tedukurikotoba (2563)

白髪三千丈

【漢字】白髪三千丈 【読み】はくはつさんぜんじょう 【意味】長年の悲しみや心配事が重なって髪が白くなり、長く伸びたと嘆く。 【例文1】白髪三千丈だったけど、金婚式を迎えられたのも家族のお陰だ。 【例文2】白髪三千丈でひ孫も見れて幸せだ。 【例文3】先も長くはないのに独り身の息子の事が白髪三千丈。 「白髪三千丈」という言葉を聞いて思い出すのは99歳まで生きた私の祖母のことです。祖母は大正生まれで貧乏な農家に嫁に来ました。子どもは10人いました。そのうち3人は幼少のころに食中毒で死亡しています。祖母は商売ヘタな祖父の代わりに、田舎の雑貨屋を切り盛りしていました。米の販売やタバコの販売、障子紙などを担いで列車に乗って配達まで行っていました。そして私の父が始めた漬物製造の仕事を私の母と行い、夕方からは私の叔父、叔母、兄弟を含めた家族10人の食事の用意までするという大変なことを行っていました。85歳を過ぎたあたりから祖母の兄弟が亡くなり始めて、葬儀のたびに泣いている祖母の姿がありました。6歳離れた祖母の妹が亡くなった時には、食欲もなくなるほど落ち込んでいました。90歳半ばころには兄弟全員が亡くなってしまいました。そして自分の7番目の息子が60歳で亡くなった時には、見ている周りも心配するほど元気が無くなっていきました。そのうちに痴呆の症状があらわれ、施設や病院を転々とするようになりましたが、逆に痴呆になったおかげで誰かが亡くなって泣いたり落ち込んだりすることはありませんでした。長生きするということはありがたいですが、「白髪三千丈」を身をもって知ることになるのだと祖母を見ていて思いました。 「白髪三千丈(はくはつさんぜんじょう)」とは李白の五言絶句「秋浦歌」の冒頭部分に出てくる言葉です。「長年の憂いが重なり、白髪が非常に長くのびることを誇張した表現。心に憂いや心配事が積もることのたとえ」です。ちなみに三千丈とはおよそ9キロメートルですから、誇張も誇張なのですが、それほどの苦労をしたということ。李白は天才的な詩人で「詩仙」とも呼ばれていますが、最近のアニメ映画にもなった森見登美彦による小説「夜は短し歩けよ乙女」の中でも、李白は高利の金貸しや偽電気ブランの卸元などをやっている富豪の老人として登場します。「電車」と称する三階建ての巨大な自家用車を所有し、自由奔放に大酒を呑み、行動していますが、李白風邪と呼ばれる(おそらくインフルエンザ)によって、主人公の大学生と「黒髪の乙女」との恋を大きく進展させることになります。実際の李白も若い頃、遊侠の輩と付き合いがあったり、湯水のように大金を使ったり、道士と交流したりと自由奔放な生活をしています。42歳の時に長安へ出て賀知章の目にとまり、やがて玄宗皇帝に詩才を認められて官吏となりますが、若い頃の奔放さは留まるところを知らず、酒が原因で長安を追放されます。晩年は各地を転々とし、牢に繋がれるなど不運に見舞われます。その時の苦労を詠んだのがこの詩なのです。

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熱を入れる

【漢字】熱を入れる 【読み】ねつをいれる 【意味】夢中になる。 【例文1】アイドル歌手に熱を入れる。 【例文2】趣味の魚釣りに熱を入れる。 【例文3】定年退職後、社交ダンスに熱を入れる。 一生懸命に物事に取組むことや身を入れることを「熱を入れる」と言います。人の生き方で熱を入れることができる趣味を持つと人生が楽しくなると良く耳にしますよね。 例えば、定年退職者が仕事一筋だったために、家族との生活も上手くいかず人生に行き詰まることがあります。家にずっといるので話題が同じ内容になってしまい、家族関係が崩壊する家庭も存在するのです。 何か一つでも熱を入れることができる趣味があれば人生が豊かになるし、家族とも自然に会話が増えるのではと考えています。人生が仕事だけでつまらないと感じる方たちにも、趣味を作ることの大切さに気づいてほしいです。 私は映画を観るのが好きで、気分が落ち込んだ時に好きな作品を視聴して癒され、「次も頑張ろう」という気持ちになります。普段外出することは「めんどくさい」と感じてしまう性格ですが、観たい映画が放映される時は喜々として映画館に出向きますね。 趣味が人生を変えてくれることがあります。一生懸命に熱を入れることは、それだけ人生にとって重要なことではないでしょうか。もちろん生きる上で仕事大切ですが、定年退職後の生活を長いスパンで考えると、趣味は今のうちに作るべきなのです。

