tedukurikotoba (2563)

雑魚の魚交じり

【漢字】雑魚の魚交じり 【読み】ざこのととまじり 【意味】大きな魚の群れに雑魚が交じっているたとえから、優れた者の中に能力や実力が劣っている者が交じっている時に言う。 【例文1】雑魚の魚交じりでこのグループにはついていけないよ。 【例文2】なぜ君が選ばれたの?雑魚の魚交じりだね。 【例文3】雑魚の魚交じりが意地を発揮するきっかけとなる。 「雑魚の魚交じり」とは大物の中に小物が混ざってる、必要とされる能力に見合わない地位にいること意味します。私はこの言葉を聞いた時に残酷だと思いました。小物と呼ばれる方は好きでその場所にいたら自業自得ですが、無理やりその優秀な集団に放り込まれてしまう小物もいるのです。 いう所の「場違い」を表す言葉ではないでしょうか。わざわざ「あいつは雑魚の魚交じりみたいだ」と使わないですよね。「場違い」をもっと丁寧に表現して、もっと馬鹿にしたような意味として聞こえてしまいます。 優秀な集団に小物が混ざっている経験は私にもあります。社会人の時に会社には優秀な方ばかりで、自分は失敗ばかりしていました。先輩社員や上司からは「優秀な集団に一人場違いな奴がいる」とよく言われてしまいました。 必死に優秀になろうとして仕事に取組みましたが、周りばかり見て失敗を続けてしまいます。しまいには「辞めたら、この仕事」とキツク叱咤され、精神的にも厳しかったです。 「雑魚の魚交じり」は自分の居場所が無くなる可能性があると思います。ましてや望んでいないのに優秀すぎる集団に入ってしまうと能力の無さに絶望しました。ですが、自分を高めるために、わざとそのような集団に入ることも一つの方法ですね。 「雑魚の魚交じり」ということわざはあまり聞き慣れないことわざですよね。あまり聞き慣れないこのことわざの意味は、大物の中に小物が混じっていること。もしくは、能力にふさわしくない地位にいることのたとえです。類義語として、「目高も魚のうち」(めだかもととのうち)があります。 「雑魚の魚交じり」の「雑魚」は、つまらない魚、大したことのない小さな魚という意味で、「魚」は、大きな魚の意味です。ちなみに「雑魚の魚交じり」の「魚」の読み方は、「さかな」や「うお」ではなく、「とと」と読みます。つまり、「雑魚の魚交じり」の意味である大物の中に小物が混じっているという意味は、大きな魚である「魚」(とと)の中に、小さく、大したことのない魚である「雑魚」が混じっていることからのたとえなのです。 よく日常生活で、この「雑魚の魚交じり」のような光景を目の当たりにしたりしますよね。例えば、職場で優秀なプロジェクトメンバーの中に、客観的にみてもどうしても能力が劣っていると感じたり、その能力にふさわしくない人が混ざっていることがありますよね。こういう納得いかないことがあるのはしょうがないと思うのですが、適切な審査を行ってほしいと思いますよね。

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弘法にも筆の誤り

【漢字】弘法にも筆の誤り 【読み】こうぼうにもふでのあやまり 【意味】どんな名人でも間違えることはある。自分よりも目上の人が失敗して慰める時に使う。 【例文1】大女優でも弘法にも筆の誤りで、台詞を間違える事だってある。 【例文2】体育教師でも弘法にも筆の誤りで陸上選手には勝てないよ。 【例文3】現役選手には弘法にも筆の誤りでOBも敵わない。 「弘法にも筆の誤り」とは、「学問や芸事に秀でたものも、時には誤りがあるということ」の例えです。「猿も木から落ちる」も同じ意味の言葉です。弘法大師は空海の諱です。空海は讃岐に生まれました。平安時代初期の僧で真言宗の開祖でもあります。長安で密教を学び2年後に帰国して、高野山に金剛峯寺を建立しました。真言というのは大日如来の真実の言葉のことを指し、その呪法の伝授、習得により悟りを開くという教えですが、奥義が秘奥なことから密教と呼ばれています。また、真言宗では山奥に伽藍を置き、山中を修行の場としたことから、従来の山岳信仰を結びつき修験道の源流となりました。弘法大師は全国各地を布教のために回っておられたといわれ、各地に弘法大師の逸話が伝承されています。千葉県館山市にも旅の僧を手厚く迎えた農民が僧に「何か困ったことはないか」と聞かれ、「井戸が干上がって困ります」と答えたところ、持っていた杖を三回地面について、「ここを掘るように」言いました。その場所を掘るとコンコンと清水が湧き、どんな日照りの夏でも枯れることがないという「弘法の井戸」伝説があります。全国の弘法大師の逸話の中で一番多いのが、この「弘法の井戸」伝説だそうです。弘法大師は日本の三筆の一人ですから、「弘法にも筆の誤り」という言葉が生まれたのです。

