tedukurikotoba (2563)

白紙に戻す

【漢字】白紙に戻す 【読み】はくしにもどす 【意味】はじめから何もなかった事にするという意味。 【例文1】契約を白紙に戻す。 【例文2】借金が発覚して婚約を白紙に戻す。 【例文3】不正がバレ入学を白紙に戻す。 白紙に戻すことで何もかも元通りになる訳ではありません。 「無駄働きご苦労さん」と暗に言われているようなもので、精神的なダメージは計り知れないものがあります。 実質的にはマイナス査定と評価を下されたに等しく、時間や苦労を投入していればその分だけ給料泥棒とされるようなものです。 それで全てが終わるのならまだ耐えられますが、大差ないプロジェクトを他の人があっさり通してしまうことが時として発生します。 実際に目の前で起こったことが理解できず、ありのままを再確認してもさらに混乱するばかりです。 白紙に戻した紙に、そっくりそのままコピーして提出するとか有り得ないでしょう。 異なる点は提出者の氏名だけにしかみえない、究極のカンニングともいえる方法には開いた口もふさがりません。 足りなかったのはアピール方法や説得力かと問われれば、人脈や人間関係などの問題あたりが浮かんできます。 指導力がないから責任者として不適格といわれれば引き下がるより他ありませんが、発案や計画を白紙に戻すならお蔵入りが普通でしょう。 白紙に戻されるくらいなら、次からは細部までつめずに提出してやろうかとも考えましたが、しっかりチェックされるのでそれも出来ません。 人間の気持ちが白紙に戻せるはずもなく、不満が心に積み重なっていきます。 「白紙に戻す」という言葉に良い思い出がありません。何か失敗をしてしまった時に、日頃の行いが良かった場合と、その失敗を取り返すために一生懸命努力したことが認められて「頑張ったから白紙に戻してあげる」と言われます。 私が思うのは「白紙に戻す」のは本当に白紙に戻してくれるのか、という点です。大きな失敗をしてしまうとどこかで傷が残りますし、失敗をした本人と失敗のせいで困っている方たちが全員「白紙に戻す」と思わないと、元の状態には戻れないと思うのです。 よく教師や上司などの目上の立場の方が、教え子や社員に対して発言する言葉なので、もちろん良い意味で使われることが圧倒的に多いのですが、あまり良いイメージがどうしても持てませんね。高圧的な方がよく使うイメージもあります。 人間関係でも「付き合いを白紙に戻したい」と使用されます。しかし考えれば考えるほど、付き合う前の状態には完全に戻れませんし、直接付き合いを終わらせたいと伝えたほうが、分りやすいと思います。 私の経験上、白紙に戻すと言われたことがたくさんありますが、実際に白紙に戻してくれた方は一人もいません。使い勝手が良い言葉なので、白紙に戻すつもりが無くてもついつい言ってしまう言葉ではないでしょうか。

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暖簾を下ろす

【漢字】暖簾を下ろす 【読み】のれんをおろす 【意味】店先にかかっている暖簾をしまうことは、店じまいや廃業を意味する。 【例文1】後継ぎがおらず暖簾を下ろす。 【例文2】経営難で暖簾を下ろす。 【例文3】どうやら暖簾を下ろす時がきたようだ。 私は24歳の時に青果卸業を親から受け継いで30年間やってきましたが、先日廃業しました。いわゆる「暖簾を下す」ということを体験したわけです。 青果卸業というのは青果市場の競りにおいて、野菜・果物の品質や鯵を一瞬で見分ける才能が必要です。例えば西瓜は、つるの産毛の色やお尻付近の形と色付き具合、叩いた音で熟れているかどうか、実が柔いのか固いのかを瞬時に判断しなければなりません。そして競りが終われば野菜や果物をトラックに積んでお店に卸すこととなります。お店、店で客層が異なり、固い身の西瓜が好きなお店または柔らかい身の西瓜が好きなに分かれるため、それに応じて西瓜を振り分けます。野菜に関しても同様で、ここは熟したトマトが売れるお店またはここはまだ青いトマトが売れるお店というものがあります。 しかし、近年は大型スーパーが進出して、私たちのような卸業者を利用せずに市場から直接青果物を仕入れるという形に変わってきました。市場の職員はパートやアルバイトが大型スーパーに品物を運んでいるだけなので、その品物の情報に関してはお店側に伝わることはありません。西瓜はただの西瓜で、身が固いのか柔らかいのかお店の担当者は知りません。 現在の日本では、私だけでなくその他の専門職がどんどん「暖簾を下す」状態になっていると思います。でも「暖簾を下す」事で、失われるものがあることはすごく残念です。 原因が少子高齢化かドーナツ化現象かは不明ですが、駅前の大通りに面した店が次々潰れてシャッター街になっている地域は少なくないでしょう。 暖簾を下ろすの意味には、その日の営業を終了する以外に、店を畳んで事業撤退するという意味もあります。 ひとたび経営が悪化すれば、雪崩れるように右肩下がりに売り上げは下がり続け閉店まで一直線となります。 新規に開店して間もない店ですら、思うように売り上げが伸びなければ傷が小さいうちに早期撤退するのも当たり前。 いくら歴史ある老舗でも、生き残るための工夫を怠れば、あっという間に客足は遠のきます。 駅前の一等地に店を構えることは、ある意味ステータスと言えなくもないですが、それに見合った商売が出来ない店が多すぎます。 現代社会において自動車での移動は当たり前、なので駐車料金が発生するような駅前の店舗は余程の用がなければ訪れる人はいないでしょう。 にもかかわらずプライドを捨てきれずに殿様商売を継続する、中世の没落貴族を見るようです。 しかもそれが経営者はもとより従業員まで危機感も抱かずに続けられるのですから困りものです。 いずれ対処不能な額の借金を抱えて倒産するのですから、潔く早期に暖簾を下ろして欲しいと心から願います。

