tedukurikotoba (2563)

前人未到(踏)

【漢字】前人未到(踏) 【読み】ぜんじんみとう 【意味】過去にも現在も誰も成し遂げていない偉業。 【例文1】前人未到の5連覇達成おめでとうございます。 【例文2】前人未到の記録が出た。 【例文3】前人未到の技を成し遂げる。 スポーツの試合を見ていると、時々前人未到の記録が出ることがあります。 どんなスポーツでも、スポーツ以外の場面でも、記録はいつか破られるものだと思います。 それがあるからこそ、スポーツの試合を見ていても楽しいのかもしれません。 しかし、中にはなかなか破られない記録もあります。 そのような記録を打ち出した人は、とても凄いと思っています。 技術も練習方法も進化している中で、なかなか破られない前人未到の記録保持者というのはなかなかいません。 スポーツ大会ではもちろん、新記録を打ち出すのも目的の一つかもしれませんが、最も大きな目標はやはり優勝することなのではないかと思います。 記録に残っても優勝できなければあまり意味がないという選手もいます。 前代未踏の記録を打ち出すことは、優勝してそれに付随してくれば、喜びもさらに大きくなることでしょう。 試合に負けてしまったとしても、自分が前人未到の記録を打ち出したのならば、それは十分に誇りにもって良いことだと思います。 もちろん、周りの人たちの協力があってこそ成し得た記録です。 みんなでその記録を喜び合い、分かち合うことで、さらにみんながハッピーになれると思います。 これからもさまざまな前人未到の記録を期待したいものです。

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地団駄を踏む

【漢字】地団駄を踏む 【読み】じだんだをふむ 【意味】悔しがって足で地面を強く踏む動作。 【例文1】試合に負け、地団駄を踏む。 【例文2】おもちゃを買ってもらえず、子どもが地団駄を踏む。 【例文3】大敗して地団駄を踏む。 地団駄は、じたたらのなまりでもあるそうで地を激しく踏むことです。地団駄を踏むの意味としては悔しがる、その悔しさに身悶えして地を叩き踏むという事で様子が頭に思い浮かびやすい言葉ですね。実際に地団駄を踏んだのは 子どもの頃位だったと思います。お菓子や玩具を買って貰えなかった時とか旅行とか遊びに行けないと分かった時等の駄々をこねる際に足をダンダンと時に跳ねて親に泣きながら訴える時に使ってたなぁと懐かしいです。ある程度大きくなるとそういう自己の主張を体全体で表現する事も減りますが、足を使わない地団駄を踏む行為を見る事はありました。身近では兄とよくテレビゲームで対戦して遊んでたのですが、負けた時に必ず右に首を大きく傾けるんです。それに気づいてからは勝った後すぐ横目に兄を見て(今日もやるか?)と確認するのが癖になってました。もの凄い速さで首をガクッと振るので段々と可笑しくなってそれを見たさに勝とうとしてる部分もありました。我慢出来ずに兄に指摘すると全くの無自覚だったと言います。大人になると悔しさを我慢する傾向が強くなってくるので、スーパーとかで小さな子どもが泣きながら足を交互に鳴らしたり、地べたに寝てバタバタして悔しさをアピールしてる光景を見ると親御さんの大変さを想いつつそれが出来るという事に平和を感じます。

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三顧の礼

【漢字】三顧の礼 【読み】さんこのれい 【意味】中国の三国時代に将軍が諸葛亮を迎えるために三度も出向いてお願いしたという故事に由来する。才能ある人物を得るには、地位の高い人が自ら出向いてお願いするのがよい。 【例文1】三顧の礼で迎えられて恐縮です。 【例文2】引き抜きに三顧の礼で出向かう。 【例文3】三顧の礼でも獲得したい人物。 私は漫画を昔からよく読んでいる、最近は読んではいないが横山光輝先生の三国志に一時期はまっていました。最近では日経新聞電子版のCMに諸葛亮孔明が「ドーン!」とか言っているあのキャラが横山光輝先生の三国志である。 昔の漫画なので非常にシンプル、故にわかりやすいのが特徴であります。 色々なシーンがあるなか、三顧の礼のシーンが勿論あります。 劉備、関羽、張飛が軍師として諸葛亮孔明を仲間にするための工程が三顧の礼の元祖であります。 漫画では劉備、関羽、張飛の3人が度々諸葛亮孔明を訪ねるが不在で、不在の理由が少し理不尽なのでキレやすい張飛が「劉備のアニキ、孔明なんかもういいじゃねえか!」と思っているのを関羽がたしなめて、しかし関羽も不満があっても劉備が「孔明は必要なのだ」.と我慢して孔明に会うのを待つ・・という下りが面白く感じました。 諸説あるのですが、孔明は自分が劉備にとって本当に必要なのかを確かめる為にわざと不在になって、再びやってきたら「ああ、私は劉備にとって非常に必要なのだ」と納得するために不在だったと言われています。 高飛車な態度かもしれませんが、自分の判断が世界を左右してしまう不安もあった故にそういう判断をしたと思うと凄いと思います。 三顧の礼。三国志の中から生まれた言葉ですが、これは仁義の基本ともいえるべきものと考えています。 三顧の例は、蜀という国をその後に作る劉備、関羽、張飛の義兄弟が天才軍師の諸葛孔明を仲間に引き入れようと行った行動です。 今までは力押しで戦を行ってきた劉備たち。ある時、戦略というものの重要性に気づき、そのような作戦を立てられる人間の必要性を考えます。そこで白羽の矢が立ったのが孔明。3人は孔明を訪ね仲間に引き入れようとしますが、留守であったりして会うことはかないませんでした。3度目にして孔明と面会。その時劉備は40歳の王族の出。孔明は20歳の片田舎に住む若者。この身分を考えない劉備の行動が孔明の心を打ち、仲間になりました。 今の日本にここまでしてくれる人はいるのでしょうか。どうしても会いたい人(恋人とかなら違うかもしれませんが)に対してここまでの対応ができるでしょうか。自分がこの三顧の礼を行う立場だと考えたときに、自分の地位を考えずここまで熱心に行動する人間がどれだけいるのでしょう。 人を愛し、優しく接する仁の心、それに答えるための義の道。人に優しくされたのであれば、相手にも優しさをお返ししてあげましょう。それによって良好な人間関係が築かれるのだと信じています。

