tedukurikotoba (2563)

水際立つ

【漢字】水際立つ 【読み】みずきわだつ 【意味】ひと際目立っている。 【例文1】新人女優ながら水際立つ演技力だ。 【例文2】彼女は街を歩けば水際立つ容姿だ。 【例文3】水際立つロングヘアーだ。 「水際立つ」という言葉は日常生活の中でなかなか耳にしないことわざですよね。ひと際目立つ・際立っていることを指す意味があり、何だか古風であり現代でも通用する美しさのリズムを持つイメージがあります。 私は映画を観るのが趣味なのですが、多くの演者さんの中で水際立つような演技をする方がたまにいます。みなさんがプロの演者なのですが、そのプロたちでも敵わない気品や立ち振る舞いにより、素晴らしい演技をするのです。 特に1930年代から1950年代の日本映画黄金期と呼ばれる時代の映画で、「水際立つ」を感じた演者が多いですね。例えモノクロ映画・古い映画でもずば抜けた演技をする方は良い意味で目立ちますし、技術などに制限があった時代だからこそ演技でカバーしようとする気持ちが伝わってきます。 他の分野でもプロの集団なのに、その中でもずば抜けている方を何人か見てきました。その分野に興味の無い方がそのような方の演技を見て、興味を持つきっかけを作ることは素晴らしいですし一朝一夕ではできません。 例え、その分野でトップに君臨する方でも「水際立つ」という言葉をイメージできない方もいます。だから尚更「水際立つ」を感じる方は凄いと思いますね。

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股に掛ける

【漢字】股に掛ける 【読み】またにかける 【意味】世界各地を巡ることで、商売や活躍が広範囲に渡っているという意味。 【例文1】世界を股に掛けて活躍した選手。 【例文2】世界を股に掛ける職業に就く。 【例文3】ネットの普及で世界を股に掛ける。 世界を股に掛ける、七つの海を股に掛けるは言い回しとしても結構よく聞く機会があります。 七つの海は、南北のそれぞれの太平洋・大西洋と北極海・南極海・インド洋で合計7つですが、北極海や南極海までわざわざ行く人がいるでしょうか。 調べてみたところ時代によって七つの海は定義が異なるようで、中世のヨーロッパでは大西洋・地中海・黒海・カスピ海・紅海・ペルシャ湾・インド洋で七つの海だったそうです。 ここで疑問ですが、広く各地を移動することを「股に掛ける」と表現するわけですが、どの程度の範囲というか広さがあれば使える表現なのでしょう。 範囲を少しずつ狭めていけば何となく分りそうなのでやってみます。 「日本全国を股に掛けて商いをする」 これは世界規模から比べるとかなり狭く感じられますが、日本語しか話せない私からすれば移動できる全ての範囲を意味するくらいですから十分に許容範囲です。 「関東一円を股に掛けて」 さらに範囲を絞ってみましたが、居住人口や経済規模から考えると十分な広さといえるでしょう。 「秋田県全域を股に掛けて」または「秋田市全域を股に掛けて」 さすがに怪しくなってきましたが、移動手段などを考えれば結構な広さ言えなくもないという言い訳は通りそうです。 「町内を股に掛けて」 無理がありすぎて、うまい言い訳も思いつきませんでした。 一般的な個人が大した気概もなく股に駆ける(意図的な誤表記です)ができるならば、それは「股に掛ける」とは表現できないということがとりあえず判明しました。

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骨抜きにする

【漢字】骨抜きにする 【読み】ほねぬきにする 【意味】肝心なものを抜き取る。魅惑する。 【例文1】男を骨抜きにする裏技を駆使する。 【例文2】彼氏を夢中にさせて骨抜きにする。 【例文3】骨抜きにするテクを磨く。 女性を骨抜きにする男性とはどんな人でしょうか。格好良い人でしょうか、それとも優しい人なのでしょうか。実はこの問題は、女性が男性を『交際相手』として見ているか『結婚相手』として見ているかで、答えは変わってくると考えられます。 おそらく『交際相手』であれば、楽しくて気遣いができて、身だしなみがきちんとした清潔感のある人なら、大抵の女性の目には好ましい男性に映ると思われます。特に記念日を忘れないような男性であれば、尚良いことでしょう。 ですが『結婚相手』であれば、男性の内面だって大事ですが、女性は男性の年収もきちんと見てくると思われます。なぜかというと、女性は「いつか子どもをもうけたい」と考えている人が多いので、子どもの教育費などを踏まえると、やはり男性の年収を気にしてしまうと考えられます。 つまり『交際相手』であれば「内面の良さに加えて清潔感がある」といった点をクリアしていれば、おそらくその男性は多くの女性にとって魅力的な人に見えるでしょう。しかし『結婚相手』であれば「内面の良さも大事だが年収もある」という点をクリアしている男性であれば、おおよそ多くの女性を虜にできると言えるのではないでしょうか。女性を骨抜きにするにも、その女性が自分のことを『交際相手』と『結婚相手』のどちらとして見ているかが重要になってくるでしょう。 「骨抜きにする」とは魚や肉などの調理のためにその骨を抜くこと。人を気骨、志操のない状態にすること。また、計画などの主要な部分を取り去って内容の乏しいものにすることです。この言葉が使われる時には、男女の仲について言われることがあります。特に美女の場合ですが、クレオパトラとカエサル然り、傾城の美女と呼ばれた西施然りです。英雄色を好むとはいうものの、骨抜きにされて彼女たちの言うがままの統治をしていたのでは、国も亡ぶかもしれません。日本ではなかなか「骨抜きにする」ほどの美人の話が思いつかないのですが、怪談牡丹灯籠はどうでしょう。怪談牡丹灯籠は明治時代に3代目圓朝による創作落語です。浪人者の萩原新三郎は、旗本飯島平左衛門の娘、お露と出会い、お互いに一目惚れしたふたりは深い仲となります。お露は夜になると牡丹灯籠(ボタンの絵のついた灯籠)を下げて新三郎の元を訪れては逢瀬を重ねます。しかし、お露は亡者だったのです。 偶然、お露と新三郎のことを知った旅の僧が真実とお札を授け、彼は家中の戸に貼って亡者が諦めるはずの期限の日まで籠もり、夜が明けるまでは決して出てはならない、と教えてくれます。 言われたとおりに新三郎が閉じ籠もっていると、毎晩お露は家の周りをカランコロンと下駄の音をさせながら歩き回るものの、中に入れず恨めしくも悲しげに呼びかけてきます。 最期の日、新三郎は、朝になったというお露の言葉に引かされて、命より自分の断ち切れない想いを優先して、自分でお札を剥がして外へ出てしまいます。骨抜きにされるとは恐ろしいものです。

