tedukurikotoba (2563)

四方八方

【漢字】四方八方 【読み】しほうはっぽう 【意味】ありとあらゆる方向・方角。 【例文1】噂が四方八方にすぐ広まる。 【例文2】犯人グループが四方八方に逃げる。 【例文3】GWは四方八方から集まる。 蜘蛛の子を散らすという言葉の意味は、大勢が一斉に四方八方へと散って逃げ出す、という意味です。 子どもの頃から、本を読むのが好きだった私が、この言葉に初めて触れたときのことは覚えていませんが、意味を知ったのは、それから大分時間が経ってからのことだったと思います。 その意味を初めて知った時点でも、私はまだ蜘蛛の子を散らす状態というのが、正確には想像できていませんでした。 何しろ、蜘蛛の子が散る様子を見たことがないので、仕方ありません。 それから数年が経ち、窓掃除をしていたら、隅に蜘蛛の糸が固まったような塊を見つけました。 何の気なしに雑巾で取り除こうとしたら、その塊を潰してしまったらしく、 中から小さな蜘蛛がたくさん現れ、散り散りとなって逃げるではありませんか。 その数の多さと動きの速さに、思わず鳥肌が立ちました。 逃げ遅れて窓の枠などにしがみついている蜘蛛の子を、雑巾で窓の外に払い落としながら、 「これが蜘蛛の子を散らすということか…」と、しみじみ納得したことをよく覚えています。 夏の朝には、夜の間に一生懸命張った巣をことごとく払い落とされる蜘蛛が、ときどき気の毒になります。 しかし、散り散りに逃げた蜘蛛の子の数を思い出すと、 我が家に巣を張る蜘蛛の一匹や二匹を気の毒がっても、蜘蛛全体にはなんの影響もない、とも思ってしまいます。 毎年秋の敬老の日あたりになると私の町の近所の神社で秋祭りがあります。東京23区外ですが、一応東京都でこういった昔ながらのお祭りが続いているのです。一日目は子どものおみこしが町内を練り歩きます。少子化とは言いますが、結構な人数の子どもたちがおみこしを担ぐ姿は毎年見ていて微笑ましいものです。神社の境内には小さいながらも食べ物屋さんや射的、輪投げなど簡単なゲームを楽しめるところがあります。毎年このお祭りの目玉はビンゴゲームです。一等商品が結構豪華でその年にみんなが欲しいであろう家電や自転車などが景品になります。景品が豪華なので他の町からもビンゴ目当てで大勢お祭りに遊びに来てくれます。なのでお祭りの経費は全て町内会から出ているのですが、一等商品を当てるのは他の町の人というパターンになっています。それでも神社に沢山人が集まってくれて楽しんでもらえるならと毎年町内会主催でお金を出してお祭りは続けられています。 ただ一つちょっと心配りをしてほしいなと思う事があります。たった二日間とはいえカラオケやビンゴゲーム、盆踊りの音が四方八方に響き渡ります。せめて神社の近所の人には「お祭りでご迷惑をおかけします」のご挨拶があってもいいのかな?とちょっと思ってしまいます。四方八方周りの人への気配りって大切だと思います。

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心を込める

【漢字】心を込める 【読み】こころをこめる 【意味】誠意がある。愛情がある。 【例文1】心を込めて両親に贈り物をする。 【例文2】心を込めて彼氏に手料理を作る。 【例文3】心を込めてマフラーを編む。 心を込めると簡単に言うと、愛情や配慮や願いや祈りの気持ちを含ませるということらしいです。 人って心がこもっているものか、または表面上のものなのか、なぜだか分かりませんが見破ってきます。 特に料理というのは、同じ食材を使って同じように調理したとしても好きな相手を思って作るのか、または嫌いなことを思って作るのかで味が変わってくるのが不思議ですよね。 私も昔はよく、母親が怒りながら作った料理はおいしくないなと感じていました。 なので料理人というのは大変な仕事だなと思うのです。 人には感情のムラがあるのが普通で、腹が立っているときもあるし浮足立った気分の時もあると思うのです。 気分のいい時は人に美味しいものを食べてもらいたいと思いながら作れますが、気持ちが下がっている時でも、毎日のように沢山の人にある一定以上の美味しさのものを提供するというのは大変なことだと思うのです。 気持ちってコントロールしようとしても、できないことも多いです。 その中で、料理に集中するというのは凄いことですよね。 少しでも、嫌なことに意識が向いて料理をしてしまったら不味いものができてしまってはお店の信頼に関わってきますからね。 なので、いつも美味しいものを提供するというのは簡単そうですごく難しいことですね。

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首をひねる

【漢字】首をひねる 【読み】くびをひねる 【意味】疑わしく思って考えこむ。納得していない様子。 【例文1】会社の指示に首をひねる。 【例文2】経営方針に首をひねる。 【例文3】反対意見で首をひねる。 私の上司はリーダーシップも発揮して素晴らしいところもありますが、ときどき変だなあと思うところもあります。ある書類を作って確認をお願いしたのですが。見ておくと言ってそのままです。首をひねります。また、自分の思い通りにならないと急に声を荒らげて怒ることもあり、首をひねることも多々あります。私が思うには昔の会社の上司はそれで良かったのですが、現在の上司像は何があっても声を荒らげたりしてはいけません。全く単純な人です。首をひねります。時には自分の仕事がないのでしょうか。にやっと笑いながらオヤジギャグを連発することがあります。思わずこっちは必死で仕事をしているのに首をひねる状態です。よく分析していますが、この上司はお天気やかも知れません。上司は常に冷静沈着出なければならないと思っていますので、私の上司像からはかけ離れています。一番嫌なのはさっきまでは機嫌が良くても急に人が変わったように怒り出すことです。こちらも人間ですから腹が立ちますし、本当に蹴りの一つでもいれてやりたい気持ちになります。ぐっと私は我慢をしています。全く首をひねる上司です。

