tedukurikotoba (2563)

秋茄子は嫁に食わすな

【漢字】秋茄子は嫁に食わすな 【読み】あきなすはよめにくわすな 【意味】旬の秋茄子を嫁に食わすのはもったいないと嫁いびりの意味と、茄子は体を冷やす効果もあるため大切に想う気持ち。だいたい前者で用いられることが多い。 【例文1】秋茄子は嫁に食わすなになんか負けない! 【例文2】秋茄子は嫁に食わすなにも我慢の限界がある。 【例文3】炊事をしない嫁に秋茄子は嫁に食わすな。 「秋茄子は嫁に食わすな」は良い意味と悪い意味があるようです。 この言葉をそのまま素直に解釈すれば、嫁には食べさせたくないという意味合いが強いような気がします。 確かに日本の家族は嫁の位が低く、しかも血縁関係もない他人ということで、姑などに苛められていた時代もあったようです。 今でもこうしたことはあるのかもしれませんが、姑の意識も変わってきているようです。 おそらく苛める姑も若い頃はお姑さんに同じようなことをされていたのでしょう。 少し前になりますが、昔の日本の写真を見る機会がありました。 そこに移っている昔ながらの農家の家族写真を見た時、家族全員笑って移っているのに対して、お嫁さんだけは無表情のままでした。 私はこの写真1枚で、昔の家族の現実を垣間見たような気がしました。 もう一つの解釈は茄子が体を冷やす野菜なので、食べ過ぎない方が良いというものです。 しかし、茄子以外でも体を冷やす野菜はたくさんあります。 それを考えると前者のほうが、このことわざの意味に合っているような気がします。 嫁姑の関係は時代が変わっても続いていきます。 今でもたまに嫁の悪口を言っている姑の話を聞くことがあります。 また、そのような問題を題材にしたドラマも流行りました。 反面教師としてそうならないように気をつけたいものです。 「秋茄子は嫁に食わすな」という言葉の意味は悪い意味と良い意味があります。悪い意味として、美味しい秋茄子を憎らしい嫁には食べさせるのはもったいないという意味で、姑の嫁いびりの言葉です。とても怖い話ですよね。昔はそういう事が常識的に行われたり、考えられていたのでしょうか。とても興味深いですよね。ちなみに秋茄子とは9月ごろ収穫される茄子のことであり、寒暖差や日照量の関係等から旨みが凝縮されていて、とても美味しい茄子のことです。 逆に、良い意味として使われる意が二つあります。一つ目は、秋茄子は体を冷やしやすいので、大事な嫁には食べさせてはいけないという嫁に対する気遣いの意味です。二つ目は、茄子の種が少ないので、子どもが出来ないといけないから嫁には食べさせてはいけないというゲン担ぎを表す意味です。こちらは愛する嫁に対する気遣いの気持ちが溢れていますよね。 一つの言葉で、こんなにも良い意味と悪い意味の真逆を表す言葉があるのは不思議です。しかし、一般的な意味として使用されるのは、悪い意味である姑による嫁いびりを表した方の意味だそうです。嫁に食べさせたくないほど秋茄子が美味しいのが悪いということになるのでしょうか。 茄子といえば夏野菜をイメージしがちですが、秋にもとても美味しくいただけます。 茄子には強い抗酸化力があることや、ガンや生活習慣病のもとになる活性酸素を抑えるパワーを持ち、また嬉しい作用としてコレステロールの吸収を抑えるという面もあります。これはありがたいですね。 まれに栄養価が低いとも耳にすることはありますが嘘八百であり、様々な栄養素が詰まっています。 よく「秋茄子は嫁に食わすな」という事を聞きますが、茄子が嫁に食わすには勿体ない位美味しいからという、意地悪な説の他に、ナスには身体を冷やす効果があるから、嫁の身体を思って冷やさないように食べさせるなという説もあるといわれています。 だからと言って人によってどちらに受け止められるかわからない言葉の1つでもありますので、意気揚々と使うのは避けたほうがいいでしょう。 焼いても蒸しても美味しい茄子、旬で美味しい時期にたくさん頂きたいですね。身体を冷やす作用を用いて、夏バテしない身体作りにも貢献してくれそうです。お肉とも相性がいいのでさサッと炒め物に1本でも使うだけでごはんが進むおかずになること間違いなしです。 値段も他の野菜に比べると比較的、安価なほうなので家計も助かりますね。

