tedukurikotoba (2563)

鳩が豆鉄砲を食ったよう

【漢字】鳩が豆鉄砲を食ったよう 【読み】はとがまめでっぽうをくったよう 【意味】突然の出来事に目を大きくして驚く様子。 【例文1】大女優の突然の引退宣言に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。 【例文2】突然の再婚宣言に鳩が豆鉄砲を食ったようだ。 【例文3】会社を辞め鳩が豆鉄砲を食ったようだ。 私は東京浅草で生まれましたので、鳩というと浅草寺のことを思い出します。浅草寺境内にはたくさんの鳩がいて、子どもの頃、エサをやった記憶があるのです。確か、エサは豆だったように記憶しています。 「鳩が豆鉄砲を食ったよう」という言葉からも、やはり浅草寺の鳩を思い出すのですが、ふと、こんなことを考えました。「『鳩が豆鉄砲を食ったよう』という表現の鉄砲は、喩えなのであって、ほんとうの鉄砲ではないのかもしれない」ということです。 この言葉は、「鳩が豆鉄砲を食った時のように、思いがけないことや突然のできごとにきょとんとした顔をする」という意味に解釈されています。私もこれまでその解釈をしていました。 昔、豆を弾にしたおもちゃの豆鉄砲があったことは事実のようですから、その意味でも、この解釈には正当性があるように思われます。 「でも・・・」と私が首をかしげたのは、「おもちゃの豆鉄砲の弾を当てられた鳩は、果たして『鳩が豆鉄砲を食ったような顔』をするだろうか」と思ったからなのです。 おもちゃとは言え、豆鉄砲の豆を当てられれば、痛いにちがいありません。鳩はおそらく鳴き声を上げて痛がるか、慌てて飛び立つのではないでしょうか。少なくても「きょとんとした表情」にはならないような気がします。 そこで私が考えたのは、「豆鉄砲と言うのは、エサの豆を鳩にやっていた人が、突然鳩に豆をぶつける行為を鉄砲に喩えた」という説。「肘鉄砲」という言葉がありますが、「肘鉄砲」という鉄砲があるわけではありません。あくまでも喩えです。 「鳩が豆鉄砲を食ったよう」の鉄砲も喩えだと解釈すれば、「きょとんとした顔」という意味に無理がないように思うのですが、いかがでしょうか。 「鳩が豆鉄砲を食ったよう」よく聞く言葉ですね。突然の出来事に驚いて目を丸くしている様子を指します。「食った」というのは食べるという意味ではなく、攻撃を受ける「食らう」の意味です。鳩がおもちゃの鉄砲で撃たれて、驚いている様子から生まれた言葉です。 よく聞く言葉ですが、驚いた時の表現としてはしっくりこない、と感じる方も多いと思います。 鳩に代表される鳥類は、例えば犬や猫などの動物と比べても表情が豊かなイメージはありません。むしろ無表情と言えるのではないでしょうか。 驚くときは感情が大きく動きます。そんな感情のときに、無表情な鳥のような顔はしないんじゃないかと考えませんか? 私自身、子どもの頃にこの言葉を習っても、いまいちピンときませんでした。驚くときは、鳥みたいな顔にはならないのに、と。目は丸くするかもしれないけど、口も大きく開けて、もっと表情豊かな顔をするのに、と思っていました。 今でいうところの、テレビで見られる「ワイプ芸」のような、驚くときは大げさに顔を動かすイメージでした。 それから年齢を重ねていろいろな人生経験をするにつれて、人間、本当に驚くときは、リアクションなんか取れない、ただ呆然とするしかないんだということがわかりました。 やはり昔からある言葉には説得力があるんだなと実感しますね。

