tedukurikotoba (2563)

切羽詰まる

【漢字】切羽詰まる 【読み】せっぱつまる 【意味】追い詰められてどうにもこうにもならない。 【例文1】友人が切羽詰まった様子でお金を借りに来た。 【例文2】経営難で切羽詰まる。 【例文3】赤字続きで切羽詰まる。 私の息子の高校受験の時はどうなることやら、本当にハラハラしました。 息子は中学生の時に部活動で剣道部に所属していたのですが、一つ上の先輩が進学した高校に自分もどうしても入りたい、そしてそこで先輩と一緒に剣道がしたいという思いを募らせていきました。 しかし息子の成績ではその高校に入学するにはまだまだ成績が足りませんでした。 息子なりには受験勉強を頑張っていたようですが、受験当日まで半年を切っても思うように成績が上がらずとても切羽詰まる思いでした。 受験まで半年を切ると、どんなに勉強してもなかなか成績が伸びないものです。なぜならこの時期になると今まで勉強をやっていなかった子も総じて勉強しだすし、成績上位の子はますます勉強するので、なかなか上がらないのです。 親としてどうしても息子を希望の高校に入学させてあげたいと強く思い、一生懸命応援しました。 とうとう安全圏に入らないまま進路決定をする日を迎えてしまいとてもとても悩みましたが、息子の頑張りを信じ、志望校を受験させることに決めたのです。 結果は残念ながら不合格でした。結果を知った時はもちろん親子でとても落ち込みましたが、不思議と悔いはなかったのです。 息子は今滑り止めで受けた高校に楽しく通学しています。

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住めば都

【漢字】住めば都 【読み】すめばみやこ 【意味】どんなへんぴな場所でも住み慣れれば良い所に思えてくる。 【例文1】赴任当初はこんな田舎いやだったが、住めば都だ。 【例文2】都会育ちから田舎暮らしになったが、住めば都になるといいが。 【例文3】どこに行ったって住めば都。 地元や実家が大好き、という人もいるかもしれませんが、 私自身はその逆で、早く実家を出て一人暮らしをしたい、そんな気持ちの強い子どもでした。 町に人が多くて歩きにくくても、窓の外が明るすぎて眠りにくくても、 そんなことは最初のうちだけ、住めば都と感じるに違いない、そう思っていたし、 実際、そんな環境の違いにはすぐに慣れました。 「たまには連絡しなさい」と、実家の家族に叱られるほどに、 地元を忘れ、新しい土地での生活を満喫できていたのです。 その経験があったからか、他県に住む男性と偶然出会い、 結婚することになったときにも、特に不安は感じませんでした。 就職したときのような若さを失い、適応力も落ちているかもしれませんが、 海外暮らしが始まるならまだしも、私が嫁ぐのは、同じ日本国内なのです。 嫁いだばかりの頃には、町行く車の運転の荒さや、常に怒っているかのような口調に、少々戸惑い、やっていけるだろうかと不安にも感じました。 しかし、10年たった今、やはり住めば都で、運転の荒さもその町らしさと認められるようになり、常に叱られているかのような厳しい口調も、親しみのこもった表現と感じられ、逆に優しく話しかけられると、物足りなく感じるようになりました。 私の住んでいる地域は、昔は施設しかない場所であります。その施設の周りには完全に空き地になっていて何にもないところ・・。 私はその土地を知った時はその施設に通っていて、まぁそこに住むことなんて全く考えてもいなかったですが。 その施設とは精神科の病院とグループホームです。 昔は、治安の関係や差別として施設は隔離するものとされていました。 昔から病院に通院していた自分も差別していたし、通ってた事で差別されていました。 しかし、自分の病状が、悪化し、入退院を繰り返して家族とも絶縁したり色々あって、今はその地域の横のアパートを借りています。 しかも、リハビリの一環として病院でアルバイトもしています。 当初は精神科の患者や病院のスタッフに絡まれて、しんどかったのですが、だんだん慣れてきました。病棟内でも声をかけられています。 周りも、何もないところだったのがコンビニやスーパー、はたまた保育園(私は関係はないですが)など、色々な建物が建っています。 友達にここを説明すると、住みたくないといいますが、私には今は住めば都と思い気楽な人生を送っています。 病院に長期入院している患者って不便違うのかなあ?と私は思いますが彼等もそこが住めば都なのかなあ?と思いながら病棟内でアルバイトしています。 田舎育ちの私は、18歳の時、父親とケンカをして、家を飛び出し、都会と言われる、大阪、東京などいろいろな場所で生活したました。しかし、気が付いたのです。歳とともに、あの大嫌いな、田舎に近づいているでは、ありませんか、10年前はフェリーでしか行けない島、数年前には、周りに何も無い(コンビニすら無い、夜になると、イノシシ、シカなどの動物が、当たり前のように出てくる)町、今思えば、よく住んでたなぁと、我ながら感心します。今現在は、あれだけ、田舎が嫌いだったのに、地元に居るのです。絶対に、帰らないと決めたのに、自分自身不思議ですが、子供の頃見た景色と全然違うのです、もちろん、田舎なのですが、田舎なりに、色々立ち並び昔のイメージが無いのです。世の中の流れでしょうか、ビックリする事に、昔程隣近所の付き合いが無いのです。昔の知り合いさえ覚えていません。それが逆に、新鮮で心地いい。若き時は、「住めば都=都会に住む」と、思っていましたが、歳を重ね分かって来ました、都会だとか、田舎だとか、関係無いのです。自分自身が、ストレスを感じず、生きていける場所、それこそが、「住めば都」になるのではなかろうか。田舎暮らしも捨てたもんじゃ無いと、実感する、今日この頃です。

