tedukurikotoba (2563)

胸が痛む

【漢字】胸が痛む 【読み】むねがいたむ 【意味】悲しく思う。罪悪感が残っている。 【例文1】友人に日曜日は用事があると嘘をついてしまい、胸が痛む。 【例文2】嫉妬心からライバルの教科書を隠した事は今でも胸が痛む。 【例文3】部活をサボって胸が痛む。 長期休暇で地方に遊びに行った時の事、道端に無人の販売所が置かれていました。 そこには新鮮な野菜が所狭しと並べられており、一目で美味しそうだなと思ったのです。 それで私は、この野菜を買おうと思いました。 ですがこんな時に私は、けち臭い考えを起こしてしまったのです。 誰も見てないんだからお金なんか払わなくてもいいだろうと思い、お金を払わずに野菜だけもらって立ち去りました。言わば犯罪です。 しばらく経った頃、胸が痛む症状が起こり始めました。 今頃になってお金を払わずに帰った事を後悔し始めました。 やはり販売所へ行ってお金を払うしかないと思い、私は次の休みの日にこの販売所へと足を運びました。 そしてあの時払わなかったお金を払い、また新たに野菜が置いてあったので、今度はちゃんとお金を払って野菜を買ってきました。 今は、スッキリとした気持ちでいられています。 心は胸に宿るという説は医学知識を持ち合わせた現代人からすれば合理性に欠けるものです。 それでも、精神的に追い込まれた状況では胸が実際に苦しくなる事はあります。 これが脈拍や呼吸の乱れ、神経系の不調や動悸によるのは明らかです。 精神的なストレスが肉体に影響を与え、結果として脳のついで重要な生命維持器官の心臓や肺に不調がみられるのです。 冷静になって考えると、自らの心持ちによって自分の身体をわざわざ不調にしてしまうのは実に愚かしいように思えます。 外敵から身を守るために、隠れるためや逃げるために呼吸や脈を都合よい状態にしようとするならばまだ理解可能です。 気に病んで胸を痛めても、問題の解決や障害の打開には何の役にも立ちません。 下手の考え休むに似たりと言いますが、出口のない悩み事は休みどころが身体を痛めつけるだけの損にしかならない作業です。 自分ひとりで解決できそうないならさっさと他人の助力を求め、それでも無理そうならば逃げるなり諦めるなりのほうが建設的です。 そもそも人生は時間制限ありの過酷なゲームなのですから、胸が痛むとか言っている時間すら惜しまれます。 感傷に浸るのも人生の使い方の一つですが、それだけに時間を費やし不幸を噛み締めても得るものはないと言えるでしょう。

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水臭い

【漢字】水臭い 【読み】みずくさい 【意味】親しい間柄なのに他人行儀な言動を取る。 【例文1】水臭いな~。困った時はお隣同士なんだから何でも言ってよ。 【例文2】20年の付き合いで水臭い事言うなよ。 【例文3】お互い様だから水臭い事言わないでよ。 水臭い人が職場にいます。ある仕事の案件があったのですが、自分一人で仕事を抱え込んで悩んでいました。誰にも相談や助けを求めないのです。夜遅くまで残業もしていました。その人は身体を壊してしまいうつ病で入院してしまいました。そして自殺未遂までしました。水臭いではありませんか。仕事ごときでうつ病や自殺未遂にまで追い込まれるなんて、なぜ同僚に助けやアドバイスを求めなかったのでしょうか。よくよく考えてみるとこの同僚の性格は内気で穏やかで、人のいうことをハイハイと安請け合いしていつも自分一人で悩んでいたのです。良い方向にいっているときはよいのですが、悪い方向に向かってしまったのです。結局うつ病も完治せずに会社を退職していきました。同僚には家庭もありますし本当にお気の毒だと思います。本当に水臭いと思います。少しでも助けのサインを出してもらったら、一緒に問題解決したのにと悔やまれてなりません。このような仕事の悩みは最近の若者に多いと思います。自分一人で悩んで病的になって自殺に追い込まれる。昔は同じ釜の飯を食うといって仕事もみんなで解決したものです。今の若者は自己中心というか、人に相談できないというか。もっと人に頼るということを考える時代になったと思います。

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待たれる身より待つ身はつらい

【漢字】待たれる身より待つ身はつらい 【読み】またれるみよりもまつみはつらい 【意味】待たせている方も辛かろうが、待つ身はもっと辛い。 【例文1】待たれる身より待つ身はつらいので、お互い時間はきちんと守ろう。 【例文2】遠距離恋愛は待たれる身より待つ身はつらい。 【例文3】交際の返事が待たれる身より待つ身はつらい。 「走れメロス」の登場人物でメロスの友人「セリヌンティウス」は、待たされて辛い思いをした人ランキングのトップ10に入ると思います。 最終場面でメロスとセリヌンティウスは、互いに相手を完全には信頼していなかったことを告白しあい一発ずつ相手を殴ります。 どう考えても、セリヌンティウスのパンチはメロスのパンチよりも重かったと思えます。 勝手に王様と喧嘩した挙句に、勝手に人質に指名され、指定時間ギリギリまで戻ってこないとか許し難いにも程があります。 現代に置き換えれば、借金の保証人レベルの責任を自分の意思と無関係に負わされるような事態です。 普通の人間であれば、人質に指名された時点で絶縁状を叩きつけた上から拳が飛んできそうです。 加えて三日も拘束された上に、間に合わなければ命が奪われるという理不尽さは到底受け入れられません。 セリヌンティウスの人格者ぶりには、感嘆するとともに全く理解が追いつきません。 走れメロスの作者太宰治は、実際に借金の形に友人を残して金を取りに戻ったという話があります。 金を取りに戻ったものの工面がつかずに友人は放ったらかし、当然友人は大激怒です。 そのエピソードが走れメロスの元となったという話もありますが、待たれる身より待つ身はつらいを太宰は全く理解していないと思います。 激怒する友人に「待たせる身が辛いかね」というような言い訳をするあたりには友人失格の称号を贈りたいくらいです。

