tedukurikotoba (2563)

口を挟む

【漢字】口を挟む 【読み】くちをはさむ 【意味】人が話している最中に割り込んで話し出す。 【例文1】部外者は口を挟まないでくれ。 【例文2】姑が子育てに口を挟む。 【例文3】部外者が口をはさむ。 よくいます。こちらがまだ話しているのに途中で口を挟む人。どこ行っても学校・職場に一人はいます。 そういう人はきっとせっかちだと思います。 相手の意見や話を聞きもしないうちから自分の意見が言いたくてしょうがない。 人が話している最中に口を挟む人はだいたい感情的になってしまっています。 テレビを見ていても他の方がしゃべっているのに誰かの話の最中に口を挟んでいるのをよく見かます。 10代も頃は私も少し当てはまっていました。自分の意見と違う時に口を挟んで口論になったこともありました。 大人になってからは一応相手が話し終えるまで待って話し出すようになりましたが、それでも意見が食い違うと釈然とした感情に押しつぶされます。なので結局口を出さずにはいれません。相手が理解してくれることもありますし、そうでないときもあります。そんな時はこの人とは合わないんだなと付き合いが薄れていくだけでした。

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鬼気迫る

【漢字】鬼気迫る 【読み】ききせまる 【意味】緊迫した状況。 【例文1】昨夜の川の洪水は鬼気迫るものだった。 【例文2】9回裏2アウト満塁の場面は鬼気迫るプレイだった。 【例文3】鬼気迫るホラー映画だ。 高校野球が終わりました。 今年も高校球児達の鬼気迫る本気の野球を思う存分堪能させてもらいました。 今年も地方大会から盛り上げてくれた早稲田実業の清宮選手でしたが、なんと彼は最後の夏に甲子園への出場が叶いませんでした。 西東京大会、決勝。早稲田実業対東海大菅生。 会場は完全に清宮選手を見たい野球ファンで埋め尽くされていました。 が、東海大菅生が優勝。勝利インタビューで東海大菅生の監督は「二強、二強と言われていて悔しい気持ちもあった」と言っていたのが印象的でした。 西東京大会は清宮選手がいる早稲田実業、櫻井選手がいる日大三高が注目されていましたが、東海大菅生はそのどちらにも直接対決で勝ち、甲子園の切符を手にしました。 今大会はホームランがたくさん出たこと、劇的な試合展開が多く、鬼気迫るプレイの連続に観客も湧きました。 この大会は花咲徳栄高校の優勝で幕を閉じました。

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嵩に懸かる

【漢字】嵩に懸かる 【読み】かさにかかる 【意味】有利な体制から攻撃に出る。威圧的な態度を取る。 【例文1】嵩に懸かって試合に臨む。 【例文2】偉そうに嵩に懸かる口調で言う。 【例文3】コネ入社で嵩に懸かる。 皆さんは「嵩に懸かる」と言う言葉の意味を知っていますか?なかなか聞いた事がない方や字を見た事もない方もいるでしょう。 この言葉は「かさにかかる」と読みます。言葉の意味としては、(優勢に乗じて攻勢に出る・威圧的な態度でのぞむ)との意味があるそうです。 嵩なんてあまり普段使わない言葉ですよね、語源はや由来については 嵩は物の体積や容積の意味で、大きさなどを表す「かさねる」「かさなる」等の語源のようです。「かさ」には「大きさ」の意味が派生し、重みや貫禄と言う意味もあり、「かさにかかる」の「かさ」はこれを意味するとの事。 なかなか難しい言い回しですので、現代人はあまり使わなさそうですね。昔の戦国時代なんかの武将さんが使ったりする言葉なんでしょうか。優勢に乗じて攻勢に出るという意味があるので、スポーツなんかでも使う事があるんでしょうか。将棋や囲碁なんかでは使いそうな言葉ですね。 今回は嵩に懸かるの意味についてご紹介しました。上手にこの言葉を使うと、友人や家族から一目置かれるかもしれませんね。 そういえば今日妻に「仕事が終わったら早く帰って来てよ!!」と、語気を鋭く嵩に懸かった口調で言われたので、まっすぐ帰ります。

