tedukurikotoba (2563)

音を上げる

【漢字】音を上げる 【読み】ねをあげる 【意味】弱音を吐く。降参する。 【例文1】10キロマラソンに音を上げる。 【例文2】初めての登山に音を上げる。 【例文3】婚活がうまくいかず音を上げる。 音を上げる、とは持ちこたえていたのに、我慢できずに弱音を吐いてしまうことですね。誰にでもそのように音を上げたという経験があると思います。お手上げ、もうだめだ~と思ったこと。自分自身が辛くて音を上げること。多分人生の中で今が一番音を上げているかもしれません。 40代の前半はまだまだアラフォーと言っても体も元気だし30代の頃と少ししか変わらないと思っていました。多分それは精神的な部分で拗れていなかったからだと思います。心身ともに健康な状態でした。でも40代も後半に入ってくると次々に身体のどこかが悪くなるのを繰り返し、フルで健康でいられる日が少なくなります。「頭痛い」とか「今一つ疲れがとれない」「だるい」など毎日何か調子が出ない日が続きます。 それに加えて気持ちの持ち方も変化してきます。物事を前向きに考える気力がなくなってくるのです。気を抜くとすぐにマイナスのことが頭をよぎるのです。朝起きてまず頭に思いうかぶのは嫌だな~という思いなのです。まさに音を上げたい状態ですね。 これを一言で言ってしまうと更年期ですね。何でもかんでも更年期だからで括るのもどうかと思うのですが、最近では開き直って「だって更年期だから!」と思うようにしています。なぜなら更年期はいつか終わりが来るからで、その先には今とは違った楽しさが待っているような気がするからです。

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人間到る所青山有り

【漢字】人間到る所青山有り 【読み】じんかんいたるところせいざんあり 【意味】青山は墓地。人はどこにいても自分の力を発揮する場所があるもの。 【例文1】人間到る所青山有りだと言って世界一周旅行に出かけた。 【例文2】人付き合いがあればどこ行っても人間到る所青山有りだ。 【例文3】いざ一人になると人間到る所青山有りだ。 結婚してしばらくして転勤になりました。 関西で生まれ育った私にとって、それは初めて自分の住む場所を移動するということでした。 というのも、私の実家はサラリーマン家庭ではなくて、父が商売をしていたので生まれた時から同じ場所で育ったからです。 とても不安でしたが、夫の転勤は結婚するときに将来は転勤もあり得ると聞いていたので、ある程度の覚悟はできていました。 関東への転勤でしたが、まだ子どもも小さくて毎日が大変でした。 最初実家の母が一緒に来てくれて、子育てしながら買い物などの手伝いをしてくれて、1ヶ月くらい頼ることができました。 母が帰ってからは自分で頑張らなくてはならなかったのですが、近所の人などが温かく、思ったよりも困ることはありませんでした。 その後海外へも転勤で移動しましたが、最初の転勤で身に着いた「人間到る所青山有り」という感覚が役に立ちました。 全くできなかった英会話も少しずつ覚えて、子どもと一緒に現地での生活に慣れていくと現地での友人もできて楽しく過ごすことができました。 どんなところで暮らしても、そこでどんなふうに生きて行くかによって幸せは違ってくるのではないかと思います。 自分がいるその場所を青山として生きるとき、人は幸せになれるのでしょう。 場所だけでなく、地位や身体能力についても同じように今を受け入れる時、幸せを感じる心が目覚めるのではないでしょうか。 「人間至る所青山有り」の「人間」を、私は長いこと「にんげん」と読んでいました。おそらく、多くの人は私と同じように読んでいるのではないでしょうか。 ところが、これは「にんげん」ではないです。 そもそもこの言葉は、幕末の僧、釈月性の作った漢詩、「男児志を立てて郷関を出ずれば、学若し成る無くんば復還らず、骨を埋むる何ぞ墳墓の地のみならんや、人間到る処青山あり」の一節を取ったものです。 詩の意味は、「自分で志を立てて故郷を離れたら、志した学問を成し遂げられないうちは、決して戻らない。骨をうずめる場所は、故郷に限ったものではない。世の中のいたるところに墓所はあるのだ」ということでしょう。 今、意味を説明するときに、「世の中」という言葉を使いました。「人間」を一人の「にんげん」ではなく、「世間」と解釈したわけです。そう、この詩の中の「人間」は「世間」とか「人の世の中」という意味なのです。 そして、「じんかん」と読みます。「人と人との間」という意味なのです。 ところで、この詩は釈月性が自分自身を鼓舞するために詠んだものです。「けっして途中であきらめず、必ず志を果たすぞ」という決意表明と考えていいでしょう。そのため「青山(骨を埋める場所という意味)」という言葉を使ったのです。 今では、人に対する餞(はなむけ)の言葉として使われることが多いですが、死に関連する意味の言葉が使われているのですから、使い方には気を使った方がいいでしょう。

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涙を呑む

【漢字】涙を呑む 【読み】なみだをのむ 【意味】悔しくてたまらない様子。 【例文1】優勝候補が一回戦で姿を消し、涙を呑む。 【例文2】格下チームに惨敗して涙を呑む。 【例文3】逆転負けを喫して涙を呑む。 今週から、高校野球が甲子園で開幕します。 元球児の私としても年に一回の大イベントです。 目が離せません。 ちなみに私の母校は、県予選でとても良いところまで行ったのですが、惜しくも全国制覇を何度もしている強豪校に涙を呑む結果に終わりました。 ちなみにその強豪校は全国から選りすぐりの選手を集めているようです(試合前にベンチ入り選手の出身校もアナウンスされるのですが、県外の選手が多くいました)。 かたや私の母校は県内の中学校の出身者ばかりです。 これは今に始まった事では無く、私が在籍中もそうでした。 私のいた頃もある程度強い学校だったので、入部当初、誰が「野球推薦」で入部したのか話題になりました。 「あいつは1年でベンチ入りできたから推薦だ」とか、噂になった選手はいましたが、確認したところ、結局誰もいなかったんですね。 最終的に甲子園に行くことはなく、涙を呑む事となりましたけど猛練習の末、結構強いチームになりました。 噂によると、今は推薦制度もあるらしいですが、1学年6名だけだそうです。 後輩には甲子園に行って欲しいです。 けど甲子園に行くためには、優秀な選手を全国から集める必要があるのかな、と思いつつ、今のままで猛練習して甲子園に行って欲しいな、という気持ちもあります。