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渡りに船

【漢字】渡りに船 【読み】わたりにふね 【意味】何かに困っている時、ちょうど都合がよくなること。 【例文1】引っ越しの際に出た不用品を、友人が引き取りたいとまさに渡りに船。 【例文2】子ども服がタンスに収まりきれない時に渡りに船でお下がりをやる。 物事を行う時はタイミングが重要です。 タイミングが良いと渡りに船で、いろいろなことが良いタイミングでやってきます。 世の中にはいくら努力しても報われないことと、それほど努力しなくても上手くいくことがあります。 後者の場合はやはり良いご縁のあることだと思うので、感謝しながらやっていきたいものです。 かなり前になりますが、私は外国語を勉強していた時、ふとその国に行ってみたくなりました。 ヨーロッパだったので旅行するには費用も時間も必要です。 もちろん語学力も必要です。 その時、なぜか渡りに船で、何気に話したことがトントン拍子に進んでいき、順調に計画通りに事が進んでいきました。 私は今まで物事がスムーズに行ったことがあまりなく、挫折の連続でした。 しかし、この時ばかりは物事がものすごく順調に行き、周りの人の協力も得られました。 今思えばタイミングが良かったのだと思います。 まさに渡りに船とはこのようなことを言うのだと思いました。 いつもこのように物事がうまくいくとは限りませんし、どちらかといえば上手くいかないことも多いかもしれません。 しかし、上手くいく時は上手くいくものだと思うことも何度かあります。 今後もこういった好機を見逃さずに、チャンスをものにしていきたいと思っています。 渡りに船とは、大きな川があって、向こう岸に渡りたいのですが船がなければ渡れません。自分の前には船がありません。どうしようと岸辺に立っていたら、向こう岸から船がやって来たというような状況です。つまり困っているときに願ってもない助けがあったということです。ことわざや慣用句というのは教訓や戒めが多いものですが、この言葉は中々に嬉しい状況です。同じ言葉に地獄に仏というものがありますが、これも同じような意味合いです。 例えば、出掛けようとしていたら雨が降ってきて迷っていると、友人が車で通りかかりました。そこで渡りに船と車に同乗させて貰ったという風に使います。また、非常に困った状態で、もう会社を手放さなくてはいけないような時に、渡りに船の申し出を受けて無事乗り切ることができたというようにも使われます。 しかし、社会生活をしていく上で、いつも渡りに船とばかりに誰かにおんぶに抱っこをしてもらっていては、そのうち誰にも相手にされなくなります。渡りに船は、本当に困ってにっちもさっちもいかないときにだけ乗るようにしましょう。とにかく、まずは自分でできるところまでは、やってみることが一番大切なことなのです。そんな場合にだけ、船がやってくるのかもしれません。

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露命をつなぐ

【漢字】露命をつなぐ 【読み】ろめいをつなぐ 【意味】露命とははかない命のことで、かろうじて生活ができている状態。 【例文1】1日1食の節約生活で露命をつなぐ。 【例文2】働いても働いても露命をつなぐ毎日だ。 【例文3】日雇いで露命をつなぐ。 紆余曲折というほどの難事を乗り越えたわけでもなく、募集に運よく引っかかってそのまま臨時雇われが長期雇われになりました。 特に働きが良かったからではなく、再び募集して教育を施すことが面倒だったのが大きな理由と思われます。 下働きは相変わらず下働きのままで、給料も働きに相応に低いままで不満はあっても、それを理由に今の仕事を辞めようとは思いません。 今のような世の中で、次の仕事が見つかる確証もなく辞表を書けるようなチャレンジャーは高確率で路頭に迷うとしか思えないからです。 パチンコ程度の賭け事には手を出すが、人生丸ごとまで行かなくても直近の収入を賭けてまで自由に生きる気概など既にありません。 そこそこに失敗や挫折を繰り返せば、多少馬鹿でも危険には近寄らなくなるという事です。 大成功するような人間は、その辺を上手く見極め、運すらも味方にして成功だけを積み上げていくのでしょうか。 地道な努力をしてみても、才能のない人間が得られる報酬は露命をつなぐ程度にしかならないのは何故でしょう。 年金やら税金やら保険料で少ない給料はさらに削り取られ、仕事を辞めたら生きるのを止めなければならないくらいに切迫しています。 最近ではパチンコで遊ぶような金もなく、最後の希望のロトくじすら買うのを止めようかと思っているのです。