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名を借りる

【漢字】名を借りる 【読み】なをかりる 【意味】表向きの口実にする。 【例文1】病気という名を借りて行事を欠席する。 【例文2】姉妹の名を借りて応募する。 【例文3】自主退職と名を借りる。 名を借りるという言葉については、私はあまりよい印象がありません。 例えば、友人の名を借りてイベントに申し込みすることや、会社の名を借りて慈善事業やCS活動をすることで売名行為をするといったことが挙げられます。 特に、慈善活動に関して、仮に売名行為をしているとすれば、大変遺憾な出来事であると思います。 最近では企業かスポーツ活動や、東京オリンピックへの協賛、さらには自然保護に関する活動に対して積極的に支援をしていっています。 見た目は素晴らしいのですが、中身が伴っているかは疑問です。 お金を出して、企業のシンボルマークが活動のパンフレットやホームページに掲載されているだけで、その企業に勤めている社員は何もやらない、といったこともざらではないでしょうか。 お金を出して企業を宣伝しているだけではないでしょうか。 もっと慈善活動をすべき分野はたくさんあります。 特に子どもたちのスポーツ活動への支援は大変少ない気がしております。 さらに、スポーツ活動をする子どもの数も減少傾向にあり、以前は各地にあった少年野球チームも統廃合が進んでいます。 魅力あるスポーツをもっと広げるための活動は沢山ありますので、このような活動に対して企業は協賛していくべきです。 「名を借りる」とは「他人の名義にする、表面上の口実にする」という意味です。最近よく聞く言葉に「名義貸し詐欺」というのがありますね。「この債権は必ずもうかるのだが、一人5口までと決まりがあって自分は買うことができません。名前だけ貸してもらってこれが買うことができれば、一週間後には売り払って儲かった分を必ず返すから名前だけ貸して下さい。絶対迷惑はかけませんから」と言って電話があるのです。もし「ええ、名前だけなら」などと言おうものなら、次の電話で「名義貸しは犯罪だ。警察のブラックリストにも載ってしまった。これを取り消すにはこちらの弁護士に依頼して消してもらうしかない。そこに載っていることがわかれば、家族が会社を辞めさせられたり、孫の就職や結婚にも影響がある。消すには今すぐお金を振り込んでもらうしかない。」と畳みかけて不安を煽り、お金をだまし取るという手口です。また、他人名義で携帯電話を買うとか、とにかく今、「名を借りる」というと悪いことがつきもののイメージです。しかし、ちょっと違う場面での「名を借りる」があります。老舗の酒蔵などでは当主が継ぐ名前というのがあり、千葉県の小泉酒造では「小泉平蔵」という名前を代々継いでいます。「この名をお借りしてこの名に恥じない酒造りをする」というのが代々当主のポリシーです。悪いことばかりではない「名を借りる」ですね。

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隣の花は赤い

【漢字】隣の花は赤い 【読み】となりのはなはあかい 【意味】他人が持っている物は何でもよく見え、羨ましいと思うものである。 【例文1】隣の花は赤いものでその柄も欲しくなった。 【例文2】彼女が持つ物は何でも隣の花は赤く見える。 【例文3】彼女が持つからこそ隣の花は赤い。 「隣の芝生は青い」に似た意味の言葉で、「隣の花は赤い」というのがあります。 どちらも他人のものは良く見えるということのようです。 実際に隣に住んでみれば、自分家と対して変わらないのですが、傍から見ると相手の良い面ばかり見えてしまうのでしょう。 人は他人に対して多少は良い面を見せようとします。 それもあって、他人から見れば良い面しか見たことがなく、それが羨ましくも感じてしまいます。 どんなに羨ましい生活や人生を送っているような人でも、よくよく話を聞いてみると、意外な苦労や悩みを抱えている人もいます。 今は穏やかで温厚な人も、昔の苦労を乗り越えてきたからこそ、今の境地にたどり着いたという方もいます。 そう考えると、一見、隣の花は赤いように見えても、実情はかなり違っているのかもしれません。 幸せを絵に描いたような生活をしている人は、もしかしたら実際にはかなり少ないのかもしれません。 とは言っても、他人や他人のものが良く見えてしまうのは事実です。 しかし、同じように他人からも自分のことも同じように見られているのかもしれません。 それを考えれば羨ましいと思うのはお互い様であって、自分ができる範囲で羨ましい生活や人生を目指していけば良いのではないかと思います。 何故人間、もしかして人間に限った話ではないかもしれないが、他人のものなら何でもよく見えてしまったり、羨ましく感じてしまうのでしょうか。自分自身の所有物に満足せず、他人のものに対して羨ましく感じてしまう歪んだ考えを持つ生き物が人間の性だとするのならば、元来人間という生き物は怖い生き物と感じてしまいます。 この人間が元来持っているこの性を的確に表すことわざがありますよね。それは「隣の芝生は青い」という言葉ですよね。これはかなり有名なことわざで、知らない人の方が少ないのではないでしょうか。他にも類義語として「隣の花は赤い」があります。特にこのことわざは。日本人の気質を言い表していることわざだと個人的に思っています。 皆さんは「国民幸福度調査」というものを一度は耳にしたことがあると思いますが、これは国民の幸福度を表す指数であり、日本は先進国でありながら幸福度があまり高いものではないのが現状です。しかし、世界の貧しいとされている発展途上国の人間からすれば、衣食住整っている日本は大分幸せな国、住んでいる国民は幸せな環境にいると感じていると思います。日本に住んでいると衣食住に困らない環境であるという幸せを忘れてしまうのかもしれませんね。

