tedukurikotoba (2563)

与太を飛ばす

【漢字】与太を飛ばす 【読み】よたをとばす 【意味】くだらない冗談を言う。 【例文1】休憩時間に与太を飛ばす。 【例文2】与太を飛ばして笑いをとる。 【例文3】勇気づけに与太を飛ばす。 与太を飛ばす、くだらない話やでたらめな話をすることです。与太話という言葉もありますね。個人的にはこういうくだらない話、中身が全くなくてスカスカだけれども下らなくて笑える話が大好きです。またくだらないことを本気で考えることほど最高なことはないと思っています。ただこれは個人の感想ですといった感じなので、どんな人に対してもこういった下らないノリで言ってしまうと大怪我をします。 私が下らないことが最高だと思ったきっかけはイグノーベル賞です。くだらなくて笑える研究に対して与えられる栄誉ある賞です。ノーベル賞のパロディー版ともいえるこのイグノーベル賞ですが、下らなくて笑える研究テーマを本当に真剣に研究している人たちは素晴らしいと思います。鳩にモネとピカソを見分けさせたり、3秒ルールは本当かを自身が体を張って研究したりとそのテーマは秀逸です。 最近では日本人の受賞が続いていてその知名度も上がってきています。日本人はとてもエキゾチックでイグノーベル賞界ではリスペクトされる存在だそうです。股のぞきを研究したり、バナナの皮の滑りやすさを研究したり、牛のフンからバニラの成分を抽出したりしてますからね。 くだらないことを真剣に掘り下げる、逆に真剣に勉強して下らないことをする、どちらもカッコイイですね。私も負けずにこれからも与太を飛ばし続けていきたいと思います。

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弓折れ矢尽きる

【漢字】弓折れ矢尽きる 【読み】ゆみおれやつきる 【意味】散々に負けて力尽きる様子。負けが確定したような時に使う。 【例文1】20点も差が付き弓折れ矢尽きる。 【例文2】退場者が出て弓折れ矢尽きる。 【例文3】残り時間がない。弓折れ矢尽きる。 弓折れ矢尽きるを言葉の通りに受け取れば、戦闘中に矢が尽きてしまったり弓をおってしまうという失態によって敗戦が確定した状況ということです。 矢は戦闘前に十分な数を用意しておくべきものなので、明らかに準備不足と言えるでしょう。 弓が技量によるものか耐久によるものかは知れませんが、戦闘中に命綱である武器を壊してしまうなどとんでもない失態です。 などと言えるのは実際に戦闘に参加していない無責任な第三者の戯言、自分の将来や組織の趨勢をかけた戦闘で手を抜くような人はいません。 後から詳しくに検分してみれば、失策や失態など敗北の原因はいくらでも探すことが出来るかもしれません。 しかし待ったなしの状況で全てにおいて万全を期するのは事実上不可能です。 世の中は自分の都合だけで動いてくれるほど甘くなく、逆に都合が悪いときを狙って攻めてくるものです。 勝負は時の運、勝敗は世の常と考えれば、全ての戦いにおいて必勝することなど夢物語といえるでしょう。 一度や二度の敗北で意気消沈してしまい無為に時を過ごすなど愚か者のすることです。 捲土重来、臥薪嘗胆の言葉のごとく、敗北を糧として力を蓄え再起を図ってこそ道は開けます。 敗北は敗北として受け入れ、次の勝負で勝つ算段を整えるほうが精神的にも健全です。

