牛の歩み
【漢字】牛の歩み 【読み】うしのあゆみ 【意味】進み方が遅い。 【例文1】連休中は牛の歩みで渋滞だ。 【例文2】未熟児で産まれたが、ゆっくり牛の歩みで成長している。 【例文3】人気レストランの行列に並ぶが、牛の歩みだ。 牛の歩みと聞くと思い出されるのは悪名高き「牛歩戦術」です。 時間切れという理由で議論を切り上げ採決に移ろうとした多数派に対して、少数派は投票までの短い距離を長時間かけて歩いて抗議しました。 ろくに議論をせずに数の暴力で事を決定してしまおうとする多数派の乱暴な手段は納得できるものでは有りません。 対して、立ち止まったり足踏みしたりを繰り返すことで抗議になると考えた少数派には呆れるほかないです。 民主主義とは、自分のことは自ら決定するという覚悟精神であるはずです。 ただ単純に多数派の意見が常にまかり通るのであれば、それは多数決でしかありません。 何が正しいか意見をぶつけ合い議論することなく、都合が良いと思った方を選ぶだけならば国民全員に○×のスイッチでも持たせれば済みます。 ネットワークを利用すれば、瞬時に選択・投票・集計・発表と一連の作業から結果を導き出せるでしょう。 判断の対象となる○×問題を官僚が必要に応じて出題してくれるなら、政治家の存在すら不要になりそうです。 新しい法律を起案するためにも政治家は必要だと言うかもしれません。 古い法律は見直すことも無く、新しい法律が必要になっても「これから勉強します」程度の政治家ではもはや存在する必要がないです。 民主主義国家の政治化を名乗るならば、相手を納得させるまでいかなくても言い負かす程度のことはして欲しいものです。 取り繕うための議論では社会の進歩など全く期待できないので、短時間でも本音で話し合う姿勢を望んでやみません。 こないだ幼稚園の年少さんの息子の学級懇談会がありました。幼稚園が始まって、約1ヶ月半。先生から今の子ども達の幼稚園での様子をいろいろ聞いてから、お母さんから自分の子どもの様子を話すことになりました。だいたいのお母さんが、始めの頃は泣いてお母さんと離れるのを嫌がっていたのが、ようやくそれもなくなって、家でも少しずつ幼稚園でのお話しをしてくれるようになってきたという話でした。 うちの息子は始めの頃は何がなんだか分からないままで行っていたのが、最近になって幼稚園に行くのを嫌がるようになったタイプでした。毎朝、制服に着替えるところからなかなか進行しなくて、私が毎朝イライラ。ようやく幼稚園に着いても、教室まで一緒に行ってお着替えをするところまでして、ようやく私は幼稚園から帰れるという状態です。もう、周りのお母さん達の話を聞いて、うちはいつになったら幼稚園での様子を家で話すようにまでなってくれるのかと不安になってきました。そこらへんはもううちの息子は牛の歩みでしか成長していかないんだと諦めなくてはいけないと思います。帰ってからのぐずぐずもまだまだ続くことを覚悟しなくちゃいけないと腹を括ることにしました。
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