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不即不離

【漢字】不即不離 【読み】ふそくふり 【意味】2つのものが深い関係でもなく離れすぎてもいない間柄。 【例文1】ご近所さんとは不即不離の関係がちょうどいい。 【例文2】人間関係は不即不離がうまくいく。 【例文3】姑とは不即不離を保つ。 悩みというものは尽きないものですよね。多種多様な悩みの中でも、人間関係の悩みが一番という人が多いのではないでしょうか。 職場の同僚、上司、友人、そして、恋人との人間関係に悩まれている人が多いのではないでしょうか。そんな人間が存在している限り無くなることがないであろう人間関係の悩みを少しでも解消してくれるかもしれない四字熟語が存在します。それは「不即不離」(ふそくふり)という四字熟語です。 この「不即不離」という四字熟語の意味は、二つのもの関係が深すぎもせず、離れすぎもせず、つかず離れず、丁度良いぐらいの関係にあることを表す四字熟語です。 しかし、少しネガティブな意味としても捉える事も出来、好きでも嫌いでもない曖昧な関係であるというニュアンスにも解釈することが出来ますが、それでも人間関係は、「不即不離」の関係性で丁度良いのではないかと思います。 現在の人間の関係性は親密過ぎると感じます。ITの発展により、24時間どこでも連絡を取ることが出来る世の中になり、SNSによる人間関係の疲れ、それに付随する精神的な病気が現代人に蔓延しています。 親密な人間関係を築こうとして、かえって人間関係で悩む悪循環を脱却するには「不即不離」の人間関係が一番ではないでしょうか。

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人こそ人の鏡

【漢字】人こそ人の鏡 【読み】ひとこそひとのかがみ 【意味】他人の言動は自分の姿を映す鏡のようなものであるから、他人を見て自分の行いを正す手本にせよという教え。 【例文1】新入社員は先輩を人こそ人の鏡にする。 【例文2】人こそ人の鏡を意識する。 【例文3】我が社の社訓は人こそ人の鏡だ。 「人こそ人の鏡」は「反面教師」と意味合いが似ていると感じます。他人を鏡のように見立てて、自分の行動を改める・考えるという意味を持ちますね。 人生を生きる中で、「この人の行動はどうなのか」と考えてしまう方がいて、また立ち振る舞いに疑問を感じることも多いです。しかし裏を返せば、疑問を感じた他者の行動を無意識に自分がしている可能性もあるのです。同じ考えを持つ人間を嫌いになる「同族嫌悪」という言葉も存在するくらいですから、心理的に苦手と思った方々と自分は似たもの同士なのかもしれません。 そう思った方を参考にして自分の行動や考えを改善することが必要となるでしょう。「絶対に同じ過ちはしない」と強く決意することが自分を高めるための第一歩になるからです。そうした考えを持っていれば、他者のせいで理不尽な出来事に遭遇しても「人こそ人の鏡」の精神で乗り越えられると思います。 会社や学校では苦手な方と接しなければならない状況が必ず出てくるでしょう。逃げることは簡単ですが、社会人となるとそうはいきませんよね。ですから人間関係が複雑化する現代では、コミュニケーションを円滑にするためにも「人こそ人の鏡」や「反面教師」が必要となるはずです。 他人の言動を見て不快に思うことはあるでしょう。仕事やプライベートを問わず、そういった場面に遭遇するのは避けられません。しかしそんなときこそ、自分を更に良い人間にする機会だと考えてみませんか。 たとえば会社の上司の言動が、自分にとって不快なものだったとします。もちろん自分にとって不快なだけであって、同僚にとっても不快かどうかは定かではありません。ですが仮にほとんどの同僚がその上司の言動を不快だと感じたなら、上司の言動はやはりあまり褒められたものではなかったのでしょう。つまりもしも自分がその上司の言動を真似たり、同じような言動をしたとすれば、同僚に不快な思いをさせてしまうだろうことが予想できますね。 つまりは自分の人としての品位を下げたくないのであれば、不快だと感じた他人の言動を自分が行っていないかを見直して、もし行っていたら是正することが大事だと考えられます。だからこそ他人の言動を見て不快に感じたときは、自分を見直すチャンスだと前向きに捉えてみてください。人こそ人の鏡といったように、他人の言動を手本にして、自分が同じような言動をしていないかを見直したり、同じような言動をしないようにするのが、自分を品位ある人間にしていくのではないでしょうか。

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