tedukurikotoba (2563)

有名無実

【漢字】有名無実 【読み】ゆうめいむじつ 【意味】名ばかり有名で実質的には大したことない。 【例文1】社長は2代目なので、役員よりも若く有名無実だ。 【例文2】コネ入社で有名無実だ。 【例文3】実際は有名無実で雑用係だ。 名ばかりが立派で、それに見合う実質が伴わっていない様のことを有名無実と言います。 私は社会人15年目ですが、このような有名無実の人が多いことに大変驚きますし、自分が情けなくなることもあります。 例えば、ご両親が立派な方で重要な役職に就かれているのですが、子どもは全く使い物にならない人材であったりします。 また、親のコネで入社した子が全く仕事にやる気を見せず、なんでも他人に丸投げをすることも多いです。 このような実質がともなわない人材と、一生懸命勉強や努力をして入社した人材との実力差は歴然ですが、実質がともなわない人材が出世してしまうことも実際にはあります。 私は、親が立派だから、子も立派という考えを持っていません。 親の背中を見て子は育つといいますが、子は普段親が働いている姿を見てるわけではありませんので、いかに日頃の子育てが大事であるかがわかります。 子育てにおいては、親の名とか家柄は二の次であり、自分が努力して成長していかないと社会では通用しないことを生活の中で教えてあげなければなりません。 一方で、親のコネなどで入社した人材への扱いも大変厄介であることも事実ですので、このような方が部署にいらっしゃれば、上司と相談しながら対応をしていく必要があります。 有名無実の言葉の意味ですが、名前や名称ばかりでそれに伴う事実や実質的効果等が無い事又はその様な状態を意味する言葉です。具体的な使われ方としては、会社等では様々なプロジェクトが作られたりしますが、その名前や考え方、企画内容等は大変素晴らしいのですが、実質的な活動がほとんどされておらず、その為にその活動に伴う成果物のアウトプットもほとんど無い状態を表します。又、名ばかり管理職にもこの言葉が当てはまり、役職名称は素晴らしいのですが、実際の活動等が他人任せで有ったり、自分の保身の為の活動で有ったりする為、実質的な成果が無い場合等が上げられます。又、別の使われ方としては「将来的には受験生が大学を選ぶようになるので、大学入試は有名無実になるだろう」等や、政府が作った制度にも名前ばかりで、実際には運用が各自治体でまちまちで有ったり、運用がされていない場合等もこの言葉が当てはまります。とにかく名前はある物の、実質的には意味の無い物等を表す時の使います。同類の言葉としては、骨抜きにする、形骸化する、空洞化する、弱体化する、有名亡実、名存実亡等が有り、言葉としての意味合いは同じ様な場面や事象で使用します。

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躍起になる

【漢字】躍起になる 【読み】やっきになる 【意味】ムキになる。意地になる。 【例文1】彼は躍起になって反論する。 【例文2】負けじと躍起になる。 【例文3】躍起になると失敗する。 若いがゆえに躍起になることってありますよね。 躍起ってどちらかというと、意味合いとしてはむきなるとか必死になるということなので今の時代としてはちょっとカッコ悪いとか少しマイナスのイメージもあると思います。 でも、躍起になったからこそうまくいくとこもあるし、失敗することもありますが人生にはそんな時期があっても楽しいですよね。 例えば、人に馬鹿にされることってあったりするじゃないですか。 それで、馬鹿にされてたまるもんかという気持ちを力にして猛烈に勉強して受験に合格できたということもありますよね。 逆に、馬鹿にされたからと言って自暴自棄になって人に迷惑をかけることもあります。 どっちにしろ、凄い力がみなぎってくるってターニングポイントですよね。 若い時は頭に血が上りやすくむきになって失敗することもあるかもしれませんが、大人になると今凄く躍起になっているという感覚が少しわかるようになってきて、うまくいけば一皮むけるというか飛躍できるチャンスなんですよね。 大人になりただ毎日を単調に過ごしていたら、そうそう必死になれることってなかったりするので必死になれるものに出会ったら素直にその物事に躍起になろうと私は思うようなりました。 私は時々、自分の伝えたいことを無理に相手に理解しようとして躍起になってしまうことがあります。 会話は押せば押すほど相手は引いてしまうものです。 逆に相手が躍起になり過ぎてしまうと、こちらは引いてしまいます。 そのような時はそれに反応しないで、そっけなくしたほうが上手くいくようです。 自分の伝えたいことに対して相手に同感を得られないと、さらに何とかしようという気持ちが働いてしまうことがあります。 そのような時、躍起になって、あれこれ言ったり、言い方を変えて理解してもらおうと思っても無理なことが多いような気がします。 そのような時こそ、一歩引いてみて、作戦を変えたほうが上手くいくのかもしれません。 会話は相手とのキャッチボールですが、躍起になって話してしまうと、会話が成立しなくなってしまいます。 そうならないためにも、あまり感情的にはならないように気をつけたいものです。 世の中には話好きの人がいて、一方的に話してくる人がいます。 相手が聞き上手な人なら良いのですが、相手も話したい人だと、会話が上手く成り立たないことがあります。 我さきに話をしようとするので、第三者から見ると、それが滑稽に思えてくることがあります。 会話でもお互いが一歩引く気持ちで話すようにすれば、上手くいくのだと思います。

