tedukurikotoba (2563)

気が遠くなる

【漢字】気が遠くなる 【読み】きがとおくなる 【意味】意識がもうろうとなる。または規模が桁違いに大きい。 【例文1】1億貯めるなど気が遠くなる話だ。 【例文2】気が遠くなる作業だ。 【例文3】あと10キロ歩くなんて気が遠くなる。 私が眠りにつく時にふと「宇宙はどこまで広がっているのだろう」と考えて眠れないことがあります。突拍子もないことですが、恐らく私と同じような方はたくさんいると思います。 地球はいつから出来たのか、人間が誕生したキッカケは何かなど、科学でしか解明することが難しいですよね。何十億年と膨大で気が遠くなる時間が掛かっている訳ですから、たった数十年しか生きていない私を含めた人類にとって、無限のような果てしなさを感じます。 宇宙の果てもそうですが、無から始まった宇宙も膨大な時間を掛けて大きくなりましたし、もし果てがあるのなら何が存在するのか興味があります。もうこの話はSF映画などで既に題材にされていますが、どれもファンタジーのように思えて納得ができません。 果てに行くことは光の速さでも気が遠くなるほどの時間が掛かりますから、ワープホールを使用するなど、どうしてもSFチックの妄想をしてしまいますね。研究者たちも、そのような解明されていない問題を一生懸命に研究していると思いますが、解明されるのはまだずっと先になるでしょう。 深海もそうですが、宇宙の数%も解明できていないことを考えると、これからも科学の進歩が続いていく重要さが分かります。

Continue reading...

顔向けできない

【漢字】顔向けできない 【読み】かおむけできない 【意味】悪い事をしてその場におりづらい。言い訳のしようがない。 【例文1】もう人様に顔向けできない。 【例文2】この家を売り払うとはご先祖様に顔向けできない。 【例文3】情けなくてご先祖様に顔向けできない。 私の友人は以前働いていた職場で酷いイジメに会い、ショックからその職場を辞めて数年の間引きこもりになってしまったことがあります。 友人は幼いころからの夢だった憧れの職業に就いていたので、仕事を辞めた時は本当に驚きました。親の期待に応えようと一生懸命に働いていましたが、毎日のように無視されたり、何もしていないのに言い掛かりをつけては怒鳴られる日々だったそうです。 友人が引きこもりになって辛かったことは、正月やお盆休みでした。親戚中が集まるので、理解のない親戚から「あいつは何故引きこもっているんだ!情けない」と部屋にいても聞こえるくらいに言われていました。 「親戚には情けなくて顔向けできない」と私に相談してくれましたが、どう励まして良いのか分からずただ頷くことしかできませんでしたね。世間では働くことがあたり前で、友人が仕事を辞めるまで、友人と私もそれが当然だと考えていました。しかし、何かの問題で働くことが難しい方もいるので、一概に「外に出て働くことが大人として当然」という親戚の考えには反対です。 現在ではパソコンでライターの仕事をしている友人ですが、まだ親戚には色々言われているようです。もっと引きこもりや在宅での仕事に理解のある時代が来てほしいと思いました。 顔向けができないとは、恥ずかしくて、顔を合わせることができない。顔向けがならない。などと、失態や恥などから人に対して申し訳ない気持ちのことを指します。類語として、申し訳ない・言い訳のしようがない・合わせる顔がないなどがあります。すべて悪いことがあったときに使う言葉ばかりですね。 例えば、「悪いことをして捕まってしまったなんて、両親や兄弟に顔向けができない」や「預かっていた子どもが私の不注意で怪我してしまったらご両親に顔向けができない」などといった申し訳ない気持ちが強い時に相手に対して使う言葉です。他にもこの「恥ずかしくて顔向けができない」「世間様に顔向けができない」という使い方もします。こんな言葉があるように日本は他人の目を気にしている人たちが多い国です。他人の目を気にする生活は窮屈でなりません。そのせいかだんだんと他人の目を気にしない人たちが増えてきたいます。日本独特の考え方もどんどんと変わりつつあるんですね。それがいいことなのか悪いことなのかは人それぞれですが、しかし、顔向けができないは悪いことをしてしまった、相手に申し訳ないと言った時に使うような言葉ですので、使わないで済むような人生にしたいものですね。

Continue reading...

