tedukurikotoba (2563)

美人薄命

【漢字】美人薄命 【読み】びじんはくめい 【意味】美しい人に限って短い命であったり、不幸なことが多いと言われる。 【例文1】若くして亡くなったあの人はきれいな顔で美人薄命だ。 【例文2】美人薄命と言われないよう健康に気を付ける。 【例文3】芸能界は美人薄命が多い。 私の小学校からの同級生に、美人薄命だった彼女がいます。 彼女は、すぐにみんなと仲良くて誰からも好かれた女の子でした。 私も仲良くして昼休みいつも遊んだり、遅くまで放課後残って校庭で遊んだししたのを思い出します。 中学に入って部活が違ったので遊んだり一緒に帰ることはなくなりましたが、廊下で会えばおしゃべりをしていました。 高校に行くと全然会わなくなり、社会人になりました。私は早くに結婚しまして地元の同窓会には参加していませんでしたが、付き合いのあった共通の知り合いから地元での同窓会参加を求められました。 夫に子どもを預けてお盆の帰省時に合わせた同窓会に参加しました。10年ぶりとあって懐かしい顔ぶれが嬉しくて夢中になって語り合いました。 近くに住んでいてよく遊んでいたあの彼女も来ていました。なんだか顔が太ったというよりは腫れている感じでした。でもそんなことは誰も言えず同窓会は終わりました。それから3ヶ月後、彼女が亡くなったとの訃報を受けました。やはり病気の副作用だったらしく、元気に見えたのに残念でなりませんでした。30前にしてこの世を去るなんて、、こんな形で(お通夜)またみんなが集まるのは悲しいと思いました。

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掃き溜めに鶴

【漢字】掃き溜めに鶴 【読み】はきだめにつる 【意味】掃除してゴミを溜める所に鶴がいるということは、みすぼらしい所に美しいものがあるという意味。ゴミを溜める所と鶴を比較対象にしているが、この場合は美しい鶴を引き立たせるためで鶴を重視する。 【例文1】彼女は美人で目立つから、掃き溜めに鶴で遠くにいてもすぐ見つけることができる。 【例文2】男子寮では寮母さんでも掃き溜めに鶴だ。 【例文3】男子ばかりの現場ではブスでも掃き溜めに鶴に見える。 畑に囲まれた田舎の小学校に通っていた時です。あまり生徒数も多くなく生まれた時から知っている友達ばかりで時折喧嘩もしましたが、友達と遊ぶ以外に娯楽がなくすぐに仲直りしてしまうほど仲がよかったです。そんな時、一人の転校生が来ました。都会出身のとても垢抜けた子です。親の仕事の都合での引っ越しだったらしく本人は最初不機嫌な様子でしたが、とても可愛らしかったのを覚えています。同じクラスの坊主頭の男子が「まさに掃き溜めの鶴」と囁きました。 当時クラスで諺の本を使ったクイズが流行っていたためにその本を思い出しての発言だと思います。正直、おしゃれなど二の次にしていた田舎臭い女子たちですが、掃き溜めってゴミ箱じゃないかとさすがに坊主頭に青筋を立てました。しかしその可愛らしい少女も次第に居なくなってしまいました。数年と暮らすうちにレースのついたブラウスがTシャツに、フワフワのスカートがハーフパンツになって肩以上にあった髪もショートカットになり草っぱらや畑を走り回るようになり田舎に染まってしまいました。大人しげの印象は最初だけで快活な女性になり、連絡を取ると男子3人の肝っ玉母さんになってしまいました。鶴が田舎に染まるのを思い出すと懐かしくなります。 ことわざ辞典などで掃き溜めに鶴という言葉を見たことが有るでしょうか。こういう故事が有るのですが、言葉どおりゴミが散らかっているような掃き溜めに鶴が舞い降りるというシチュエーションが元です。そこから、つまらないところに際立って優れたものが現れた様子やあたりに似合わないほど一人が勝っていることなどの例えに使用されます。辺鄙な田舎にハリウッドスターが現れたなら、この言葉を使っても良いでしょう。要は、その場において違和感を感じるものがそこにあれば、掃き溜めに鶴です。しかしこの言葉は鶴に当てはまる対象と掃き溜めに当てはまる対象に格差を生じさせますから、使うタイミングには注意が必要です。類義語に、芥溜めに鶴、天水桶に竜があります。使われるならば勿論鶴側でありたいものです。もしこの言葉を周りに人が沢山いるときに使うなら、あまり大きな声では話さないことです。先ほど注意が必要だといった理由になるのですが、際立った者以外の人々が、掃き溜め扱いされたことに憤慨し気分を著しく損ねてしまうからです。独り言のようにボソッと使うのがちょうど良いでしょう。こういう故事成語をスラッと口にできる教養は身につけておいて損はないので学ぶに越したことはありません。

