tedukurikotoba (2563)

手が足りない

【漢字】手が足りない 【読み】てがたりない 【意味】作業をする際に人手不足である。 【例文1】バイトの子が急に休みで手が足りなくて困った。 【例文2】商売繁盛で手が足りないという嬉しい悲鳴だ。 【例文3】手が足りないのでバイトを雇う。 「手が足りない」とは、多くの処理をする必要があるのに、仕事する人の手が不足している状態のことを言います。人手不足のことです。例えば、1000個のリンゴを剥くのに、1人では大変ですが、100人いれば、一人10個の時間と労力で済みます。 人が不足すると時間も労力も負担が重くなりますが、多くいると助かるものです。 手が足りないと、会社は人員を補充しようとします。忙しい現場は、特にそうです。 テーマパークのチケットのバイトしたことがありますか?私が行った所は、一日7.8000人も通ったのですよね。短期のバイトを募集していて、楽しそうだなと思って、気軽に出かけたのですが、どれだけ、あの仕事が大変かって思い知らされました。テーマパークへ入ってくる人は、全員入園ゲートを通るわけです。 私がいたときは、何故かゲートは工事中で、出て行く人もゲートを通っていました。ゲートを通る人は、大波のようにずっと続き、チケットは延々と差出し続けられます。 まさに、もう一つ手が欲しい状況。手が足らない。そんなことわざもあったなと、まさに体験しました、こういうことを言うのだと、しみじみと。おまけにスタッフ達も何かにつけて手が足りないとか、ぼやいていました。 忙しい現場では、よく使われています。手が足りない。かなり幅があると思いますが、手が足りない現場がどんなに忙しいか、不足しているものか、想像を超えるものを体験した後からは、このことわざはもう軽く見れません。手が足りない現場がどんなものか、身をもって知りました。

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月夜に釜を抜かれる

【漢字】月夜に釜を抜かれる 【読み】つきよにかまをぬかれる 【意味】明るい月夜に釜を盗まれるたとえから、油断していたら後でひどい目に遭うという戒め。 【例文1】水泳が得意だが、月夜に釜を抜かれて足がつる。 【例文2】準備運動をしないと月夜に釜を抜かれる。 【例文3】うぬぼれていると月夜に釜を抜かれる。 月夜に釜を抜かれるとは月の出ている夜にご飯釜を盗まれてしまったような意味でしょうか。 そして、教訓としては月がきれいだなぁなどどボーとしている間に大切な釜の飯は取られてしまった。 油断をしていては出し抜かれて大切なものを失ってしまいますよということですかね。 泥棒が活動しにくい明るい月夜に炊飯の釜を盗まれる。ひどく油断をして失敗することのたとえだそうです。 そこそこ合ってました。 大丈夫であろうとかいかぶって油断していてはいけないということです。 奥さんは自分のことが好きだから嫌いになるはずはない、別れるなんて切り出されることは絶対ないと油断して、おざなりな態度や横柄な態度をとり続けていると、気づいたときには別の男性に取られていて離婚届を突き付けられることになってしましますよ。 慣れに甘んじることなく、常に誠意や優しさをもって彼女を大切にしないと後で後悔してももう取り返しがつきませんからね。

