tedukurikotoba (2563)

逃がした魚は大きい

【漢字】逃がした魚は大きい 【読み】にがしたさかなはおおきい 【意味】手に入れて失った物は実際は価値が大きく見えるもの。 【例文1】彼とは司法試験に5回落ちた翌年に別れてしまったが、数年後独立して大成功している。逃がした魚は大きく悔やまれる。 【例文2】元彼が実業家で成功したと聞いて逃がした魚は大きい。 【例文3】元カノがダイエットに成功して綺麗になり逃がした魚は大きい。 逃がした魚は大きいという諺は、特に恋愛を逃してしまった時に、使っていることが多いようです。 一度手に入れかけて失ってしまったものは、実際よりも価値があるように見えてしまうものだという諺ですが、私もこういう経験はよくあります。 野心がなさそうな彼だったのに別れたあと、ビジネスで成功した元カレは逃がした魚は大きすぎました。 恋愛でチャンスは一度しかないので、それを逃すと次のチャンスを得るのは大変であるにも関わらず、せっかくのチャンスを結局逃してしまったということを言葉通りに諺として、例えており、他にも、ああすれば良かったとか、あの株は買っておくべきだったとか、などもこの諺に例えています。 次は私も逃がした魚は大きいことにならないためにも、後悔しないようチャンスを逃していかないようにしていきたいと思います。 

Continue reading...

ない知恵を絞る

【漢字】ない知恵を絞る 【読み】ないちえをしぼる 【意味】大した知恵はないが、一生懸命考えれば良い考えが浮かぶかもしれない。 【例文1】ない知恵を絞って考えたイベントなので、成功してほしい。 【例文2】専門外の分野だが、ない知恵を絞る。 【例文3】ネタ切れでない知恵を絞る。 ない知恵をしぼるとは、切羽詰まった状態か、精神的に追い詰められた時など、緊急事態が発生した時に使われることが多い表現です。 例えば、何か決断を下さないといけない場合など、自分1人で考えて判断しないといけない時には、プレッシャーを感じながらも結論まで導きださないといけないので、必死になって考えるでしょう。 大事な決定事項を、周りに協力者が一人も下すことは、とても不安で孤独なものです。 ましてや、自分には分不相応で荷が重い仕事であったら、なお更そんな気持ちになるものでしょう。 そして、状況がその場から逃げだすことを許さない状況であるがこそ、ない知恵を振りしぼる、という矛盾した言葉になってしまうのです。 固くしぼったタオルから、さらに絞り上げて水を出すことは、並大抵の苦労ではない、という意味にも取ることができます。 別の使い方として、対外的には謙遜したり、多少自虐的な言い回しでもあります。 本当は、自分の能力ではそんなに苦労しないはずの決断でも、人にはそのように言ってみるとか、自分のアイデアを自慢気にしないようにするためのものです。 あまり得意気に自分の知恵をひけらかすと、あまりいい印象は与えないことを知り尽くした人の使い方だと思います。 

Continue reading...

薹が立つ

【漢字】薹が立つ 【読み】とうがたつ 【意味】薹が伸びると硬くなり、食べ頃を過ぎる。婚期が過ぎることを言う。 【例文1】35才を過ぎて薹が立つ。 【例文2】薹が立って婚活がうまくいかない。 【例文3】薹が立つ前に子どもがほしい。 「薹」は「ふきのとう」というように、フキやアブラナなど花をつける茎、 つまり花茎のことです。薹は伸びると硬くなり、食べ頃を過ぎてしまうことから、 野菜などの花茎が伸びて食用に適する時期の過ぎたことを 「薹が立つ」というようになりました。 これが人間にも当てはめられて使われているのです。人間の場合には、 若い盛りの時期を過ぎることをいい、30~35歳を過ぎて婚期を過ぎた場合に使われます。 良い意味には使われません。 使い方としては、本来の野菜についてなら、もうこの菜っ葉は育ちすぎて薹が立ってしまったから、食べても美味しくないですよ、などと使います。 しかし、最近の女性は幾つになっても薹が立ったとは言わないのではないでしょうか。もちろん年齢が低ければ、みずみずしいですが、それだけで判断されるのはいかがなものでしょう。 アラサーやアラフォー、アラシックという言葉まで現れ、年齢に見合った美しさが見直されています。

Continue reading...

手が掛かる

【漢字】手が掛かる 【読み】てがかかる 【意味】人の手助けが必要だという意味。 【例文1】子育ては手が掛かるものだ。 【例文2】子ども達が成人して手が掛らなくなって楽になった。 【例文3】下の子は手が掛からないお利口な子だった。 手が掛かる、ということばでまず思い浮かぶのは自分の子どものこと、そういう人、とても多いのではないでしょうか。 「手が掛かる」とは、「ほかの人の手助けが必要で、面倒である状態の事」。類義語で、「手が焼ける」、「手間がかかる」などがあります。 「も~、あなたは本当に手が掛かるわね」なんて言葉、子どもに何気に言っていませんか? 子どもの立場になってみたら、そんなこと頼んでないし、なんでも思い通りにしたいだけでしょ?って気持ちになるし、そもそも子どもは多少の違いはあれ、手が掛かるのは当然の事なのですから。 その言葉を繰り返すことで、子どもの自己肯定感が低下したり、新しい事にチャレンジする冒険心もつぶしてしまう事にもなりかねません。 私自身も、自分の子どもに行ってしまう時、確かにあります。 例えば同じ失敗を何度もして、その後始末を親がする必要になる時。何をするにも親の後押しが必要で、ちょっとは自分で考えて失敗してやってみたら?とイライラする時。 でもね?ちょっと考えてみてください。 「手が掛かる」という言葉。見方を変えると「手を掛ける」です。そういう言い方をすると、途端にいい印象の言葉に感じてきませんか?

Continue reading...

月とすっぽん

【漢字】月とすっぽん 【読み】つきとすっぽん 【意味】二つの優劣があまりにも違いすぎる。褒め言葉と一方は劣る時に使う。 【例文1】仕事も成功してマイホームで幸せな家庭も築いて君とでは月とすっぽんだな。 【例文2】年収の差が月とすっぽんだ。 【例文3】美女と野獣で月とすっぽんだ。 月とすっぽんという表現は、当事者たちではなく、あくまでも第三者からみての評価です。 一般的には、月がいい意味、すっぽんが悪い意味で表現されます。 兄弟とか、友人とか、環境や年齢が近い人同士がよく比較対象となりますが、比較された方とすれば、月ならまだましも、すっぽんといわれた方はいい気持ちはしないでしょう。 この言葉が、主に陰口として使用されることが多い理由でしょう。 素行が悪いとか、性格がきついとか、本人の努力によって改善できるすっぽんはまだましですが、外見であるとか容姿だけで、優劣をつけられるのはとてもひどい話です。 そんなに悪意を持って使っている言葉ではないとしても、当事者にしてみれば、とくにすっぽんといわれた方にしてみれば傷つく言葉なのです。 ただ、人の陰口やうわさ話が好まれるのも、人間の常なので、もし、この表現で人を比較するのであれば、決して当事者達の前では使わないことが最低限のマナーだと認識しておきましょう。 もし自分が、兄弟や友人と環境や性格を、赤の他人から勝手に比べられて、自分がすっぽんといわれていたらとてもつらい思いをするでしょう。 また、もし月だとしても、比較された相手を思い心を痛めるでしょう。

Continue reading...