tedukurikotoba (2563)

奇奇怪怪

【漢字】奇奇怪怪 【読み】ききかいかい 【意味】普通では起こらないような怪奇現象をいう。 【例文1】奇奇怪怪の心霊スポットに行く。 【例文2】背筋が凍るような奇奇怪怪の体験に驚く。 【例文3】霊感が強く奇奇怪怪を体験する。 小学生のころだったでしょうか、奇奇怪怪という文字は見た目も面白いし響きも面白くて初めてこの言葉を知ったとき変な言葉だなという印象を持ちました。 意味も常識では理解できない不思議なさまということで、不思議なものが好きな私としてはワクワクする言葉でした。 私は小さい時から割とそいうのが好きで、ファンタージーものの世界観がすきでした。 分かりやすく奇奇怪怪の世界感といったら「ゲゲゲの鬼太郎」じゃないでしょうか。 正直、私は幽霊とか生霊とかそういった怖いものは苦手で、ホラー映画などは絶対見れないし夜中トイレに行けなくなります。 でも、私はわりと妖精や神様、妖怪の面白おかしい世界といいうのは見えないだけで本当はあるだろうと子どものころは本気で思っていました。 大人になった今でも、パラレルワールドや前世や過去世とかそいうものには興味があるし夢があると思うし楽しいです。 そんなのあるわけないよ、と馬鹿にする人もいますが一つの可能性とし前世があると仮定したら想像力も膨らむしストーリーが広がって楽しいのになと思っています。

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籠の鳥

【漢字】籠の鳥 【読み】かごのとり 【意味】籠の中の鳥のように動きに制限をかけられる。 【例文1】恋人がやきもち焼きで束縛するので籠の鳥だ。 【例文2】婿養子の立場は籠の鳥状態だ。 【例文3】受験が終わり籠の鳥から解放される。 「籠の鳥」とは「鳥籠の中の鳥のように、身の自由が束縛 されている様子。そのような境遇の人。また、その境遇から遊女のこと。」のことです。「籠の鳥」といえばラプンツェルですかね。ディズニー映画の「塔の上のラプンツェル」でも有名ですが、もともとはグリム童話です。長年子どもを授からなかった夫婦にやっと子どもが授かります。身重の妻は魔女の庭に生えているラプンツェルという野菜が食べたいと夫に頼み、夫は魔女に内緒で摘みに行きますが、見つかってしまいます。そしてラプンツェルを摘み取り食べさせてやる代わりに子どもが生まれたら、子どもを差し出すように約束させます。生まれた女の子は魔女のものとなり、ラプンツェルと名付けられ育てられます。彼女が逃げ出さないように、魔女は高い塔の中に閉じ込めて、彼女の長い髪を上から垂らさせて塔を上り下りして暮らすのです。それを見た王子様が真似をして彼女を見つけるのです。その後の展開はグリム童話ではラプンツェルは追い出され、何も知らずに会いに来た王子は魔女とのやり取りの末に塔から落ち、失明してしまいます。失明した王子が森をさまよい、7年後偶然、彼女と合い、彼女の涙が目に入り、目が見えるようになって国に帰るというものです。ディズニー映画では、ラプンツェルはもともと王家の娘で、彼女を助けるのは泥棒。最後は王家に送り届け結婚します。やはりディズニーは夢を売るところなのですね。

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音に聞く

【漢字】音に聞く 【読み】おとにきく 【意味】人伝えに聞く。噂に聞く。広く知られる。 【例文1】彼女はモデルになったと音に聞く。 【例文2】玉の輿に乗ったと音に聞く。 【例文3】SNSで音に聞く時代だ。 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。やあやあ我こそは、以下省略します。 数百年くらい昔であれば、そんな感じで名乗りを上げることもあったようです。 現代の科学技術が発達した社会では、ほとんどの重要な情報は映像と共に配信されます。 テレビならば動画で、新聞ですらカラー写真が添付される時代です。 「音に聞く」という手段だけによる情報は、精々ラジオくらいしか考えられません。 噂に上る、または有名な、という意味で使われてきた「音に聞く」ですが、現在の生活環境にはあまり適しているとは思えません。 ローカルな仲間内の話題でもチャットやSNSなどで伝えられるような世の中です。 直に面と向かい合って会話する機会と、携帯端末やパソコンから情報を仕入れるとでは、量も質も共に後者に軍配が上がりそうです。 耳で聞いただけの話は何かと根拠に乏しいように思えてならない。 しかし、さりとて完全に無視することも出来ない。 中途半端な困った情報として扱われることすらあります。 こうなると情報の発信元の人間がどれほど信用できるかという難しい問題に直面することになってしまいます。 加えて言うなら、言った言わないで後々揉め事にならないように、事あるごと録音をする人までいる始末です。 疑り深いにもほどがあるだろうと言われるかもしれませんが、安易に信じて騙された経験があればそのような気質にもなろうというものです。 「音に聞く」とは「噂に伝え聞く、有名だ、評判が高い」という意味です。昔は今のように交通手段も情報手段もなかったのですから、「音に聞く」ことが全てでした。徳川家康が人質として育てられていた今川家。今川義元は京都の公家や貴族との繋がりが強く、和歌や蹴鞠、その風習までも、わざわざ京都から先生を呼び息子の氏真に教えてもらうほどでした。桶狭間の戦いで義元が討ち死にし家督を継いだ氏真は、徳川家康や武田信玄の侵攻により命だけは助けてもらい、妻の実家の北条氏を頼ります。その後、妻の父が亡くなると、義元夫婦は北条家に居づらくなり、織田信長に庇護してもらうことにし、家宝の茶道具を信長に差し出すことで面会を許されます。信長は今川氏真が蹴鞠の名手であることを噂に聞いていて、自分が催す公家との蹴鞠会で技を披露することを求めます。氏真はもちろん了承し、公家の前で自分の蹴鞠の技を披露して信長に気に入られ、庇護を得ることに成功します。しかし、信長は本能寺の変で亡くなり、氏真は徳川家康を頼りますが、すぐに戦が始まり、今川軍は任された場所で手柄を挙げ、家康の信頼を勝ち取り配下に入り、徳川家の中で地位を高めていくのです。今川氏真の蹴鞠の技が「音に聞く」ほどであったことが、彼を助けたのです。

