tedukurikotoba (2563)

顔が立つ

【漢字】顔が立つ 【読み】かおがたつ 【意味】世間体を守る。信用を失わずにすむ。 【例文1】英語ができた彼女のおかげで会社の顔が立つ。 【例文2】信用できる彼女を紹介して顔が立つ。 【例文3】良妻賢母の妻で顔が立つ。 顔が立つとは世間体を保ち、名誉が傷つかずにに済むことです。 先日わが社に外人さんが来訪しました。社員は英語ができなくてかたことの英語と身振り手振りで話していました。そんな時、応接室に若い事務員が入ってきて外人さんに対応しているではありませんか。社員一同驚きを隠せないようでした。聞けば高校生の夏休み、冬休みを利用して海外留学経験があるそうです。 2ヶ月間アメリカ人の彼氏もいたそうです。そんなこんなで英会話が達者でした。彼女のおかげで会社の顔が立ちました。 家に帰ると我が家で、一番顔が立つのは、嫁さんです。教育には厳しく子どもたちに指導しています。時には声を張り上げて叱ることもあります。 でもそれは子どもたちのためだと言って聞かせています。塾の送迎も家事もすべて仕事で帰りが遅い私は妻にまかせっきりで頭が上がりません。唯一わたしができることと言えば出勤前にゴミを出すくらいです。それくらい顔を立てておかないと夫婦円満の秘訣を語る事はできません。

Continue reading...

大目に見る

【漢字】大目に見る 【読み】おおめにみる 【意味】人の失態を責めず、寛大に受け止める。 【例文1】今回だけは大目に見よう。 【例文2】今日の事は大目に見るが、次はない。 【例文3】多少の失敗は多めに見る。 失敗や欠点を許すことを大目に見るといいますが、そのような状況で大きな目をしていたらかなり不自然です。 口では許すと言いつつ目を見開いて絶対に許さんという意思を示されたら恐怖以外の何ものでもありません。 どうにも納得いかないのですが、考えてみても見当がつかないので調べてみました。 どうやら目は目でも網の目の大きさのことで、それならば小さな瑣末な物は網やザルからすり抜けるので納得いきます。 逆の意味の言葉で天網恢恢疎にして漏らさずという言葉がありますが、現行の法律はザル扱いされることが結構あります。 しかも厄介なことに、組織的な悪事を働く者が抜け道を熟知してすり抜ける場合もあるですから困りものです。 それこそ大きく目を見開いて、卑劣な犯罪者が法の網目を抜けることの無いようにしっかりと見張る必要があります。 全部を通さないと社会が成り立たないので小事については町内や個人などで戒めることも必要なことなのでしょう。 自己申告で大目に見てくれと言い出す人がいますが、そのような我侭を許していては際限なく大目に見ることになりかねません。 ある程度の寛容さは持ち合わせても、一線を越えるような行いに対しては厳格な態度をとれるだけの心構えが必要です。 「大目に見る」という言葉はよく聞く言葉だと思います。私も過去に「大目に見る」という経験をたくさんしました。例を挙げると、職場で新しく入ってきた社員の仕事ぶりについてです。その方は新卒2年目で、前職でも社会人の基本を教えてくれないような環境だったらしく、ビジネスで使う言葉遣いや電話での対応が全くできていませんでした。例えば、上司の事を指す時に「あの方」等ではなく「あの人」と言ったり、入社間もない仕事中に「眠いですね」とあくびをしたり、電話を出る時の第一声が「もしもし」であったりしました。初めはこんな基本的な事から注意したり教えなければならないの?と呆れました。さらには教えても返事が「はぁ」とか「あぁ、、」等の分かっているのか分かっていないのか判断できないものでした。教える側の私のやる気が失われそうになりましたが、いわゆるゆとり世代であり、新卒2年目で社会を知らない人に対して、社会経験のある自分たち世代と同じ事を求めても仕方がない!と割り切り、今きちんと教えてあげないと次の世代の人たちにも悪影響を及ぼし兼ねない、と考え、基本中の基本から教えることにしました。ひとつひとつ丁寧に怒らず教えました。この経験を「大目に見る」ということだったなと思い出します。 「大目に見る」とは、失敗をしても多少は見逃すことや咎めない意味で、生活の中でも良く聞く言葉ではないでしょうか。特にスポーツをしている方は、試合で失敗をしても大目に見られて軽い注意くらいで済む選手を、スポーツ中継などで見ます。 「大目に見る」は誰に対しても行われるのではなく、そこにはルールがあると思います。まず日頃失敗をしない優秀な人間に使われますね。失敗が珍しいので、一度くらいで注意しなくても大丈夫という意味合いで使われるでしょう。また仕事などで初めて業務を行う新人の失敗に対しても使用される場合があります。最初から仕事ができるはずがないという意識から「次は失敗はするな」と釘を刺される感じです。 逆に、いつも失敗ばかりしてしまう人間には滅多に使われません。仏の顔も三度までと言いますが、「大目に見る」ことが許されるのは、失敗が三回以内までの人ではないかと私は考えています。全員が平等に大目に見られたら、失敗をしない方にとって不平等になってしまいますが、結局は注意する指導者の気まぐれなのかも知れません。 失敗をしないことが一番ですが、もし失敗をした時のためにも、日頃の行いを良くしていれば大目に見られることが増えるはずです。

