tedukurikotoba (2563)

創業は易く守成は難し

【漢字】創業は易く守成は難し 【読み】そうぎょうはやすくしゅせいはかたし 【意味】新しく事業を興すことより、前事業を受け継いで守り続けていく方が難しいという教え。 【例文1】曾祖父の代からの会社を引き継ぐのは創業は易く守成は難しでプレッシャーもある。 【例文2】3代目というだけで創業は易く守成は難し。 【例文3】創業は易く守成は難しと言われていたが、海外にも進出するまでに拡張した。 「創業は易く守成は難し」とは「事業を興す創業はたやすいが、その後の事業を保ち守のっていくことは難しい」と文字通りの意味です。これは最近の言葉ではありません。西暦618年に李淵によって唐が建国され、二代目の太宗が国土を拡大し、貞観の治(じょうがんのち)と呼ばれるほどの統治を行いました。中央と地方は緊密に結ばれ行政機関が整備され均田制により農民に租庸調の税金がかけられ、税収も安定した平安な時代です。その頃、唐の呉競という人が編纂した10巻に及ぶ書物、「貞観政要」に載っている言葉なのです。「貞観政要」は太平の世であった貞観時代を作りあげた太宗が群臣と政治をする上での得失にについて問答したものを集録し、政りごとを行うに肝要なことは何かを説いた書物です。その中で魏徴が口にした言葉とされています。そのような政治の道について記した書物を残すほどの人物だからこそ、貞観の治を行うことができたのでしょう。この「創業は易く守成は難し」の言葉が少しも色あせず、今も私たちの言葉の端に上るのは、これが経営の不変の理だからと言えます。日本でもベンチャー企業がもてはやされ、企業の資本金制度が大幅に緩和され、起業することがとても容易くなりましたが、では5年後10年後に、その会社が残っているかというとほんのひとにぎりの会社しか存在しません。それだけ企業間の競争が激しく、時代の流れも速いと言えましょう。まさに「創業は易く守成は難し」なのです。

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晴耕雨読

【漢字】晴耕雨読 【読み】せいこううどく 【意味】晴れた日は田を耕し、雨の日は家で読書するという意味から思いのままのんびり生活すること。 【例文1】定年後の生活は晴耕雨読の暮らしが理想だ。 【例文2】母の定年後は晴耕雨読で温泉の旅が癒しだ。 【例文3】子ども達が巣立ち晴耕雨読の毎日だ。 「晴耕雨読」とは文字通り、「晴れた日は田畑を耕して働き、雨の日は読書に励む。悠々自適な生活」のことです。どうして悠々自適かというと、お金に苦労している家は晴れていれば外仕事ですが、雨の日には農機具の手入れや縄を編むなどの家でできる仕事をしなければなりません。雨の日に読む本が用意でき、読む暇がとれるということが悠々自適な生活の現れだといえます。 それでも子どもには晴耕雨読をさせたいと親たちは願います。その結果出世してくれればと。晴耕雨読の生活を送った人に野口英世や長塚節(ながつかたかし)などがいます。野口英世の生家は貧しく、小さい頃囲炉裏に落ちて火傷で指先が引っ付いてしまった野口英世ですが、手術するにもお金がありません。それを英世の担任の先生がお金を用立て、手術を受けさせてくれるのです。ただ、貧しい暮らしで、母は読み書きができませんでしたが、子どもの教育の大切さは承知しており、英世には雨の日には勉学に励むようにと言うのです。そして英世は理数系の科目が抜きんでてできるようになり進学し、科学者として研究に勤しむようになりました。長塚節は茨城県の豪農の家に生まれ、晴耕雨読に励み、茨城中学に進みますが、神経衰弱にかかり中退。その後正岡子規に師事し、伊藤左千夫らと「馬酔木」を創刊し歌作や歌論に活躍します。晩年最期の作品が傑作となりました。晴耕雨読の習慣が二人を成功に導いたのかもしれません。

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推敲

【漢字】推敲 【読み】すいこう 【意味】文章の表現や語句を何度も練り直す。 【例文1】推敲に推敲を重ね、最高の企画書が出来上がった。 【例文2】推敲のおかげで良い賞が取れた。 【例文3】推敲に時間がかかる。 「推敲」の由来は唐の時代までさかのぼります。唐の詩人買島(かとう)が「僧推月下門」(そうはおすげっかのもん)の一句を考えつきましたが、「推」を「敲」の文字のどちらを使うか迷いに迷い、韓愈にどちらが良いかを尋ね、「敲」の字に決めたという故事から詩や文章を作るときに字句をさまざまに考え、練り上げることを「推敲」と言います。凡人には「推」「敲」どちらもおすという意味ですからどちらでも良いような気がしますが、才能のある人は違うものです。買島という詩人はもとはお坊さんでした。その才能を韓愈に認められ、長江県主簿(公務員)となります。詩は苦労して詠むものだというポリシーを生涯貫きました。そういう買島の姿勢から「推敲」という言葉が生まれたのです。彼の才能を見出した韓愈はやはり中央から地方へ左遷されるなど不遇な時代を経て国立大学の学長まで上り詰めます。韓愈は人の面倒見がよく、「韓門の弟子」(かんもんのていし)という言葉ができるほど才能ある、恵まれない者への援助を惜しみませんでした。そんな韓愈の的確なアドバイスが買島も救ったのです。文学を志す者は良い作品のために何日も呻吟し、推敲を重ねて詩や、歌や文章を作り出すのです。その苦しみの上にこそ名作が出来るのでしょう。

