tedukurikotoba (2563)

理にかなう

【漢字】理にかなう 【読み】りにかなう 【意味】現実に言葉と実行が一致している。 【例文1】彼女が言ってる事は理にかなっているよね。 【例文2】責任を持って理に叶う行動を取る。 【例文3】理にかなうと納得する。 理にかなう、という言葉を日常で耳にすることがありますよね。 今回はこの、理にかなった行動について考えていきたいと思います。 まず、天気の良い日なんかは洗濯物を干すと早く乾かすことができますよね。 布団などを干しても太陽の光をたっぷりとに吸収するので、その日の夜は気持ち良く眠ることができます。 逆に雨など天気の悪い日だと、そういったことは不可能です。しかしその代わりに畑や植物に水をまいたりする手間が省けますよね。 このような一見、当たり前に見える行動が他のことでできているか、と問われると考えてしまいます。 人や場所により、その行動を変えることが大事だと思います。 それぞれ活用するにあたっては、天の利、地の利、人の利を活かすということになります。 自分で目標を定め、この3つの利を活用する方法を自分で考えてみましょう。 また、目標の内容に応じてそれぞれ得られる結果も変わってきます。重要なことは常に意識して、来るべきチャンスに備えることです。 まさに理にかなった行動とは、利にかなった行動とも言えますね。 どちらも結果を出すための基本となるので常に心に入れておきたいですね。

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乱世の英雄

【漢字】乱世の英雄 【読み】らんせいのえいゆう 【意味】乱れた世の中で活躍して事業を成し遂げること。 【例文1】後漢末期の武将・曹操は乱世の英雄と呼ばれたが、今の時代は誰が相当するのだろうか? 【例文2】政治家には乱世の英雄はいないのか? 【例文3】乱世の英雄に匹敵する。 「乱世の英雄」は「世の中が乱れた時に現れるスーパーヒーロー」のことであり、思い浮かべる人は、それこそ人それぞれだと思います。フランスの百年戦争の時のジャンヌダルクを挙げる人もいるでしょうし、源平合戦の時の源義経を挙げる人もいるでしょう。三国志を思い浮かべて答える人もいるでしょうし、江戸時代から明治にかけての動乱を思い浮かべて答える人もいるでしょう。どの国にも乱世と呼ばれた時代があり、それを取り上げられた書物があり、人それぞれの背景があってピックアップされた英雄なのです。十人十色なのは仕方ありません。 友人は親鸞上人を挙げました。親鸞上人は鎌倉時代前期から中期の僧で浄土真宗の開祖です。彼の言葉を記した唯円作の「歎異抄」は有名です。確かに彼の時代、飢饉や乱があり、乱世と言えば乱世でした。その中で親鸞上人は流刑に処されたり、冷遇されたりしながらも、寺院を構えずに布教するスタイルで阿弥陀仏の称名念仏による信仰の力によって人心を大いに救ったというのが友人の根拠です。知人の葬儀で蓮如上人の「白骨の御文」に触れ「今日は生きても明日はわからない儚い身の私たち。今日を憂うのではなく明日のために生きていきましょう。阿弥陀仏の御力にすがるため称名念仏に邁進しましょう」という趣旨のお手紙に感銘を受けたそうなのです。その教義を提唱された親鸞上人は自分にとっての「乱世の英雄」だそうです。あなたにとっての「乱世の英雄」はどなたでしょうか。 みなさんは「乱世の英雄」という言葉をご存知でしょうか。これは、平和なときならただの犯罪者だが、世の中が乱れているときは英雄となる人物を指す言葉で、かつての中国で魏という国を創った曹操を表した言葉なのです。 それは、日本でも人気の高い三国志の時代の話です。曹操は、若くして機知に富み、文武に才能があったのですが、放蕩を好み、自由奔放に生きていました。そんなある日、人物評に定評のある許劭(きょしょう)という人が曹操に評価を下します。 「君は、平和な世では賊だが、乱世では英雄となるだろう」 そして時代は乱れに乱れます。そのとき中国を支配していた漢という国は崩壊に向かい、各地の有力者たちが自ら覇を競い、群雄割拠の乱世の到来です。そして、みなさんご存知の通り、この後、中国は魏、呉、蜀の三国に分かれて、争っていくわけですが、その魏を創ったのが曹操なのです。 魏の曹操は、日本人の間ではあまりいい印象を持っていない人が多いかもしれません。それは、三国志が蜀の劉備を主人公に描かれることが多いこと、そして曹操は劉備のライバルとして描かれることが多いことが原因です。確かに、曹操は冷徹で非情な人物だったそうです。しかし、合理主義者でもあり、様々な悪習を改め、合理的な軍事制度や政治体制を築いたことでも有名です。 このように、曹操はその強すぎる力がゆえに、平和な時代では恐れられ、乱世では大活躍をする人物だったのです。

