tedukurikotoba (2563)

這えば立て、立てば歩めの親心

【漢字】這えば立て、立てば歩めの親心 【読み】はえばたてたてばあゆめのおやごごろ 【意味】子どもが這うようになれば次は早く立たないかな、立てば早く歩かないかなと成長を楽しみにしてる様子。 【例文1】生まれたばかりなのに祖父母は這えば立て、立てば歩めの親心で気が早い。 【例文2】這えば立て、立てば歩めの親心で見守る。 【例文3】孫の成長が這えば立て、立てば歩めの親心だ。 生まれた子が這うようになれば、親は早く立たないかと思い、立つようになれば早く歩くようにならないかと成長を楽しみに思う親心を言います。 親になったことがある方はおわかりになると思うことわざです。 わたしも結婚して2児の親。両家にとって初孫が生まれた時は喜びをかみしめました。1ヶ月を迎えると神社へお宮参りに祈願しました。健康ですくすく育ちますようにと願いを込めて両家で盛大にお祝いしたものです。 早く大きくならないかなとか大きくなったらなったで抱っこがきつくなって、 次は歩かないかなと思いました。歩いたら歩いたで、ちょろちょろして目が離せない。一日中子育てしているとたまにイライラくるから保育園に預けて働きたい。いざ保育園に預けるとなると、子どもが泣いていないかな?お友達とうまく遊んでいるかな?と心配でたまにさみしくなってましたね。 お便り帳にお友達と元気に遊具で遊んでいましたと書かれていると、 できることが毎日増えて嬉しくて次は次はと期待していました。

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軒を争う

【漢字】軒を争う 【読み】のきをあらそう 【意味】密集して建ち並んでいる様子。 【例文1】軒が争う所は日当たりが悪いからやめとこう。 【例文2】丘の上に豪邸が軒を争う。 【例文3】ケーキ屋が軒を争う。 「軒を争う」は「家の軒と軒が接近して家が建て込んでいる様子、軒を連ねる」という意味です。鴨長明の「方丈記」に「軒を争いしひとのすまひ」とか「甍を争へる、高き賤しきひとのすまひ」などの記述があり、当時の京都の家並みがかなり建て込んでいたことがわかります。鴨長明は当時起こった大地震や大火、大つむじ風により人が亡くなったり、家々が倒壊するのを目の当たりにし、無常の思いを表現したのが「方丈記」です。 当時はもちろんどの家も平屋でしたから軒も甍も争いましたが、現代では事情が違います。普通の家でも3階建て、4階建ても増えてきました。そんな中、東京の銀座ではある取り組みが行われてきました。銀座の地区ルールです。銀座では空が解放感を演出するようにと景観に気づかい、歌舞伎座などの一部を除きビルの高さを56mまでに制限しているのです。銀座の町会である全銀座会が中央区と連携して決められたもので、先ごろオープンしたギンザシックスも56mを守っています。銀座が空を借景として守った気質をそれぞれの店舗が大事にしていて、ギンザシックスでは日本の伝統的なひさしや暖簾をイメージした外観になっておりますし、ガルティエ銀座ブティックでは日本の組子を採用し、外観は障子のようにも見えます。東急プラザ銀座では夜間の照明を上の階に行くにつれて暗くなるように設定したそうで、まるで建物が空に溶け込んでいくように見えます。銀座のそぞろ歩きが「銀ブラ」として定着し、現在まで変わらぬ憧れの街であり続けるのも、「軒を争う」人々の知られざる努力がなせる業なのです。