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山が当たる

【漢字】山が当たる 【読み】やまがあたる 【意味】勘がピタリと当たる。山勘(やまかん)とも言う。 【例文1】山が当たってテストで満点を取る。 【例文2】女の勘は鋭く山が当たる。 【例文3】占い師のように山が当たる。 予想や勘が的中することを「山が当たる」と言います。 山勘も似たような意味にとられますが、こちらは戦国武将山本勘助や山師が言葉の由来で、勘に頼ること自体を指し当たり外れは定まりません。 経験によるものにせよ運によるものにせよ当たってしまえばこちらの物、逆に外れを引けば地獄に真っ逆さまです。 試験勉強が間に合わなかった場合など、予想を立てて一部分だけ集中して備えることを山をはるといいますが、予測がそれなりの根拠に基づかなければ普通に外れます。 それまでの経験や勉強からある程度の知識が用意されているならば当たりを引くことも考えられますが、天に運を任せる時点で運にすら見放されています。 勝負事は事前の用意でほとんど結果が決まるのです。 神頼みして何とかなるならば勉強などせずにひたすら神に祈っていればよいことになります。 実際にはそれほどの大盤振る舞いを常にしてくれるほど神様は優しくないようです。 勉強しない怠け者や、苦しい時だけすがってくる不信心者には相応の処遇が用意されていることでしょう。 山を張らなければならない状況になる以前に、そのような博打に手を出さずに済むように苦心したほうが余程マシといえるでしょう。 特に外したときのダメージが大きい一世一代の大勝負を、勘にたよってする愚行は絶対に避けるべきです。

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桃栗三年、柿八年

【漢字】桃栗三年、柿八年 【読み】ももくりさんねん、かきはちねん 【意味】何事も成功するまでは時間がかかるもの。 【例文1】お店が繁盛するまで桃栗三年、柿八年だった。 【例文2】桃栗三年、柿八年でも商売がうまくいかない事もある。 【例文3】桃栗三年、柿八年の辛抱だ。 桃栗三年柿八年。桃や栗が実を付けるには三年、柿は八年かかることから何事も実を結ぶ、成就するにはそれなりの年月が必要だという意味です。単 に時間がかかるというだけの意味ではなく「何かを成すには」というところがポイントだと思います。 これに続きを加えたバージョンがたくさんあります。他の果物が実をつけるまでの年月を付け加えたりしているものです。その中でも私のお気に入りは作家の武者小路実篤の作った桃栗三年柿八年の続きです。 「桃栗三年柿八年、達磨は九年、俺は一生」というものです。元々武者小路実篤さんの小説は大好きなのですが、さらにこの人が好きになりました。最後の「俺は一生」自分自身が実るには一生かかる、人生の途中で何かが実るのではなく一生で一つの実だという意味でしょうか。なので人生は生涯修行というか苦行なのかなと思います。大器晩成もなにも一生が一つの作品というとらえ方も出来ます。さすが作家ですね。作家という仕事をされていたからこそ感じ取ることが出来た境地なのかもしれません。 そして何をなすことに一生を費やすのか?3・11が過去のことになろうとしている今自分自身でもう一度考えてみたいと思っています。

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目から火が出る

【漢字】目から火が出る 【読み】めからひがでる 【意味】顔や頭を打った時、目の前がクラクラして目から火花が散ったように感じる。 【例文1】頭を柱にぶつけて一瞬、目から火が出る。 【例文2】自転車で転倒して目から火が出る。 【例文3】顔を投ぐられ目から火が出る。 目から火が出るとはその名の通り頭に衝撃をくらいクラクラしてしまう様を表しています。 目の前がチカチカと光を浴びているので非常に前が見えにくいです。 比喩ではなく実際に誰かとぶつかった際に使われたりします。 目から火が出るということわざはどちらかというと後ろ向きな言葉なので使用する際は気をつけるようにしましょう。 ですが心に残りやすいインパクトがある出来事なので一生ものの記憶としても残りやすいです。 なので幼い時に強い衝撃を頭に受けても不思議と覚えていたり、またデジャブのような感覚が蘇ってきます。 類似の言葉として顔から火が出るという言葉がありますが、こちらは恥ずかしさを表すことわざなので使い分けには注意しましょう。 火花が弾けるような刺激的な印象を感じることわざですが、人によっては恋に落ちた比喩として使う事があります。 一目惚れをして目から火が出る、というような惚れた瞬間として見ることが出来ます。 穏やかな状況では使わない言葉なので、状況や一編が大きく揺さぶられた時に使われやすいです。 例文として、親友の武田とぶつかって目から火が出た、よそ見をしてたら柱にぶつかり目から火が出る思いをした、などのように使うことが出来ます。

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