tedukurikotoba (2563)

たがが緩む

【漢字】たがが緩む 【読み】たががゆるむ 【意味】緊張が緩む。 【例文1】今日は上司が休みでたがが緩む。 【例文2】受験が終わりたかが緩む。 【例文2】初舞台が成功に終わりたかが緩む。 人間は緊張状態になると、どうしても失敗しやすくなります。大事な試験の直前や、重役がいる場でプレゼンを行う直前など、非常に緊張してしまい、いつもなら絶対にしないようなミスを本番でしてしまうこともあるでしょう。人間ですから失敗することがあるのは仕方ありません。とはいえ大切な場面での失敗は、出来るだけ避けたいものですよね。そんなときは、たがが緩むくらい自分を休ませることも必要ではないでしょうか。 単に「たがが緩む」とだけ聞くと、マイナスイメージを持たれる人もいるかもしれません。けれど普段よりも数倍緊張しているのであれば、たがが緩むくらいの気持ちで自身を休ませないと、いい具合に緊張がほぐれないようにも思えます。 緊張のほぐし方ですが、手軽に出来るのは深呼吸です。深呼吸をすると体内に多くの酸素を取り入れるため、吐く息の量も必然的に多くなります。人は息を吐くと、心身をリラックスさせる副交感神経が働きます。そのため、深呼吸をすれば緊張状態をほぐすことが出来るというわけです。 もちろん深呼吸だけで、緊張状態が完全にほぐれるわけではありません。ですが緊張したときは、ためしに深呼吸を行ってみてはどうでしょうか。深呼吸をする前よりも、気持ちが楽になるかもしれませんから。

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算盤を弾く

【漢字】算盤を弾く 【読み】そろばんをはじく 【意味】あらかじめ損得を計算する。 【例文1】彼は算盤で弾いてから行動する。 【例文2】どれくらい儲かるか算盤を弾く。 【例文3】算盤を弾いてみたが、利益が出ない。 「算盤を弾く」というのは「損得を考える」という意味です。昔は電卓などありませんから、商売の勘定は算盤を使って計算していましたから、商売人の習慣からできた言葉といえます。算盤は串に通した珠を上げ下げして足したり引いたりするものですが、中国の宋の時代に発明されたもので、日本へは室町時代に伝来したと言われています。文禄の頃の算盤の記録と実物が現存しています。少し前まで算盤は五つ珠でした。今の算盤の珠は下に四つで、五の数字は上の珠で置きます。昔のは下が五つですから、五を入れる時には下で入れたうえ、上の珠でも置きました。朝の連続ドラマで「あさがきた」の時代は明治初めでしたが、その頃、主人公が手にしていた算盤は五つ珠でしたね。明治政府になって学制が整えられて、武士の子どもたちの手習いから始まった寺子屋では算盤は習わなかったかもしれませんが、明治政府は日本固有の算数の学習である、和算の学習を導入したので、日本中の義務教育の子どもたちが、算盤を勉強することになりました。今でも、街のそろばん塾は数が減ってきているものの、小学校では必ず算盤を習いますし、フラッシュ暗算などパソコンを使って暗算の練習をするような手法も編みだされています。算盤が五つ珠から四つ珠に進化したように、算盤学習も進化してきているのです。