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言語に絶する

【漢字】言語に絶する 【読み】げんごにぜっする 【意味】言葉では言い表せない程の状況。 【例文1】空き巣に金品を盗まれ言語に絶する。 【例文2】災害地は想像よりも遥かに言語に絶する。 【例文3】ストーカーにつけ回され言語に絶する。 大規模な災害や事件はインパクトのある映像をもって言語に絶すると報じられます。 心情に訴えるにあたり、言葉にならないほどのという表現は使われることが多いですが、結局は言葉以外に正確な表現方法はありません。 表情にしろ仕草にしろ見る側の印象にかなり左右されますし、あっさりスルーされてしまうことすら有り得ます。 言葉や活字などの文章にしてしまえば、それは発信者の主張としてそのままの形で正確に残ります。 悪徳商売などをしている業者などが、ことさら文書を残したがないのはこのためでしょう。 百聞は一見にしかずとも言いますが、それをもって映像だけに頼る報道には何も期待できそうにありません。 災害であれば映像が捉えきれるのは極一部の範囲だけで、全体像を把握するには統計的な資料が必要です。 事件であれば原因から始まり状況の経過と関係機関の対応などの情報が事細かに求められます。 映像はとどのつまり、最初の印象付けに留めるだけの役に徹するべきです。 正確な状況を知るためには、分りやすい文言で速やかに伝えられるべきだと思うのですが昨今の報道にはそれがすこし欠けている様に思えます。 視聴率を取りたいのは理解できますが、繰り返し同じ映像を流し続けるのは手抜き言われてもしようがないでしょう。

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口が減らない

【漢字】口が減らない 【読み】くちがへらない 【意味】理屈を並べては言い返す者。 【例文1】まったくいつまで経っても口が減らない奴だ。 【例文2】自分の都合に合わせて口が減らない。 【例文3】大人になっても口が減らない。 世の中には口が減らない人がいるものです。 減らず口を叩くとも言いますが、私はどちらも使っています。 私もどちらかというと話す方なので、もしかしたらこう思われているのかもしれません。 確かに以前、「口の減らない奴だな」と言われたことがありました。 相手が苦笑気味でもそのような減らず口の私をし方がないと受け入れてくれる人は肝要です。 その多くの人が私よりの年上の方ばかりです。 確かに自分よりも年が下の人に口が減らない人とは思っていても、言えないと思います。 その為、年齢が近い人や年下の人からは、違った反応を受けることがあります。 場合によっては今後一切無駄口を叩けないような状況になったこともありました。 それ以来、私は自分の言動に気をつけるようになりました。 とは言え、もともと話好きの私なので、自分の意見を言えない環境には耐えられません。 それがいつしか日記となり、ブログなどで自分の言葉を発信するようになっていきました。 口が減らないことを指摘されたら、やはり何らかの改善はして行ったほうが良いように思います。 口は災いのもとになることもありますし、言わないで良いこともたくさんあります。 私はよく一言多いと言われてきたので、気をつけるようにして、それを別の形として表現していきたいと思っています。 何かの議論になった時、もしくは誰かと揉めた時に一方が屁理屈の限りを尽くしどうにか劣勢を無理やりにでも逃れようとする、いわば無駄なあがきを延々繰り返す様にやられているもう一方が堪らず根負けしそうになった場合に浴びせたくなる切り返し言葉。何処をどう解釈しても褒め言葉にはならない、皮肉の為の用語。この手の言葉を言われる人には基本弁の立つ方が多くみられ、口論では中々歯が立たないある意味話術の達人。明らかに自分の方が分が悪いと判っていてもどうにか言い訳をして、あわよくば五分以上に劣勢を押し戻したい虫の良い了見に全力で取り組んだ結果、話の辻褄が合わなくなってもお構いなしに自己主張を押し通されるので聞かされる方は段々平常心をかき乱される事も多々ありいつの間にか相手の術中に乗せられて、終いには口論自体が馬鹿馬鹿しくなってくるが、だからといってみすみす見逃すのも癪に障るのでせめて一矢報いる方法が「口が減らない」奴と言ってやりたい所。昔誰かが「口が減ったらメシが食えん」と更に憎まれ口を述べていたのを今も憶えています。とにかく口が減らない人にまともな議論は通用しないので(そういう場合が多い)いかにこちらの主導権の下で話を進められるかが肝心になって来ます。全てに於いてではないにせよ思わぬ切り口から光明を見出そうと躍起になった時の一心は相当なものなのですから、心して対峙しないと逆にやり込められてしまうでしょう。