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物言えば唇寒し秋の風

【漢字】物言えば唇寒し秋の風 【読み】ものいえばくちびるさむしあきのかぜ 【意味】松尾芭蕉の句であり、人の悪口を言えば何となく後味が悪いもので、うっかり喋ってしまったことが原因で災いが起こること。 【例文1】余計なことを言ったばかりに、彼女との関係が物言えば唇寒し秋の風。 【例文2】物言えば唇寒し秋の風で夫婦の仲が悪化した。 【例文3】つならない事を言い、仕事内容が増え、物言えば唇寒し秋の風だ。 人の悪口や批判は言わない方がいいー洋の東西を問わず、人を謗る行為を戒めることわざや格言は昔から多くあります。 「物言えば唇寒し秋の風」も日本では有名ですが、同じように他人を悪くいうことを戒めている有名な言葉です。 人の言葉や行為を悪く言った後は、言った当人はもちろん聞かされたほうも気分が面白くなくなり、うすら寒い気持ちになる・・・転じて、人に関して余計なことを言うと自信に災いを起こす、と言うほどの意味ですが、人の気持ちがピリピリし、どこにいても人の批判や悪口をきかない日はない昨今、全ての人が肝に銘じなければならない言葉だと思います。 最近は特に自分の狭い価値観だけで良く知らない他人を批判したり、決めつけたりする人が本当に多いです。 人の知ることや体験は限られたものであり、この世界について一人の限界ある人間が知ることのできるのは本当に僅かなものでしかありませんが、だからこそ他人をありのままに認め、安易に批判などしない広い心が何よりも大切です。 限られた狭い視野だけでうっかり悪口や批判をしたり、ましてや攻撃などしようものなら、自分の理解できないところから思わぬ形でしっぺ返しを食らうとも限りません。 私はそれほど長く人生を生きてきたわけではありませんが、本当にそうした形で反撃されてひどい目に合っている人を何人も見てきました。 「どうして?理解できない!」「あの人のためを思って言ってやったのに!」・・・反撃された人は決まってこんな風に周囲に漏らすのですが、その人よりほんの少し視野の広い周りの人は「なんでわざわざ悪口なんか言うんだか」と呆れていました。 人の悪口をいう人は自分で禍の種をまくだけでなく、自分の信頼も確実に落とすことになりますので、身に覚えのある人はよくよく自分を戒めた方が良いかもしれません。