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奇想天外

【漢字】奇想天外 【読み】きそうてんがい 【意味】普通では思いつかないような発想。 【例文1】子どものアイディアは奇想天外だ。 【例文2】奇想天外が採用される。 【例文3】奇想天外が大ヒットする。 私は人誰かと会話をしている時の発言が、予測をしていなかった方向から答えがやってくると言われたことがあります。 それは奇想天外な答えになってしまうということなのだと思います。 私自身はそういう意識は全くないのですが、どうしても物事を多角的に見てしまう傾向があります。 その為、どうしても考え方がノーマルではなく、マイノリティーな方向へ行ってしまうようです。 その考え方が役に立つ時もあります。 世の中は見えない常識のようなものがあります。 しかし、時にはその常識の枠にとらわれていると、物事に行き詰まりを感じてしまい、先に進めなくなってしまいます。 それを打破するためには、見えない常識の外側から物事を見る必要があります。 今当たり前だと思っていることは、もしかしたら数年後には全く違う常識になっていてもおかしくはない時代です。 奇想天外な発想が問題解決に繋がり、世の中を変えていくことがあります。 私はデザインを勉強していたこともあり、今の常識にとらわれない新しい発想が大切だということを学んできました。 その影響もあり、自分の中では奇想天外なことは良いイメージに捉えられています。 自分の中の奇想天外なイメージが、今後何かに役立つのであれば、それはとても幸いなことだと思っています。 近所に新しいお店がオープンしました。看板などが一切無く、全面ガラス張りで店内が見えますが、何を売っているか全く分かりませんでした。 しばらくしてから分かったのですが、そのお店はパン屋さんで奇想天外な販売スタイルをしていることから、最近地元では話題になっています。 奇想天外の販売スタイルとは、一般的なパン屋さんの場合、複数のパンが棚に並び好きな商品を選んで購入しますが、そこのお店は陳列は一切無く、カウンターでオーダーするシステムになっています。 その為、外から見てもカウンターしか無いので、何を販売しているお店か分かりません。 オープンしてしばらくの間は、何屋さんか分からないだけにお客もいませんでしたが、少し期間が経過すると店内には複数のお客が居て、賑わうようになっていました。 どんな感じか興味があったので、試しに先日行ったところ、販売しているのは食パンかベーグルだけで、カウンターで注文すると奥のキッチンから商品を持って来ます。 価格は、他のパン屋さんと比べると少し高めですが、食パンやベーグルはもっちりしてとても美味しかったです。 看板や広告など一切使用しなくても、商品力があれば口コミで広がり人気店になる、という典型的なパン屋さんです。 何でも揃う時代なので、奇想天外なことをしないと成功しないのかなとも思いました。

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固唾を呑む

【漢字】固唾を呑む 【読み】かたずをのむ 【意味】緊張しながら、動向を見守る。 【例文1】PK戦を固唾を呑みながら祈る。 【例文2】合格発表で固唾を呑む。 【例文3】勝者の行方はビデオ判定で固唾を呑む。 今までに見た一番面白かった映画を語るときには、どうしても幼いころに見た映画のタイトルが出てきてしまいます。 子どもの頃は見るものすべてが新鮮で、映画においても主人公の行く末を固唾を呑むように見ていたものですが、だんだんと大人になり社会の裏側が見えてきたり、経験を積んでいくことで新鮮に見えることが少なくなったことで、どんな映画を見てもあの頃のような感動ができなくなっている自分に悲しさを覚えることもあります。 それは自分がつまらない大人になってしまったからなのか、単に近年では名作と呼ばれるような映画が少なくなってしまったのかは定かではありませんが、日本映画のガラパゴス化は気になるところでもあります。 話題性だけを追い求めた商業至上主義の日本映画が隆盛したことで、日本映画の多くは国内のみで消費され本当の意味での名作映画が少なくなっているように感じます。 この風潮は自分が最も映画を見ていた学生の頃から危惧されていましたが、その頃と比べてもオリジナル脚本の映画が減り、漫画原作の映画が主流になりつつある現在の日本映画界を見渡すと、今になってその意味がようやくわかった気がします。 日本で評価されるためには外国の映画賞をとらなければならないという矛盾も、現在のゆがんだ映画界が表れている気がします。 子供が活動している姿を見るときに、固唾を呑んで見守る事があります。 そもそも、固唾を呑むという意味合いは、ことの成り行きを案じて様子を見守ることをいいます。 例えば、幼稚園や保育園に入園し、最初の運動会やお遊戯会などを見るときには、上手くいって欲しいことを願って見守ることがあるかと思います。 見守るだけで、手出しはできませんが、なんとか上手く成し遂げて欲しい際には色々と気を使うものです。 また、スポーツの場面において、チャンスである状況でことの成り行きを案じることもあるかと思います。 野球において一打逆転の場面や、このバッターを抑えれば優勝する場面、あるいは記録更新といった場面などが、事の成り行きを案じるのではないでしょうか。 この様に、固唾を呑むという状況は、その場面において惹きつけられる場面であり、興味を持っている状況です。 特に成り行きを気にしていないならば、唾を呑んでじっくりは見ません。 私が固唾を呑んだことは沢山ありますが、一番思い出深いのが、子供が幼稚園の運動会で、組体操のピラミッドで一番上に登るシーンです。 初めての大掛かりな組体操でしたので、怪我をしないかとか頭をよぎりましたが、じっと固唾を呑んで見守り、成功したことがわかると感動で涙がでました。

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