Continue reading...

遠慮会釈もない

【漢字】遠慮会釈もない 【読み】えんりょえしゃくもない 【意味】相手の事も考えず、強引に進めること。 【例文1】彼の遠慮会釈もない態度に愛想尽かす。 【例文2】遠慮会釈もない者とは取引きはしない。 【例文3】遠慮会釈もない客。 親族でレストランへに食事会に行った時のことです。私たち家族、主人の親夫婦、主人の姉家族と10人以上の大所帯となりましたが、伺う時間を連絡し予約を取っていたため、混雑する時間帯にも関わらず並ぶことなく席に着くことができました。人も大勢いる中で一目も気にせず大声で喧嘩する舅と姑。別に耳が悪いわけではないのにメニューを決めるのにも一悶着。姉家族の子ども達も店内を走り回り、親も注意をするわけでもなく好き放題にさせています。 そして空気のように振る舞う主人。注文しても届くのが遅いやら、届いた商品がぬるい、味が濃くて口に合わないなど毎度のことながら傍若無人な振る舞いに辟易です。その字の如く、本当に傍に誰も居なければ良かったのですが、お昼時で満席になっていたため申し訳なさ過ぎてそのお店はもう利用できません。傍若無人の反対の意味になる遠慮会釈という言葉があり、遠慮会釈もなくとなると傍若無人と同意語になるわけですね。遠慮会釈とだけ聞くと日本人としてとても落ち着く字面です。主人の親や姉に私が何かを言うと経験上罵詈雑言が飛んでくるのはわかっているのでこちらとしては反面教師とし慎ましく控えめに他人を思いやる心を忘れずにいたいものです。 「遠慮会釈もない」という慣用句がありますが、ときどきこの慣用句を間違った読みで覚えてしまっている人がいるようです。この慣用句は、「えんりょえしゃくもない」と読みます。 ちなみに「遠慮会釈もない」とは、「相手に対して遠慮をしたり、会釈(あいさつの意味を込めてお辞儀をするという意味の言葉で、えしゃくと読みます)をすることもなく、強引にものごとを進めていく様子のことを指している言葉です。 実は、わたし、以前はこの言葉の読みを間違っていました。「かいしゃく」という言葉については、切腹をする人の横に立って、長く傷みで苦しまなくてよいようにしっかりと切ってあげる「介錯(かいしゃく)」だと勘違いをしていたのです。しかも、そのためにわたしは「遠慮会釈もない」の意味も間違ったまま理解していて、「切腹をするときに隣にいてもらうぐらい仲のいい二人で、もちろん遠慮をする必要もないような、親しい間がら」のことを指しているのだとばかり思っていました。幸か不幸か、日常会話でわざわざ「遠慮会釈もない」という慣用句をとっさに使うこともなかったので、気づいたとき一人で恥ずかしくなっただけで済みました。 遠慮会釈もないとは、相手に対する思いやりがなく、自分の思い通りに物事を勧めることをいいます。一言で言えば、ワンマンという事でしょうか。 このようなリーダーは確かに成功はするでしょうが、長続きはしないはずです。がむしゃらに頂点を目指しているときには、ぐいぐい引っ張って行く人は必要でしょう。しかし、ある程度の場所まで来たときも、同じように自分の思い通りに運ぼうとしても、誰も付いてはきません。もう、誰もが考えて行動ができるようになっているからです。 時代劇を見ていると、何でも自分の言うとおりにしないと気が済まない殿様が出て来ます。しかし、いつか謀反が起き、失脚してしまいます。もちろん、物語の中のことですから、勧善懲悪なのでしょうが、実社会においても同じです。 現代では、このようなリーダーはまず通用しません。一時代前なら、通用したかもしれませんが、誰もが多くの情報を入手でき、考え意見を述べられるのですから、心ない人は排除されていくしかありません。 半世紀前の親も子どもに対して、遠慮会釈が無かったものですが、そのように育てられた人たちは、自分の子どもにそのような仕打ちはしないようになりました。押しつける事は例え親であっても間違っているのですから。