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気が強い

【漢字】気が強い 【読み】きがつよい 【意味】自分の意思をはっきり言える。負けず嫌いである。 【例文1】彼女は気が強くリーダー格である。 【例文2】気が強い者同士ズバズバ言い合う。 【例文3】格闘家で気が強い性格である。 気が強い人が必ずしもメンタルが強いとは限りません。 むしろ逆の場合も多いようです。 以前、同じ職場で働いていた女性は気が強い人でした。 自分の思ったことをズバズバ言います。 私もその人は気が強い性格なのだと思っていました。 しかし、本人曰く、弱い犬ほど良く吠えるのと同じだと言っていました。 自分の弱さを隠すためなのか、弱い自分に耐えられないで吠えてしまうのかはわかりません。 しかし、少なくとも気が強いとは真逆の性格だったのかもしれません。 確かに本当にメンタルの強い人は、少しのことでも動じずにゆったりと構えています。 私もそういう人になりたいと思っています。 しかし現実にはちょっとしたことで動揺してしまう自分がいます。 そんな自分を変えていくためにも、メンタルを改善していきたいと思っています。 私個人の意見としては気が強くても、基本的な事がきちんとできているのであれば問題ないと思っています。 以前、気が強い女性の先輩で、気に入らない後輩には挨拶されても無視する人がいました。 気が強いかどうかの前に人としてどうかと疑ってしまいました。 「人は見かけによらない」と、言われていますが、そうはいっても実際はその人の性格が顔に出ていることがほとんどなのではないかと思います。 顔を見て「なんかキツそう」「勝気そう」と思った人は、案の定、気が強くて思ったことをハッキリ相手に言ったり、負けず嫌いなところがあるようです。 やはり普段、穏やかな気持ちでいる人は自然と顔立ちも優しくなり、いつもイライラしたり周りに反発意識を持ちやすい人はキツイ顔になるのかもしれませんね。 そういう私はというと、やはり顔を見ただけでキツそうに見えるらしく、中には写真をみただけで私の性格を言い当てた人もいるくらいでした。 確かに私は、短気で気が強いかもしれません。 すぐにイライラしてしまうし、何かされたら相手に言いかえしてやろう!などと思ってしまいます。 それで言い過ぎて逆に反感を買い、後悔したことも何度もあります。 なので、最近はあまり感情を表に出さないように気を付けるようにはなったのですが、その反動かイライラが募るようになった気がします。 以前より、初対面の人が私の顔を見て怖がっているようにも見えるような見えないような…(笑) しかし、私は大人しい性格なので、少しくらい気が強くなければこれまでやってこれなかったかもしれません。 これからは、ただ気が強いのではなく、愛嬌もある強い女性になりたいものですね。

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