tedukurikotoba (2563)

目に触れる

【漢字】目に触れる 【読み】めにふれる 【意味】自然に目に付く。 【例文1】スーパーで値引きシールが目に触れる。 【例文2】情報源が豊富で旬なものが目に触れる。 【例文3】おやつを子どもの目に触れる所には置かない。 最近の若い人たちには欲がないという話をよく聞きます。自分たちが若い頃はお給料を使い果たすくらいの勢いで、休みがあれば旅行に行ったり、スキーなどのレジャーに行ったりしていました。寸暇を惜しんで遊んだと言った感じでした。「あれがやりたい!これが欲しい!」といった欲がたくさんあってそのために仕事を頑張っていたところもあります。多分最近の若い人は堅実なのだと思います。きちんと仕事をしてきちんと貯金する。何も残らないことに対してお金を使わないといった感じだとおもうのです。 一時期私も子育てをしていた時期は物欲に駆られている暇がなくて、自分のことはさておきでお金を子どものために使っていました。いざ子育てがひと段落して自分のために時間とお金を使えるようになったのは良いのですが、すっかり欲がなくなってしまったのです。無駄にお金を使わなくていいのでそれはそれに越したことはないのですが、なんていうか生活にハリがなくてつまらなかったです。 しかし最近はまた服や時計など「アッこれ欲しいな!可愛いな!」と思うものが出てきました。ショッピングにいくと自分が目を付けたアイテムにばかり目が触れるようになりました。例えば緑色の服が欲しいとなると不思議と緑色の服や小物に目が触れるようになります。自分のアンテナというのでしょうか?不思議な現象だと思います。

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無病息災

【漢字】無病息災 【読み】むびょうそくさい 【意味】病気をせず健康である。 【例文1】母は自転車を毎日こいでいるので、足腰も強くまさに無病息災だ。 【例文2】栄養のバランスを摂り無病息災だ。 【例文3】家族の無病息災を願う。 毎年9月を過ぎるとお店に秋冬物が勢ぞろいしてダイレクトメールにはクリスマスケーキやお節などの写真が目立つようになってきます。冬から夏にかけては何となく長く感じるのに暑い夏を過ぎてちょっと涼しくなりかけた秋から年末にかけてのスピードがとっても速く感じます。時間の立つスピードって本当にいつも一緒のスピードなのかなって不思議に思います。後半がともかくとても時間が経つのが早く感じるのは年をとってからの時間の経ち方でも同じことが言えると思います。10代の頃の1年間と40代の今の1年間の立ち方、そのスピードはまったく違います。今は5年が一束になって過ぎていく感じがします。なぜそのように感じるかは色々な説があるそうですが、自分が経験した時間の長さとを相対的に見て1年の時間が決まるからという説明が一番納得がいきました。 なので秋がくるとまたすぐお正月なんだろうなと思ってしまうのです。そして初詣です。子どもが受験のころは合格祈願のお願い事そ1番にもっていきましたが、例年ですとやはり家族が健康でいられますように、無病息災を願うことが多いです。結局のところこの無病息災でいられることのありがたさを毎年のようにしみじみと感じるからだと思います。