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要領を得ない

【漢字】要領を得ない 【読み】ようりょうをえない 【意味】要点がはっきりしない。 【例文1】開発担当者の要領を得ない説明不足で、近隣住民は困惑している。 【例文2】塾の講師の授業は要領を得ない教え方でわかりづらい。 【例文3】話が長すぎて要領を得ない。 「要領を得ない」とは要点がわからない、主だったところがどこかわからないことを指します。 歴史を習うと現代とあまりに違い、なんでこんなことがと要領を得ないことがありますよね。例えば源頼朝が千葉県の安房郡(南房総市)に船で敗走して、海を渡ってきたとき、自分の世話をしてくれた村人に恩義を感じ、「安房一国をやろう」と言うと、村人は「粟一石」と勘違いしてしまい、「粟一石よりも苗字を下さい」と頼み、「そうか、ばかな奴だ」と頼朝がつぶやいたのを「左右加(そうか)」「馬賀(まが)」という苗字にしたという逸話が今も残っています。 源頼朝にすれば、村人が勘違いをしているとは思いもよらなかったでしょうから、「要領を得ないことだなあ」と感じたのかもしれません。でも、見知らぬ武将の世話をしただけで、一介の村人が、国をひとつもらえるなどと考えも及ばないではありませんか。もちろん、歴史上でも有名な人物に苗字を賜ることなど滅多にないことで、どんなにか誇らしく名誉なことかと想像は付きますが、源頼朝も、もう少し凝った苗字とか、縁起の良さそうな苗字を改めて授けてあげれば良かったのではと考えてしまいます。千葉県にはこのような頼朝伝説が結構各地に面白い逸話や地名として残っています。

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夕立は馬の背を分ける

【漢字】夕立は馬の背を分ける 【読み】ゆうだちはうまのせをわける 【意味】夕立が馬の片身に降っても反対側の片身は濡れないというくらい、局地的な降り方をいう。 【例文1】雨が降ってきて慌てて洗濯物を入れようと帰宅したが、降った様子もなく夕立は馬の背を分ける。 【例文2】対向車の車が濡れている。夕立は馬の背を分けるだ。 【例文3】地下鉄を出たら雨が降っていて夕立は馬の背を分ける。 全世界一斉に雨が降るわけが無いので、時刻を指定すれば雨が降っている地域と降っていない地域に分けられるはずです。 分けられるはずですが、夕立は馬の背を分けるという表現のままに分けられるものでしょうか。 馬の背中の右は濡れていない、左はびしょ濡れという状況をそのまま再現したいわけではありません。 不確定要素が多すぎる突然の豪雨、時刻・場所を正確に予測して境界線に馬を配置するのは無理が過ぎます。 偶然でもそのような写真が無いか検索したのですが、結果は馬のイラストが精一杯でした。 それでも局所的な集中豪雨が降るさまを遠距離から撮影している画像は見ることが出来ました。 局所的な集中豪雨の撮影とあったので、短時間で限定された範囲にだけ雨が降ったと推察されます。 雨が降っている側は灰色になって見通しが利かない状況になっていますが、建物一つ離れた場所は降っいない光景です。 人によっては5分前歩いていた場所は土砂降りになったけれど運よく難を逃れることが出来たかもしれません。 さすがにこれでは「降る可能性が高い」程度の警告しか出せないのも納得できます。 夕立は馬の背を分けるのは無理でも、道路の反対側が降っていない程度のことは起きそうです。

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安物買いの銭失い

【漢字】安物買いの銭失い 【読み】やすものがいのぜにうしない 【意味】安いからといって買っても質が悪く使い勝手の悪さから買い替えしなければならず、結果お金の無駄使いになるという意味。 【例文1】安物買いの銭失いばかりするから、部屋が物で溢れている。 【例文2】安い商品に飛びつきすぐ壊れて修理代が高くついた。安物買いの銭失いだ。 【例文3】ただで譲ってもらった車のガソリン代が高く、安物買いの銭失いだ。 安物買いの銭失いとは安い物は壊れやすく結局は買い替えが必要になりかえってお金の無駄であるということです。 家計を預かる主婦の身としてはやはり少しでも安いものを買いたいと思うのは当然ではないでしょうか。 マイホーム資金のために日ごろから節約を心がけています。 近くにドラッグストアがオープンして今や食材まで買えて大変便利です。 偏頭痛持ちなのでオープン価格で頭痛薬が大幅に安くなっていて、つい3箱も買いだめしました。基本、市販の薬でもなんでもメーカーにこだわらず効きます。買って間もないうちに偏頭痛がきました。この前買っておいた薬を飲みました。5分もすれば効くだろうと思ってソファに横になりました。ところが5分経っても10分経っても1時間経っても効き目が表れません。6時間後にあと2錠飲んでも結局は効きませんでした。我慢して眠りにつき翌日、いつも常用している薬を買いました。 「安物買いの銭失い」は誰でも一度は聞いたことのある言葉だと思います。「安価なものはそれだけ質も劣るので結局は銭カネを捨てるに等しい結果となる」の意味でいろはかるたの江戸版に集録されています。その時代からの消費行動に基づいた教訓だったに違いありません。今は違うよと言われる方もいると思います。「安い物でも質の良いものもある」という主張が出てくるのはデフレの時代と決まっています。インフレになれば「安かろう悪かろう」が蔓延するのです。ここ何年もデフレが続いていますから、「安くなければ物が売れない。だから良い品物ですら値引きをして販売する」という手法がとられているのです。消費者には恩恵がありますが、長く続くと体力のない会社では屋台骨がぐらつく事態に陥るところも出てきます。そうするとどうなるか、今、地方で問題となっている買い物難民や、商店街空洞化問題が湧き上がるのです。 どんな店舗も仕入れた値段に販売マージンや経費を上乗せして小売り価格を決めますから、安売りでマージンがとれなければ従業員の給料や電気代や家賃まで払えなくなり撤退が余儀なくされます。店舗の閉店が続くと商店街としての集客力がなくなりますから、いよいよ多店舗までお客様が減るという悪循環に陥るのです。需要と供給のある競争社会の原理として避けては通れないことではありますが、最終的に買い物をする店舗がなくなれば困るのは消費者ですから、行政の対応とともに一人ひとりの賢い購買行動を見直す時期なのかもしれません。

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