tedukurikotoba (2563)

脇道にそれる

【漢字】脇道にそれる 【読み】わきみちにそれる 【意味】本来の話から外れてしまうこと。 【例文1】話が脇道にそれる。 【例文2】脇道にそれて会議が長引く。 【例文3】脇道にそれたので、話を元に戻す。 議論をしていると主旨から外れた細かい部分に話をもっていこうとする人がいて困ることがあります。 本人はさも重大な問題点を発見したかのごとく得意満面に語りますが、全体の方向性を議論している状況ではあまりに邪魔です。 時間は有限で、暇な仕事など存在しないのが当たり前、その場で結論が出ないなど論外です。 にも拘らず、議論を迷走させる事を望むがごとき舵取りを率先して行おうとする大迷惑者、誰だコイツを参加させたのは。 見かねた議長が話を本筋に戻そうとしますが、当の本人には皆が迷惑していることが伝わらない様子です。 最終的にはぶち切れた者の一喝で黙らさせられましたが、なんとも後味が悪すぎます。 その日の反省から、議論を主題から逸らす行為は厳重注意、それでも改めないなら退場処分という特定個人対象の決まりが出来ました。 大勢での話し合いならば人数で押し込めることも出来ますが、一対一での話だと収拾がつかなくなる事もあります。 散々に話題を逸らし切り替えて、脇道どころか不毛な荒地に連れ込んだ挙句に「何の話だっけ」と言われたときは本気で怒りそうになりました。 そのような人と話をする状況になったら、常に終着点を目指して舵を切りなおし続けるしかありません。

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労を多とする

【漢字】労を多とする 【読み】ろうをたとする 【意味】相手の働きに感謝の気持ちを表す言葉。 【例文1】自分が子育てをしてわかった。両親に労を多とする。 【例文2】社員に労を多とする。 【例文3】労を多として慰労会を開催する。 上司やお偉いさんに「御苦労」と言われるとそれなりに評価された気にもなれます。 「労を多とする」は仕事を評価しねぎらうの言葉です。 労働や苦労という言葉に使用されている労は「労う」と書いて「ねぎらう」なので、たくさんねぎらうよ~を偉そうに言ったのでしょう。 偉い人が偉そうに喋るのは、自身に威厳を持たせる常套手段で特に珍しくもないのですが、聞くものの心に届きにくい気がします。 素直に「よく頑張った。感動した」と言われた方が単純に気分が良いです。 もっともそれは十二分に権威があり飾り立てるなど不要な地位に上り詰めた者の余裕からくるのかも知れません。 会社や学校など組織の長が演説を一言二言の簡潔な文言にまとめて終了してしまったならばどうでしょう。 平の構成員は短時間で済むことを有難がるかもしれませんが、来客や組織幹部連中には手抜きをした印象を与えかねません。 それなりに熟慮し練り上げられた演説によって集会や催しを権威付けようとする意図が台無しになりかねません。 短い時間で感動的な話でもしてくれれば良いのでしょうが、そんな上手い演説はそう簡単に出来ません。

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レッテルを貼る

【漢字】レッテルを貼る 【読み】れってるをはる 【意味】人や物に対して悪い評価を付ける。 【例文1】1回のミスでレッテルを貼られた。 【例文2】前科者は一生レッテルを貼られて生きていかねばならない。 【例文3】一回の遅刻でレッテルを貼る。 レッテルを貼ると言いきれるほど大げさなものではなくても、人はいろいろな人に対して、主観的な評価を与えてしまう事があります。 しかし、実際には全く違う性格の人で、自分の誤った主観を悔いる事もあります。 レッテルを貼られた人には何の罪もないのですが、それが本当だと信じられてしまと、まるで伝染病のように噂が拡大してしまうことがあります。 しかし、どんなレッテルを貼られたとしても、人の噂は75日と言います。 それが真実でないならば、問題をさらに大きくするよりも、放っておくのも一つの方法かもしれません。 人の噂は話題のネタになりやすいものです。 中には常に何かの良からぬアラ探しをしている人もいます。 さまざまなレッテルを貼られた方は良い気はしません。 また、レッテルを貼った張本人が逆にレッテルを貼られてしまう可能性も十分にあります。 人はどうしても他人を色眼鏡で判断してしまうところがあります。 自分の中で無意識にレッテルを貼ってしまうのは、ある意味仕方がないことなのかもしれません。 誰にでも、誰かほかの人や仕事で出会ったお客さん、上司などから、なんらかのレッテルを貼られた経験があると思います。それはよいものだったかもしれませんし、見た目だけでそのように判断されては困る!と思わず言ってしまうような、悲しいレッテルを貼られたことも、多くの人にとって経験があることなのではないかなと思います。 ところで、「レッテルを貼る」という言葉の「レッテル」ってもとをたどればどこの国の何という言葉なのか、ご存知でしょうか。実は、もともと「レッテル」とはオランダ語の「letter」からきている言葉なんだそうです。「letter」は英語にすると「手紙」あるいは「文字」という意味になりますが、オランダ語の「letter」もそれと似た意味の単語です。商品の名前や内容量など、その商品に関することを紙に書き、シールのように商品に貼りつける、いわば「ラベル」のような意味の単語です。日本語にするのであれば、「札」といったところでしょうか。 商品を説明するために貼り付ける札であった「レッテル」が、いつの間にか特定の物や人に対して先入観をもとに判断した評価や推定される人格のことを指す日本語の俗語になっているなんて、なんだか不思議ですね。