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鬼が出るか蛇が出るか

【漢字】鬼が出るか蛇が出るか 【読み】おにがでるかへびがでるか 【意味】これからどんな恐ろしい事が起こるか予測がつかない。 【例文1】酔っぱらって鬼が出るか蛇が出るか帰宅する。 【例文2】妻に内緒で10万円のプレセントを買ったが、鬼が出るか蛇が出るか。 【例文3】経営難で鬼が出るか蛇が出るか。 「鬼が出るか蛇が出るか」は、待ち受ける運命や困難を暗示する言い回しです。 物語の一部を締めくくる直前などに使われることがよくあります。 多くの物語は波乱万丈な展開が期待され、平穏無事な日常生活について延々と書き綴られることなどありません。 桃太郎であれば、桃を拾ってきた後は立派な成人に育つまでの十年以上の内容がほとんど何も語られずに次の展開へとつながります。 このことは、特に記述するべき事柄が起きなかったから省略されたと考えれば受け流すことも出来ます。 世直し旅で全国を周遊すると、行く先々で悪代官とそれに通じる小悪党と苦しめられる善良な民がセットで用意されている。 ここまで来ると、旅のイベントとして配役を用意する役人が存在するのではないかと思いたくなってしまいます。 鬼が出るか蛇がでるかなどという曖昧な選択肢はなく、「来週も悪代官を懲らしめるゾ」と意気軒昂な旅の一行が目に浮かぶようです。 お約束の勧善懲悪ストーリーは、視聴者の求める内容がキッチリ盛り込まれている安心感もありますが、ワンパターンとも受け取れます。 最近のドラマや小説はそうしたパターンを避けるために趣向を凝らした展開を模索しているようです。 気合を入れて難解にすれば視聴者がついてこれず、分りやすい安易な展開はすぐに飽きられるという矛盾もはらんでいます。 製作現場の試行錯誤している内情のほうが、出来上がったドラマよりもドラマチックだったりするのは皮肉なものです。 それこそ鬼が出るか蛇が出るか、赤字になるか炎上するかという展開も期待できそうです。 「鬼が出るか蛇が出るか」こんな言葉を聞いた事はありませんか?今回この言葉の意味について調べてみました。 鬼が出るか蛇が出るか。どっちにしろ恐ろしいものに遭遇するような言葉ですが、どんな時に使うとしっくりくるのか、まずは言葉の意味について調べてみた所、「どんな恐ろしいものが待ち受けているか見当もつかない。運命は誰にも予測できない」と言った意味があるようです。 恐ろしいものが待ち受けているに関しては、確かに言葉の意味としては理解できますが、運命の予測が出来ないような言葉の使い方なら、良い事が起こるのか悪い事が起こるのかがわからないといった表現の方がしっくりくるような気がしますね。 例えば「鬼が出るか仏が出るか」とか、「吉と出るか凶とでるか」の方が、良し悪しがしっかりわかる言葉のような気がします。 鬼と蛇だとどちらにしろこれからの状況について、あまりよくない事が起きそうな時等に使う言葉ですから、あまり普段の生活では使いたくないですね。 今回は鬼が出るか蛇が出るかの意味について調べてみました。 そういえば今日妻の大好きなアンパンを勝手に食べて仕事に出かけたんですよ。さて、自宅に帰ったら鬼が出るか蛇が出るか。 未知の場面に遭遇した時の心の有り様。おっかなびっくりの面持ちで臨むまさに「鬼が出るか蛇が出るか」なのです。自分の進む先に待っているのが鬼の如き屈強な存在であるか、はたまた蛇の様な狡猾なイメージの輩なのか行ってみなければ判らない事に不安が生じてしまいます。しかしながらそこで臆してしまい先へ進む事を躊躇していては何も始まらないし、何かを手に入れたいのであればリスクも覚悟の上で行くしかない時があるのです。進んだ先に鬼が居ようが蛇だろうが、出たとこ勝負で何とかやり過ごす位の気持ちが肝要であるという事です。未知の領域に進む事は誰しも不安ですし、他の人に頼めるものならそうした方が自分にとって何も支障はないと思います。ですが、それがどうあっても自力で何とかするしかない状況なら、ここは腹を括るしかないでしょう。そうする事が自分の成長の糧になるでしょうし、未知の世界に足を踏み入れる自体、かなり経験値を上げる事になりうる筈ですから。上手く行く確信はないがやるしかない場合こそ、「鬼が出るか蛇が出るか」の精神を持たねばならないのです。世の中には怖いもの見たさという人もいて、こちらはかなり向こう見ずな方でありますが、そういうタイプはおっかなよりワクワクの方が強いので、鬼や蛇と遭遇するのをむしろ楽しめるある意味希少な人種と言えます。