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手前味噌

【漢字】手前味噌 【読み】てまえみそ 【意味】自分が作った物を自分で褒める。 【例文1】自分で言うのも何だが、日曜大工は手前味噌だ。 【例文2】手前味噌だが、自信作だ。 【例文3】手前味噌ながら上出来だ。 ことわざや昔ながらの言い回しには、子どもや学生は使わない「大人な言葉」があるのではないでしょうか。社会人や結婚して所帯を持ったような大人でなければ、まず使うことのない用語です。 その一つが「手前味噌」。子どもはもちろん、成人していても学生はまず使うことはありません。就活の面接で使う学生は稀にいるかもしれませんが、それは就活の面接という特殊なシーンだからと考えていいでしょう。 日常の会話で「手前味噌ながら」というような話し方をする学生はかなりレアにちがいありません。 この言葉の「手前」というのは「自家製」という意味。「自家製の味噌を自慢する」というところから生まれた言葉のようです。 要は自慢をしているわけですが、そこに日本人らしい謙譲の美徳が隠されているのがこの言葉の特色と言っていいでしょう。「自慢話のようになって申し訳ありませんが」というニュアンスが「手前味噌ながら」という言い回しにあるのです。 「これから自分のする話は自慢話に聞こえるかもしれません。申し訳ありませんね」と謙遜した前置きをしたあとで、実際に自慢話をするわけです。 営業マンが自社製品を説明するときに、「手前味噌ではありますが」という場合、その後にはその製品の「ウリ」のポイントが来るわけです。「他社はまだ開発できていません」と言うように、自社製品を強くアピールするわけです。 謙遜しているように見えて、実はしっかり自己主張する大人な言葉、それが「手前味噌」ということになるでしょう。

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脱兎のごとく

【漢字】脱兎のごとく 【読み】だっとのごとく 【意味】逃げる兎のように、とても速い動きをいう。 【例文1】学校から帰宅すると、宿題もせずに脱兎のごとく遊びに出た。 【例文2】脱兎のごとく万引き犯が逃げた。 【例文3】ゴキブリが脱兎のごとく逃げた。 中学生のころ、『不審者が出没するので気をつけるように』という連絡が。外が薄暗くなりはじめて、怖いなと思っていたら、後ろから足音がします。 振り返るのも恐ろしくて、早歩きしても足音も合わせて早くなる。赤信号で止まったら、後ろの足音も止まる。どうしょう、先に行ってもらった方が良いのかな。でも、変に思われるかなと思ったけど、青信号になった途端、脱兎のごとくダッシュしました。いっさい後ろを振り向かないように。結局、その人は追いかけては来ませんでした。 不審者でもなんでもなく、ただ同じ方面に向かって歩いていただけでしょうね。いきなり逃げて、失礼なことしてしまいました。でも当時は本気で怖かったんです。さすがに振り向いて、「すみません。あなたは不審者ですか?」なんて言えない。 それこそ失礼ですからね。いちどでも「怪しい人かも知れない」と疑ってしまうと、何気ない行動でも怪しく見えてしまうんですよね。今回の場合、たまたま帰り道が同じだっただけなのに「なんで後をつけてくるんだろう。ストーカー?」と思ってしまいました。 もしかしたら、わたしも同じように思われているかもしれません。昼間に人とすれ違っても、そんなに怖くないのですが、暗くなってくると、どんなに優しそうな人でも不審者に見えてしまいます。 怖いと感じたら失礼を承知で逃げることも、自分の安全を守るためには必要ですよね。

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