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思案に余る

【漢字】思案に余る 【読み】しあんにあまる 【意味】いくら考えてもいいアイディアが出ない。 【例文1】思案に余るので気分転換に散歩でもしよう。 【例文2】外が騒がしくて集中できず、思案に余る。 【例文3】思案に余るので今夜はもう寝るとするか。 「思案に余る」とは「いくら考えても良い考えが浮かばないこと」です。思案とは思いめぐらすこと、考えること、またはその考えであり、物思いや心配事も指します。「恋は思案のほか」とか「思案の種」などの言葉の方が馴染みがあると思います。不必要な心配や、取り越し苦労のことを「杞憂」といい、「いま、この天(空)が自分の上に落ちてきたらどうしよう」と考えはじめ、日常生活に支障をきたすまでになった人の逸話から生まれた言葉ですが、あることで「思案に余り」、夜も眠れないような状態にまでなった時には一瞬立ち止まり、これは杞憂ではないかと自問自答してみたり、棚上げしてみることも良いでしょう。時間が解決してくれる場合もありますから。もちろん誰かに相談することも大切です。自分とは違う視点でアドバイスがもらえます。ただし恋愛ことは「思案のほか」ですからこれだけはどうにもできません。平兼盛の歌に「しのぶれど色にいでにけりわが恋は物や思ふと人のとふまで」(心の中に秘めてきたけれど、とうとう顔色や様子に出てしまったことだ、私の恋は。知人が「もの思いしているのか」と聞いてくるほどに)とあるように昔の人々も恋のもの思いには苦しんできたのです。それ以外は「思案に余る」事柄でもいつかは解決の糸口が見つかるものですよ。

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細工は流々仕上げを御覧じろ

【漢字】細工は流々仕上げを御覧じろ 【読み】さいくはりゅうりゅうしあげをごろうじろ 【意味】作業の手順は様々なのだから、過程の段階でとやかく言わないで出来映えを見てから批判せよという意味。 【例文1】絵を描いているとあれこれ言ってくる友人に細工は流々仕上げを御覧じろと一喝した。 【例文2】子どもの成長は黙って細工は流々仕上げを御覧じろ。 【例文3】両者の言い分を聞いてから細工は流々仕上げを御覧じろ。 細工は流々仕上げを御覧じろとは物事の過程の段階で横から口出しせずに最後に判断せよという意味です。 具体例として 「子ども同士のケンカは細工は流々仕上げを御覧じろで話をちゃんと聞く」などに使われます。確かにケガをしている方が一方的な被害者に見えます。一部しか見ていない人はケガをおった被害者に肩を持ちます。しかし最初から最後まで事の成り行きを聞くとケガをしたほうが最初に手を挙げたから、相手がよけようとしてぶつかって転んだというような場面もあったりします。ですから最後に判断することは大切な事ですね。 会社にもたまにいますよね。作業の途中だけを見てあれこれ注意したり批難しまくるやつ。本当に腹が立ちますよね。で、意外な出来栄えにみんなが賛同する中、決して褒めてはくれない。あれって素直じゃないですよねー。 時代劇か歌舞伎の舞台、落語の世界でしか、今は聞けない言葉「細工は流流仕上げを御覧じろ(ごろうじろ)」ですが、意味は「細工の仕方は色々あるけれども工夫は十二分に凝らして誂えるから結果のデキを見てから批判してくださいよ」です。落語の世界ではよく、江戸の長屋に多く住んでいた独り者の職人が、町娘に恋をして、それを知った隣人、友人、知人がなんとかその恋を成就させてやろうと腕まくり。あれやこれやと策を練り、職人と町娘の仲を取り持とうとするものの、何故か思いがけない邪魔が入り、策は無に帰し失恋するとか、策は成功しないものの、けがの功名でなんとか上手くいき、終わり良ければ全てよしで一件落着するとか、そういう話にこの「細工は流流仕上げを御覧じろ」が登場しますね。策を弄した本人が得意満面に言い放つのが定番です。細工や仕上げという言葉のデティールから想像できるように、おそらくは職人の間から出てきた言葉でしょう。何の職人であれ、年季奉公をして腕に技術を覚えさせるまで、相当の苦労をします。それでも独り立ちして食べていけるだけの職人になれるかどうかは、また別の才覚が必要です。自分の腕を信じるが故に、他人に自分の仕事や手順にケチをつけられたり意見されたりすることが我慢できない。そこで「細工は流流仕上げを御覧じろ」が出てくるのです。職人の気概が今も伝わる言葉ですね。

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