奥歯に物が挟まる

【漢字】奥歯に物が挟まる 【読み】おくばにものがはさまる 【意味】言いたいことをはぐらかすようなハッキリしない感じ。 【例文1】言い訳が見つからず、奥歯に物が挟まる。 【例文2】奥歯に物が挟まる言い方にイライラする。 【例文3】奥歯に物が挟まる言い方が気になる。 当然ですが、「奥歯に物が挟まる」の意味くらい知っています。 本当に言いたいことを直接的に表現せず遠まわしに言ったりすることが、本来の使い方でしょう。 実際に奥歯の間に食べ物などが挟まると取り除き難いことこの上ないです。 強い力で噛んでしまい、意図せず歯と歯の間に押し込んでしまった魚の骨などは簡単には取れません。 鏡を見ながら道具を使えば多少時間をかければ取り除けそうですが、中座が出来ないときはかなり困ります。 相手に知られぬように噛みあわせを変えたり、舌で取り除こうとしても成功することなど全く見込めません。 ばれないように食事を続けるしかないわけですが、気にならない訳がなくストレスは地味に溜まります。 奥歯は隙間があまりないので物が挟まるような事態はそう起こるものでは有りません。 歯並びが悪い人は、犬歯のあたりの並びにズレや隙間が多いので物が挟まりやすいです。 歯の前側に挟まったものが出ていれば、爪などで取り除くことはそんなに難しくないです。 問題は歯の裏側の根元当たりに挟まっている状態です。 指も届きにくく、こっそり素早く処理することなど全く期待できません。 奥歯に物が挟まる状態と同様に、周囲に悟られることなくひたすら我慢するしかないです。

Continue reading...

嘘八百

【漢字】嘘八百 【読み】うそはっぴゃく 【意味】すべて嘘だらけという意味。 【例文1】嘘八百のガセネタ。 【例文2】嘘八百のタレコミ情報。 【例文3】嘘八百並べやがって! インターネットは何かを知りたいと思った時、直ぐに知る事が出来るので、これほど便利なツールはないと考えられます。 昔は何か調べたい時に辞書を引っ張り出して来て、時間を掛けて調べていたので、便利な時代になったものだと思う事があります。 しかしインターネットには、全幅の信頼を置くような事はしない方が賢明です。 なぜならインターネットには、嘘八百の内容の物が星の数ほどあるからです。 例えばダイエットをしたいと考えた時、インターネットには色々なダイエット法が掲載されていますが、中には何の根拠もないでたらめなダイエット法が掲載されている場合があります。 たくさんの人に読んでもらいたいがために、奇抜な方法のダイエット法をでっちあげ、さも効果があるように歌っている物があります。 この様な物を信じてダイエットをしても、効果は全くありませんから、騙されないように注意が必要です。 またインターネット上には、様々な口コミが掲載されています。 商品やお店を選ぶ時に、この口コミが大いに役に立つ時があります。 しかしここにも嘘八百を並べ立てる人がいて、役に立つ口コミを邪魔する輩がいるのです。 インターネットの中は真実とウソが玉石混交となっているので、使い方を誤らないように十分注意する必要があります。 嘘八百とは、嘘だらけなことをいいます。 この「八百」は、江戸市中に町数が多いことを言った「八百八丁」や大阪市中に橋が多いことを言った「八百八橋」などの八百と同じ意味を示していて、数の多いことを意味しています。昔から8という数字は「数多く」を表していて仏教の考えからきているとされています。このように多くの嘘をつくということから、嘘だらけという意味です。 例文として「変な勧誘がウチに来たので嘘八百を並べて帰してやった。」や「普段から嘘八百ばかり並べ立てると誰にも信じてもらえなくなるよ。」などと使うことができます。 私もよく家にセールスマンが来た時は嘘八百ばかりを言って切り抜けたりします。嘘ばかりつくのはよくありませんが、時と場合によっては嘘八百を並べ立てるとかもあると思います。 悪いことばかりに使わない嘘であれば多少ならば問題ないとは思いますが、八百も嘘を並べてしまうと後々大変なことになったり、何かあった時に嘘は必ず自分に戻って来ますので人に嘘をつく時は、八百ではなく程々にしておいた方が自分のためにも相手のためにもいいですよね。もちろん嘘をつかない自分に正直にいるのが一番いいとは思いますがそうはいかない時もありますからね。

Continue reading...

意気揚々

【漢字】意気揚々 【読み】いきようよう 【意味】威勢がよく得意気な様子。 【例文1】優勝の凱旋パレードで意気揚々の行進。 【例文2】全力を出し切り意気揚々だ。 【例文3】意気揚々のわりには散々な結果に終わる。 華々しく勝利し得意満面の表情で凱旋する様子は、まあ褒め称えることを要求しているような感もありますが、それに値する戦果なので特に問題ないでしょう。 不自然に感じるのは、あからさまに大敗したにも拘らず悪びれることもなく前向きな姿勢でインタビューに臨む人がいることです。 負けは負けとして素直に受け入れ悔しがりながらも次に勝つために頑張るというならば、まだ許容範囲です。 悔しがるそぶりなど全く見せずにサバザハとした表情で会見に臨む敗北者を見るのは不愉快極まりない気持ちになります。 応援していた人たちが結果を残念がっていることに、まったく責を負うようなこともないとは如何なる精神構造なのでしょう。 負けたことよりも能天気なコメントを出し続ける姿勢に腹が立ちます。 このことは外国資本が経営に割り込むようになってから顕著な傾向にあるよう思えてなりません。 感情的になれとまでは言えませんが、敗北に対して欠片ほどの失意も見せないのは納得いきません。 それが大人の対応、社会人のあるべき姿だとしても、そのようなおとなしいコメントなど誰も望んでいません。 心の趣くままに表現してこそ、見聞きしている側も心を動かされるというものです。

Continue reading...