tedukurikotoba (2563)

濡れ衣を着せられる

【漢字】濡れ衣を着せられる 【読み】ぬれぎぬをきせられる 【意味】自分は悪い事などしていないのに、犯人扱いされたり、悪い噂を立てられる。 【例文1】万引きした者の隣にいたばかりに、自分まで濡れ衣を着せられそうになった。 【例文2】隣のデスクの同僚が書類がなくなったと騒ぎ、濡れ衣を着せられる。 【例文3】全身黒ずくめの格好で不審者だと濡れ衣を着せられる。 濡れ衣を着せられるとはやってもいない悪事の罪を着せられることです。 濡れ衣を着せられらたら、たまったもんじゃありませんよね。 サスペンスを見ていると冤罪のドラマがあって本当にこんな事が起こるのだろうかと思いますが、実際に何年も無実の人が何年ぶりに釈放されたというニュースが報道されるとよかったですねという思いよりもこんな事があっていいのか!と憤りを感じます。特に痴漢の証明は難しいらしく、自分の身を守るためには女性の近くには立たないことが基本の事、両手がふさがっている事をアピールするなどだそうです。 先日、本屋さんで立ち読みをしていました。そこへ高校生らしき子ども達が5人入ってきました。しばらく立ち読みしていましたが、うち1人が座り込み、周りを取り囲むような体制を取り始めました。あやしいな・・と思いながら様子をうかがっていたら案の定写真集みたいな感じの本を手に取りリュックサックの中に詰め込み何事もなかったかのように店を出たその瞬間・・!店内から「君たち!待ちなさい」と見つかりました。5人のうち4人は「僕は知りませんでした」と次々に他の学生に濡れ衣を着せていました。きっとやらされたんだなと思いましたが、犯罪は犯罪です。反省してください。

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二束三文

【漢字】二束三文 【読み】にそくさんもん 【意味】草履売りが二束(ふたたば)売っても三文にしかならないことから、数は多くても大した値段にならない。 【例文1】古着を20着もリサイクルショップに出したが、二束三文だった。 【例文2】買い取り価格が二束三文でガッカリだ。 【例文3】どうせ売っても二束三文だろう。 二束三文で買えたり高く売れたりします 最近はネット上で、色々な物が売れるようになっています。 人々の間にリサイクルの心が浸透して、使わなくなった物を捨てずに他の人に売る人が増えているようです。 私もネット上のサイトを通じて色々な物を売ったり買ったりしています。 引越しや模様替えをした時には、大量に要らない物が出てきます。 以前なら捨ててしまっていたところですが、今はネットで簡単に不用品を売る事が出来るので、捨てずに売るようにしています。 これは二束三文でしか売れないなと思った物でも、結構な高値で売れたりします。 捨てようと思っていた物が高値で売れると、とても得した気分になります。 また使い古してボロボロになって、こんなもの売れるのかなと思った物でも、試しに売ってみました。 意外と買い手が付き、ごみ同然の物がお金になったりします。 また新品同然の家具や家電やブランド品が、二束三文で売られている事があります。

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名が売れる

【漢字】名が売れる 【読み】ながうれる 【意味】世間に名前が知られ有名になる。 【例文1】何回もミスコンテストで優勝して名が売れる。 【例文2】文学賞を取り一気に名が売れる。 【例文3】不名誉で名が売れる。 良い悪いは別として、世の中に名が売れるということは何か大きなことをやって、そうなると思っています。良い意味で名が売れる場合には、嬉しいことですが、悪い場合だといくら有名になったとしても、避けて通りたいことです。 名が売れるということは、私のような一般的な立場ではあまり関係ないことですが、芸能人の場合特に大切な部分だと思います。一度名が売れてしまえば、テレビ出演を始め様々な種類の仕事が増えて成功へと繋がります。 よく売名行為などと言われる芸能人がいますが、それだけ売れる為には世の中に周知してもらうのが重要なんだなと思います。しかし、名が売れるには悪い時もあります。例えば、芸能人がスキャンダルなどを起こすと、世の中に広まり仕事が減り大変な思いをすることになります。スキャンダルの内容によっては、テレビから姿を消すことになり復帰も難しくなってしまいます。 同じ名が売れるという言葉でも、内容によっては天と地の差があると感じました。スポーツ選手の場合には、成績や活躍次第によって有名になり、実業家や政治家などは実績によって有名になります。