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こけら落とし

【漢字】こけら落とし 【読み】こけらおとし 【意味】食べ物の柿と漢字が同じに見えるが、木へんに右のつくりは一を書いてから巾と書き一をつきぬけて書く。杮(こけら)とは木の削りくず。新築や改装工事が終わった際に、出てくる屋根の屑を 払い落として綺麗に仕上げることから、新しくなった劇場にて行われる初公演を意味する。 【例文1】初舞台は満員御礼のこけら落としだ。 【例文2】いよいよ劇場オープニングのこけら落としだ。 【例文3】こけら落としのお祝いに花を贈る。 こけら落としとは、新規に建設された劇場で打たれる初めての興行や催しを指す言葉で、「こけら」はもともと木のかけらや木片という意味で、建物建築の最後に必ず仕上げで木のくずをはらったり余計な木片を落として完了となる作業からそうよばれるようになりました。基本的に屋根のある建物にしか当てはまらないので、この言葉は劇場のオープニングに使われるのが正しく、屋外の運動場や、競技場のような場所ではたとえ新設でもこけらおとしとは言わないのが普通です。明治44年3月に日本に初めての西洋劇場が誕生して、ルネッサンス様式という鉄骨構造の建築が一躍日本中の注目を集めました。この劇場は帝国劇場と名付けられ、日本で初めての西洋劇場というだけでなく歌舞伎も上演できる日本独特の劇場として新しい歴史をつくりあげたのでした。この帝国劇場ではこけら落とし用に一般公募した脚本が選ばれ催しされたのは「頼朝」という題でありました。こけら落としは今日でも特別な題材をモチーフに座組を作って華やかに演じられることがおおく、最初に’式三番’(能や狂言にちなんで行われる芸能の一つ)を演じたりして、古典儀式を重んじる傾向がまだまだ強い伝統を色濃く残す催しのやり方です。

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口をつぐむ

【漢字】口をつぐむ 【読み】くちをつぐむ 【意味】何があっても口に出さない。都合が悪くなって黙り込む。 【例文1】彼は自分の間違いに気付いて口をつぐむ。 【例文2】都合が悪くなると口をつぐむ。 【例文3】容疑者が口をつぐむ。 口は災いの元、と言いますが、何気ない一言が相手の癇に障り、戒められるような言葉を言われることがあります。 今までの私は悪気がない上で、思ったことをすぐに口に出す方でした。 多くの人が笑って許してくれる寛大な感じだったのですが、中には気難しい人もいて、その発言がカチンとくるようでした。 カチンとくる人は年上の男性が多く、私が年下で生意気な口を叩く女性だと思われていたようです。 私はそういう反応が返ってくるとは思わずに、思わず口をつぐんでしまいました。 口をつぐみながらも、何か釈然としないモヤモヤとした気持ちがありました。 大声で怒鳴る高齢の男性は特に、それ以上は関わりたくないと思ってしまいます。 何度かそういったことがあると、それがトラウマとなってしまい、今でもその年代の高齢の男性を見ると、避けてしまうようになってしまいました。 中には温厚な優しい人もいるのでしょうが、なかなかその年代の人たちと会話をするには勇気が要ります。 相手の顔色を見ながら会話をするようになり、精神的にかなり疲れてしまいます。 相手の反応をすぐに察して、余計なことを言わないようにしています。 それを続けているうちに、習慣的にいつのまにか口をつぐむようになっていました。

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