて言う事欠く友人に腹が立つ。 【例文2】苦し紛れに言うに事欠いて大の大人がみっともない。 【例文3】言うに事欠いて過去の経歴をしゃべる。 言うに事欠いてという言葉、最近はさっぱり聞かなくなってきましたが、時代劇などで聞いたりしますね。日本で昔から習慣的に使われている慣用句です。 意味は、「言うことを口に出すとき、相手が聞いてどんな思いをするのか注意もしない」ことです。事を欠く行為そのものであるわけです。 昔の人はよくぞこの言葉を使われていたと思いますね。 こういう人、最近多いのではないでしょうか。現代の悪癖なのか、相手のことを思いやらず、相手を貶めたり、辱めたり、侮辱したり、笑いものにしたりしても平然としている人が増えている気がします。 実際確信してやるのと、言葉の意味を意識しておらず悪気がない人とでは、罪の重さは違いますが、どっちにしても非常識で、相手の気持ちをないがしろにしていることは同じですね。 例えば、家族を不幸で亡くした人にさらに死の話をするとか。とある大臣が言った「女性は産む機械」発言とか。とある女優が何気なく言った「底辺の」女性の問題発言。 もっと他に言い方や話題があるだろうに、よりによってわざわざ最低な内容を持ち出すなんて、人として最悪な行為です。ブログも炎上します。相手の気持ちを傷付ける言葉は、それだけで命取りです。 言うに事欠く、という言葉が人間に必要な言葉だと昔の人は常識を持っていたのです。この言葉が廃れてきたのは、嘆かわしいことです。今からも後世に残るように、使ってみましょう。人に注意を促すときには、この言葉を最初に持ち出せば、言う側も言うに事欠くことはないでしょう。

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合縁奇縁

【漢字】合縁奇縁 【読み】あいえんきえん 【意味】人と人との結びつきは気が合う縁と不思議な縁の巡り合わせによるもの。主に男女間で用いられる。 【例文1】彼女と再会できたのも合縁奇縁で運命を感じる。 【例文2】旅先での合縁奇縁がきっかけで付き合うようになった。 【例文3】家族を持てたのも合縁奇縁に感謝する。 ぱっと見て、分かるような分からないような言葉。読み方は「あいえんきえん」人と人との繋がりは、見えない縁に依るもの、という意味です。 夫婦など男女の繋がりによく使います。 合縁は相縁とも書き、気心がよく合う間柄のことで愛縁と書くと、より男女の間柄を指す言葉になります。奇縁は字の通り、不思議な巡り合わせによる縁のことでこの二つの熟語が合わさり合縁奇縁となるのです。 見えない赤い糸に結ばれて、などと結婚式のスピーチでよく聞くが、まさにそれこそが合縁奇縁。 いつの世も、若者達が思い描く将来の伴侶は美しい理想像だけれども実際に出会う相手は、たいてい理想とはかけ離れた人物だったりするものです。 心の片隅ではこんなはずじゃなかったと否定してみるものの、どう抗ってもその理想とは間逆とも言える相手に惹かれてしまいがちです。そのうち、側にいるとなぜだかしっくり落ち着いてくるようになるものです。 そして共に過ごす時間が当たり前となり、長い年月が経過したならば、これで良かったのだと思えるようになるから不思議なものですね。。 宗教家ならば、それこそが合縁奇縁、前世からの縁なのだと説くのでしょうか。 まあ、前世からの縁で相手が決められているというのはつまらなくもあります。繋がれた赤い糸ならぬ合縁奇縁の相手を探す楽しみがあると思えばそれもまた良しとします。

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