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ねじを巻く

【漢字】ねじを巻く 【読み】ねじをまく 【意味】ねじを巻いて復活させるように、たるんだ気持ちを引き締める。 【例文1】長い夏休みも終わり、ねじを巻いていこう。 【例文2】連休明けでねじを巻く。 【例文3】受験生になりねじを巻く。 ねじを巻くとはだらしない態度や行動などに対してキチンとした状態にするなどとして使われています。 反対にねじが緩むは気が緩む時に使われています。 人間の態度や行動をねじ巻き人形のように例えたこの表現は面白いと思います。 他にも、どこか抜けている人に対して、ネジが一つ足りないなども使うことがあります。 ねじを巻くや緩む、そして足りないなどと表現すると、イメージが湧きやすくなり、非常に共感しやすくなります。 私はその人の行動や態度などが絵的にイメージされやすく、いつもその人を見るとその映像が浮かんでくることがあります。 ねじが足りない人もその人の頭の中の一部のネジが外れていて、そこが緩くなり、何かが漏れ出しているようなイメージを想像してしまいます。 このイメージは自分の中だけのものなので、他の人に伝えることもありません。 私は普段から絵を描くことが多いので、どうしてもイメージが映像化されやすいのかもしれません。 休みが続いた後はどうしてもねじが緩んでしまっています。 その為、緩んだねじを巻いて、締め直す必要があります。 職場での連休明けの様子などでも良く使われる言葉です。 私自身もやはり休日明けは、ねじを巻かないとどうしてもペースが戻らないままになってしまいます。

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煮ても焼いても食えない

【漢字】煮ても焼いても食えない 【読み】にてもやいてもくえない 【意味】食用にしようと煮ても焼いても食べられないことから、思うようにならない。手に負えない。 【例文1】まったく!煮ても焼いても食えないヤツだ。 【例文2】頑固で煮ても焼いても食えない。 【例文3】煮ても焼いても食えない役立たずだ。 「煮ても焼いても食えない」というのはどうする手立てもないという意味です。落語などでは少しばかり頭が足りなくて、何をやらせても何故かうまくいかない、愛すべき人柄なのに「煮ても焼いても食えない」人が出てきますよね。昔からいるんですよね、私のような空気読めない人って。人物はともかく、食べられない飯というのはどういうものか想像できますか。江戸時代には物相(もっそう)飯というのがありました。もともとは寺院などで供される、一人分づつ正確に分けるために、計量と成型が一度にできる器の名前が物相でした。今でいうと、幕の内弁当や精進料理に梅の形やひし形に抜いたご飯が入っていますね。あのようなものです。それが牢屋で使われるようになり、囚人のご飯が物相飯と呼ばれるようになりました。不公平がないように物相型に盛ったご飯や、すりきりにして計った冷や飯が、切竹の器に入れられ、白湯をかけただけのもので、普通の人にはとても食べられたものではありませんでした。現在でも留置場のご飯のことを臭い飯といいますが、昔に比べれば良くなっているのではないでしょうか。お米は政府米の古古米らしいですが、そうは言っても人権上、「煮ても焼いても食えない」ようなものは出せませんよね。

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泣く子と地頭には勝てぬ

【漢字】泣く子と地頭には勝てぬ 【読み】なくことじとうにはかてぬ 【意味】何もわからない赤ん坊と権力者には何しても勝ち目がないので、結局従うしかない。 【例文1】家を追い出されては行くあてもなく結局、妻と泣く子と地頭には勝てぬ。 【例文2】ほんと、泣く子と地頭には勝てぬでグズったら敵わない。 【例文3】泣く子と地頭には勝てぬでは乳児が最強。 泣く子と地頭には勝てぬという言葉がありますが、子育てをすると泣く子に勝てないというのを体感します。こちらが何を言ってもわからないくらいの幼子になると、母親が少しでも見えなくなると大泣きし追いかけてきます。それがこっそりお手洗いや洗濯、料理をしている必要に迫られている時間でもお構いなしです。ちょっと待っててねなんて聞いてもらえた試しがありません。こちらのお腹が痛かろうが、揚げ物をしていようが乳を求めおもつ交換を要求し抱っこをしろと泣きわめきます。生理現象なのでさすがに我慢ができないので抱っこをしながら用を足しますが、まったく落ち着きません。揚げ物は子どもが大きくなるまで諦めました。天ぷらが食べたいです。家事は寝ている間にさっさとしてしまい、妊娠中にだいぶ体重が増えましたが、子育て中にかなり減りました。精神的肉体的な負荷が減量の半々の原因だと思います。ちなみに地頭は「じとう」と読み、鎌倉幕府、室町幕府の頃の役職名です。つまり権力者だそうです。何を言っても何をしても勝つことはできないから逆らっても無駄という相手に泣く子と権力者を同列で扱うのはどの時代も権力者には並々ならぬ鬱憤を抱えているのかもしれません。

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