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身に余る

【漢字】身に余る 【読み】みにあまる 【意味】自身にふさわしくない、自分の立場を超えるくらいの喜びを恐れ多い気持ちを表す。 【例文1】新人ながら、このような賞をいただき身に余る思いでございます。 【例文2】若いのに結婚の許しをもらえて身に余る思いだ。 【例文3】美人の彼女が出来て身に余る思いだ。 自分のしたことが評価されると、ものすごく嬉しく思います。わたしはブログを書いているのですが、アクセス数が上がるとテンションも上がりますね。 ただの数字かも知れないけれど、わたしからすれば大切な評価です。こんなに大勢の人が、わたしの文章に共感してくれている事実が嬉しい。まさに、身に余る光栄です。ありがたいことですよ。 学生のころ、わたしは地味で目立たない生徒でした。なんにもせずに座っているだけ。空気と言えばいいのでしょうか。要するに居るのか居ないのかハッキリしない生徒だったんです。 自己主張をしないため、褒められた経験はほとんどありませんでした。ほかのクラスメイトがうらやましかった。素直に「先生、褒めて!」と甘えられる子を見て、嫉妬していました。 ブログを始めたのは、学校を卒業して、成人してからです。とにかく評価が欲しかった。誰でもいいから褒めてほしかった。ブログを書けば、みんなに認めてもらえるような気がしたんです。 最初は上手くいきませんでした。でも、何年も継続していくうちに、文章スキルも上達していき、読んでくれる人も増えていきました。もしかしたら、そのなかに同級生が居るかも知れませんね。 おとなしくて、いじめられていたのですが、これで見返せたでしょうか。少しでも「やるじゃん」と思ってもらえたら、わたしは本望です。

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満面朱を注ぐ

【漢字】満面朱を注ぐ 【読み】まんめんしゅをそそぐ 【意味】怒りで顔が真っ赤になる。 【例文1】彼は怒りで興奮すると満面朱を注ぐ。 【例文2】夫の借金問題に満面朱を注ぐ。 【例文3】浪費癖に満面朱を注ぐ。 満面朱を注ぐ経験をしたのは20歳の時で、後にも先にも、その時のような恥ずかしい体験はしていません。 当時付き合いたてだった彼女と、2回目のデートをした時にファミレスへ行き、食事をしていたらお腹が痛くなったのでトイレに行きました。その後、トイレから席に戻る途中、周りのお客が私の事を見てくるので、何だろう?と思っていました。 気にしないで彼女がいる席に戻ると、彼女が真っ赤な顔をして後ろ!と言うので、振り返るとトイレットペーパーがジーンズに挟まり、トイレから席まで繋がっていました。 それを見て満面朱を注ぐ状態になり、急いでトイレットペーパーを巻きながら、トイレまで向かいました。 トイレから紙が切れないで、席まで繋がっていたのも奇跡ですが、周りの人は大笑いをしていて、とても恥ずかしい思いをしました。 付き合いたての彼女に、恥ずかしい部分を見せてしまったので、嫌われてしまうか心配しましたが、その一件がお互いの緊張をほぐすことになって、かえって仲良くなれました。 良い面もありましたが、2度と体験したくない事件です。 職場には様々な人間がいますよね。 彼ら全員ががあなたに微笑みを向けて優しく接してくれればいいのですが、もちろんそんな都合のいい職場はおそらくないと思います。 気難しいやつ、引っ込み思案なやつ、変に偉そうなやつもいれば、妙に警戒心の強いやつ。 そんな奴らともコミュニケーションをとらなければなりません。 そんな時こそ!ちょっと難しいけどめっちゃカッコイイ言葉を使って「なにこいつできるやつ!?」感をだしちゃいましょう! こういう場面に遭遇した時はこの言葉を使うんです。 ひゃあー。同僚がミスして上司に怒られてるよ。うわっ。落ちこんだ同僚にOLちゃんがお茶をこぼしちゃった!しかも股間だけがびっしょびっしょ!それだけじゃなくて、みんなが視線を注いでいるあいつのチャックは全開だ!恥ずかしくて同僚は顔が真っ赤だぞ! こういう時はこの言葉を使おう。 その同僚を遠目に見て、独り言をつぶやくようにこう言ってやれ! 「ふっ、あいつ・・・・・・満面朱を注いだような顔をしてやがる・・・・・・」 決まった! こんなこと言うやつただものじゃねえ! 周りの同僚達は1目置いて、OL達はその瞬間君に一歩寄ってきて、部長は君を課長に推薦するはずだ! さあみんなも使ってみよう! 「あいつ・・・満面朱を注いだような顔をしてやがる・・・・・・」