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力に余る

【漢字】力に余る 【読み】ちからにあまる 【意味】自分の力ではどうする事もできない手に負えない様子。 【例文1】彼にいくら言っても言う事を聞かないので力に余る。 【例文2】力に余るやんちゃな子どもを預かる。 【例文3】力に余るので助けを求める。 私たちは人生における様々な局面で、自分の力に余る事に出くわします。 私は常々思っているのですが、人は仕事やプライベートにおいて順風満帆な時よりもむしろ力に余る出来事に遭遇した時、つまりピンチの時にこそ、その真価が問われるのではないでしょうか。 誰しも余裕がある時は人に優しく出来ますし、うまくいっている時は輝いています。 しかし困難に直面した時はどうでしょう。無様にうろたえるのではないでしょうか。 かくいう私もその一人で、ちょっとでも力に余る仕事を振られると、情けなく右往左往してしまい、しまいにはヒステリーを起こしてしまうのです。 力に余る出来事に遭遇しても決してうろたえない人、窮地の中に活路を見出せる人は、本当に格好良いと思いますし、素直に尊敬します。 ましてや窮地をも楽しめる心の強さなどを見せられてしまったら、その人が男性であろうと女性であろうと絶対に惚れてしまう自信があります。 私は今子育て中ですが、子育ては仕事以上に力に余る事の連続です。 その度に焦ったり怒ったり落ち込んだりしています。しかし私の子育ても仕事もまだまだ長く続きます。 これから何度も力に余る出来事に直面するでしょう。それを一つ一つ乗り越える度に、私も逆境に負けない強さを身につけていければ、と思いながら日々を過ごしています。

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太公望

【漢字】太公望 【読み】たいこうぼう 【意味】太公望(のちの称号)は中国の紀元前11世紀ころの人物。大公が望んだ人物を探していると、釣り人の呂尚(りょしょう)が賢者だと周の文王に見出され天下統一を助けた。釣りをする人・釣り好きな人をいう。 【例文1】太公望の仲間で釣り大会を開催する。 【例文2】太公望で知り合ったおじさんに釣りを教わる。 【例文3】老若男女で太公望を楽しむ。 河口付近に人がいるのを見たとき太公望で賑わっていました。平日でも太公望が集って魚釣りを楽しんでいたので何が釣れるのか聞いてみたところ、そのときは鯉とウナギの稚魚でした。鯉は大きいのになると60センチぐらいのが釣れるようで長い竿を出して、練りエサで釣れるのをじっと見つめていました。網を持っているだけの太公望もいて夜になるのを待っていました。暗くなってから河口付近で明かりを灯すとウナギの稚魚が寄ってくるとのことで、それを網ですくってはクーラーボックスの中へ入れていました。稚魚なんか食べるところがないのにどうして取っているのか聞いたところ、ウナギを扱っている業者に売ると言っていました。かなりの人が集まってきているので、網を持っているのがほとんどウナギの稚魚狙いでした。鯉釣りをしていた太公望は日が暮れるとともにいなくなってしまい、ウナギ狙いの人だけが残っていました。ウナギは卵から育てるのはまだ出来ないようで、稚魚を取ってきて養殖をしています。そのため市場に持っていくとキロ単位で売れるようで、冬から春にかけて稚魚が集まるスポットになると、例年たくさんの人が車で来て明け方まで網で取っている姿が見られます。 太公望というと釣りをしているおじいさんというイメージが強いのではないでしょうか。 太公望は、紀元前11世紀、古代の中国「周」という国の軍師でした。本名は呂尚ですが、一般的には太公望と呼ばれることが多いです。 学校で歴史を学習した方なら一度は耳にしたことがある太公望ですが、とても歴史的に有名な人物にも関わらず、経歴などがあまり分からず今でも数多くの説が飛び交っています。 太公望というと、中国の小説「封神演義」が有名ですね。日本でも同タイトルのマンガが20年前くらいに週刊少年ジャンプにて連載されていました。 封神演義内で太公望はいわゆる主人公のポジション。実際に起こった殷と周の戦いを舞台に仙人や妖怪などの架空の存在も交え人間界での戦争、仙界での戦争を描いた物語です。 封神演義内で太公望は姜子牙という名前で登場します。殷と周との戦争における周側の軍師として、さらには仙界の崑崙山側の仙人の弟子、道士として活躍します。 太公望は天命により人間界に降り立つ妖怪達を封神、わかりやすく言うと妖怪をやっつけることで人間界から妖怪を退治し殷を討ち滅ぼし、周の時代を築くというストーリー。 太公望は策士としてとても有名で太公望の緻密で巧妙な策略によって殷を滅ぼすことに成功しました。