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粒粒辛苦

【漢字】粒粒辛苦 【読み】りゅうりゅうしんく 【意味】米の一粒一粒は、農民の苦労と努力の結果が実ったものである。コツコツ努力と苦労を重ねることが大事という教え。 【例文1】粒粒辛苦で採れた家庭菜園料理を味わう。 【例文2】粒粒辛苦しながら改良を重ねてようやく完熟した。 【例文3】粒粒辛苦で獲れたお米を残さずいただく。 私がまだ夫と結婚する前の話なのですが、夫が一人暮らしする部屋に遊びに行き二人でご飯を食べる機会があり、そのときに夫から「米粒残すな!」と叱られたことがあったのです。 私の中では残さずキレイに食べたつもりだったのですが、夫に言われ良く見てみると、確かに二つほど米粒が茶碗に残っていました。 それまでそんなの声を荒げる夫ではなかったので、ビックリしてしまいましたが、確かに大事なことですよね。 子どものころにも、親や担任の先生などに食べ物の大切さを教わり、農家の人がどれだけ粒粒辛苦しながら米をつくっているのかを分かっていたつもりだったのですが、恥ずかしながら大人になるにつれて忘れかけていたのかもしれません。 夫の両親は戦争中に生まれているため、「食べ物を大切にしなくてはならない」といった気持ちが強く、私よりも食べ物に対して厳しく躾けられたのと、いつも米を親戚からいただいているということで、余計に米粒を残す行為が許せなかったのだと思います。 そんな夫と結婚して三年になりますが、毎日米粒を残さず食べるのはもちろんのこと、おにぎりやチャーハンを作るときなど、米粒があちこちに散らばってしまう場合にも必死に米を拾って食べながら料理しています(笑)。

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よく学びよく遊べ

【漢字】よく学びよく遊べ 【読み】よくまなびよくあそべ 【意味】勉強する時はしっかり学んで遊ぶ時は思いっきり遊んだ方がバランスが取れるもの。 【例文1】子どものうちはよく学びよく遊べ。 【例文2】来年から就活が始まるので今のうちによく学びよく遊べ。 【例文3】学生諸君、よく学びよく遊べ。 大学生活で大事なことは「よく学びよく遊べ」です。 これは片方だけではいけません。学ぶほうだけに集中して遊びがないと、社会に出た時に広がりのない大人になってしまいます。営業職に就く人にとっては遊びの経験が重要ですし、そうでない人にとっても社内の人間関係を上手くやっていくためには遊びが必要でしょう。 とは言っても遊んでばかりで学ばないのもよくありません。学ばないと単位が貰えずに留年を繰り返すことになってしまうでしょう。それに、自分が一体何のために大学まで進んだのかもよくわからなくなってしまいます。社会に出てもすぐに目に見える形で評価はされないかもしれませんが、大学で学んだ教養や専門分野はその人間の深みのようなものになっていきます。 ではよく学びよく遊ぶためには、どんな生活を心がければよいのでしょうか? 意外かもしれませんが、毎日規則正しい生活を送ることです。確かに規則正しい生活は学びにはいいかもしれないけど、遊びには関係ないのではないかと感じる人もいるかもしれません。いいえ、関係あるんです。一生懸命、時間を上手く利用して遊び尽くすためには計画性というものが大事になってくるのですね。 大学生という人生に一度しかない大事な時間を、よく学びよく遊んで楽しみましょう。 「よく学びよく遊べ」という言葉は主に子どもに向けて言われる言葉です。 しかし、学びも遊びも子どもがやることだと思いがちですが、これは大人に対してもとても重要なメッセージだと思っています。 大人向けの言葉として最近よく言われるのが、ライフワークバランスです。 大人は学びや遊びよりも、仕事や家事などの労働に関する割合が多くなっています。 そのため、どうしても学びや遊びは後回しになってしまいがちです。 しかし、大人の生活でもやはりバランスが大事で、どれかに偏ってしまうとバランスを崩してしまい、その結果、心身に悪影響を及ぼしてしまいます。 最近、ニュースでも働きすぎが問題になっています。 大きな病気で若いうちに亡くなってしまう人の原因も、働きすぎが多いようです。 真面目で責任感の強い人ほどこういった状態になりやすいようです。 子どもも大人も仕事や勉強などで頑張った分、ゆっくり休んだり遊んだりしなさいということなのだと思います。 休日が短い日本では休むことはできても、なかなか思いっきり遊ぶということは難しいのかもしれません。 しかし、意識改革をしていかなければ、いつまで経っても現状から抜け出すことはできません。 しっかり遊ぶことは同時に、仕事や勉強などにも良い影響を与えるものだと思います。

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