tedukurikotoba (2563)

理に落ちる

【漢字】理に落ちる 【読み】りにおちる 【意味】理屈が多い。こじつけの理由で言い張る。 【例文1】彼との話し合いはいつも理に落ちる。 【例文2】いつも理に落ちたことばかり言う。 【例文3】理に落ちるので話がまとまらない。 周囲に会話をしていると徐々に理屈っぽくなってくる方がいませんか。プライベートでも仕事の関係でもそうした会話は避けたいものですが、そうもばかりは言ってられません。そういう方との会話を指して「理に落ちる」というそうです。あまり聞きなれないかもしれません。話の中でも理屈っぽいと使用することがありますが、そもそも理屈とはどういった意味なのでしょう。物事の道筋、道理といった意味で使用されていれば、正論を話しているのであって、あまり悪い意味ではありません。 もちろん、それが正論であってもあくまで理想論であり現実での実現が難しいことを一々それらしく話されていては話し相手に良い印象は与えません。こうした会話をする方に自覚症状がある方、それらしくならないように注意する方は今まで見たことがありませんが。無理につじつまを合わせた理論、こじつけ、へりくつとこちらの意味では一気に胡散臭さが増します。こちらの意味だとどちらかというと、その場しのぎの机上論を並べているという意味合いにもとれ何か考えがあっての会話とは言えません。理に落ちるの使い方としては、現状を見ず理論上での不毛な議論を行う方の会話に使うのがいいのではないでしょうか。正に論より証拠が欲しいところです。 「理に落ちる」とは「理屈っぽくなること」です。現代ではあまり使われない言葉ですね。「今日はおめへのお蔭で酒が理に落ちていけねへ」などと為永春水の人情本、「春色梅暦」の中で使われているほど、昔は日常的な言葉だったようです。「春色梅暦」は美男子丹次郎と深川の芸者米八との恋愛模様を描いた作品で、明治時代までは「丹次郎」が美男子の代名詞に使われるほどの人気がありました。今でいうと誰でしょう。まあ、それほど読まれていたということです。「理に落ちる」で思い浮かぶのは有川浩さんの「Story seller」という本の「site B」。主人公の女流作家と旦那との出会いの場面で、主人公の話しかたが「ロマンティックなのに、理屈っぽいところが、好きな小説にそっくり」だと納得する部分があるのですが、まさに、彼女の思考から生れ出た小説だからこそ。彼にとって理ではなく「腑に落ちる」展開でした。小説家の理、旦那の理、いろいろな理がスパイスになって、「劇中の劇」を見ているかのように二つの小説が味付けされていくのですが、最後の最後まで読んで、「Story teller」ではなく「Story seller」とした有川浩さんの題名の意図が汲み取れるという作品です。有川浩ワールドに導かれ、「理に落ちる」恋愛話もなんだか素敵だと思わされてしまいます。「理に落ちる」を疑似体験がしたい方にはオススメです。

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らっぱを吹く

【漢字】らっぱを吹く 【読み】らっぱをふく 【意味】大げさに言う。 【例文1】彼はらっぱ吹きだから、期待しない。 【例文2】合コンではらっぱを吹く。 【例文3】モテたいとらっぱを吹く。 らっぱを吹くとはそのままの意味で捉えると、楽器のらっぱを演奏すると想像しがちになりますが、言葉の比喩としても捉えることができます。らっぱの吹くの意味としてより大げさに話すことを言い、普通の出来事なのに脚色を加え、リアクションを取りながら相手に伝えることを指します。本当に起きた話には勿論、起こってもいない嘘として相手に伝える時にも使うことがあり、らっぱを吹く人はどちらかというと万人受けされにくいです。ですがらっぱを吹く人は見方を変えると発想豊かで目を引きやすい天才肌でもあります。芸能人もスター性があったり話の仕方を上手かったりするのでらっぱを吹いている性格の人も多数見受けられます。 ですが、あまりにも話を誇張しすぎると話している最中に相手が不審に思うことがあるので、ある程度制御することが大切です。面白おかしく誰も不快にならず話を大きくするらっぱ吹きは、好まれる傾向にあり、このような素質を持っている人は芸能界向きとして優遇されます。ですが嘘を主にらっぱを吹くことを続けていると、人からの信頼を失い一人ぼっちになりかねないのである程度場をわきまえて行動するのに限ります。らっぱを吹く事は話を誇張するので実際の出来事とはかけ離れた部分がありますが場が盛り上がりやすいです。

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要領がいい

【漢字】要領がいい 【読み】ようりょうがいい 【意味】手際よく処理する。 【例文1】長女は小さい時から何でも要領よくこなす。 【例文2】短時間で集中する方が要領がいい。 【例文3】昼寝の後は要領がいい。 世の中には要領がいいと言われている人がいます。 逆に要領が悪い人もいて、いつも足手まといになってしまう人もいます。 要領が良くても悪くても、時には人の反感を買ってしまうかもしれません。 しかし、この要領が良い、悪いは誰かと比較しないと生まれてこない言葉です。 世の中には要領が悪いと思われている人よりも、要領が悪い人もいます。 平均値や誰かと比較して、初めて要領が良い、悪いと思われてしまうのだと思います。 私はできればどちらも言われたくない言葉ですが、どちらかといったら要領が良いと言われた方が良いかもしれません。 要領よく生きるために、その人は陰ながら何らかの努力をしている可能性もあります。 生まれつき要領の良い人もいますが、無意識のうちにその術を身につけている可能性もあります。 私はできるだけ効率よく生活したいという気持ちが強いので、できれば良い意味で要領が良い人になりたいと思っています。 しかし、世間から反感を買うような要領の良さは、結果的に良いものではなくなってしまいます。