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そうは問屋が卸さない

【漢字】そうは問屋が卸さない 【読み】そうはとんやがおろさない 【意味】問屋とは製造業者から商品を買い付け、店に卸売りする業者で、そんな安い値段では売る事はできないという場面から、そう簡単に望み通りには応じられないという意味。 【例文1】そうは問屋が卸さないと言わんばかりにオークションの値が上がる。 【例文2】共同経営を持ちかけられたが、そうは問屋が卸さない。 【例文3】掲示された立ち退き料ではそうは問屋が卸さない。 JASRACが音楽教室で演奏される楽曲についても著作権料を徴収すると発表したことに対して、ヤマハが提訴したニュースが話題となっています。 今まで著作権料を徴収していなかったところから新たに著作権料を徴収するという方針にはCDをはじめとした音楽業界全体の売り上げ減少や違法ダウンロードなどの問題があるとされていますが、それによって減った収入を音楽教室で演奏される楽曲の著作権料で補填するようなやり方はどうかと思います。 ミュージシャンの著作権を守るのであれば、違法ダウンロードの撲滅に力を入れることの方が先決ではないかと思うのですが、このようなやり方は音楽の未来を閉ざしているようで自分で自分の首を絞めているような印象も受けます。 日常で音楽が使用される場面は多くありますが、間口を広げてやたらと著作権料を請求するだけでは時代に取り残されるだけなのではないでしょうか。 「そうは問屋が卸さない」とは売値を安くしても問屋が卸してくれるはずもなく、物事はそう上手くはいかないといった世の中の仕組みを例えた言葉です。 今回の音楽教室からの著作権料徴収では著作権を持っているミュージシャンからも異論の声が上がっており、逆転現象のような不思議な構図になっています。 そうは問屋が卸さないとはどいういう意味でしょうか? 言葉そのものから考えると、問屋さんも何かメリットがなければ簡単には品物は卸してはくれない。何かを勝ち取ろうとするのであればそれなりの努力をしなさいといった意味でしょうか?では本来の意味を調べてみます。物事はそう簡単には思い通りにはいかないといった意味のようです。 でも、実際に問屋さんが商社にそうは問屋が卸さないなどとは、あまり使えません。 しかし江戸時代は今の状況とは随分違っていたようです。 卸し価格は問屋が決めていて、店の望む値段では品物をおろしてはくれなかったようです。 江戸時代では商社より圧倒的に問屋さんのほうが権力が上だったということです。 今の時代は物があふれていて、商社が何を仕入れるか数ある中から厳選して、商社の気に入ったものを仕入れるほうが主流だと思います。 もし問屋さんが江戸時代の風流に任せて今の時代で「そうは問屋が卸さないですよ」などと交渉の場面でいったら、商社の方は「ああそうですか。かまいませんよ。どうぞお引き取りください。あなたのところとお取引しなくても他はたくさんいますから。」と言われ、二度と取引をしてもらえなくなり問屋存続の危機になりかねません。 文化庁が発表した平成27年度の「国語に関する世論調査」で「そうは問屋が卸さない」と「そうは問屋が許さない」どちらの言い方を使うか尋ねたところ23.6%の人が「そうは問屋が許さない」と誤った方を使っているそうです。確かに「そうは問屋が許さない」でもなんとなく意味は通じますが正しくは「そうは問屋が卸さない」です。「そうは問屋が卸さない」の語源は江戸時代は問屋〔商品を仕入れて小売店などに卸売りする業者〕が強かったので卸売りの値段は問屋が決めていてこちらの望む値段では商品を卸してくれないことに由来しているそうです。また「そうは問屋が卸さない」のそうは「然う」と書きそのようにという意味でいくら客の要望でも問屋はそのように安い値段では卸さないという意味になり、なかなか思い通りにいかない、身勝手な要求をしても簡単には応じてもらえない、物事はそんなに上手くはいかないなどの意味でそう簡単にはいかない、そんなに甘いものではないのようなニュアンスを含んでいます。ことわざや慣用句はなんとなく意味が分かったつもりでいても意外と誤った使い方や言い方をしている場合も多いことです。正しい意味や語源を知ることでそう言った間違いを正すこともできます。

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