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毒を以て毒を制す

【漢字】毒を以て毒を制す 【読み】どくをもってどくをせいす 【意味】悪事を排除するのに悪事を利用する。 【例文1】万引き犯を捕まえるには、おとりになり毒を以て毒を制す。 【例文2】裏サイトのユーザーになりすまして毒を以て毒を制す。 【例文3】詐欺に引っ掛かったふりして毒を以て毒を制す。 毒を以て毒を制すとの意味は悪を取り除く為には、他の悪を利用して排除するという意味で、人間社会において考えるとこの考えは非常に危険に感じます。 以前、1970年代の人気劇画の「愛と誠」という連載漫画を思い出しました。 不良の少年太賀誠と美しく清純なお嬢様の早乙女愛との複雑なラブストーリーだったのですが、 物語の内容は長くなりますので、それはさておき、この言葉で思い出されたのは漫画も後半に入り、お嬢様学校から不良グループの塊の高校へ転校した早乙女愛は、 ある日、その悪の高校の校長が、不良グループを排除する為には、手段を選ばずに早乙女愛に「毒を以て毒を制す」と意見をし、 きれい事ばかりでは物事は解決しないと教育者らしくない発言ながら、現実とはそういう物だと言い切った場面がありました。 しかしながら、早乙女愛はその意見に真っ向から反対し、「毒を制するには毒ではありません、あくまでもきれいな心です」と校長にむかって意見したのですが、 校長は真っすぐな早乙女愛の気持ちは理解しながらも、「きれいな気持ちだけでは・・」とやはり現実は甘くないと肯定は出来ませんでした。 この言葉を現代社会に置き換えて考えてみても、例えば北朝鮮の核兵器に対し、核兵器で対抗するしか方法がない、いや、きれいな心とは言わずとも、 あくまでも対話で、人類が滅亡するような方法は考えてはいけません。とセリフがダブっているように感じてなりません。 その反対に化学的に考えると、予防接種などは、その病原菌となる物を身体に少量ながらでも入れ込み、抗体を作り、 病気から守るという意味では、非常に納得する言葉ともなります。 でも、人間社会での制裁の意味では本当に怖い言葉だと思います。 毒を以て毒を制すとは、悪を除くために別の悪を利用することを言います。毒に当たった病人の治療で、別の毒を用いて解毒することから、悪を滅ぼすために別の悪を利用することを言うようになりました。この言葉の出典は宋代の禅書「嘉泰普灯録」の中に「機を以て機を奪い、毒を以て毒を制す」とあることに基づきます。 例えば、病気を治すのに、その病原菌(毒)に対応するような菌(毒)を用いて治療に当たるというような事です。これは、実際の治療にも使われている方法です。 また、悪人を排除するために別の悪人を使うというようなこともあります。これは、江戸時代には多く行われていたようです。江戸時代、町を仕切っていたやくざなどは良い例でしょう。彼ら自体も決して善人と言える人たちではありません。しかし、彼らがいることで、他の悪人達がはびこることができなかったのです。これなどは、毒を以て毒を制していたのでしょう。 悪とは全てにおいて悪いと言うことではありません。どこかでうまく利用できるなら、更に大きな悪を排除できるのです。もちろん、それによって一般の人たちに不利益が発生してはいけませんから、悪を使う場合は十分な注意が必要です。トリカブトなどは毒薬ですが、使い方によっては薬にもなります。まさに毒を以て毒を制しているのです。

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手に余る

【漢字】手に余る 【読み】てにあまる 【意味】自分の能力以上で対処できない。 【例文1】仕事が忙しくて手に余る。 【例文2】彼の言動は手に余る。 【例文3】少子化問題が手に余る。 『手に余る』とは簡潔に言うと、管理者が横暴な部下に対して自らの力ではその粗暴を抑えられない事を意味し、一般的には管理面において困惑した状態の時に使います。 私も20代の若かりし頃は、社会の何たるかを余り理解しておらず、仕事もできないくせに少し上司に注意されると反抗的な態度を取り、私のその無法ぶりが手に余った部署内の課長は、悩み過ぎて数日休んだ時もありました。 しかしその横暴な態度の繰り返しで次々と同じ部署内で上司や先輩から信頼を失い、私は孤立を深めていきました。そして精神的にも勝手に自滅していって八方塞がりとなった私を見かねて、会社側は私を違う部署に異動させました。 しかし異動先の課長も会社の命令で渋々私を受け入れたに過ぎず、私の今までの会社員としてあるまじき姿勢を目の当たりにして、その課長さんも自分の手に余ると判断したのか、最初から私の首を切るつもりだった様です。その課長さんは他の支店や子会社にも欠員がいるか一応確認してくれたみたいですが、結局私は退職させられました。 組織にとって手に余る存在は必ず淘汰の憂き目に遭い、そうならない為に組織に所属している者は、本音と建前を使い分け、そして我慢の日々を送っているのだと痛感しました。

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