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乗りかかった船

【漢字】乗りかかった船 【読み】のりかかったふね 【意味】こぎ出した船から降りることができないことから、いったん関わった事を途中でやめる事ができない。 【例文1】乗りかかった船だ、みんなで手伝おう。 【例文2】乗りかかった船だ、諦めず最後までやり遂げよう。 【例文3】乗りかかった船だ、とことん付き合うよ。 乗りかかった船とは何事も途中で諦めないという意味を持ち、真面目で責任感のある性格の人にぴったりの意味を指します。一度関わった運命だから最後まで責任を持って使命を果たすなど、正義感が強い意味も成します。例文として、ゲームを始めたが難しくて途中でやめてしまいそうにもなるけど乗りかかった船、最後までやり通そう。友達が好きな人に告白したいとラブレターをもらって渡してと頼まれたが、面倒だ。でも乗りかかった船、最後まで手伝い行く末を見守ろう。など、そのまま続行していく様を表しています。この言葉を使う時、どちらかというと後ろ向きより前向きな姿勢が伺えます。真面目で奥ゆかしい日本人の本質を言い当てたような言葉でもあります。船に既に乗ってしまったので、目的地につくまで何があっても降りられない状態を比喩しています。乗りかかった船である出来事は良い方向へ進むことも悪い方向へ進むこともありますが、やり終えたということに意味を感じることもあります。一度始めたものは何があってもやめることはできないと現代にも浸透するほど教えを説いてくれています。乗りかかった船と似ている言葉として、渡りかけた橋という言葉もあります。

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猫も杓子も

【漢字】猫も杓子も 【読み】ねこもしゃくしも 【意味】大人も子どもまで皆。 【例文1】猫も杓子もスマホを持つ。 【例文2】猫も杓子も知っている芸人。 【例文3】猫も杓子もスマホゲームにはまる。 何かが流行ると、誰もがそれに飛びついて、夢中になります。 右を向いても左を見ても、みんながそれを持っていて、持たない人を探すのが大変です。 誰もかれも、そんな状態を猫も杓子もと表現します。 流行に夢中になり、他の人と同じものを持ちたいという気持ちは、悪いことではありません。 それでも、この猫も杓子もという表現には、少々バカにした響きを感じます。 私自身が、流行のものに飛びつき、他人と同じものを持っていることに安心する人たちを、心のどこかでバカにしているからかもしれません。 猫も杓子も、私がこの言葉にリアルに触れたのは、ずっと若い頃、 同世代の女の子も男の子も、雑誌やテレビなどで祭り上げたバンドブームに夢中になっていた頃のことです。 「ブームに乗せられ、実力も才能もないバンドが増えた。猫も杓子もバンド、バンドだ」 辛口の音楽雑誌で、バンドブームをそう切り捨てる記事を見たことがあります。 確かに、学生だった私の周りにも、バンドを組む友人たちがたくさんいました。 ブームになる以前から、ロック系の音楽を聴き、昼休みの校内放送で、家から持ってきたCDを流すような子達がバンドを組んだ時には、さまありなん、と思ったものです。 しかし、それまで音楽に興味もなかったような子達まで、ギターを抱え始めた時には、まさに「猫も杓子も…」と呆れてしまいました。 猫も杓子も、とは誰も彼も、と言う意味です。そこらじゅうで見掛ける猫と、どの家にもある杓子(しゃもじ)に例えて大衆みんな〇〇だ、と使います。 ことわざですから昔ながらの言葉が使われるのは当然ですが、杓子が何かすぐに思い付かない人もいるでしょう。 では猫もしゃもじも?いえ折角ですから今の時代にある「よくある物」で代替案を考えてみましょう。 猫も昨今完全室内飼いを推奨され、地域によっては野良猫を見掛けなくなりました。なら犬はどうでしょうか。きちんと紐で繋がれた犬は少しイメージと違うと個人的に思います。 なので烏はどうかと思うのです。烏合の衆、と表現されるようにどこにでもいます。都会にあっては餌場が動かない為やたら目につく鳥でもあります。 杓子の代用には何が使えるでしょうか。私は携帯電話、スマートフォンを推します。どうせなら現代ならではのアイテムを組み込みたいと思いました。これも次の世代になれば新たな電子機器に取って変わるでしょう。 あるいはカードなどどうでしょうか。クレジット、ポイント、会員証、何かしらのカードが一枚は財布に入っていませんか? 烏もカードも。戯れに、韻を踏んで、こんなものはどうかなと提案して見るわけです。

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濡れ鼠

【漢字】濡れ鼠 【読み】ぬれねずみ 【意味】服を着たままずぶ濡れになること。 【例文1】子どもたちが楽しそうに濡れ鼠で、川で水遊びしている。 【例文2】暑くなり濡れ鼠で川に入る。 【例文3】水鉄砲遊びで濡れ鼠だ。 「濡れ鼠」とは「水に濡れた鼠のことで、転じて衣服を着たまま全身がずぶぬれになっている様子」を表します。鼠で思いだすのは鼠算です。鼠算は和算という日本古来の算数での問題のひとつで、「親鼠から子鼠が何日間で何匹生まれました。いついつまでに何匹増えるでしょう」という問題です。これの難しいところは、親鼠が一回だけ子鼠を繁殖するのではなく、親鼠が繁殖して子鼠をまた産んでいる間に、先に生まれた子鼠が繁殖時期を迎え、また子鼠が生まれと延々と子鼠が生まれていくのを計算するわけです。考えただけでも、天文学的数字になるのではないかと、頭がクラクラしてきます。実際には天敵やネズミ捕り、ホウ酸団子もあり、増えるだけではないのですが、算数の概念を教えるには良い問題ですよね。和算にはこのほかにも、子どもが興味を持ちそうな名前のついた問題がいろいろあります。有名なのは鶴亀算です。そのほかに旅人算、カラス算、嫁入り、流水算、小町算、俵杉算、油わけ算、盗人、方陣、円陣、円、三角形などです。明治5年に明治政府が学制が発布すると同時に、諸外国に追いつくようにと和算が廃止され、専ら洋算を用いるようにと通達が出され、和算は珠算だけを残して教えなくなりました。今解こうとしても難しい問題もありますから、和算を考えた人たちはよほど頭脳明晰だったのだなと思います。鼠つながりの話でした。

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