Continue reading...

後ろ髪を引かれる

【漢字】後ろ髪を引かれる 【読み】うしろがみをひかれる 【意味】未練があり、その場から離れられない。 【例文1】後ろ髪を引かれる想いで、子どもの初登園バスを見送った。 【例文2】終電の時間が迫り、後ろ髪を引かれる想いで会場を後にした。 【例文3】後ろ髪を引かれる想いで乳児を保育園に預ける。 辞書的な意味ではきっぱりと思い切れず、未練を感じていること、字面の通り、後ろの髪を引っ張られてそこから進むことができない様です。未練ということは髪を引っ張ているのはきっと大切な人を指すのでしょう。そんな後ろ髪を引かれる思いを抱いたことがある人は大勢いるはずです。何も後ろ髪を引いてくるのは人間だけではないはずです。自分が欲しかったものや居心地の良い場所などに後ろ髪を引かれることもあるでしょう。 私はこれは悪い思いではないと思います。未練を感じるのは、それはあなたが好印象を持っているからです。物でも場所でも人でも、それらを大切に思うからこそ未練が生まれるのです。単純な例えになりますが、友達と楽しく遊んでいる途中で自分だけ帰らなければならないといった時、これも後ろ髪を引かれる思いで帰宅することでしょう。しかし、その思いの分だけ次回への思いも膨らみます。その思いは温かな思いのはずです。したがって、未練とは良くない意味で捉えられることばかりではありません。温かできれいな未練もあるのです。 後ろ髪を引かれる思いをよく抱く方、それはあなたが良い物・良い場所・良い人と多く出会えている証拠です。その出会いを大切にしてください。後ろ髪を引かれた思いの分だけ、あなたの思い出になることでしょう。

Continue reading...

息が長い

【漢字】息が長い 【読み】いきがながい 【意味】長期間にわたって活躍している。 【例文1】息が長いテレビ番組司会者に賞が贈られた。 【例文2】イチロー選手は息が長いプロ野球選手だ。 【例文3】創業70年の息の長い旅館。 「息が長い」(いきがながい)という慣用語は多くの方は聞き覚えのある言葉だと思います。意味としては長期にわたって続いていること、活躍しているということです。「息が長い」といえば、芸能界で長い間活躍していらっしゃる黒柳徹子さんがこの慣用句から思い浮かぶこと出来ます。1976年から放送開始され、黒柳徹子さんが司会を務めていらっしゃるトーク番組である「徹子の部屋」は2016年に40周年を迎えれた長寿番組です。まさに息の長い番組ですよね。そして、この番組の司会を長年務められていらっしゃる黒柳徹子さんもまさに息の長い芸能人の方だと改めて感じますよね。 最近では、街の風景が目まぐるしく変化していき、幼少の時の懐かしい風景が段々と住宅街や商業施設へと移り変わっています。シャッター商店街も珍しくありません。そんな変化の絶えない街風景の中で、昔から変わらず商売されているお店があるのは何だか安心感を抱くことがありますよね。こういう息の長いお店が残っていくことが出来る日本であって欲しいですよね。続けること、長い期間存在し続けることの難しさや過酷さ、逆に大切さをこの「息の長い」という慣用句から学べることが出来ます。

Continue reading...