tedukurikotoba (2563)

息が詰まる

【漢字】息が詰まる 【読み】いきがつまる 【意味】重苦しい雰囲気。 【例文1】会社の業績が落ちて部長の機嫌が悪く、今日の会議は息が詰まりそうだ。 【例文2】彼といると息が詰まる。 【例文3】息が詰まるのでドライブでもしようかな。 一緒にいて息が詰まる人っていますよね。 なんとなく相手に緊張感を与えるというか、会話が弾まないというか・・・そんな一緒にいて息が詰まる人の特徴をあげてみようと思います。 まずひとつめ「完璧主義者」。 仕事をしていても、家の中でも、自分が常に完ぺきでないと嫌だという人は、他者に強要しているわけではないのに相手に緊張感を与えてしまいがちです。 例えば潔癖症で掃除を完璧にしてある家に遊びに行くと、汚してはならないという思いから緊張状態になりますよね。 それが息が詰まる一つの要因になるわけです。 次に考えられる特徴は「おせっかい」。 一見、世話を焼いていくれるのは親切心からなのかなというようにもとれるのですが、やることなすこと「こうしたら」「あぁしたら」と他人に口を出すタイプは 親切を通り越しておせっかいだと思われてしまいます。 よく、親子でこの光景を目にしますが、子どものやることなすこと口を出してしまうと、子どもの自由が奪われて子どもは息が詰まったように感じるのです。 最後は「寡黙・無口」。 本人に悪気はなく、もともと寡黙なのか、照れ屋なのはわかりませんが、あまりに会話慣れしていないと相手はどうにか会話をしなくてはならない気がして焦ってきます。 沈黙が耐えられる関係なら良いですが。あまり会話がない状態って普通は息が詰まりますよね。

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青田買い

【漢字】青田買い 【読み】あおたがい 【意味】まだ稲が青い田んぼの収穫量を見越して米を買い取ることから、将来性に期待して卒業前の優秀な人物と採用契約を結ぶこと。 【例文1】大手企業から青田買いの話がきた。 【例文2】在学中に青田買いが決まった。 【例文3】青田買いに期待する。 「青田買い」とは、優秀な人材を早期に確保することを表す慣用句です。主に、企業などが優秀な学生を早い段階から囲い込むことを表すのに用います。では、この「青田」とな何なのでしょうか。 「青田」とは、まだ稲が実っていない状態の田んぼのことなのです。まだ稲が実っていないので、青々としているから「青い田んぼ」で「青田」と言います。そして、その状態の田んぼから、その年の収穫量を見積り、先行投資をするということで、「青田買い」となったのです。 また、よく混同される言葉として「青田刈り」というものがあります。こちらは、戦国時代の戦法の一つで、敵が籠城した際に、敵地の青田を刈り取ってしまい、食糧不足にしてしまう兵糧攻めのことです。そのため、企業などが学生に早く内定を出して確保してしまうことに対して、「青田刈り」というのは誤っています。ただ、適性も分からないままで入る企業が決まってしまい、自己分析や就職活動をしっかりやらないで内定が出てしまうことによって、若い才能が刈り取られてしまうという皮肉を込めて「青田買い」を「青田刈り」と言っているのであれば、あながち間違っているとも言い切れません。 何にせよ、先を見据えた先行投資というのは、この社会で成功する一つの手段であるのは間違いありません。みなさんも「青田」を見つけたら買ってみるといいかもしれません。 最近は若干ピークを過ぎてきた感のあるアイドル界隈。 AKBが目立って売れてきたあたりからいろんなアイドル、主にグループ活動される方がたくさん出てきた感があります。 こうして登場したアイドルの方に認知してもらおうと握手会やミニライブ等のイベントに足繁く通うファンは 青田買いしてるようです。活動開始、デビューした早くから目をつけ、推しの子を見つけて 握手券を大量に入手し何度も列に並んでループしたり、ライブがあれば早くから会場に入り 最前部を確保してイベント中に推しの子にアピール。 ファンが増え、活動が盛り上がっていけば古くからのファンは鼻高々に周りの知人にこう話すんです。 「俺、デビューの頃からファンだった」 この瞬間がたまらないんです。 かなり人気のタレントのファンを長くやっていて、しかも足繁く通っていたので認知されている、 この“武勇伝”を語るのが最高のひとときなんです。 よく、何度も同じイベントに行くのはどうなのか、とか言われる方や 逆に出待ち入り待ちまでならまだ許されるところもありますが、 タクシーで自宅まで追いかけちゃったりと度を超えた行動をとられてしまう方がいますが、 そういった部分に食い込むことなく正統派のファンとして、ある種誇りを持ってファン活動を行ってほしいと、 最近のイベント会場を荒らすだけに成り下がってしまっている“自称”ファンの方に言いたいと思います。

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訳がない

【漢字】訳がない 【読み】わけがない 【意味】そんなはずはないという意味。 【例文1】彼女がそんな事する訳がない。 【例文2】友人が横領したと聞いたが、そんな訳がない。 【例文3】そんな訳がない。何かの間違いだ。 昨日、今日会えるかどうかの連絡をしたのに、返事がない。当日の朝になっても連絡がない。これはどういうことなのか。せめて、何かしらのリアクションをくれないと、それに対して自分がどう動けばいいのか考えれることも考えれるけれども。電話してみるも繋がらないし、もちろん相手からの折り返しの電話もない。あれだけ約束をしながら、こんな仕打ちの訳がないと思いたいけれども、そんな仕打ちがあるのが現実という事です。 たくさんの時間を流し過ぎてしまったから、お互いの状況が変わってしまうのも当たり前ではあるのかもしれないけれども、こういう時はどう動くのが一番よいのか? あちらからのなんらかのリアクションを待つのが一番だというのは分かっているけれども、その待つというのがもどかしい。でも、待たないといけないんです。時間はたくさんあるわけだし、彼だけが人生でもないのだから、そんなに真剣に悩むこともないんじゃないのかと思うようにします。相手の言葉に惑わされてしまったのは、まだまだ自分が甘ちゃんだという証になるんだと思います。彼とはその後、音信不通になり自然消滅しましたが、彼の方が一枚も何枚も上手だというのをもっと認識するべきでした。

