tedukurikotoba (2563)

横槍を入れる

【漢字】横槍を入れる 【読み】よこやりをいれる 【意味】横からあれこれ余計な指図をする。 【例文1】横槍を入れられると、イライラする。 【例文2】自分はできもしないのに他人には横槍を入れる。 【例文3】手伝いもせずに横槍を入れる。 スムーズに物事が進んでいるにも関わらず、関係ないのにわざわざ口を出してきて、物事を妨害してくる人に出会うときもあるでしょう。なぜこのように横槍を入れる人がいるのでしょうか。それはもしかすると嫉妬心からの行動かもしれません。 もしもあなたが、仲の良い異性と2人で喋りながら楽しく仕事をしているとしましょう。このようなときに横槍を入れてくる同性はいませんか。たとえばあなたの些細なミスを、さも大ごとのように誇張してきたりしませんか。これだけで済むならまだ良いですが、これで場の空気が悪くなってしまうと、仕事もやりづらくなってしまいますね。このように横やりを入れてくる理由は、ほとんどは嫉妬心だと考えて良いでしょう。しかしその嫉妬心は『あなたの仕事への能力』に対しての場合もあるでしょうし、もしくは『一緒に仕事をしていた異性と喋っていたあなた』への場合もあるでしょう。さすがに嫉妬心とはいっても、何に対する嫉妬なのかまでは分からないと思います。 ですが横やりを入れてくる人は、余程仕事の邪魔にならない限りは、そのまま放置していても良いかもしれません。わざわざ横やりを入れないと気が済まないような人は、ただ時間を持て余しているだけの人でしょうし、こちらが相手をするのも時間の無駄になってしまいますからね。

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油断も隙もない

【漢字】油断も隙もない 【読み】ゆだんもすきもない 【意味】少しも気を緩む事ができない。 【例文1】まったく油断も隙もないやつだ。 【例文2】ちょっと目を離した隙に猫が食べ物を持って行った。油断も隙もない。 【例文3】置き引きに遭い油断も隙もない。 油断も隙もない夏の大敵といえば蚊です。ジカウイルスや西ナイル熱などのウイルス媒体とも知られていますが、それ以前にさされたらとてもかゆいし、ぷーんと耳や顔周りで飛ばれると無視したくとも出来なくてとても不快です。藪に近寄らないようにしたり、虫除けを使ったりしてもいったいどこから入ったのかいつの間にか家に入りこんでいたりする油断も隙もない蚊が大嫌いです。以前に見たテレビ番組では最後まで血を吸われたら痒いのは襲ってこないといっていましたが、蚊が自分の血を吸っているのはとても不快なのでじっとしていろというほうがとても無理です。本当にどうにかしてほしいくらいです。 以前とても蚊で恐ろしい体験をしました。公園でピクニックをしようといったらなんと蚊が大量に芝生に隠れていたのです。歩くたびに舞い上がる蚊の大群。どこへ行こうが芝生は永遠と続き逃げ場などありませんでした。日向の芝生は比較的蚊が少なかったんですが、日陰は自分の周りが暗くなるほど大量の蚊がいました。それだけ大量にいたら虫除けなんて全く何にも約にたちません。その後数日は体中が痒くて大変でした。たかが蚊、されど蚊、本当にどこへ行っても私を悩ませる油断も隙もない天敵です。 ちょっとした隙を抜け目なく突いてきた相手を評して「まったく、油断も隙もない」とつぶやくシーンは珍しくないように思えます。 しかし、このセリフは日本語としてはどうなのでしょう。 「油断も隙もあったものではない」や「油断も隙もならない」ならば、弱点を確実に攻めて来た狡猾な相手を警戒し自身に油断や隙があったことを戒めていると受け取れます。 これら言い回しには不自然さは感じられません。 対して「油断も隙もない」だと状況を知らなければ、ただ単純に警戒厳重で付け入る隙が見当たらない状態を表現していると受け取れそうです。 主語を省略せずに文章を再構成してみれば不自然さはさらに際立ちそうです。 特定の状況で発せられた言葉ならば、多少の言い間違いや簡略化がされても意図は相手に通じそうですが、それが通例として認められてしまうのは如何なものでしょう。 「その場で通じれば問題ない」「時代の変遷で言葉の意味は変化するものだ」という意見も有りますが、際限なく許容していては限がありません。 訳の分らない機械翻訳の文章がおもしろおかしく流通したり、意味不明な雰囲気だけを伝えるような言葉の氾濫は危惧するに値すると思われます。 文化の継承という国家や民族の根幹を成す事案にあっては、油断も隙も許されるものではないでしょう。

