tedukurikotoba (2563)

前門の虎、後門の狼

【漢字】前門の虎、後門の狼 【読み】ぜんもんのとらこうもんのおおかみ 【意味】前門で虎遭遇して逃げ、今度は後門に狼が現れるたとえから、一つの災難を逃れてホッとする間もなく、またすぐに他の災難に見舞われる。 【例文1】せっかく洗い物が終わったかと思えば、子ども達の弁当箱がテーブルに置いてあり、前門の虎、後門の狼だ。 【例文2】子ども達が次から次に熱を出し、前門の虎、後門の狼だ。 【例文3】卒業・入学の繰り返しで家計が前門の虎、後門の狼だ。 「前門の虎、後門の狼」というのは、比較的よく使われることわざと言っていいでしょう。私も、2つの大きな問題を抱えている時などに、使うことがあります。 私は「虎と狼に挟み撃ちにされた状態のような大ピンチ。絶体絶命」というような意味に解釈していました。間違いというわけではないでしょうが、このことわざは「絶体絶命」ではなく、「一難去ってまた一難」の意味に解釈されることもあうようですね。 このことわざの出典は趙弼の『評史』 。「前門に虎を拒(ふせ)ぎ、後門に狼を進む」という一節で、意味は「表の門で虎の侵入を防ぐ時、裏の門から狼が侵入してくる」ということになります。 「拒ぎ」を、「防いでいる時」と解釈すれば、「絶対絶命」の意味に近くなるでしょうし、「防いだと思ったら」と解釈すれば「一難去ってまた一難」という意味になるでしょう。 私は、前者の意味に解釈していたわけです。 ところで、後者の意味に解釈するとすれば、この二つの動物を入れ替えたほうが、より恐怖心は増すのではないでしょうか。 「前門の狼、後門の虎」。つまり、「なんとか狼の侵入を防いだと思ったら、なんと後ろの門から虎が入ってきた」という意味になります。明らかに狼よりも虎の方が大物ですから、その災難のスケール、恐怖心はより大きくなるに違いありません。

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叱咤激励

【漢字】叱咤激励 【読み】しったげきれい 【意味】大きな声で励ます。 【例文1】試合中、叱咤激励の応援が勇気づいた。 【例文2】沿道の声援に叱咤激励で完走した。 【例文3】全校応援で叱咤激励する。 少し前、海に行くために自分を叱咤激励してダイエットを頑張りました。 海に行く日程はその二ヶ月前には決まってました。でも変な余裕があって 一ヶ月前まで体重計にも乗らず。そして、一ヶ月前いざ乗ってみたら絶望しそうになりました。過去最高とは言いませんが、水着を着ることを考えると軽くはない体重でした。 一緒に行く友人がとてもスリムなので少し痩せたぐらいでは全く間に合いません。 でもその時の私にはまだ余裕がありました。なぜなら二年前に一ヶ月で5kg痩せたことがあったからです。今考えると不健康極まりないんですがそんなこと言ってる場合ではありませんでした。 前に痩せた時は晩御飯と間食をやめてウォーキングをしていたので今回も同じようにしました。そして2kgほどはすんなり痩せたんですがその後が全然落ちません。 その時ようやく気づきました。年取って痩せにくくなったんだ!と。とても悲しかったです。そんな訳で朝ごはん以外何も食べないなんてかなり危険なダイエットをして海に行く時にはかなり体重を落とすことができました。 でも体にものすごく悪いので二度とやらないと心に決めました。これからはきちんと健康管理をして理想の体重をキープしていこうと思います。 先日、上司との懇親会があり、某うなぎ屋さんに行きました。 わたしはその上司と飲むのは初めてで、他に同じ部署のメンバーが7人いました。 上司は予約の時間より少し遅れて登場したものの、和やかムードで飲み会は始まりました。 上司は普段からなかなか会話をする機会すらないぐらい偉い人なのでわたしたちは少し緊張していたのかもしれません。 上司の方が気を遣って会話を振ったりしてくれました。 が、お酒がだいぶ回ってきた頃、上司の叱咤激励が始まりました。 「今までの会食で今日が一番つまらない」 「今までの会食で今日が一番暗い」 「どうして僕がたくさん喋らないといけないのか」 という苦情を言われたり 「この部署をどう思っているのか」 「今後どんな仕事をしていきたいのか」 という意気込みを聞かれたりしたので答えようとすると「仕事の話はやめよう、楽しく飲みたいんだ」 上司は難しいです。 滅多にお近付きになれない上司との会食でしたが、トラウマになりそうな時間でした。 案の定直属の上司に「今までの会食で一番つまらなかった」という感想は伝わっており、「あの叱咤激励は酔っ払った勢いではなかったのか」とショックを受けました。が、直属の上司から「わたしさんとは一度ゆっくりまた飲みに行きたいと話していたよ」とのお言葉をいただけました!でももう気は進みませんが・・・