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立錐の余地もない

【漢字】立錐の余地もない 【読み】りっすいのよちもない 【意味】人や物がぎっしり詰まって隙間がない。 【例文1】ライヴ会場は立ち見席まで立錐の余地もない。 【例文2】デパートのバーゲンセールで立錐の余地もない。 【例文3】立錐の余地もない商店街。 「立錐の余地もない」とは、錐を突き立てるほどの隙間すらないという意味ですが、そもそも錐を持っている人など何人いるでしょう。 錐は木材に穴を開けるための道具で先端が鋭くとがっています。 それを突き立てる隙間もないほどの混雑ぶりは、地方の田舎では中々お目にかかれません。 空家や空き地があちこちに見られ、錐を突き立てるどころか軽トラが不法投棄されかねないほどに場所が空いています。 使われていない場所ですが、そのくせ所有権はきっちり主張されています。 一定期間が経過しても空き地のままなら、購入されることなどまず期待できません。 虫歯が広がるごとく、空き地が空き地を呼び町が廃れていくさまは虚しいものがあります。 これは郊外の民家よりも、廃れた都市部の駅前商店街などにこそ良く見られる現象です。 地価は不相応に高く、建物はひしめき合っているのに来客数はほとんどなし。 優良駐車場しかない場所では、駐車料金無料を当然と考えている一般消費者は寄り付きもしません。 さらに酷いことに郊外に店舗計画があると中央が廃れるので許可しないという身勝手さです。 状況的には錐が刃先を上にして並んでいるかのごときもの、賑わう訳がありません。 そのような行政では人口が減少の一途をたどるのは至極当然なことと言えるでしょう。

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落花狼藉

【漢字】落花狼藉 【読み】らっかろうぜき 【意味】花びらが散る、狼がいた跡は草が乱れていることから、女性や子どもに乱暴をふるうこと。 【例文1】あそこのご主人、落花狼藉で妻子が出て行ったみたいよ。 【例文2】落花狼藉の被害に逢う。 【例文3】落花狼藉で逮捕される。 「落花狼藉」の落花は文字通り花が落ちること、またその花であり、狼藉とは「狼の寝床」ので乱暴な様子を例えたものです。つまり「花をわざと散らすような乱暴をすること、また、ものの入り乱れて取り散らかっているようす」のことです。能の「雲林院(うりんいん)」に「あら落花狼藉の人やそこ退き給え」と使われているように古くからある言葉です。「雲林院」は京都市北区紫野にあった天台宗の寺院のことですが、能では在原業平が二条の后を誘い出し都を脱出したという話を脚色した艶物です。在原業平は平安時代の人ですが、容姿端麗、情熱的な和歌の名手にして色好みの伝説的美男という、今風にいえばスーパーアイドルです。それが帝の二の后との不倫、能になって現代まで継がれていても不思議はありませんね。 現代の落花狼藉で記憶に新しいのは富山県の花時計です。開花時期に合わせて植えてあったチューリップ。名物のチューリップ花時計のために育てられていたものを何者かに、チューリップの上部、花の部分だけが夜の間に鋭利な刃物で次々と切り取られていたという事件でした。担当者の落胆ぶりはニュース映像からも伝わり、「間にあうように用意したい」と答えておられるのが、お気の毒でした。犯人はわからずじまいと記憶しています。去年の初夏、うちでも落花狼藉かという事態がありました。ある朝、かきつばたの花の部分が全部なくなり、丈の高い茎だけが並んでいる有り様。よくよく観察すると近くに鹿の足跡が。かきつばたの花が野生の鹿に食べられていたのです。狼ではなく犯人は鹿でした。花見の桜が荒らされるという事件もたまにありますが、落花狼藉は、やはりいけませんね。

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