tedukurikotoba (2563)

首が飛ぶ

【漢字】首が飛ぶ 【読み】くびがとぶ 【意味】免職になる。解雇される。 【例文1】会社の金を横領して首が飛ぶ。 【例文2】帳簿を改ざんして首が飛ぶ。 【例文3】責任を取って首が飛ぶ。 仕事で大きな失敗をすると、「首が飛ぶかもしれない」というようなことを行ったりします。 免職になるとか、解雇になるとかの意味ですが、やはり首が飛ぶような大事態はできるだけ避けたいものです。 仕事の失敗が原因で、自分の首が飛ぶだけで済めば良いですが、そういう時はその組織もかなり大きな痛手を受けてしまうことが多いようです。 誰か1人が、あるいは数人が責任を取ってその仕事を辞職したとしても、経済的損失や信用などは失われてしまうでしょう。 それらを組織に残った人たちが回復していくのも大変な労力です。 私は以前、ある職場で仕事をしていた時に、非正規雇用にも関わらず、会社の命運に関わるような仕事を任されたことがあります。 その仕事は本来、私の担当ではなかったのですが、担当者が手に負えなくなったのか、期限が近い状態で私にその仕事を押し付けてきました。 その時にその人が放った言葉が、「この仕事は社運がかかっているから、絶対に失敗しないように」と言われました。 今思えば、かなりブラックな職場だったと思います。 社運がかかっていると言われると、もしその仕事が上手くいかないとしても、私の首が飛ぶだけは済まない、と思ったら、かなり怖くなってしまいました。 世の中にはいろいろな職場があるものです。

Continue reading...

起死回生

【漢字】起死回生 【読み】きしかいせい 【意味】絶望的な状況から巻き返す。 【例文1】起死回生の逆転満塁弾でヒーローになる。 【例文2】起死回生のチャンスを迎える。 【例文3】起死回生のヒーローインタビューを受ける。 私は野球の大ファンである、昔の話しであるが、王貞治選手はこれでホームランを打ってほしいと思った時に起死回生のホームランを打ってくれました。これはその一試合だけではありません。王選手のホームランは起死回生の大飛球です。まさにこういう選手がスター選手というのです。劣勢の試合展開で読売巨人軍が負けている。そんな時に王選手がバッターボックスに入っていると、私たちは大いに期待しました。期待に応えてくれてホームランを放ってくれるのではないかと。そんな時大スターは期待に応えてくれました。長嶋茂雄選手も同じでした。あの有名な天覧試合では起死回生の逆転ホームランを打ってファンの期待に応えてくれました。私は野球が大好きです。特にホームランバッターは魅力を感じます。 最近はこのような期待しているところで見事な起死回生の大ホームランを打ってくれる、スター性のある選手が減ってきました。コツコツとアベレージを稼ぐ安打製造機のお選手や盗塁を狙う選手、バントの名人一流選手はたくさんいますが、王選手や長嶋選手のように起死回生の見事なファンがときめくような起死回生の打撃をする選手がプロ野球界にはいなくなったような気がします。もっと各選手に頑張ってほしいです。

Continue reading...

風が吹けば桶屋が儲かる

【漢字】風が吹けば桶屋が儲かる 【読み】かぜがふけばおけやがもうかる 【意味】風が吹いて桶屋が儲かるまでの流れは、風が吹く→土埃りが目に入って盲人になる→盲人が就くとされる三味線弾きになる→猫皮が必要になり猫が減る→猫が減るとネズミが増える→ネズミは桶をかじるから桶の需要が増えて儲かるという。ある出来事が原因で巡り巡っていい影響をもたらす意味。 【例文1】スマホが普及するとデコレーションが流行り雑貨屋が儲かる。風が吹けば桶屋が儲かるだ。 【例文2】ラインスタンプのお陰でクリエイターの仕事が増えた。風が吹けば桶屋が儲かる。 【例文3】ロングヘアーが流行ればウイッグが風が吹けば桶屋が儲かる。 私の友達に株をやっている人がいるのですが、彼はよく「風が吹けば桶屋が儲かる 」ということわざを口にします。「思いがけないことが株価に影響を与えることが少なくない」ということを、そのことわざで表現しようとしているのでしょう。 そのことわざを聞いた私は彼に、「でも、なんで風が吹けば桶屋が儲かるの?」と聞くと、彼は「知らない」とのこと。そこで、ネットで調べてみることにしました。すると、おもしろい由来があることがわかりました。 このことわざ、江戸時代の浮世草子『世間学者気質』の一節から取ったものだそうです。では、なぜ、風が吹くと桶屋が儲かるのか。その理屈は以下の通りです。 江戸時代のことですから、道は舗装されていません。ですから、風が吹くと土ぼこりが舞います。それが目に入ったために失明する人が増えます。 当時、失明した人は音曲で生計を立てることが多かったため、三味線の需要が増えます。三味線の皮は猫の皮を利用するため、三味線がよく売れるようになると、町中の猫の数が減少。 猫はネズミを捕るものですから、猫が減ればネズミの数が増えます。ネズミが増えると木の桶をかじられ、その結果、桶が売れるようになり、桶屋が儲かるというわけです。 なんだか、落語にでも出てきそうな話ですが、よくぞそんな話を思いついたものですね。

Continue reading...

