tedukurikotoba (2563)

血の雨を降らす

【漢字】血の雨を降らす 【読み】ちのあめをふらす 【意味】戦争や殺傷事件などで人がケガをして血を流すこと。 【例文1】通り魔殺傷事件で多くの人が血の雨を降らす。 【例文2】事故現場が血の雨を降らす。 【例文3】血の雨を降らす核兵器をなくす。 血の雨を降らすとは、その名の通り誰かを殺して血を流させたり、争いを比喩している意味合いが多いです。現代では戦争や大量殺人に使われることが多く後ろ向きな言葉であることもわかります。危害は加えないものとして、恋愛に対しても使うことがあり、三角関係などドロドロとしたものにも血の雨を降らす、降らしているなどの言葉が使われます。 例文として、朝のニュースで殺人犯が子どもを殺したものが流れていて血の雨が降る。 三角関係に収集がつかずいつも血の雨が降っているなど、修羅場のようなドロドロとした感じが伝わって来ます。雨が血となり降っているわけではなく、血が雨のようにたくさん出ている様、雰囲気のドロドロを血で表しています。雨は太陽を隠し延々と降ります。雨はどこか憂鬱になることが多く、雨の成分が血となればその傾向と後味の悪さは引き立ちます。普通のケンカにも大げさな比喩として使うことも出来、壮絶な出来事だったという事を相手に伝えられます。殺人事件を描いた文芸小説の中の一節としても書かれることがあります。どちらにしても気持ちを沈む出来事に使われることが多く、なまめかしいものとして受け取りやすいです。怪我をして血が止まらない様にも使われることもあります。

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大同小異

【漢字】大同小異 【読み】だいどうしょうい 【意味】小さな違いはあるが、だいたい同じである。 【例文1】このコピー品は大同小異で見分けがつきにくい。 【例文2】私の目は大同小異でもごまかせない。 【例文3】新作が大同小異でオリジナル性がない。 少しだけの違いはあるものの大体が同じであり、差がほとんどないという意味の大同小異。人の意見に大差無い時などに使われるようですが、私の場合は服に関して言えます。いつも欲しいと思う色がカーキ色なのでクローゼットやタンスの色の割合が暗めです。デザインも単調で無地が好みなのでどうしても似通ったのばかり選んでしまいます。私の中ではちゃんと違いがあるのですが、周りから見ると分かりにくいそうで家族と服を選ぶ際はその色好きねーとよく言われます。 服に限ってだけなので不思議ですが、ある日洗濯物が間に合わず上下の色が丸かぶりする事がありました。更にジャケットもカーキ色だったので鏡で確かめた所、さすがにないなと思い改めました。それからは違う色のトップスやズボンを敢えて買うようにして全身カーキになる事は無くなりましたが、今でもついカーキ色に目がいってしまうのは直りません。また声フェチでもあるのでテレビで俳優や声優の声を聞き分けるのが楽しいのですが、一緒に観ている家族からすると、大同小異に感じる事が多く声だけでは誰が喋ってるのか分からないと言います。きっと関心があるかないかで大同小異に感じるのも人それぞれなんじゃないかと思いました。

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袖にする

【漢字】袖にする 【読み】そでにする 【意味】着物の袖はさほど目に留まることはなく、舞台の袖も観客から見える所ではなく重要ではないことから、親しくしていた人に冷たい態度をとる。 【例文1】嘘ばかりつく彼を袖にする。 【例文2】お金を借りたまま返さない友人を袖にする。 【例文3】他に好きな人が出来て袖にする。 語源は着物の袖は長く邪魔になることから、邪魔者扱いにする。 舞台の両端は観客席からは見えず重要でないことからきています。 みなさんは他人を袖にした事ありますか? 私はいくつかあります。10代の色恋沙汰でした。好きな男性の話を友達に話しているうち、友達のほうが彼と仲良くなってしまい、私は焼きもちをやいて軽く友達を袖にしました。当時は悔しくてたまりませんでしたが、大人になった今、その友達と今でも会えば普通に喋ります。 あと一つは、社会人になってお金に余裕ができました。貯金も毎月2万しています。 同窓会で同窓会で再会してから近くに住んでいるということもあり、友達づきあいも増えました。ご飯を食べる時はほとんど割り勘でしたが、たまーにおごることもありました。そんな時、バイト代が少なかったので、お金を1万貸してほしいと言われました。まあ1万だけなら・・と思いバイト代が出たらすぐ返してもらうよう約束をして貸しました。翌月、バイト代は出たもののこれからの生活費が厳しくなるからと言って待ってほしいと言われました。なんだかモヤモヤして待っていたけど返済はありません。もう痛い社会勉強だと思い直して別件で連絡取る時、袖にしました。これはこれでよかったと思っています。