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寝首を掻く

【漢字】寝首を掻く 【読み】ねくびをかく 【意味】寝ている時に首を斬られるたとえから、卑怯な手段で相手を陥れること。 【例文1】足が痛いと言っていた彼が、ゴール寸前で寝首を掻いて全力で追い抜いてきた。 【例文2】審判が見えない所で反則をして寝首を掻く。 「寝首を掻く」は「人が寝ている時に襲ってその首を落とすこと。転じて卑怯な戦略を用い、不意をついて陥れること」です。随分物騒な言葉です。「寝首を掻かれた」ことで有名な人のひとりは新選組の芹沢鴨です。新選組は江戸の末期に、徳川幕府の幕藩体制を守り将軍を警護するために作られた武闘集団です。新選組は始め芹沢鴨と近藤勇の二人体制でした。彼らが京都に足を踏み入れ、まず行った活動が金策です。資金調達のために大阪に下り、両替商に用心棒兼警備を請け負う代わりにお金を用立てさせて、必要なお金を工面します。また、彼らには局中法度という隊規がありました。 局中法度(禁令五ヶ条) 一.士道に背きまじきこと 二.局を脱するを許さず 三.勝手に金策いたしべからず 四.勝手に訴訟取り扱うべからず 五.私の闘争を許さず この違反者は死罪という大変厳しいものでした。ある日、芹沢鴨は協力的だった商家が、余所にも用心棒を頼んでいたことに立腹し、家に大砲を打ち込み焼き討ちにします。これに業を煮やした会津藩主の指示で、しばらくたった夜に女性と寝ていた彼は女性共々、寝首を掻かれます。表向きは賊に侵入されて殺されたことにしますが、新選組の内部では局長ですら局中法度に背けば粛清されるという、いわば見せしめになったことで健全性を欠いた組織に傾いていきます。「寝首を掻く」という行動がもたらした結果が「泣く子も黙る新選組」を作りあげるのです。

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抜き足差し足

【漢字】抜き足差し足 【読み】ぬきあしさしあし 【意味】人に気づかれぬように歩く様子。 【例文1】家族が寝静まった頃、抜き足差し足で玄関を通る。 【例文2】子どもが起きないように抜き足差し足で歩く。 【例文3】抜き足差し足で深夜帰宅する。 「抜き足差し足」とは文字通り、「音のしないようにそっと歩くこと」で、小説や落語では抜き足差し足忍び足と3つ並べて使われることもあります。「抜き足差し足」が一番多く登場するのは泥棒または忍者が歩く場面ですね。 泥棒の捕り物で有名な小説といえば、池波正太郎の「鬼平犯科帳」です。鬼平にはモデルとなった人物が実際にいます。江戸時代に江戸の町で火付盗賊改方長官だった長谷川平蔵です。任期は1787年(天明7年)から1795年(寛政7年)までの8年間です。1783年(天明3年)の浅間山大噴火や大飢饉による農作物の不作でインフレが起こり、世情不穏の時でありました。田沼意次の失脚(1786年(天明6年))を受け翌年に松平定信が老中に就任し寛政の改革が始まりましたが、経済不安から犯罪も増加していました。 平蔵が就任したのはそんな時代でした。彼は盗賊や放火犯を捕まえるばかりではありません。放火犯は当時から重罪でしたから死罪、流刑が適用されましたが、軽微な盗みは留置期限が過ぎると社会に出てきてまた盗みを繰り返すなど再犯率がものすごく高い犯罪でした。そんな刑期を終えた罪人を集め職業訓練施設を作り、大工仕事、建具職人、仕立物などの技術を覚えさせ職人として社会復帰させる仕組みを作り上げました。更生施設ですね。「抜き足差し足」で入ってきた囚人が、大手を振って職人としての一歩を力強く踏み出していく。その手助けまでしたのが長谷川平蔵でした。池波正太郎はそんな彼にほれ込み作品に仕上げたのです。

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荷が重い

【漢字】荷が重い 【読み】にがおもい 【意味】任された作業が能力に対して責任が大きすぎる。 【例文1】新人に図案作成から設計まで任せるのは荷が重すぎる。 【例文2】入社したてでこの案件は荷が重い。 【例文3】パワハラ職場で荷が重い。 能力の割には負担が大きいことを荷が重いと言います。社会人がこの言葉を使う時には謙遜して「荷が重い」と言っているのか、本当にやり切れずに言っているのかを見極めないと、過労死に繋がるなど取返しのつかない状態に陥ることがあります。 私が18歳で社会人になりたての頃、菓子製造部門に配属されました。 出来上がりの商品を箱詰めの毎日でした。半年もすると飽きてきます。 クリスマスシーズンになるとスポンジケーキを焼きますが、一人でも休みが出ると、作業場はてんてこまいです。 工程リーダーに私が焼き菓子のカットを覚えるように指示が出ました。箱詰めの毎日から解放されるのかと思えば嬉しい思いでいっぱいで浮かれていました。 実際、焼きあがりのスポンジをカットするのは見ているだけでは簡単に見えましたが、40センチ四方のスポンジは重く手が震えてうまくまっすぐ切ることができませんでした。1個目の端はB級品となりました。その後も端だけがまっすぐ切ることができず、次第に荷が重くなりリーダーに言って担当を交代してもらいました。

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