tedukurikotoba (2563)

孝行のしたい時分に親はなし

【漢字】孝行のしたい時分に親はなし 【読み】こうこうのしたいじぶんにおやはなし 【意味】親孝行したい年齢になった時に親がもういない、生きているうちに親孝行しとけばよかったと後悔する。 【例文1】孝行のしたい時分に親はなしにならないように、連絡はこまめに取り合っている。 【例文2】孝行のしたい時分に親はなしと言うから年老いた親は大切にしよう。 【例文3】孝行のしたい時分に親はなしとひどく悔やむ。 「孝行のしたい時分に親はなし」というのは、昔から言われ続けている言葉です。意味は見てわかる通り、親孝行をしたい年代になったころには、もう自分の親というのはいなくなっているのだ」ということですが、では、果たして今でもそれは変わらないのでしょうか? たしかに、この言葉が生まれたであろう大昔、たとえば江戸時代においては、「人生五十年」と言われていたくらいですから、自分に子どもが生まれる頃には、親御さんが天国へ行ってしまっていた人たちはとても多いだろうと思います。ですが、この現代において、特に日本人においては、平均寿命が80歳とも言われているくらいです。30歳ごろになってある程度社会でも生きていけるようになり、自分に余裕ができたころ、わたしたちの親は何か事情が無い限り、多分生きていますよね。 では、どうしていまだにこの言葉がなくならないのでしょうか?わたしは、現代人の時間の余裕が昔に比べて無いからだろうと思っています。 これぞ親孝行!と思えるような、たとえば海外旅行などに一緒に行くことは、わたしたちが社会で働いている限り、とても難しいことです。わたしたちは、20代前半から、自分が高齢者になるまで、時間に余裕がないのです。なんだか切ないですが、せめて今できることから、きちんと孝行していきたいですね。

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檄を飛ばす

【漢字】檄を飛ばす 【読み】げきをとばす 【意味】活気づけの言葉に多用されがちだが、本来の意味は自分の主張を多くの人に知らせて、同意を求める意味。 【例文1】檄を飛ばして権利を得る。 【例文2】強引に住民の檄を飛ばす。 【例文3】地位を利用して檄を飛ばす。 昔々、木札に文字を書いていた時代に出来た言葉です。 細長い木の板に文字を書き、紐で板の両端同士をつなげて長文が書けるようにします。 木で出来た巻物のようなものですが、紙がなかった時代にはこれが一般的だったようです。 「檄を飛ばす」の「檄」も、部首の木編が示すとおり木で出来た文書です。 自分の主張を檄に記して広く兵を募ったり地方の領主の賛同を求める行動が、この言い回しの語源です。 野次を飛ばすという言葉に呼応してか、応援で憤激させる意味で使ってしまう人も多く存在します。 檄という文字が一般的でない上に、さんずいと木編が違うだけで字も似ているのでこのような誤用が広まったのでしょう。 とりあえず強く激しく自分の主張を伝え奮起を促すという点だけをみれば大きな違いはないとも言えます。 檄どころか手紙すら廃れてきた現代においては、メールの一斉送信で情報伝達は済んでしまいます。 必要なのはいつの時代であっても情報の中身です。 受け取る側の情に訴え、利を説き、多くの賛同を一時でも得るのは至難の業です。 メールであれば件名を見た瞬間に削除される運命が決定付けられるものすらあります。 それどころか広告・迷惑メール扱いでゴミ箱一直線まで有り得ます。 メールを使って檄文を飛ばしても、面識のない相手に主文が読まれることは結構難易度が高そうです。 地道に人間関係を前もって築くことの大切さは、問題に直面して気がつくことが多いのは何とも泥縄なことです。

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草葉の陰

【漢字】草葉の陰 【読み】くさばのかげ 【意味】墓や死などの直接的な言い方を避けて、大切な人をあの世から見ているという意味。 【例文1】草葉の陰から見守ってくれるでしょう。 【例文2】亡き祖父母が草葉の陰から見守ってくれると思う。 【例文3】草葉の陰の声がした。 草葉の陰とは亡くなった人が天国から見ているという意味です。 私の父は20年前に亡くなりました。 長男が生後1ヶ月になる頃でした。父の生まれ変わりだと思っています。 私の事ももちろんですが、生まれたばかりの長男を見つめてあやしながら可愛がってくれていたのを今でもはっきり覚えています。 今まで風邪を引く程度で大きな怪我や病気はありませんが、一歩手前までの危険な状態は幾度かありました。長男が夕方勤務を終えバイク事故に遭ったと救急隊から連絡があった時は心臓が飛び出るくらいびっくりしましたが、相手方の左右確認不足で息子に過失は無し。バイクごと倒れましたが、かすり傷と左肩負傷で不幸中の幸いでした。検査入院も含め5日間の入院で済みました。退院後は勤務後、週3日整骨院に完全に完治するまで5ヶ月通いました。 免許を取って初めての雪道運転ではスリップして路肩の草に突っ込み本人もバイクも無傷で済みました。 間違いなく亡き父が草葉の陰から両親が見守ってくれていると思います。 お父さんありがとう。これからも家族のことを天国から見守っていてね。