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吝かでない

【漢字】吝かでない 【読み】やぶさかでない 【意味】努力を惜しまず喜んでする。 【例文1】助けを求められれば、吝かでない。 【例文2】何事にも経験する事は吝かでない。 【例文3】その意見に吝かでない。 「吝かでない」は、「やぶさかではない」と読まれます。吝かということわざは、喜んで行動するといった様子を表します。 吝かとは行動する気はない、気が進まない気持ちなどに否定形をつけることでやってもよい、嫌ではないという意味になりますが、遠回しな肯定ではないでしょうか。これは小学生が好きな相手に対して「嫌い!」と思わず反対のことを言ってしまうような意味を感じずにはいられません。要するに素直じゃないということです。何だか可愛らしいですが、時としてトラブルを招く恐れもあります。 いつまでも異性の告白にどっち付かずな返答をすれば相手は離れていきます。本当は嬉しいのに吝かでない発言をしていると、本心とは違う言葉の意味で相手に伝わってしまうでしょう。 良好な関係を築くためにも直接的で簡潔に物事を伝えることが大切です。あやふやなことばかりで逃げていると、そのツケがいつか必ず自分に襲い掛かると思います。上手く生きていくためにも、出来るだけ吝かでないあやふやな表現は避けるべきだと思います。優柔不断な言動は相手を混乱させてしまうこともあるのです。 「吝かでない」は「やぶさかでない」と読みますが、簡単な字なわりには何も見ずに書ける人は少なそうです。 吝嗇という語にも使われますが、これら以外に使用例が思い浮かびません。 吝嗇が極度のケチや物惜しみを意味する言葉だと覚えていれば、吝かでないは苦労などを惜しみませんという意味なのだと簡単に推察できるでしょう。 文と口を合わせて何故にケチという意味になるのか疑問でした。 調べてみたところ、文が刺青、口は祝詞を入れた器物を表していて、死者を祈り惜しむという意味があったようです。 どこをどう巡って死者を惜しむのが唯のけちん坊に成り下がったのかは、さっぱり分りませんが取りあえずそういうことらしいです。 手前勝手な感想ですが、吝かではないです発言には努力や苦労を厭いませんと宣言しているにも拘わらず何となく積極性に欠けるようなイメージがあります。 辞書には、喜んで仕事させていただきますのような感じの意味が書かれていますが、実際のところはどうなのでしょう。 あからさまに苦労する仕事と認めつつも、自分は労力を出し惜しむようなケチな人間ではないですよという恩着せがましい主張にはどうも馴染めません。 そういう言い回しもあるということだけ覚えるに留め、自分では使わないほうが良いような気がするのは私だけでしょうか。

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物は相談

【漢字】物は相談 【読み】ものはそうだん 【意味】何事も相談してみると、案外良いアイディアが浮かぶもの。 【例文1】お父さんにも一応聞いてよかったわ。物は相談だね。 【例文2】ダメ元で物は相談してみる。 【例文3】物は相談で直談判する。 最近ニュースなどでも待機児童の問題について、よく取り上げられていますが、この問題は深刻で私の職場でも困っている人が多いです。 私の家も子どもが小さい時には、認可保育園に入れなかった為、共働きをするとかえって損をする状態だったので、しばらく妻は子育てに専念していました。 しかし、家を購入したいという目標が私達には合ったので、早く働きたいと妻は考えていました。私の両親の家に遊びに行った時、物は相談で母に子どもを日中預かってくれないか話してみました。 駄目元だったので、良い返事は期待していませんでしたが、相談の結果毎月お小遣い程度を渡す約束で、子どもの面倒を見てくれることになり、物は相談と言いますが、本当だなと実感しました。 子どもは、おばあちゃんが好きなので、預かってもらうとそのまま泊まる事が多く、すっかりおばあちゃんっ子になりました。母と約束したお小遣いを渡そうとしたら、将来困ったら助けてくれと言って受けとらず、その時親のありがたみを知り、母の協力もあって目標を達成できました。 私のように実家が近いと、相談によっては解決の可能性もありますが、遠方だと相談をしても無理なので、早く認可保育園の不足を解消して欲しいと思います。

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眼鏡にかなう

【漢字】眼鏡にかなう 【読み】めがねにかなう 【意味】目上の人に評価される。 【例文1】新人ながら、戦力になるので上司の眼鏡にかなう。 【例文2】英話が話せる彼女はフロント業務に眼鏡にかなって配属される。 【例文3】テキパキと作業をこなし眼鏡にかなう。 「眼鏡にかなう」とは目上の人に認められ気に入られることです。「眼鏡にかなう」ことで大出世した有名人のひとりが豊臣秀吉です。彼は貧しい農民の子どもだったと言われています。戦国時代は農民とはいえ、ひとたび戦になれば兵として駆り出されていましたから、兵として出世することを願っていたことは予想できます。秀吉はまだ木下藤吉郎という名前を名乗っていた17歳のころに、縁あって織田信長に仕えることになります。藤吉郎は草履取りといって、信長の下足番をしていた時に、雪のちらつく寒い冬のある日、出かけようとした信長の足元に、自分の懐に入れて温めておいた草履をさっと出して、草履が温かいことに気が付いた信長は彼の気働きを大いに誉め、その後重用するようになります。藤吉郎が信長の「眼鏡にかなった」瞬間でした。その後も彼は、清洲城の普請奉行、台所奉行などの面倒な仕事を自分から引き受け成果を挙げ、織田家の中で存在感を示していきます。人たらしと評されるほど、人心を掴み取り入るのが上手であった彼は豊臣秀吉と名前を替えてからも、着実に出世していきます。そして、信長が本能寺の変で明智光秀により絶命した時には、すぐさま弔い合戦に打って出て、明智を倒し、天下の覇者として君臨することになるのです。その後の栄華も、あの日、あの瞬間がなければあり得なかったのかもしれません。

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