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六十の手習い

【漢字】六十の手習い 【読み】ろくじゅうのてならい 【意味】年を取ってから勉強や習い事を始める。 【例文1】70歳の母は六十の手習いのおかげで活き活きしている。 【例文2】独りになってボケないように六十の手習いを始める。 【例文3】六十の手習いに年は関係ない。 「六十の手習い」ということわざを、ご存知でしょうか。意味は、言葉のとおり「ある程度年を取ってから習い事をはじめる」ことを指した言葉です。おじいちゃん、おばあちゃんになってから、たとえばコーラスを始めたり、庭いじりや家庭菜園を始めたりといった、新しい趣味や習い事に取り組むのって、すごく素敵なことですよね。 実は最近、インターネットを見ていたときに、ものすごく驚いた「六十の手習い」があります。それは、なんとtwitter。60どころか70代後半のおばあちゃんが、スマートフォンを買って、さらにはtwitterを始めたというのです。 そのおばあちゃんが投稿する「つぶやき」は、誤変換・誤字のオンパレード。ですが、その投稿のなかでわたしが感動したのは、そのおばあちゃんには 20,000人以上のフォロワーがいるということ。そして、おばあちゃんがそれをとても喜んでいるということです。twitterに挑戦してよかった、らくらくホンではなくスマートフォンを選んでよかった。この年になってこんなにたくさんのお友だちができるなんて思わなかった。心温まる投稿に、いくつになっても挑戦する人でいたいなと思いました。 六十の手習いとは、六十歳になってから、初めて字を習うことを言います。それから、年を取ってから、習い事を始めることを言うようになりました。 半世紀以上も前には、六十歳と言えば、かなりの老人でした。ですから、そんな年になってから何かを習い始めると言うことは、ありないことだったのです。ですから、そんな年で習い事を始める人を、揶揄するような意味もあったのでしょう。 しかし、現代では六十歳はまだまだ現役です。仕事を続けている人も多いことでしょう。おなじような意味合いでいうなら、六十歳ではなく、七十歳ではないでしょうか。いや、もっと年長かもしれません。とにかく最近のご年配の方々は元気です。習い事はもちろん、スポーツや趣味にも手を広げます。 六十歳を過ぎた頃、いつものクロスカントリーコースで走り回っており、実年齢よりは若いつもりでおりました。そうした所、同じコースで走っていたのは八十八歳の方でした。そこのリーダーの方曰く、六十歳などまだまだ若者だそうです。その方は、六十の手習いよろしく、定年後クロスカントリースキーを始められたと言います。 六十の手習いから始まって生涯の趣味などを、持ち続けられることは幸せなことなのでしょう。 「六十の手習い」ということわざをご存知でしょうか。その言葉通り、六十の手習いとは年を取ってから習い事や学問を始めることです。勉強や習い事を始めるのに年齢制限などない。何かをスタートするのに年齢は関係なく、年を取ってからの挑戦でも遅すぎることはない、という意味がこめられています。とてもポジティブなことわざですね。同じ意味のことわざは海外にもあります。Never too old to learn.年を取りすぎて学べないということは決してない、という訳になります。同じ意味合いですね。 ことわざや言い伝えは古くから伝承されたきたもので、このことわざもそうではないかと推測されます。昔と今では平均寿命が全然違うので、昔の「六十歳」と今の「六十歳」は意味合いが違ってきますね。きっと老人の象徴としての「六十」の数字でしょうけれど、今の六十歳はまだまだお若く元気です。平均寿命までも20年以上残されているので、会社を定年退職した後になにか趣味を始めた、勉強を始めた、と話を聞いても遅すぎるとの印象は受けないでしょうね。そういう意味では、現代風に言い換えると「八十の手習い」などと言い換えたほうがしっくりくるかもしれませんね。

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利に走る

【漢字】利に走る 【読み】りにはしる 【意味】利益ばかり追い求める。 【例文1】利に走る商売では失敗する。 【例文2】利に走って信用を失う。 【例文3】利に走るから客が来ない。 企業は利益追求のために事業を効率よく実施します。 しかしながら、利に走るとロクなことがありません。 例えば、今の東芝における粉飾決算は、まさに私利私欲に走ってしまった結果、視野が狭くなり、自分の足元も見られなくなってしまいました。 未だに会社の決算を出すことができないのは、異常事態です。 このように利に走るとロクなことがありません。 普段の私生活においても、利に走ると色々変なことがあります。 例えば、資格の勉強がその一つです。 資格報奨金のために学習をし、資格を取ったのはいいもの、活かす場所がなければ意味がありません。 お金ばかりとらわれて、自分の時間を無駄にしてしまうのは、なんとも残念なことであると思います。 もう一つ、利に走るケースとしては、会社の交際費を私的に流用するケースです。 ある県の議員にもありましたが、バレてしまうと職を失うこともありますが、何と言っても家族に迷惑がかかります。 信頼している家族に迷惑をかけることは決してやってはならないと思います。 このように利に走ると自分の名誉も、家族の信頼も失うことになり、人生が変わってしまうこともあります。 まずは自分の足元を見て、行動をしていくことが必要ですし、そうしていると必然的に利が付いてきます。

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