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堂に入る

【漢字】堂に入る 【読み】どうにいる 【意味】学問や技術が優れている者に尊敬の意を表す。 【例文1】師匠の陶芸作品は堂に入る。 【例文2】堂に入るスピーチだった。 【例文3】堂に入る芝居だった。 約2500年前の古代中国に生きていた儒教の始祖・孔子という人物の言葉に「堂に升りて室に入らず」があります。 弟子の成長を評しての発言で、建物には登ったが室内に入るには至っていない、つまりある程度の上達はしたが奥義には届いていないという意味です。 堂に入るは、技前や所作が違和感なく身についていることを表現することばなので、室にも入っているのかも知れません。 堂に入るという言葉は、あくまで違和感が無いくらい熟達しているという感想なので、奥義や免許を与える指導者的な立場でなくとも使って構わないようです。 もう20年以上昔の世紀末的時代に流行した拳法漫画では、盛んに奥義や秘奥義、果ては究極奥義までが飛び出しました。 究極奥義に至っては部屋に入るどころか、もはや天井をぶち抜きそうな勢いです。 奥義という言葉は、武道や文道の師匠が弟子に与えられる認可などで技そのものを指すわけではないようです。 極意や本質、コツなどの言葉が近い意味を持っています。 全ての奥義を伝授されれば免許皆伝、その皆伝の上に極伝もあるらしいですが、世間一般には公開されることは無いのでしょう。 ゲームであれば経験値やパワーゲージをためて出せる技が奥義ですが、並大抵の努力程度では堂に入るどころか建物の前でうろつくのが精一杯です。

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手が離れる

【漢字】手が離れる 【読み】てがはなれる 【意味】世話をしなくてもいい。一段落して落ち着く。 【例文1】子どもたちが成人して手が離れて自由になる。 【例文2】社会人になり子どもの手が離れる。 【例文3】手が離れて成長を感じる。 「世話がかからなくなる」「世話をしていた対象がひとり立ちする」という意味です。 十数年世話をしていた子どもがひとり立ちしたり、世話していた新入社員が1人前になったりした時に使う言葉です。 親はついつい手をかけてしまいがちですが、度を越えて接してしまう人も中にはいるようです。 わが子の行く先、行く先であらかじめ準備を整えたり、親が何でもやってあげたり、いつまでも実家暮らしを許していたり……。 もちろん親の方が人生経験が豊富で、それは子どもはどう背伸びしてもかないません。 子どもにやらせるよりも、親がやったほうが早い事などいくつもあるでしょう。 しかし、それではどちらも成長しません。 当たり前で厳しい現実ですが、寿命をまっとうした場合、どうしても親の方が先に旅立ってしまいます。 その時、親からの過保護を受けていた子どもは、いったいどうなる事でしょう? いまいちど、親子の関係を見直してみるのもいいかもしれませんね。 手が離れるの言葉の意味ですが、1つは仕事が一段落した事で、今まで従事してきた仕事との関係が無くなる事や、2つ目としては育ててきた子供が成長し、世話が必要無くなる等の意味合いとして使われます。いずれの場合も自分が中心に携わってきた事から離れる事を意味しておりますが、全くの関係を持たなくても済むと言う意味では無く、自分がいなくてもこの先は大丈夫であると考えたり、少し離れた所からこの先も見守っていく等の意味合いが込められております。具体的な使用例としては、「この仕事をようやく軌道に乗せる事が出来たので私から手が離れる」や「子供がようやく成人し社会人になったので親の手が離れる」等と使用します。特に子供の成長の場合には、子供の成長の度合いによってこの言葉を何度も使う事が出来、例えばオムツが取れた時や、小学校、中学校、高校、大学と進学して行く都度にも使う事が出来ますし、結婚した場合にも同じ事が言えます。とにかく子供の成長はその節目がある度に、親の手が離れて行きます。一方で、親などの高齢者の介護にも同じ事が言え、ご自宅等で介護をされている場合は手が掛かるとされますが、万が一逝去された時には、手が離れると言う言葉で送りだしてあげる事が必要です。

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