tedukurikotoba (2563)

門戸を開く

【漢字】門戸を開く 【読み】もんこをひらく 【意味】通商には禁止や制限をなくして受け入れなければいけない。 【例文1】女性進出の門戸を開く。 【例文2】昔に比べて門戸を開く社会になった。 【例文3】門戸を開く社会を作る。 門戸を開くとは制限を設けずに交流、通商、学問などの出入りを自由にすることです。この言葉で思い浮かべるのは幕末に長州藩にあった松下村塾です。江戸時代、商人や農民、町屋の子どもたちは寺子屋で庶民の子弟のための読み書き、算盤を教わりました。武士の子どもは藩校といって藩で設けた学問所で勉強をしました。そこには士農工商という歴然とした身分制度があったからです。長州藩にも明倫館という藩校がありましたが、松下村塾を開塾した玉木文之進は私塾として8畳一間を設けて、身分を問わず学びたい者はだれでも受け入れました。玉木の甥の吉田松陰も松下村塾に入りましたが、玉木の指導は大変厳格で、顔についた蚊を払った松陰少年が殴られたという逸話もあります。玉木の後を久保五郎左衛門が継ぎ、その後吉田松陰が教鞭を取ります。松陰が教えた期間は短いものでしたが、幕末から明治期に日本を動かすほどの塾生を多数輩出したことで松下村塾は知られています。ただ、塾生の多くが幕末の動乱の中で、若くして命を落としたのも事実でした。身分の差を超えて、学びたいという気持ちで集った若者たちが、どれほどの切磋琢磨をして松下村塾で成長したか。藩校で藩主の思いに沿った教育を受けるよりも多くの事を学び、吸収したのだろうと想像されます。玉木「門戸を開いたことで、日本を動かす人材が育ったのです。

Continue reading...

目白押し

【漢字】目白押し 【読み】めじろおし 【意味】メジロは枝に横一列に並ぶ性質があることから、多くのものが込み合って並んでいる様子。 【例文1】スーパーで目白押しの品がたくさん並んでいる。 【例文2】今日のテレビ番組は目白押しだ。 【例文3】ぎっしり目白押しが並ぶ。 高校野球が大好きです。 春には春の良さがあり、夏には夏の良さがあり、秋の神宮大会や国体の良さもあり、夏の地区予選にも良さがあります。夏の大会後の高校ジャパンも見応えがあります。 全部もれなくおもしろいです。 特に夏の大会は国民的な盛り上がりを見せてくれます。 8強が揃った辺りには試合カードも強豪ぞろいの好カードが目白押しです。 観客も満員御礼が続きます。 時にその観衆が甲子園名物の魔物となるケースが多々あります。 美談として語られがちな劇的な試合に2016年夏の大会、東邦VS.光星学院の試合があります。 光星学院が大差でリードしていたのを7回辺りから東邦がひっくり返し見事勝利を納めたあの試合です。 あの試合では途中から完全に観衆が東邦側の応援に回ります。観衆が東邦名物のタオル回し応援を始めます。 いつの間にか完全アウェイとなってしまった光星ナイン。 光星学院のエースは試合後「全てが敵に見えた」という言葉を残しています。 時に移り気な観衆が甲子園の魔物となります。メンタルが弱いのが問題なのは正論ですが、それは選手にトラウマを植え付けかねず美談として語るべきではないと思います。 あの試合以降タオル回しの応援は高校野球で禁止になりました。 「目白押し」とはメジロが木の枝にとまる時、押し合うようにたくさん並んでとまることから例えられた言葉です。意味は「①子どもが大勢で押し合い、おされて列の外に押し出された子がまた、端に加わって中の子を押す遊び。②多人数が込み合って並ぶこと」です。メジロは目の周りが白く、眼はぱっちりと大きく、身体は緑色のとても可愛らしい小鳥ですが、今は数が減ってしまって、メジロを捕ることも飼うことも禁止されています。鳴き声も可愛らしいので昔から人気のある籠鳥なのです。メジロは椿の花の蜜が好物の一つですが、昔飼っていた人に聞くと、市販の小鳥の餌では良い声で鳴かないので、時々、黄な粉と蜂蜜を混ぜたものを食べさせると、良い声で鳴くようになるのだそうです。花の蜜できれいな声が出るようになるなんて、童話の世界の鳥のようですね。メジロが減った今、見られる「目白押し」は食べ物の行列がとても多いです。長瀞の天然氷を削って作ったかき氷が大人気で、夏場には3時間待ちの行列だそうですし、今だけの限定品などというと、どこでもかなりの行列が見られます。特にお正月の百貨店などの福袋の初売りの行列は、年の初めの風物詩としてニュースになるほどです。平和です、日本。

Continue reading...

胸が塞がる

【漢字】胸が塞がる 【読み】むねがふさがる 【意味】不安や心配で胸が苦しい。 【例文1】売り上げが落ちて胸が塞がる。 【例文2】会社倒産危機に胸が塞がる。 【例文3】メタボ診断が出て胸が塞がる。 私はいつもニュースを見ていて思うことは、胸が塞がれるような話題が多すぎるということです。 私は時々、メディアはそういった話題の方が、視聴率が取れて良いから、バッドニュースを多く流しているのではないかと思ってしまいます。 特に食事の時間に胸が塞がるニュースを見てしまうと、それだけで食事がまずくなり、食欲が落ちてしまいます。 ダイエットのためには良いかもしれませんが、精神衛生上はあまり良いことではないと思います。 私は食事の時間はなるべく明るい内容のテレビ番組を見たいと思っています。 しかし、家族は食事時間にはニュースを見るべきと思っています。 そのため、仕方なく胸が塞がるニュースを見ながら食事をすることになってしまいます。 それが嫌で、食事をする時間をずらして、私だけ遅く食べたこともありました。 おそらく明るいニュースもたくさんあるのでしょうが、得てしてそういったニュースは非常に少ないような気がします。 中には知らなくても良いようなバッドニュースを見なければいけないこともあります。 見ている方はチョイスすることができますが、ニュースを伝えている方はそういうわけにもいきません。 ニュースの内容にいつまでも胸を塞がれた状態でいるわけにも行きませんし、なかなか大変な職業だと思ってしまいます。

Continue reading...