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目が肥える

【漢字】目が肥える 【読み】めがこえる 【意味】良いものに見慣れて良し悪しの区別ができる。 【例文1】彼女はブランド物には目が肥えている。 【例文2】長年面接官をやっていると人を見る目が肥える。 何かを胸を張って評論する場合に、上手く評論するためあらゆる作品を鑑賞して知識を身につける「目が肥える」ことが大切です。美術品の評論や映画評論でも、他作品の良さなど特徴を理解していないと、作者の制作意図や、どんな思いで作品を作ったのかが理解できません。 目が肥えていれば、「この作品はあの作品のオマージュだ」とか「これは良く見ると本物のようだが偽物だ」など作品の本質が自ずと見えてきます。プロの評論家の方々は、たくさんの作品を鑑賞し、美術品や映画を心から愛しているたちが多い印象を受けます。「目が肥える」条件には、そうした好きで好きでたまらない気持ちも大切になるのではないでしょうか。 その作品のルーツや、興味の無い方にも分かりやすく説明できる評論家が優秀なプロです。闇雲に「この作品が気に入らない」や「あの作家の作品だから見る価値はない」と最初から決めつけるような評価は、私たちのような専門知識のない人間でもできます。目が肥えていないから、表面的なことしか評論できないのでしょう。 上手く他者に作品の評価を伝えるためや、物事の本質を捉えて説明するためには、多くの作品を鑑賞して、評論家の方も勉強しなければいけませんね。 芸能界には美男美女が揃っているので、そういう世界で生きている人は目が肥えてしまうと思います。 そのため、美男美女が当たり前になってしまい、一般人でもそこそこの美男美女でも満足できなくなってしまうかもしれません。 それは人に対してだけではなく、物に対しても同じようなことが言えます。 普段から高級なものに接していると、目が肥えてしまいます。 美術品や芸術品などもそうです。 目が肥えて鍛えられるので、良いものを見分ける力が自然に付くのかもしれません。 私はデザインや美術が好きで、たまに美術館へ行ったりします。 もちろん、そこには高級品しか置いてないので、何度も行くたびにやはり目が肥えてしまいます。 そのような美術品は目の保養に行くだけであって、決して手に入れようとは思いません。 しかし、世の中にはかなりの高級品を手に入れようとする人たちがたくさんいるようです。 私はそれほど物欲がありませんが、目は十分に肥やしていきたいと思っています。 高級なものをなるべく多く見る機会を持つことで、それが絵を描く時に参考になるからです。 以前、ある人から私は目が肥えているということを言われて、少し嬉しかったことを覚えています。 これからもさらにいろんな意味で目の肥えた人になっていきたいです。 目が肥えるとは良いものを沢山みて良し悪しを判断できる人のことを言います。「お目が高い!」とか「目が利く」といった言葉と同じ意味で使われます。要はセンスの良い人ということです。 私の祖父は陶芸品を買い集めるのが大好きでした。お気に入りの作家さんがいてその人の作品を沢山買っていました。子どもの頃の私からみるとなんでこれがそんな高い値段なの?と思うような土の塊ばかり部屋に並んでいました。祖母も同じ感想だったと思います。いつも「この器のどこがそんなに良いのかね?」なんて愚痴っていましたね。 そんな祖父が高校生だった私に言ってくれた一言が今でも頭の中に残っています。「これからは良いものも、悪いもの、沢山みて聞いて勉強せなあかんで。おじいちゃんの言っている勉強っていうのは何も学校の勉強だけとちゃうで。」という言葉です。そして祖父は「これが今おじいちゃんの一番のお気に入りや~」といってテイクファイブのジャズのレコードをかけてくれました。 目が肥えている人、センスの良い人になるために良いものを沢山見るのは分かるのだけど、悪いものを見る必要があるのかな?ずっと疑問に思っています。そしてそれは今も答えが出せていません。 太るという意味もありますが、この場合の「肥える」は経験を重ねた結果、評価する能力が上がったということです。 目が肥えることで視覚から、舌が肥えることで味覚から、耳が肥えることで聴覚から、それぞれの手段から得た情報により対象を評価します。 舌ならば料理、耳ならば音楽がその評価対象となるのは明らかですが、目の場合は対象となる物の幅が格段に広くなります。 目利きという言葉だけでは、何が専門なのかまでは全く分りません。 刀剣・茶器・古美術品などの目利きが一番に連想されますが、素材や道具、果ては人間性にまで及びそうです。 様々な分野が世の中にはあり、各分野にその道の目利きが存在することでしょう。 年をとれば自然と経験も積み重ねられて目が肥える、などと期待してはダメです。 物の良し悪しを判別するには、本物を知ることで良い物とは何かを学ぶことが必要だからです。 値段相応な安物の粗悪な品質を日常的に触れていては、高価な本物の良さをうかがい知ることは到底出来ないでしょう。 逆に値段が高ければ品が良いとも限らず、目が肥える前の万集家は多額の授業料を支払う羽目になっています。 痛くなければ覚えないという考え方も有りますが、素人が好き好んで大火傷をしても全く成長できないということも真実です。

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虫の息

【漢字】虫の息 【読み】むしのいき 【意味】弱々しい呼吸。今にも止まりそうな呼吸。 【例文1】昨日まで虫の息だった義父の容態が安定した。 【例文2】虫の息から生還した。 【例文3】かすかに虫の息がする。 私は昨年最愛のペットを亡くしました。 犬や猫などとは違い小動物を飼っていたのですが異変に気付いたのは土曜日の夕方で様々な動物病院に問い合わせるもどこの病院も診療が終了していてとても悔しい思いをしました。 翌日も日曜日という事もあり病院を探すのに絶望的な状況でした。 そんなペットの苦しそうな呼吸はまさに虫の息。 虫のようなか細い呼吸で一生懸命に生きようとしているのが伝わって来ました。 数日前まで元気だったのになんでという気持ちと何も出来ない自分が本当に歯痒かったです。 翌日、急患対応の動物病院を見つけて急いで連れて行きましたが、病院から帰ってきた数時間後に残念ながらそのペットは亡くなってしまいました。 そして、その時に私の心には2つの思いが生じました。 1つは病院に連れて行きできる限りの処置をしたという気持ち もう1つは病院に連れて行かずに家で静かに過ごさせてあげればよかったのかなという気持ち。 この気持ちは今でも消し去る事ができなくてペットにとってどのように最期の時を迎えてあげるべきなのかまだ答えは出ません。 ただ、記憶に残っているのは虫の息でも一生懸命に生きようとしていたペットの姿です。 我が家ではまた最近、新しいペットをお迎えしました。 同じ後悔は繰り返したくないのでペットが元気なうちから動物病院を探しておくのは大切な事だなと思います。

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