tedukurikotoba (2563)

末期の水

【漢字】末期の水 【読み】まつごのみず 【意味】亡くなった方の唇に人生最後の水をつけて送り出すお別れの儀式。 【例文1】安らかに旅立てるように末期の水を行う。 【例文2】心を込めて末期の水を行う。 【例文3】あの世で水に困らないように願いを込めて末期の水をとる。 亡くなったあの方に「末期の水」をとらせよう・・・近親者を亡くしたりしたことのある方なら、誰もがこのような形で「末期の水」を言う言葉を耳にしたことがあることでしょう。 臨終を迎えた方が、その直後に近親者の手によって、端に脱脂綿を巻き付け水を含ませたもの(筆の場合もあります)で口元を潤してもらうことで、普通は臨終の直後に行われるものです。 一般的には、喪主が最初に末期の水をとらせ、その後は亡くなった方の配偶者や子どもなど、近い関係の人が順番に続きます。 さて、どうしてこのように亡くなった直後の方の口を水で潤す風習が生まれたのかと言いますと、それは昔、お釈迦様が自らの死期が近いのを悟り、周りの弟子に「喉が渇いたので、水が欲しい」と頼み、浄水を口に含んだ後に入滅されたという故事があるからなのです。 またこの時、お釈迦様やその弟子の周囲には水がなく、信心深い鬼神が浄水を運んできてお釈迦様に飲ませたという言い伝えもあります。 このことから、人が亡くなった際、水をその口に含ませることによって、死者があの世で浄水に困らないようにしようという風習が生まれました。 なお、仏教によるお葬式ならば、全てこの風習が行われるというわけではなく、宗派によっては全く行わないところもあります。 「末期の水」をとらせる、という風習は、亡くなった方に対して周囲の人間たちができる最後の行為ですので、心を込めて行いたいものですね。

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骨身を削る

【漢字】骨身を削る 【読み】ほねみをけずる 【意味】一生懸命努力する。 【例文1】受験勉強で骨身を削る。 【例文2】骨身を削って努力した結果、合格する事が出来た。 【例文3】骨身を削って育ててくれた両親を温泉旅行に連れて行く。 頑張ることは素晴らしいことだと思います。何か目標に向かって努力するということは、それだけその人自身の力になるからです。たとえその努力の結果が実らなかったとしても、努力の過程で培ったものは、他者にはない経験や能力を得ることができるのではないでしょうか。 ですが頑張りすぎるのもよくありません。というのも適度に休みを入れないと、人は体を壊してしまうからです。骨身を削るまで頑張ってしまうと、もしも努力の結果が実ったとしても、傍からすればそれは痛々しいものに見えてしまうことだと思います。それに体を壊してしまった場合、次にまた何か新しいものに挑戦したいと考えたとき、努力できるほどの力が体に残されていないかもしれません。骨身を削るまで努力しようとする気持ちは大事かもしれませんが、あくまで大事なのはその気持ちだけであって、実際に自分のその気持ちに応えるために努力しすぎて、体が痩せ細って不健康になってしまうのは良くないでしょう。 何かを目標として頑張ることは大変ですが、それだけ立派なことだと感じます。しかし『頑張ること』を『頑張りすぎる』あまり、体を壊してしまわないように気を付けなければなりません。

