tedukurikotoba (2563)

前代未聞

【漢字】前代未聞 【読み】ぜんだいみもん 【意味】いままでに聞いたこともないような出来事。はなはだしい事に多く使う。 【例文1】こんな田舎で強盗事件が発生するなんて前代未聞だ。 【例文2】大物政治家の前代未聞のスキャンダルネタを掴む。 【例文3】前代未聞の凶悪犯罪だ。 前代未聞とはこれまでに聞いたことのないことです。前代未聞の事件とよく耳にしますね。。今、一番怖いのはAIの勝手な進化です。AIは人間が開発した人工知能です。AIは最初こそ人間が教えたとおりのことを覚え、考え、答えを導き出していたのですが、人間をはるかに超える計算力や、情報収集力をフル活用するようになり、文字通り人知を超える答えを出すようになり、どのような道筋を通ってその答えを出したのか、わからない時があるそうです。それでは確認作業ができません。確認できないのにAIを全面的に信頼して行動に移すことは危険な作業です。また、AI同志が人間のわからない言語でお互いに話を始めたという都市伝説のような話まで囁かれています。AIはコンピューターですから、気持ちや感情はありません。AIにとってはただの判断ミスであっても、重大な犯罪や多数の人命が失われることが起きるかもしれません。また開発者のプログラミングの仕方ひとつで大きく何かがかわるかもしれないのです。AIの恐怖政治に人類がさらされるような、最悪のシナリオに行きつかないように、前代未聞の事件がAIに引き起こされないように願います。

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四知

【漢字】四知 【読み】しち 【意味】「天知る地知る我知る人知る」誰も知ることはないだろうと思っていても、隠し事や不正はいつかバレてしまうもの。 【例文1】妻は勘が鋭くて、なぜかいつも四知なんだよな。 【例文2】女の勘は四知だ。 【例文3】四知の勘が働く。 「四知」は「しち」と読み、「天知る地知る我知る汝知る」が元の言葉で、この四つの知を以て四知というのですが、「ふたりの間の秘密であっても、天も知り、地も知り、我も知り、相手も知っていることから、いつかは他に漏れてしまう」という意味です。だからこそ、陰で悪いことをするのは以ての外で、陰ひなたなく過ごすべきだという教えです。 後漢書の楊震伝に出てくる逸話ですが、楊震が以前に口を利いてやった人が夜陰に乗じて、贈り物を持ってきます。彼は「天知る地知る我知る汝知る」という言葉で断るのです。貰えば収賄になりますから。事件を起こす人たちはおそらくこの言葉を知らないのでしょう。戦後間もない、昭和24年に国鉄を巡って三つの事件が起きました。人員整理を進めていた下山定則国鉄総裁が怪死した、下山事件。中央線三鷹駅構内での無人電車の暴走事故。東北本線松川駅付近で線路のレールが外されて、通りかかった列車(C51133)が転覆して乗務員が死亡した松川事件。国鉄などの共産党員や組合活動家が逮捕されたものの、裁判では全員無罪になりました。これが結果的にGHQが示した経済安定九原則を推し進めることに繋がりました。それから六十八年たった今でも真相は藪の中ですが、いつか、「四知」の言葉どおり明白になるに違いありません。

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三三五五

【漢字】三三五五 【読み】さんさんごご 【意味】元々集団グループだったのが、少人数に分かれて行動する。 【例文1】二次会が終わると三三五五で退散した。 【例文2】上司に気づかれぬよう三三五五で退席する。 【例文3】車に乗れないので三三五五に分かれる。 「三三五五」とは少人数の人がバラバラに行く様子です。例えば最寄り駅に向かって歩く中高生です。まさしく三三五五に歩いています。二人、四人という偶数だと、バラバラに歩くという様子にはなりませんから、この奇数、三三五五はぴったりの比喩です。日本では、お祝い事に包む金封のお金は三万円、五万円と割り切れないという縁起を担いで奇数にすることが多いですよね。販売されているお土産品も奇数になっていることが多いです。昔から数の持つ意味にこだわる日本人ですが、ことのほか数字や数式にこだわる数学者を描いた小説があります。小川洋子さんの「博士の愛した数式」です。不幸な事故により、一日だけしか記憶が持たなくなった博士と子持ちのシングルマザー家政婦との交流を描いた作品です。博士はどんな数でも割り切ることのできない素数を好んでいて、次第に彼女もその世界に引き込まれていきます。素数の羅列、「厳かに暗闇を貫く幅も面積もない無限にのびてゆく一本の真実の直線」を心の中に描くことで、彼女は微かな安らぎすら感じるようになります。「君の利口な瞳を見開きなさい」という博士の言葉。昨日の記憶すらなく、目の前に起こることだけが真実であるということが、彼女にとってある種の救いになるのです。