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独活の大木

【漢字】独活の大木 【読み】うどのたいぼく 【意味】うどの茎は大きいが柔らかく材木にも適さない。体ばかり大きくて何の役にも立たない者をいう。 【例文1】引越しの荷物運びをお願いしたが、体の割には力もないし動きも遅いし独活の大木だな。 【例文2】君は図体ばかり大きくて独活の大木だな。 【例文3】体ばかりの独活の大木でがっかりだよ。 「独活の大木」は「独活は茎が長大でも、柔らかくて役に立たないことから、身体ばかり大きくても役に立たない人のたとえ」を言います。、1971年度青少年 読書感想文全国コンクール課題図書に「かたあしだちょうのエルフ」という絵本があります。 作者は小野木学さん。エルフは子どもたちを背中にのせて走ることができるほど、巨大なダチョウ。ある日子どもたちを乗せていた時にライオンに襲われて片足を失います。片足で満足に動けず、餌もとれなくなったエルフ。しばらくは仲間や子どもたちが餌を運んでやっていましたが、次第に忘れ去られやせ細っていきます。ある日、ヒョウに襲われたエルフは子どもたちに背中に乗るように言うと、必死でヒョウと戦い撃退します。子どもたちがお礼を言って降りると、エルフは木になっていたというお話です。ダチョウは黒いので、黒が特徴的な迫力ある絵本です。最期にエルフが木になってしまいますが、それでもエルフはみんなのことを見守り続けるというラストは大人でも心に染み入るものがあります。片足というハンデを負ったことで役に立てないような気持ちで悲しくなっていたエルフで、周りからは「独活の大木」のように見られていた彼でしたが、命を懸けて子どもたちを守り抜くのです。一度読んで欲しい一冊です。

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石の上にも三年

【漢字】石の上にも三年 【読み】いしのうえにもさんねん 【意味】石の上に座ると冷たいが長く座っていれば温かくなるもの。我慢強く耐えればいつかは報われるという意味。 【例文1】石の上にも三年と言うからもう少し頑張ってみよう。 【例文2】石の上にも三年で想い続けた彼女と結婚する。 【例文3】石の上にも三年でようやく一人前だ。 「石の上にも三年」とは「石の上にも三年いれば暖まるとの意味から辛抱すれば必ず成功する」との意味です。桃山時代に築かれた桃山文化、その代表格が狩野派と呼ばれる、叶永徳が率いる絵師集団です。その狩野派としのぎを削って活躍したのが長谷川等伯でした。長谷川等伯は武士の家に生まれましたが、絵の才能を買われ仏画を描いていた長谷川家に養子として入り、後に娘婿となります。実家のごたごたに巻き込まれ、長谷川家の義父母は自害し、等伯一家は故郷を追われるように出ていくことになります。体調を崩した妻子を途中の寺に預けて上洛し、仏画を描いていた縁でお寺に身を寄せますが、時代の波に翻弄されて苦労に苦労を重ねます。その中でも絵に対する情熱は失わず、仏の教えを学びながら精進します。自分だけで絵を学ぶことに限界を感じた等伯は狩野永徳の父に教えを乞い、快く手ほどきしてもらえます。長谷川等伯は実力を認められるようになり、妻子を迎えに行きますが、故郷を離れて十年の年月が経っていました。その後も等伯は妻を失い、絵師として一人前になりかけていた長男を失い、失意の中、苦しみながらも縦五尺二寸、横十一尺八寸の六曲一双の松林図屏風を描き上げます。長谷川等伯の三年どころではない艱難辛苦の末に生まれた傑作といえるでしょう。 私は、小さい頃からおばあちゃん子で、祖母が遠方から遊びに来るのが楽しみで、よく色々な所に連れて行ってくれました。 人生の節々ではアドバイスもしてくれて、両親から言われるよりも、心に響く事が多かったと思います。 今でも覚えている祖母からのアドバイスがあり、それは私が高校一年の時で、野球部に入っていましたが、思っていた状況と違い、毎日声出しや後片付けなど、野球の練習がほとんどできない日々が続きました。 そんな時祖母が遊びに来ていて、部活頑張っているんだってねー!と言って来たので、想像と違うから辞めようと思っていると話ました。 そうしたら、石の上にも三年って言うからまだ諦めるのは早いよ!と言ってくれて、その言葉が心に響き頑張る事にしました。 辞めないで部活を続けた結果、高校二年からレギュラーになれて、野球の実績で進学もできました。 社会人になってからも、職場の環境に馴染めず辞める事を考えている時、祖母が石の上にも三年という話をしてくれて、就職したばかりの時期を乗り越える事ができました。 その言葉は、それ以降聞けなくなりましたが、今でも新しい事にチャレンジした時は、祖母に言われた言葉を思い出して、乗り越えるように努力しています。

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