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骨身にこたえる

【漢字】骨身にこたえる 【読み】ほねみこたえる 【意味】骨までしみるように強く感じる。痛感する。 【例文1】独り身は病気になると骨身にこたえるんだよな~。 【例文2】クリスマスシーズンになると独り身は骨身にこたえる。 【例文3】徹夜の作業は骨身にこたえる。 私の住んでいる所から少し離れた場所に、大雨が降りました。 その地域は大きな被害を被り、住人が途方に暮れていると言うニュースを見たのです。 災害復興の為のボランティアを募り始め、私は近くという事もありいてもたってもいられなかったので、ボランティアに参加しました。 ボランティアの作業は、家の中に入り込んでしまった泥を外に運び出すというものです。 泥は床下の狭い所にも入り込んでいて、何度も腰をかがめて、隅っこの泥まで運び出しました。 外は夏の強い日差しが私たちボランティアたちを苦しめ、汗をこれでもかとかいて作業を進めました。 家の中の泥を運び出した後は、泥で使えなくなった家財道具を外に運び出す作業でした。 家中に泥だらけでしたので、使える家財道具はほとんどなく、運び出した家財道具はごみ捨て場行きとなりました。 これで一段落着いたので、私たちボランティアは撤収しました。 最後に家主に深々と頭を下げられ、「ありがとうございました」と何度も言ってもらえました。 災害復興のボランティアは骨身にこたえる辛い作業でしたが、人の為に役立てたという喜びを得る事が出来、とても良い体験となりました。 骨身にこたえる体験を人に聞くと結構みなさん良く覚えているものです。それが例え幼少のころであろうが大人になってから自分の身に起こった体験であろうがどうして人は良く覚えているのか不思議に思うことがあります。自分は不幸だと思っている人でも必ず大小かかわらずラッキーと人生の中で思った経験はあるはずなのに、なぜこんなに人は辛い出来事のほうを良く覚えているんでしょうか。以前に読んだ記事ではアドレナリンが出る体験のほうが脳によく刻まれるとか、その出来事が自分の中でまだ未解決だから何度も思い出して忘れないようにしているとかいろいろありましたが、なんだかそんな言葉では片付けられない体験だと思います。例えば同じひどく叱られた体験があったとして、ひとつは 子供の頃いたずらをして親にひどく叱られたのと、もう一つは大人になってミスを上司に叱られたとします。子供のころの叱られた経験は飲みながら「そういえば昔…」なんて笑いながら話せますが、後者のほうはなんとなくそんな感じにはなれません。子供の頃は自分が子供だったから仕方がないという完了の出来事に対して、後者はミスはミスだけどあれは理由があってと、と自分の中で納得がいかないんですよね。両方ともよく骨身にこたえる経験であったはずなのに本当に人間って不思議です。そんな経験をスパッと忘れてしまう方法があったらいいなと思います。

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二つ返事

【漢字】二つ返事 【読み】ふたつへんじ 【意味】「はい」と快く承諾する。 【例文1】プロポーズの返事を二つ返事で受ける。 【例文2】引き抜きに二つ返事で承諾した。 【例文3】二つ返事でOKする。 「二つ返事」とは、二つの意味があり、「はいはい」と2回返事をいう事と快く即時承諾をする事を指します。 よく「彼に依頼すると、二つ返事で引き受けてくれた」などという文がありますが、この場合は「快諾する」という 後者の意味を表しています。 日本社会では、「はいはい」2回返事をするということはあまり褒められたことではないとされています。 よく「『はい』は1回」などと怒られている子どもを見かける方も少なくないでしょう。 だらだらとした返事であったり、あまり気が乗らないように思われてしまったりするためです。 そのため「二つ返事」というと、前者の意味である2回返事をするということから素早く承諾するという意味にとらえられず、 「はい」と1回の返事をした方がはっきり承諾しているように感じられるため「一つ返事」と使う人も多くなっています。 しかし、本来の正しい言葉は「二つ返事」です。 2回承諾することは承諾することを重ねているため、より承諾するという気持ちが強く表れるとされたのが由来だといわれています。 「一つ返事」と「二つ返事」を使う人は同じくらいの割合だという文化庁の調査もありますので、間違えがちな言葉の一つということができます。 二つ返事は、何の躊躇もなく快諾するという意味ですが、「はいはい」などと返事をしたなら相手は不快に思うこと疑い無しです。 およそ真剣に取り合っているようには思えず、軽く聞き流しているのではないかとすら感じます。 気の短い人がそのような返事を受ければ、激怒して状況は一気にクライマックスに突入です。 文化庁による「国語に関する世論調査」の「ことばの言い方に関する調査の例」で、二つ返事についての調査がされています。 それによれば、二つ返事は快諾を意味していても実際には「はいはい」とは言わないと多くの人が解答しています。 これは「はいはい」という返事には、「確かに聞いたからしつこく言うな」というニュアンスが含まれると感じるからでしょう。 短く「はい」とだけ答えただけでは不十分だと感じるならば、別の言葉をつなげれば済む話です。 「はい、分りました」、「はい、了解しました」、「はい、確かに承りました」という例ならば誠実な返答と受け取ってもらえるでしょう。 確実に相手の話を聞いたことを伝えたいならば、復唱してみせるのも有効です。 多少くどいように感じられるかもしれませんが、確認作業を怠って後々問題になるより余程マシというものです。

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