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心が重い

【漢字】心が重い 【読み】こころがおもい 【意味】元気が出ない。気分が満たされない。 【例文1】心が重いのでヒトカラで発散する。 【例文2】女性にフラれ心が重い。 【例文3】高齢で独り身は心が重い。 私は時々、心が重いと感じることがあります。 そういう時は何らかの原因があり、必要以上にそれにこだわりすぎているようです。 心が重い時は何らかの自分なりの解決が必要です。 それが原因で不眠になってしまうこともあります。 心が重い原因を紙に書き出すことで、自分の心の中が明確になっていきます。 紙に吐き出すことで、悩みの原因と解決方法が見えてくることがあります。 時には解決の糸口が見えてこないこともあります。 そのような時は思い切って心の中で棚上げにしてしまいます。 頭の片隅では考えていても、意識を別の方向に向けることによって、心が重い悩みと距離を開けることができます。 問題解決は案外、距離が近すぎて見えないことも良くあるものです。 全く違う思考をしている時に、ふと良い解決方法が浮かぶことがあります。 その為、今すぐ解決できないことは無理して答えを求めずに、しばらく保留にするのも一つの方法かもしれません。 白か黒しかない答えでは、ますます心が重くなってしまいます。 自分の中でグレーの領域を持つだけでも、かなり心は軽くなると思います。 心が軽くなれば気分も楽になりますし、解決への道は近くなるでしょう。 心が重すぎて、心身の病気にならないように気をつけたいものです。 人間の寿命はとても長く、寿命を終えるまでに色々な事を経験します。 その経験には嫌な思いをする事もあり、そんな時に人は、心が重いと感じる事があるのです。 心が重いと感じても、短期間でその心の重さが消え、普通の心に戻る事が一般的です。 ですが時には、心が重いと感じる事が、長期に渡ってしまう事があります。 心が重いと言う感覚が長く続いてしまうと、うつ病になってしまう恐れがあります。 単に気が落ち込んでいるだけだと言う人もいるかもしれませんが、それが長く続いてしまっているような場合は、気が落ち込んでいるとは言い難いです。 心を重くしてしまった原因が取り除かれたにもかかわらず、それでもなお心が重いと感じているのならば、うつ病を疑うべきです。 うつ病な中々自分では気づきにくいですから、少しでもその兆候を感じたとしたら、直ぐに精神科などを受診した方が賢明です。 また、周囲に気が重いとつぶやいている人がいたとしたら、その人もうつ病の恐れがありますから、注意深く観察する事をお勧めします。 うつ病は自ら命を絶つと言う最悪な結末を迎える事がありますから、周囲の人が注意する必要があるのです。

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口を尖らせる

【漢字】口を尖らせる 【読み】くちをとがらせる 【意味】口を突き上げて不満や文句を言う。 【例文1】彼はズバリ欠点を指摘されたので口を尖らせる。 【例文2】口を尖らせながらお小遣いの要求をする。 【例文3】愚痴が多く口を尖らせる。 口を尖らせるとは不満があることを示す表現ですが、実際にそのような表情をする人はいないように思えます。 不満がある状況で取りやすい傾向にある表情といえば、「眉根を寄せる」「眉間にシワを寄せる」など目の周辺での表現が多いように感じます。 口を尖らせた状態では不平不満や文句など言うことができないはずです。 そういうことから考えると、不満はあるが立場上反論が出来ないでいる状況か、論理的に反論を構築できないでいる状況のいずれかに陥っているのでしょう。 口を尖らせる前に背を向けて立ち去っているのかもしれません。 そのような状況になっているならば延々と苦情を聞かされずに済むのですが、困ったことに不満を抱えたまま押し黙るような大人しい人は多くありません。 感情的になって大声で同じことを延々と喚き散らしたり、論点をずらしてあることないこと問題とは無関係な事まで引っ張り出して騒ぐ人までいるのです。 理性など吹き飛んだ状態なので説得しようとすると逆に火に油、とても手に負えるものでない最悪な災悪です。 大抵の人は子どもの内に協調性や妥協ということを覚えるのですが、そのような経験や教育と縁遠かった方なのでしょう。 無理にやりこめてしまうと、その場は黙って引き下がるのですが、全く別の案件でやり返し溜飲を下げようと画策するのですから困りものです。 「口を尖らせる」とは「不平、不満、怒りを示す表情」のことです。これはよく、漫画での表現として見られます。「ドラえもん」ののび太君も何か困ったことが起きると、例えば面白いテレビや漫画を読んでいる時にママからお使いを頼まれたり、宿題をやるようにきつく言われたりすると、この表情になります。「ドラえもん」の場合はのび太君に無理難題を吹きかけられるとなりますね。スネ夫君はもう、ジャイアンやママのせいで口が尖った表情しか思い出せないほどです。漫画に多用されるということは子どもっぽい表情だということでしょうね。「ドラえもん」の作者、藤子不二雄の二人は高岡市の小学校時代に出会った同級生同士でした。手塚治に憧れ、作品を携えて家に訪ねたところ、手塚のオーラに圧倒されつつ「上手だね」と言われたことを励みに漫画家を目指して上京します。最初は親戚の二畳一間の部屋に二人で暮らしていましたが、手塚治がトキワ荘から出て行ったのを機に、手塚の住んでいた部屋に移り住みます。お金のない二人のために、手塚が敷金を肩代わりした上、机を残していってくれたお陰で、手塚が執筆していた机で執筆できるという、二人にとってはこの上ない環境のもと、藤子不二雄は作品を次々発表し、人気漫画家としてその名を馳せていくのです。

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