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自責の念

【漢字】自責の念 【読み】じせきのねん 【意味】自分の過ちを自分で責める。 【例文1】自責の念に駆られる。 【例文2】和解して長年の自責の念から解放される。 【例文3】自責の念で病む。 「自責の念」とは後悔して自分を責める意味があります。もうどんなに行動しても後悔が無くならない苦しみが伝わりますし、例え悪事を働いた過去があるとしても、自分の行ったことを後悔している・反省している様子が分かりますね。 戦争を体験した方の話を聞くと、多くの方が人を殺したことを後悔して「自責の念」に苦しめられています。いつ死ぬのか分からない極限状態で、殺さなければ殺されるのが戦場なので本当に惨いことだと思います。ましてや戦争体験者の話を聞くと小さな子どもまでが犠牲となる場面を目にした方もいます。 悔やんでも悔やみきれない「自責の念」ですが、その思いを失くすことは難しいです。カウンセリングなどの治療法も存在しますがすべての方を治療できるとは限りませんし、心の傷はそう簡単に治りませんよね。 「自責の念」は、相当な経験をしないと抱けない気持ちで、生きていくうえで日々苦しめられることになります。その多くがもう解決できない出来事が含むので、死ぬまで背負い続けることになるでしょう。 人間が生きていく中で、そういった気持ちや考えが生まれる出来事は歴史を観ても何度も起きていまが、苦しむ多くの方には報われてほしいですね。

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さじを投げる

【漢字】さじを投げる 【読み】さじをなげる 【意味】これ以上の見込みや解決法がないと諦める。 【例文1】どの建築家もこの物件はさじを投げる。 【例文2】どの病院に行っても医者がさじを投げる。 【例文3】会社存続の手立てがなくさじを投げる。 「さじを投げる」は、医者はどんな手を尽くしても治療できない患者をを見放す、見切りをつける意味を持ちます。自分ではもうどうしようも出来ない・解決できない状態を指す言葉だと考えられますね。 これは医者に対して以外にも使わることが多い言葉でもあります。例えば、どんなに丁寧に教育しても言うことを聞かない生徒に教師がさじを投げるなど、改善する傾向が見えない場合でも使われる言葉ではないでしょうか。本来は医療関係で使用された言葉ですが、時代が進むにつれて様々な意味で通じるように変化してきました。 さじを投げる状況は非常に深刻で、どうしようもない状態・向上しない状態を指す印象があり、他者から見放された状況です。本人の日頃の不真面目な行いが積み重なって、さじを投げられた状態になる場合が多いですね。それは別れを意味することでもありますね。 良い印象が無い言葉で、さじを投げられたら最後という気持ちが存在します。見放される・見切りをつけられることは、よほどのことでなければそういった状況にはなりません。酷い状況やどうしようもなく詰んだ環境になければ使われない言葉だとも思います。自分だったらこの言葉を使われたくありませんね。

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紺屋の明後日

【漢字】紺屋の明後日 【読み】こうやのあさって 【意味】染谷の仕事は天候に左右されやすく納期が遅れることがある。期日があてにならない。 【例文1】紺屋の明後日にならないよう日時・場所をハッキリ決める。 【例文2】今度飲みにでも行こうと言うのは紺屋の明後日だ。 【例文3】紺屋の明後日だから余裕を持って催促する。 『紺屋の明後日』、それは現代日本においてはおおよそ聞き慣れない言葉です。まずその意味を述べておけば、それは『約束の期日が当てにならない事の例え』です。 紺屋とは染物屋、藍染などといった古き良き伝統職の一種ともいえますが、今回重要なのはその仕事の内容、この仕事は染めた反物を乾かすという作業の都合上、天候によって大きな影響を受けてしまいます。その為、天候次第では期限を超過する事も頻発して起こります。期限の催促をしても『明後日には』と答えるもののやはり天候によるものなので決して当てにならずそれに間に合う事もなく、『催促』と『明後日』を繰り返すとなり期限が当てにならないという事になります。これが『紺屋の明後日』というものです。 これはある知り合いの話ですが、お金の貸し借りをして『明日にはお金入ってくるから返せる』という話がありました。しかし翌日には『仕事忙しくて銀行行く暇無かった』という返答が返ってきました。さらに翌日の金曜日に催促をしても『いろいろ入金が遅れているからまだ入っていない』という返答が来ました。この時点で金曜日なので、土日も返ってこないという事となり、当初の期限から何日も遅れるという事になります。 この話の顛末はともかくとして、こういう事を行う人の期限は信用できないのは当然のことであり、今回、僕は紺屋の明後日という言葉と意味を考えこのことと重ねてしまいました。 ただ、1つ忘れてはならないのは紺屋の仕事はあくまでも天候によって左右されるものであり、紺屋の職人の怠慢で期限の超過を繰り返しているわけではないという事です。

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