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三年飛ばず鳴かず

【漢字】三年飛ばず鳴かず 【読み】さんねんとばずなかず 【意味】実力を発揮する機会をじっと待っている様子。 【例文1】芸人が三年飛ばず鳴かずの下積み生活を送る。 【例文2】レギュラーを目指すが、三年飛ばず鳴かず。 【例文3】昇進を狙うが、三年飛ばず鳴かず。 三年飛ばず鳴かずとは今一つ結果を出せない事をいいます。単に結果を出せないだけではなくて本来は出来る能力があるにも関わらず結果を出さないという意味を持っている諺です。本来実力があるのに中々結果につながらないのは本当に辛いものがあります。特に自分の一生を左右するかもしれない受検、試験で結果を残せないとかなり辛いと思います。しかしどうしても本番に強いタイプと弱いタイプがあります。 私自身も学生時代に経験があります。いつも授業を真面目に受けて、勉強もテスト前だけではなく毎日コンスタントにやっていました。でもいざテスト本番となるとすごくプレッシャーを感じてしまって、そこで何か分からない問題があると頭が真っ白になってそこから平常心で問題を解けなくなってしまうのです。高校三年間そのメンタルの弱さはそのままで、まさに勉強に関しては三年飛ばず鳴かずの成績でした。周りにはテスト前だけに人のノートをコピーして一夜漬けで勉強するだけで要領よくいい成績を取る人がたくさんいました。その時は何だか面白くない気持ちでいっぱいでした。でも高校時代に一生懸命勉強して自分の好きな分野を見つけることが出来たおかげで大人になっても興味のある分野の勉強をすることが出来ています。三年飛ばず鳴かずでも一生懸命やっていれば良いこともあるのだと思います。

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心に残る

【漢字】心に残る 【読み】こころにのこる 【意味】感動がいつまでも残っている。 【例文1】心に残る卒業式だった。 【例文2】心に残る結婚式だった。 【例文3】心に残る新婚旅行だった。 自分の人生を振り返った時、心に残るものや出来事はそう多くはないかもしれません。 今後の人生でももしかしたら、心に残ることがあるかもしれません。 普段は今の日常に追われていて、過去の心に残ることを忘れてしまっているだけなのかもしれません。 何かをきっかけにして、それをふと思い出してしまうことがあります。 私は最近、今までの写真の整理をしています。 一昔前まではデジカメがなかったので、カメラに撮った写真は写りが良くても悪くても全て現像に出していました。 その為、アルバムを見返してみると、写りの良くない写真もたくさんありました。 また、中には何を撮っているのかよくわからない写真もありました。 そのため、写真を整理して、心に残るものだけを残しておくことにしました。 写真を整理していくと、当時のことが蘇ってきました。 自分自身の変化を見ることができましたし、自分へのイメージも以前とはずいぶん変わったように思います。 心に残る出来事はいくつか思い出しましたが、再びその頃に戻りたいとは思いません。 やはり今は今が一番良くて、さらに未来に向けて進んでいきたいと思っています。 これからも、心に残る思い出を少しでも増やしていけたらと思っています。 私は今まで生きてきて、心に残る出来事にたくさん出会ってきました。それは、仕事の面でも私生活の面でもです。子どもの頃の記憶はどんどん薄れていき、本当に大きな出来事、それこそ強く心に残ったことだけが思い出されます。嬉しかったり楽しかったりといったプラスの感情を抱いた出来事だけでなく、深く傷ついたり後悔したりといった出来事も、心に残ります。むしろ、そちらの方が強く刻まれている気がします。「心残り」という言葉にはあのときああしていればよかった・できなくて残念だったという後悔の念が込められています。そのような心残りだった出来事はなかなか忘れることができません。 私自身も、自分が体験してきた心に残る出来事にはいいものも悪いものもあります。しかし、悪いものの中にはその後の経験で上書きされてきたものもあります。悪いものというだけでなく、いい経験をしたと思えるようになったのです。後悔して忘れられなかったことでも、その後同じようなチャンスを得たときに、失敗した経験を生かすことができたことがあります。そのようにしながら、記憶の書き換えをうまくして生きていけるのではないでしょうか。心に残る出来事から目を背けないで、しっかりと感じることが大事だと思っています。

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愚の骨頂

【漢字】愚の骨頂 【読み】ぐのこっちょう 【意味】元々は愚の骨張と書き、愚かな者が意地を張るという意味がいつしか変化して、これ以上愚かな事はないと使われるようになった。 【例文1】あれほど言ってるのに反省しない奴は、まさに愚の骨頂だよ。 【例文2】無理に事業を拡張して借金まみれで愚の骨頂だ。 【例文3】会社が倒産して妻も出て行き愚の骨頂だ。 友人とふざけあいの応酬をしているときの締めに「今のやり取りは愚の骨頂だったね」と言ってしまうことがあります。これでお互いに笑いあって、友人とのふざけあいは一旦終わるのですが、そもそも何故『愚の骨頂』なんて言い回しをするのか、ちょっと考えてみました。おそらくですが、何年か前に読んだ漫画で『愚の骨頂』という単語が出てきたんだと思います。それで『愚の骨頂』という単語を使うとなんとなく賢いように見えるとか、そんな理由で使い始めた気がします。 ただやはり、愚かであることの『骨頂』というくらいですから、本来はあまり使うべき言葉ではないのかな、とも思います。現代では、たとえそれが重い言葉であっても、軽い気持ちで使ってしまうことは多々あるでしょう。テレビやインターネットでも、重い言葉を軽い感じで使っている人をよく見かけます。ですがやはり重い言葉というのは、たとえ自分にとっては重くなくとも、誰かにとっては重い意味になっていることもあると思います。もしかすると自分が軽率に発言した重い言葉で、誰かが傷つくこともあるかもしれません。言葉というのは簡単に相手を傷つけることが出来る道具でもありますし、それを踏まえると重い言葉というのは、使いどきに気を付けた方が良いんだろうなと考えさせられます。せっかく言葉を使うなら、相手を楽しませたり元気づけたりするようにしたいですしね。

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