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文武両道

【漢字】文武両道 【読み】ぶんぶりょうどう 【意味】勉学とスポーツの両方が優れている。 【例文1】文武両道を目指す。 【例文2】進学校に通いながら国体出場だなんて文武両道だ。 【例文3】文武両道は大変だ。 もうすぐ8歳になる息子は、大のサッカー好きです。あえて好きにさせたところもあり、1歳の誕生日に小さいサッカーボールをプレゼントし、いつも公園に行ってはボール遊びをさせてきました。実は夫が学生時代にサッカーをしていたので、息子にはできれば選手レベルになって欲しいと願っています。ただし強制すると逆に嫌がるようになる例もあるので、自然に気が付いたらサッカーだ大好きだったという風にしたいね、と1歳からじわじわと用意していた感じです。ただし、私の望みは文武両道。いわゆるスポーツバカにはなってほしくありません。夫は、今の世の中は何かに秀でていればそれでよし、サッカーに秀でていれば学校の成績なんてどうでもよい、という考え。でも母親としては、学校の成績もできればトップクラスで、かつスポーツ万能だったり、何かのスポーツに秀でている、というのに憧れるわけです。女性はそういう男性を好むからなのかも知れませんが。学業とスポーツの両立、これは学年があがるにつれて、ますます難しくなると思います。既に息子は宿題が嫌いで、とにかく学校から帰ったらおやつを食べて外でボールを蹴りたがるくらいサッカーにはまっています。憧れの文武両道、夫婦の中での統制がとれていないと息子も困ると思うので、一度ちゃんと夫と話し合わないといけないと思っています。 学生時代、部活動で弓道に打ち込んでいたのですが、高校と大学では大きく異なることがありました。それは、自分で練習時間をコントロールする必要性に関することです。高校では、勉学つまり授業に出ることが重要で、部活はその次という考え方が当たり前でした。ですから、授業をサボって弓道の練習をしている生徒はいませんでしたし、もしいたら先生に呼び出され注意されていたことでしょう。あくまで、授業外の時間を自分でやりくりして練習するという考えを誰もが持っていました。ところが、大学では授業に出ようが出まいが、全ては自己責任です。弓道に打ち込み過ぎて、出るべき授業に出ずに道場にこもる先輩がいました。練習時間はいくらでも確保できますので、弓道の腕は確かに上達します。でも、本当にそれでいいのだろうかと思いました。そこで浮かんだのが文武両道という言葉です。 限られた時間の中で、いかに集中して練習するかということが大事なのではと感じました。やるべきことはやったうえで、弓道にも精を出す。それこそが目指すべき姿なのだと思います。実際、弓道に打ち込み授業をおろそかにした先輩は、留年していました。これでは文武両道とは言えません。自分で自分の生活をコントロールすることも、武道を志す者としては重要なのです。 私が通っていた高校は、地元ではそれなりに名の知れた進学校で、スポーツも盛んだったので自他共に「文武両道」をうたっていました。 学生時代も卒業してからも、母校を聞かれてその高校の名前を答えると、「文武両道で素晴らしいね」「〇〇ちゃん文武両道なのね」といつもうらやまれたり褒められたりしました。 でも私は、そう言われるたびにいつもつらく気まずい思いをしていました。なぜなら、私自身は文・武ともにまるっきり苦手だったからです。受験の時は補欠合格でなんとか入学できましたが、授業には全くついていけず成績はいつも下から数えた方が早いほど。毎日ちゃんと授業には出ていたのですが、サボりがちな不真面目な同級生に混じって、補習を受けるのが毎回のことでした。部活も、初めは張り切ってバスケット部に入りましたが、補欠にすらなれず早々に退部。一応美術部に籍だけ置いて、なんとなく過ごす日々でした。 「文・武どっちもなんて贅沢は言わないから、せめてどっちかだけでも得意だったらなぁ」といつも思っていましたが、世間ではそんな風に見てくれません。みんな好意で言ってくれているのは分かっていましたが、実際の自分とのギャップにいつも鬱々としていて、今でも「文武両道の…」と自分から言う人にはちょっと苦手意識を持ってしまいます。

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