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二の舞を演じる

【漢字】二の舞を演じる 【読み】にのまいをえんじる 【意味】前回と同じ失敗を繰り返す。 【例文1】経営不振に陥り、二の舞を演じる。 【例文2】彼の二の舞だけは演じたくない。 【例文3】リバウンドで二の舞を演じる。 他の人の失敗を見て、自分は同じ失敗をしないようにと心がけることはあるでしょう。それでも他の人が以前やってしまった失敗を、自分が同じように失敗してしまうこともあると思います。ですがこのように二の舞を演じることになったって良いのではないでしょうか。人間ですから失敗してしまうのは当たり前です。むしろ『失敗しないようにすること』をずっと心がけていることがストレスになる場合だってありますよ。 『失敗しないようにすること』は極端な話ですが、『完璧な人間』になろうとすることです。しかし誰にでも長所があれば短所もあるように、完璧な人間なんていません。長所があって短所があるのは当たり前であるはずなのに、完璧な人間を目指そうとするのは非常にストレスになります。もちろん『失敗しないようにすること』を心がけるのは大事ですが、それよりも『失敗したとしても、そういうときだってある』と思っていることも大事です。このように考えていることで、ストレスを減らしていかないと、いつか倒れてしまうのは明白です。たとえ他人と同じ失敗をしないように気を付けていたのにも関わらず、二の舞を演じることになったとしても「こういうときもある」程度に考えておくくらいでちょうど良いと思いますよ。

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七転び八起き

【漢字】七転び八起き 【読み】ななころびやおき 【意味】何回失敗しても諦めずに立ち直る。 【例文1】経営難に陥ったが、人生七転び八起きだ。 【例文2】3度試験に落ちたが、七転び八起きだ。 【例文3】お見合いで断られてばかりだが、七転び八起きだ。 打たれ強い人という人がいます。どんなに仕事で怒られても必ず立ち直って七転び八起きする人、見てて勉強になりますし、自分を成長させてくれます。人生は山あり谷ありです。そういったとき、堪え忍んでどんなに失敗しても立ち直るまさに七転び八起きではないでしょうか。福祉の仕事をしている自分ですが、時に体力的に精神的に谷底に突き落とされたような気分になることがありますが、それでも今に至って生きているのは自分でいうのもなんですが、これこそ七転び八起きです。七転び八起きする人には努力という言葉がついてきます。時に人間は打たれ弱い時もあります。そういうときにも自分に活を入れて七転び八起きして、まさに今を生きていると思います。福祉の仕事はとてもハードで力仕事です。腰を痛めることもありますし、まわりの仲間には自分を陥れようとする面々もいますが、そこは自分の持ち味の七転び八起きで、ギブアップをしないことが自分にもあると思います。しかし、他の見本となるような人を見ていて、凄いなぁとかよくこんなことに耐えられるなという人がいます。余程の根性があるんだと感じています。そういう見本となるような人を目標にして自分自身を成長させて行くことが素晴らしいことです。 「七転び八起き」とは何度失敗してもくじけず、立ち上がって努力すること。転じ て、人生の浮き沈みの激しいことのたとえです。七転び七起きではなく、一つ余計に起き上がるような前向きさをあらわすために「七転び八起き」と表現したとも言われています。さらに「八転び九起き」を信条とした人がいます。今の大同生命保険会社を立ち上げた創設者のひとり、広岡浅子です。NHKの朝の連続テレビ小説「あさがきた」のモデルになり話題になった女性です。彼女は豪商、三井財閥のお嬢様として何不自由ない家に生まれました。長じて加島屋に嫁ぎます。生家と同じ両替屋という商売をしている家でしたが、明治維新になり、藩に貸していたお金が返済されず、家は窮地に立たされてしまいます。そこで浅子が炭鉱経営に乗り出します。天性の商売人としての才能があったのだとは思いますが、相当な苦労をして、炭鉱を軌道にのせます。そしてその時の不遇な労働者や会社経営の難しさを目の当たりにしたことで、企業向けの生命保険会社を立ち上げることになるのです。また、女子教育にも力を入れ、あの「原始、女性は太陽であった。今、女性は月である・・」の一文で知られる、女性文筆家平塚らいてうも彼女の女子大学の出身です。彼女ほどとはいかなくても「七転び八起き」の精神でたゆまぬ努力を続けることで得るものは大きいのではないでしょうか。

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時を稼ぐ

【漢字】時を稼ぐ 【読み】ときをかせぐ 【意味】本来の用事の準備をしている間、他の事をして時間を引き延ばす。 【例文1】お客様を待たせている間に世間話で時を稼ぐ。 【例文2】作業時間の間にお茶をして時を稼ぐ。 【例文3】週刊誌を読んで時を稼ぐ。 「時を稼ぐ」とは「準備など整えるために他のことで引き延ばして時間を作り出すこと」です。NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」でも「毛賀の地で商人に売り渡した井伊家の材木が、あろうことか今川家に敵対する武将に渡りそうだ」という情報が今川家にもたらされ、井伊家は申し開き(弁解)のために城主の直虎が、今川の居城に呼び出されます。井伊家は商人に売ったまでで、その先のことは把握していなかったことが、詰めが甘いと叱責され、うまく申し開きができなければ城主の交代も辞せずという窮地に立たされます。そこで直虎は「時を稼ぐ」ために、今川家へ向かう道中で服薬し、自分が高熱を出すことで、井伊家の一行を足止めします。その間に、どんな手段を講じようと売り渡した木材を一本残らず、毛賀に取り戻すという策を実行し、直虎が今川家に到着して、申し開きをしている間に「材木が取り戻せた」との連絡が入り、窮地を脱します。戦国時代は今のような情報網もありませんし、交通手段もありません。「時を稼ぐ」ことが家の存続をかけた策の一つであったのです。そういえば「真田丸」でも真田昌幸が、もらった書状に返事を書かなかったり、登城を迫られてものらりくらりと行かなかったりと時間稼ぎをして、必死に状況を見極めようとしていましたね。今はSNSの悪用やGPSにより、時間を稼ぐどころが居場所まで探られてしまいます。恐ろしい時代になったものです。

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