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有職故実

【漢字】有職故実 【読み】ゆうそくこじつ 【意味】武家や武家の儀式・制度・官職・作法・習慣・装束のこと。また、それらを研究する学問。 【例文1】古い歴史を有職故実に詳しい教授に尋ねる。 【例文2】有職故実をたどる。 【例文3】有職故実の風習が変わりつつある。 「有職」はもともとは「有識」と書かれていました。意味は現在の「有識(ゆうしき)」と同じで「知識がある」という意味です。いつの間にか「有職」は「有識」と書かれるようになりました。「故実」は「過去の事実」という意味です。「有職故実」はこの二つの言葉を組み合わせた言葉で朝廷や公家の礼式・官職・法令・年中行事・軍陣などの先例や典故または官職位階・宮殿殿舎・服飾・武具・年中行事・典礼などについて研究することを指します。 朝廷を中心とする公家社会ではしきたりと先例が重んじられ宮中での儀式や行事は部屋の飾付け・着る衣装・座る位置など細かい事までたくさんのしきたりや決まり事がありました。 もしそれらを間違ってしまったら人々の失笑を買うことになるため先例典拠を重んじる伝統主義的な公家社会では絶対にあってはならないことでした。そのため公家の家では儀式や行事に参列した時の様子を詳しく事細かに日記に書き留めておきました。書き留めた日記は代々その家で受け継がれて子孫たちは日記を集成して有識故実書を編纂しました。有職故実書は儀式が行われる時には先例として参考にされるようになりどんどん先例に対する知識が重んじられるようになっていきました。 「ゆうそくこじつ」が正しい読み方だそうです。 「有職」とは公家・武家の儀式・行事・官職などについての知識や、その詳しい知識を持つ人を指します。 「故実」は儀式・行事などの模範的な先例や、その詳しい知識を持つ人を指します。 二つの言葉を合わせて「有職故実」、意味するところは公家・武家の儀式・行事などに関する先例やそれに関して研究する学問ということです。 およそ儀式儀礼と縁が薄い一般民衆には無用な知識に思えます。 有職を「ゆうしょく」と読み間違えたり、対義語は無職なのではないかと思う程度に興味も知識もありません。 予備知識がなければ有職故実の対義語を、無職妄想・有閑捏造などという酷い四字熟語が生まれそうです。 古い文化を正しく伝承することは大切かもしれませんが、縁がなく由来も知らない儀式や行事に興味を持つことはかなり難しいです。 逆に新しい分野へ突き進むべく成果が挙げられるか疑わしい方向へ走り出す方が単純で分りやすそうです。 無責任な一般民衆としては、古い伝統文化は上っ面を眺める程度にしか興味を持たず、フロンティア精神とともに玉砕する研究者は放置が基本です。 マスコミが囃し立てるようなお祭り騒ぎのような儀式や、運よく成果を導き出した成功者ならば話は別です。 得られるものが魅力的でなければあっさり見捨てるのは非情に思われるかもしれませんが、文化を育てる余裕を大衆意識に求めるのは無理です。

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野次を飛ばす

【漢字】野次を飛ばす 【読み】やじをとばす 【意味】大声で人を非難する。 【例文1】試合に負けて野次を飛ばすなんてみっともない。 【例文2】サポーターが相手チームの選手に野次を飛ばす。 【例文3】政治家が野次を飛ばす。 相手の言動に対して、大声で文句を言ったり、非難している様子を「野次を飛ばす」といいます。 この野次という言葉は、野次馬の野次からきていると言われます。 また、この野次馬の語源は「親父馬」からきていて、親父馬(年を取った馬)はもう何も役に立たず若い馬の後ろをただついていくだけだったことから 何も役に立たない無責任な発言を大きな声でしている人に対して野次を飛ばしていると使うようになったという説もあります。 若い人の発言に対して何も役に立たない発言を大きな声で発している「おやじ」? 「まずは自分が子どもを産まないとだめだぞ!」 「がん患者は働かなければいい」 「早く結婚した方がいいんじゃないか」 国会では年を取ったおやじがセクハラ野次を繰り返しています。 「野次は議会の華だ」という考えもあるそうです。 でもそもそもは役に立たないおやじ馬が語源です。 何も役に立たない無責任なことを大きな声で発言するのが野次を飛ばすです。 なぜ、それが華になってしまうのでしょう。 人が聞いて不愉快になってしまう発言に華は決して生まれないと思います。 このように「野次を飛ばす」の意味を踏まえて国会の様子を見ていると 「年を取った馬」がいっぱい座っていませんか? よくテレビなどで国会中継が放送されていますが、我々一般人が気になるのは、国会議員の答弁よりも、国会議員の野次です。国会議員はなぜ野次を飛ばすのかを考えてみました。 まず私達が思う事は、「野次を飛ばしているあの時間も、国会議員達の給料が税金から支払われている」と言う事です。そんな無駄な時間を使うんだったら、しっかり話し合って有意義な時間を使ってくれって、誰もが思うはずです。 野次を飛ばす理由として、「国会議員達の作戦」があると思います。答弁中の議員に野次を飛ばす事で、議員の平常心を奪い失言などを引き出そうとしているのです。そうやって自分達を優位に立たせ様としているのです。自分の意見を言っている時に横から茶々を言われれば、良い気はしないです。特に国会議員は熱い気持ちを持って答弁しているので、余計失言し易くなるのかもしれません。 少し前に東京都議会で「セクハラ野次」が話題となり、毎日ニュースとなっていました。筆者は言って良い野次と、言ってはいけない野次があると考えています。セクハラ野次は誰がみてもNGです。公人として、人としてセクハラ野次は絶対にダメです。議員の方は税金を貰っている以上、答弁や野次には十分気をつけて議会を進めていって貰いたいです。

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