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蓋を開ける

【漢字】蓋を開ける 【読み】ふたをあける 【意味】物事の結果をみる。 【例文1】照れ屋でおとなしい子だったが、社会人となり蓋を開けると才能が 開花した。 【例文2】いざ蓋を開けると化粧映えする顔立ちだった。 【例文3】希望の会社だったが、蓋を開けるとブラックだ。 何事も蓋を開けるのは緊張するか、もしくは楽しみになるのがつきものでしょう。入学や就職、何かしら新しいことが始まる際、ドキドキしたりワクワクしたりするのは仕方ありません。このように新しいことを始めるときは、まるで鼓動が高まるような感情を持つことが多いと考えられます。非常に落ち着いた気持ちで新しいことを始められる人は聞いたことがありません。 何か新しいことが始まる際、特に緊張してしまう人の場合は、新しいことに対して悪いケースを考えてしまいがちではないでしょうか。たとえば「入学しても友達ができなかったら」「就職してもきちんと仕事ができなかったら」といったことです。もちろん何事も上手くいくわけではありませんから、入学して仲が良い友人ができることもあれば、反対に険悪な仲の人に出会うこともあるでしょう。就職して仕事が上手くいくときもあれば、ミスをすることもあるでしょう。 ですから新しいことが始まる際は「良いことも悪いこともあるだろう」と何度も自分に言い聞かせてみてはどうでしょうか。それに蓋を開けてみれば、意外と何とかなったということも有り得ます。それにもし悪いことが起きたとしても「こういうこともあるんだ」と流してしまう癖をつけてみると、精神的にも楽になれますよ。 ちょっと賞味期限が近づきすぎたジャムでした、などということは開ける以前から分っていることです。 「蓋を開ける」という言い回しは、物事や状況の動きが始まる・興行を開始するという意味で使われます。 一番よく使われそうなのが「蓋を開けてみなければ分らない」でしょう。 実際にやってみなければ物事がどのように進展するか分らないという意味です。 この場合、蓋をされているのはジャムの入ったガラス瓶などではなく、そのから中身の見えない四角い箱が想定されます。 多少裕福な人ならば玉手箱のようなものも用意できるかもしれません。 どちらにせよ中身が吉となるか凶となるかは開けてみるまで全く分りません。 ビックリ箱程度の罪のない悪戯ですむものならばよいのですが、寿命をごっそり削られるような実害のある類のものだとしたら堪りません。 それでも開けるという選択肢しかないという状況、中身は既に用意されている運命、スリルを楽しむなどという戯言が許されているかは本人次第です。 開けずに済ませるという選択肢もありますが、周囲の人たちがそれを許してくれるほどに世の中は甘くないでしょう。 無責任な観客は、蓋を開けて右往左往する哀れな被害者を待ち望んでいるのです。

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人の噂も七十五日

【漢字】人の噂も七十五日 【読み】ひとのうわさもしちじゅうごにち 【意味】人の噂は75日も経てば忘れていくから気にしないという意味。 【例文1】人の噂も七十五日だから放っておけばいい。 【例文2】人の噂も七十五日だ。気にするな。 【例文3】田舎での人の噂も七十五日は通用しない。 パソコン、スマートフォン、タブレットなど様々な媒体を通じてインターネットを使う時代になりました。おそらくインターネットを利用したことが無い人の方が少ないでしょう。そのくらい身近になったインターネットですが、インターネットの使い方は非常に繊細なものです。というのもインターネットは世界中の人から見ることができ、また一度配信した内容は、半永久的に消えることが無いからです。 たとえばSNSに投稿した内容が炎上したためその投稿を消したとしても、第三者がその投稿内容のキャプチャーを撮ってしまっていたら、その第三者がキャプチャーを消さない限りは、その投稿内容は第三者の手によって、いつでもインターネット上に配信される可能性があるというわけです。しかも配信された場合、世界中のどこの誰からでも見ることができてしまいます。これがインターネットの怖いところでもあります。 ですがこのようにインターネットには半永久的に残ってしまっても、人の噂も七十五日といったように、たとえ炎上したとしても、そのうち人々の記憶からは忘れ去られることが多いです。たとえば1年前にSNSが炎上した人の名前を挙げてみようとしても、なかなか難しいでしょう。ただいくら人々から忘れ去られるからといっても、インターネットには残ってしまいますので、やはりインターネットの使い方には注意しましょう。

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博覧強記

【漢字】博覧強記 【読み】はくらんきょうき 【意味】書物を多く読み、記憶力が優れている。知識が豊富である。 【例文1】わからない事があれば、彼女の博覧強記に頼る。 【例文2】本が好きで博覧強記となる。 【例文3】新聞を読む事で博覧強記となる。 博覧強記とは広く物事を知っており、よく覚えていることだそうです。 私は記憶するのは苦手だし自分の興味のあるものにしか目がいかず知識も偏っているので私には全く当てはまらない言葉です。 なので、記憶力がいい人や多くの物事を知っている人に憧れます。例えば、テレビによく出ている林修さんは凄い知識量だし、先生というのもあって説明するのも上手なので尊敬している一人です。やっぱり、好奇心が強いからこそ色々な分野の知識だったり物事を吸収できるんでしょうね。 私も賢くなりたいです。 しかし今の時代、ネットのお陰で直ぐに調べものができるし情報は手に入りやすく手持ちの情報量が多ければ多いほどいいのかというとそうではない気がします。 情報や知識だけを知っているのが賢いのではなく重要な情報を必要としている人に届けるであったり、知識を自分の中に取り込み練りこんで、それをアウトプットしていくことが重要になってくるのではないかと思います。 また、情報過多になり自分の頭で考えたり五感を使うことが減ったりすると人は疲れやすくなり冷静な判断ができなくなるような気もします。 なので、たまにはネットに頼らずあえて情報を遮断する環境を作って休むというのも大事だと思います。

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