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機が熟す

【漢字】機が熟す 【読み】きがじゅくす 【意味】何かを始めるのにちょうどいい時期になる。 【例文1】機が熟したから、ガーデニングを始めよう。 【例文2】春はウォーキングをするのに機が熟す。 【例文3】定年を迎え趣味を見つけ機が熟す。 物事を成功させるためには、機が熟すのを待つことが大切だと思っています。 急いでやったことで物事が上手くいかずに失敗してしまうことは良くあることです。 「早過ぎることはあるが、遅すぎることはない」という言葉を知ってから、私は機が熟すことの大切さをより理解するようになりました。 どんなに上手くいかないことでも、その時になれば自然と動いて解決していくこともあります。 機が熟す時をベストタイミングだと捉え、この時に行動すれば、無理なく無駄なく物事を実現させることができるのではないかと思っています。 私も長い間やりたいと思っていることがあります。 しかし、物事を長い目で捉えてみると、その時期はまだやってきていないのだと思えます。 いずれ機が熟したと思える時がやってくると思います。 その時に行動すれば、成功する可能性もかなり高くなるでしょう。 今はその機が熟す時期に備えて、今やるべきことをやっていくことが必要だと思っています。 そのためにも今、機が熟していることをきちんとやっていきたいと思っています。 どんなことでもタイミングが必要です。 さらにタイミングがあっても、油断をせずに、機が熟したところへ上手く乗っかっていきたいと思っています。

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顔色をうかがう

【漢字】顔色をうかがう 【読み】かおいろをうかがう 【意味】相手がどう思っているのか読み取ろうとしている様子。 【例文1】彼は臆病な性格なので、いつも人の顔色をうかがう。 【例文2】先方の顔色をうかがって契約に持ち込む。 【例文3】顔色をうかがいながらお願い事を切り出す。 人間社会の中で生きていると、どうしても他人の意見は気になりますよね。 自分の意見に賛同する人が多い方が物事は進めやすいからです。 反対に、自分に対して敵対するような事ばかり言ってく人しかいないような環境下で仕事を進めようとすると、 難航してしまい、どうしてもうまく運ばなくなってしまいます。 そういった事から、どうしても仕事上、他人の顔色をうかがうという事は避けて通れない部分があります。 しかしながら、他人の顔色をうかがいながら日々過ごしていると、自由に振る舞えなくなったり、 勝手な想像で思い込みから見当違いな行動をとってしまったりしてかえって誤解が生まれたりもします。 思い切って他人の顔色をうかがう事をやめてみるのは今のストレス社会を生き抜くためにおススメの方法でもあります。 他人の顔色をうかがって生きる事は、他人の言いなりに生きているのと同じ事です。 相手が不快に思うかどうかという事ではなく、自分自身がどう感じるか、に重点を置いて物事を見る事で、人生は180度変わります。 部長が険しい顔をしている、けど自分には関係ない、自分はこうしたい、こうしたほうが自分が気持ちいい、と思う事の方を選択する。 思い切ってやってみると意外に怒られなかったりします。 そうすると意外に他人の顔色をうかがう事が癖のようなものであり、自分の思い込みに過ぎなかった事がわかります。 顔色をうかがう事をやめていけば、一つ面倒な手順が省かれるので、ゴールにたどり着くのもより早くなります。 顔色をうかがうとは相手のご機嫌をうかがうこと。または顔色をを見ることを言います。 顔色の語源として、相手と会話する時にはそっぽを向いて返事する訳にはいきませんので、顔や目を見ますよね? 会話の中で顔を見ながら、自分の発した言葉で相手はどう思っているんだろう?不快には思っていないかな?など考えます。 つまり相手の表情や言動といった変化や普段との違いをみて、相手の機嫌の状態を推し量るところから顔色となったと言われています。 ちなみに、「うかがう」というのは「聞く」謙譲語です。謙譲語は自分がへりくだって相手を敬う時に使う言葉です。 使う際の例えとして「今日も上司の顔色をうかがいながら仕事しないといけないな」や「先輩の顔色をうかがいながら話しないと」といった使い方をします。 つまり顔色は感情を、うかがうは自分がへりくだる意味を示します。 「顔色をうかがう」こと自体は悪いことではありません。でも度がすぎると相手に不快感を与えかねません。 どこまでが良くてどこまでが悪いのかは人それぞれですので、もし相手が自分に対し顔色をうかがってるなーと思う場合は、「そこまで顔色をうかがわなくてもいいよ。」と一言言ってあげると、相手も気が楽になると思います。

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