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切磋琢磨

【漢字】切磋琢磨 【読み】せっさたくま 【意味】お互い励まし合いながら助け合う。 【例文1】チームメイトと切磋琢磨しながら成長する。 【例文2】切磋琢磨する仲間の存在が大きい。 【例文3】仲間と切磋琢磨して力をつける。 「切磋琢磨」は、学問や道徳に努め励むこと、また仲間同士で励まし競いあって向上することを意味する四字熟語です。この四字熟語は語源由来辞典によると、中国最古の詩集である「詩経」の「衛風・淇奥」に切磋琢磨のそれぞれ1字ずつが書かれていて、それが語源の由来とされています。「切」は骨や象牙を切ること、「磋」はそれらを研ぐこと、「琢」は玉や石を打ち叩くことで、「磨」は磨くことを意味しています。「詩経」では「切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如く」という言葉がでてきます。その言葉の通り細工師が時間をかけて装飾品を仕上げるように君子は自ら研鑽しなければならないといった意味をもつ文章ですが、そこから時を経て前述したような励ましあって競うという意味の四字熟語として使われるようになりました。故事成語の中でも割とよく目にしたり、使ったりすることが多い四字熟語だと思います。私も学生時代の部活や勉強を頑張っていた時代を言葉で表そうとすると、やはりこの「切磋琢磨」が一番適切で便利な表現だと感じます。とても爽やかでありながらバイタリティを感じる四字熟語なので座右の銘としている人も多くいるほど、人気の四字熟語です。

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駆け馬に鞭

【漢字】駆け馬に鞭 【読み】かけうまのむち 【意味】 【例文】 日本大学は関西学院大学とのアメリカンフットボールの試合で、とんでもない危険タックルをしたことで社会問題にもなっています。 ネット社会となった今の日本で、この動画は瞬く間に多くの人の目に留まり、眉をひそめて語られ始めたのです。 危険なタックルをした選手は非難され、関学が日大の責任者に対する正当な抗議をするようになると、そのタックルは命じられてのことであったと選手が告白。 真摯に記者会見を開き、自分の非を認め懺悔する姿は多くの人の心を動かしました。 選手に比べて、その卑劣なタックルを命じたコーチや監督は言い逃れや責任回避の記者会見で、卑怯な人間性がクローズアップされることになったのです。 社会正義はこれを良しとはせず、マスコミは連日糾弾しついに選手会が声明を出し、日大の教職員組合も上層部の解体を求めることになったのです。 日大の体質は他大学に比べて非常に偏狭で、正しいことを注進することなどできない屈折したピラミッドを形成していたのです。 社会が注視する今こそ大学改革を進めるべきで、教職員、在校生、父兄、卒業生が一段となって「駆け馬に鞭」のごとく歩を進めてもらいたいものです。 たったひとりの選手の正義心が必ず大きな結果をもたらすようにと祈るのみです。

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獅子奮迅

【漢字】獅子奮迅 【読み】ししふんじん 【意味】獅子が奮い立って激しい動くことから、迅速に行動すること。 【例文1】彼女の動きは獅子奮迅のようにテキパキしている。 【例文2】試合中は獅子奮迅の動きだった。 【例文3】獅子奮迅で敵を交わす。 「獅子奮迅」とは「獅子が怒り狂うように激しく戦う様子」です。戦国時代、徳川家康のもとで働き、徳川四天王の一人に数えられた本多忠勝。彼は勇猛な戦いぶりで知られています。名前の由来は「ただ勝つのみ」からきています。長い槍を武器とし、通常の長槍が4.5mに対し、忠勝の槍は6mもありました。合計57回の戦に参加したが、かすり傷一つ負わなかったという伝説まであります。彼が隠居後に仏像を彫っている最中、誤って指を傷つけたのが唯一の刀傷だとされています。彼は幼い頃から徳川家に仕えていま した。彼の戦いぶりで一番有名なのは、元亀元年の姉川の戦いです。織田信長は近江の浅井氏と越前の朝倉氏を相手に戦っていました。この時、徳川家康は本陣に迫る朝倉軍1万の軍勢を前に、どう戦えば良いのかと途方にくれていました。そんな大将を尻目に本多忠勝は無謀とも思える単騎駆けを試みます。そしてこの時、「本多忠勝を死なせるな!」と必死に忠勝を救おうとする家康軍の行動が思いがけない反撃となって朝倉軍の打ち崩しに成功しました。この戦いで忠勝は朝倉軍の豪傑・真柄十郎左衛門との一騎討ちで勇名を轟かせました。この徳川軍の働きで信長軍は勝利をおさめました。「獅子奮迅」が一番似合う男が本多忠勝なのです。

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