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鵜の真似をする烏

【漢字】鵜の真似をする烏 【読み】うのまねをするからす 【意味】鵜もカラスも黒い鳥で見た目は似ているが、カラスと違って鵜は潜水が得意である。技術のない者がマネをしても失敗するだけという意味。 【例文1】料理番組を見て初めて料理をしてみたが、鵜の真似をする烏だった。 【例文2】簡単に出来ると思ったが、鵜の真似をする烏だった。 【例文3】簡単にできっこないよ。鵜の真似をする烏だ。 鵜の真似をする烏ということわざがあります。鳥の鵜も烏も同じように黒い鳥ではありますが、鵜は長良川の鵜飼に代表されるように川魚を巧みに捕まえることができます。それに対して、烏は人間にとって有益な働きはまったくといっていいほどしません。 そのため、「鵜の真似をする烏 」というのは、「人まねをしてもうまくいかない」という意味で使われています。 それはそれでいいのですが、私はこの言葉を自分なりにいろいろ考えてみました。 一つは「適性」ということ。最近の研究で、烏の知能の高さが判明されています。烏には人間がびっくりするような知能があって、場合によっては人間並みの判断をすることも可能なのだとか。 そうだとすれば、別に烏は鵜の真似をする必要はありません。川魚など捕獲できなくても、高い知能を使って、よりかんたんなエサの捕獲をすることができるでしょう。 今、日本人に「鵜と烏と比べて、どちらが知能が高いか」と聞けば、圧倒的に「烏」という答えが多いに違いありません。 鵜は川魚を捕まえて、それを人間に提供することができるために、人間に重宝がられているだけです。 烏は、時には人間を利用して、自分に利があるような行動をするのです。そう考えると、明らかに烏の方に軍配が上がるように思えます。 「烏の真似をする鵜」と言った方が、今の私たちにはピンとくるのかもしれません。 自身の能力をきちんと見極めずに他人の真似をして失敗してしまう事を鵜の真似をする烏と言います。どちらも羽の黒い鳥なのですが、鵜は水中へ潜る事に特化した鳥であり、烏にその能力は備わっていません。そんな烏が鵜の様に潜水しようものなら、まず溺れてしまうでしょう。烏は本来頭の良い鳥ですからそんな行為に及ぶとは思えませんが、もしそれを過信してやったら間違いなく沈没する運命が待っています。鵜は確かに空を飛べるみたいだし、潜水も出来る万能な鳥に見えますが、歩くのはヘタな鳥です。烏は潜水は出来ないけど鵜よりはうまく飛べると思うし歩きもお手の物です。それこそがそれぞれの得意分野であり、そこで大いに力を発揮出来ると思います。技術を磨く為の方法として上手い人の真似をするのは確かに理に叶っていますが、しかし本質を理解しないままそれを習得しようとするのはかなり難しい話だと思いますし、多くの時間と労力を費やしても然程の成果は期待できない気がします。自己満足の域で良いのであれば周りがとやかく言うのもどうかと思いますが、それがとても重要性の求められる事であるなら任せる訳には行きません。それはもはや真似をして失敗したでは済まない事になるからです。

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