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関の山

【漢字】関の山 【読み】せきのやま 【意味】これが精一杯という意味。 【例文1】1日1ページ問題を解くのが関の山だ。 【例文2】1ヶ月の娯楽代は1万円が関の山だ。 【例文3】50m走るだけで関の山だ。 関の山という言葉は、精一杯やってもこの程度にしかならないというような時に使っています。 予測を立てる時の見通しで、あまり期待できないような時が多いかもしれません。 また、関の山の前にせいぜいという言葉を入れることも良くあります。 「せいぜい関の山だ」という感じで使っています。 これはあくまでの今の時点で考えられる未来予測です。 その為、今の状態が良ければ、未来予測ももっと良いものになります。 関の山は諦めの気持ちが少し入っているので、少しネガティブな表現にも捉えられるかもしれません。 できれば、いつも関の山だと諦めてしまう前に、そこからもっと良い結果を出していくためにはどうすれば良いかを考えていくようにしたいものです。 私もさまざまな計画を立てる時に、ある程度の未来予測を行います。 しかし、計画のほとんどがそのように行ったことはありません。 すぐに不都合が生じてきてしまい、その結果、計画を変更しなければいけないことばかりです。 しかし、計画を変更したことで、前よりも見通しが明るくなることもあります。 最初は「せいぜい関の山」だと思っていたことが、予想以上の結果を出すこともあるのです。 先のことはわかりませんし、予想外になることの方が多いようです。

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捨てる神あれば拾う神あり

【漢字】捨てる神あれば拾う神あり 【読み】すてるかみあればひろうかみあり 【意味】愛想尽かして見捨てる人もいれば、助けてくれる人もいるという励ましの言葉。 【例文1】捨てる神あれば拾う神ありだから、つらくても頑張って。 【例文2】長年付き合った恋人と別れたけど、捨てる神あれば拾う神ありだ。 【例文3】10回目のお見合いにしてようやく成立した。捨てる神あれば拾う神あり。 こないだは愛しのあの子のラブコールに負けてしまいました。ライブあるのは知っていたけれど、連絡の中でその話にはまったく触れてこないし、ちょっと行くのが無理そうだったので、こちらも触れなかったのに。当日になって、今日来れるのかどうかと連絡あるのです。断ってみるけれども、結局、行きました。行ったけれども、彼とは盛り上がらないままで帰宅しました。もう連絡しないと誓うのでした。 捨てる神あれば拾う神あり、で、その次の日に違う彼と会うことが出来ました。その日行けるのかどうかの問い合わせにもなかなか返事がなかったので、半ば諦めていたけれども、朝から電話をしてみる。電話もなかなかでてくれない。これはもう、どん底モードに突入かと思っているところに電話あって、これから会えるってなったので会いに行きました。やはり、この安心できる距離感というのは積み重ねてきた時間の長さなのか、と思いながらも、気持ちはゆらゆらになってしまうのでした。言われた言葉が胸にじくじくしてしまうけれども、どこまで彼の本気なのかっていうのも分からないし、それは聞いても分かるものではない。本当に人の気持ちなんて分からないから、自分の気持ちがどうしたいかなんだよね。

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