水を得た魚のよう

【漢字】水を得た魚のよう 【読み】みずをえたさかなのよう 【意味】その場の環境に合っていて生き生きしている様子。 【例文1】孫と遊んでいる時は水を得た魚のように元気になる。 【例文2】祖父母はゲートボールに行きだして水を得た魚のように生き生きしている。 【例文3】高齢者はおしゃべりだけでも水を得た魚のように元気になる。 『水を得た魚のよう』とは、水魚の交わりという諺がある通り、切っても切れない関係、またはそれほど親密な関係を意味し、この慣用表現の場合は向かう所敵無しの様な勢いを意味しています。似たような表現に飛ぶ鳥を落とす勢いという表現があります。 この語源は、かつて中国の三国時代において、浪人時代の劉備玄徳という客将が三顧の礼を経て天下の大軍師諸葛孔明を招き入れ、その後の二人の相思相愛の関係を表現したものと言われています。 今でこそは数々の政治的失策で政権支持率が低迷していますが、民主党から政権を奪還した後に発足した第二次安倍政権は要職を信頼の置ける大物政治家で固め、かつ女性閣僚を積極的に登用し、高い支持率を背景に内政・外交・経済面において政策を次々と打ち出し、それが全て功を奏して国民からの高い支持率を長期間維持しました。その間の国政選挙も連戦連勝で正に水を得た魚のように政治的タクトを奮ってきました。 衆参両院で圧倒的過半数の議席を保持し、両院で三分の二以上の国会議員による賛成を必要とする憲法改正まで視野に入れるまでになりました。その政治的な無敵状態から、戦後最長政権も視野に入れて総裁任期も三期まで可能とさせました。一年前までの安倍政権は、正に水を得た魚のような政権運営でした。 環境や条件などの変化により活力を得た状態をさして「水を得た魚のよう」といいますが、実際の魚はどうでしょう。 水を得たということはそれまで水が無い状況に捕らわれていたことを示します。 一部の魚を除いて陸上に上がってしまえばエラ呼吸をする魚がまともに酸素を取り入れることなど出来ません。 口をパクパクするのも束の間、あっというまに瀕死の状態に追い込まれることでしょう。 そのような状況から何かしらの理由から水中に戻されたとしたら、魚の感想としては九死に一生を得たというのが当てはまるはずです。 人間であれば水中に落下して溺れている状態から何とか陸上に這い上がれた状況で、うれしいとか喜ばしいという感情がわくはずがないのです。 まあ釣り上げられた魚が水中に戻った途端に元気に泳ぐ様子から出来た言葉なのでしょうけれど、ピンチを脱して一目散なのは明らかでしょう。 同義語として、「追い風を受ける」や「波に乗る」「流れに乗る」などがあるのでこちらの方が使いやすいように思えます。 人によっては全く同意できないことかもしれませんが、泳ぎが不得手な身としては水中に放り込まれるなど致命的な大ピンチです。 沈没の心配の無い船に乗せてもらいプカプカと浮かんだ状態で、風を受け波に乗り流れに任せて運ばれていくほうがまだマシな気がします。 まあ、そういうわけで泳げない私は陸に引き上げられた魚に同情してしまうわけでした。

Continue reading...

まなじりを決する

【漢字】まなじりを決する 【読み】まなじりをけっする 【意味】目を大きく見開いて決意する。 【例文1】まなじりを決して進路を決める。 【例文2】まなじりを決して選んだ恋人に狂いはない。 【例文3】この人に間違いないとまなじりを決して結婚する。 まなじりを決するとは、目を大きく見開く。怒ったり、決意したりする様子のことです。「眦 を裂く」とも言います。この言葉は曹植の詩にある「目を張り眦を決す」から出た言葉です。曹植は三国志時代の魏の人です。曹操(武王)の息子で詩文の才能に優れていましたが、陳思王に封じられました。曹操(武王)と伯夷、叔斉の逸話は有名ですね。司馬遷の史記によると、周の文王のところに身を寄せていた伯夷、叔斉は、文王の息子武王が殷の暴君であった紂王を討つと決めた時、君主を討つことは道にはずれていると諫めますが聞き入れてもらえません。武王が殷を滅ぼし天下統一し、周を建国しても周の穀類を食べることを潔しとせずに、首陽山に隠遁生活をしながらワラビを採って食べていましたが、「ああ、ゆかん、命の衰えたるかな」という歌を残して二人とも餓死をしてしまうという話です。伯夷叔斉はもともと孤竹君という君主の息子たちで、一国の王子たちでしたが、父王が弟の叔斉を自分の跡継ぎにと考えていることを伝えられ、弟だからという理由で固辞した挙句、争うのは嫌だからと二人で国を捨てて文王のところに身を寄せてしまった二人なのです。高潔な人柄の例えとして称される彼らを、曹植はどう感じていたのでしょうね。

Continue reading...