鬼の目にも涙

【漢字】鬼の目にも涙 【読み】おにのめにもなみだ 【意味】普段怖い人でも、涙を流す時もある。 【例文1】厳格な父が孫が誕生した時だけは、鬼の目にも涙だったね。 【例文2】孫の成長には鬼の目にも涙だ。 【例文3】父が泣くのを初めて見た。鬼の目にも涙だね。 小学生の頃とても仲良しの親友がいました。 親友は超がつくほどのおじいちゃん子で、おじいちゃんは親友であるわたしのこともとても可愛がってくれ、わたしも大好きなおじいちゃんでした。 実は親友のおじいちゃんはヤクザの親分だったらしく(大きくなって知りましたが)、わたしと親友がオイタをして絡まれた相手が怖いお兄さんたち だった時も、おじいちゃんが現れればそれだけで怖いお兄さんは平謝りで逃げていったし、新年明けて初めて親友の家に遊びに行った時にはコワモテのおじさんたちにたくさんのお年玉をもらって、お父さんとお母さんにびっくりされたし、 とにかく親友のおじいちゃんに関してはたくさんのエピソードがあります。 わたしたちにとってはどんなひとであれ、ただの優しいおじいちゃんでしかなく、今でも大好きな人です。 でもたった一度だけ、おじいちゃんの涙を見たことがあります。 おじいちゃんはガンに侵されてしまい、親友とわたしは毎日毎日お見舞いに行きました。 ある日、おじいちゃんは「もう一緒に遊ばれへんかもわからんなぁ・・・」とポロポロと涙をこぼしたのです。 まさに鬼の目にも涙で、それはとてもとてもきれいな涙でした。 親友と「なんでやねん!」「じーちゃん今ボケるとこちゃうで!」とこちらもまた泣きながら突っ込むのでした。 おじいちゃんは間もなく天国へと旅立ちました。 「鬼の目にも涙」とは、冷酷で無慈悲な人間でさえもときには憐れみや他人の苦しみや悲しみに同情して目に涙を流すこともあることのたとえです。 このことわざは鬼は人から恐れられている怖い存在です。そんな鬼でも同情の心から涙を流すこともあることから生まれた句で、古くから伝えられている言葉でもあります。それは江戸時代までさかのぼり庶民から恐れられていた悪代官でも年貢の取り立てに情をかけたり高利貸しが憐れみの心で証文を破ったりとの時に江戸庶民から「鬼の目にも涙」と言われていたそうです。 元々は悪代官などの悪いイメージのある方を鬼としていましたが、現代では悪い人でなくても怖い人や厳しい人を鬼として使うこともあります。 例えば、 「部活な監督はいつも厳しくて怖い人だったけど、自分たちの引退試合で負けた時は涙ぐんでいたなんてまさに鬼の目にも涙だね。」 「昔は周りにも恐れられているような親だったけど母親が亡くなった時は涙をみせていた。鬼の目にも涙だな。」などと言った使い方が出来ます。 このように鬼の目にも涙の鬼とは現在では冷酷で無慈悲とまではいかなくても怖い人、厳しい人であれば鬼と表現することもあります。どんな人でも涙をを流すことはあるということですね。

Continue reading...

海千山千

【漢字】海千山千 【読み】うみせんやません 【意味】長い年月の経験で裏の事情まで知り尽くしている。したたかである。 【例文1】海千山千の政治家が私的の経費流用問題をうまく切り抜る。 【例文2】海千山千で帳簿を改ざんする。 【例文3】利用できるものは海千山千でも利用する。 「あいつは海千山千だから一筋縄ではいかない」とか、「あの社長は海千山千だから用心したほうがいい」というように使われる海千山千。 人生経験が豊富でものごとの表も裏も知り尽くしているため、したたかである様子を表現した言葉ですが、そこには「悪賢い」というニュアンスが含まれています。つまり、この言葉はネガティブな意味で使われると考えていいでしょう。 相手に対して、「あなたは経験豊富だから、さぞ海千山千でしょう」とほめ言葉のように使うのは誤りなわけです。 ところで、多くの人がよく使う言葉ではありますが、どうしてこの言葉にそのような意味があるのか、言葉の由来を知っている人はそう多くはないのではないでしょうか。 これは、「海に千年、山にも千年住んだ蛇は、龍になる」という中国の故事に由来しているとのこと。それだけの経験を積めば、確かにしたたかになるに違いありません。 人生長く生きていると様々な事が身に付いてきます。裏社会の事情にも詳しくなっていくのは自然な事でもあります。それを使うか使わないかは別として、なる者は裏事情を利用してずる賢くもわれるわけですね。法に触れない程度の事は私もしていないと言えばウソになります。もう今の街に住んで40年になります。年長の住民さんとの付き合いも長いことですし、町内会ではかなり優遇してもらっております。 学校事務の仕事をしていた時、出会った人たちは職場に独特の適応をしている方々がいらっしゃいました。 当時私の採用された県の小中学校の事務職員は非常勤の職員を除いて原則として、各学校に一人配置です。新規採用のときから一人で仕事をし、一人で感情労働で疲弊した教員たちの相手をしなければなりません。 大きな学校は事務職員が二人いる場合もあるのですが、私が新規採用のとき配属された学校もそういった学校の一つでした。 50代のベテラン事務職員といっしょだったのですが、この方が普通と言えば普通なのですが、ちょっと変わっていました。飲み会大好きで、声が大きく、口は悪いが、見ようによっては愛すべきキャラで、人生経験の浅い自分には魅力的に見える部分もありました。そう思い続けていたものの、なにかうまくいきません。いつまでたっても分かり切ったことを事細かに説明されるし、黙って仕事をしていると不安がられイライラされるし、他の職員の自分への当たりも変です。 その方は頭があまりよくないようでしたが、それをカバーするために私を貶めることを吹聴されているようでした。私が悪いのかなと思うように仕向け、本人にわからないように悪い噂を流すワザはとても自然でまさに海千山千、今にして思えば前近代的な雰囲気の学校を長年一人で渡ってこられた方のある意味生きる力だったのだなと、思い出します。

Continue reading...