tedukurikotoba (2563)

手足を伸ばす

【漢字】手足を伸ばす 【読み】てあしをのばす 【意味】ゆっくり休む。 【例文1】温泉にでも入って手足を伸ばしてこよう。 【例文2】両親に手足を伸ばしてもらうように温泉旅行をプレゼントした。 【例文3】旅館で手足を伸ばす。 長年、私が好きな言葉に、手足を伸ばす、というものがあります。 いかにも、伸びやかで、いかにも寛いだ雰囲気の漂うなかなか素敵な言葉です。 そして、憧れていながら、今日という日まで、なかなかできていないこと、 それは、この言葉を人に掛けることです。 そもそもこの言葉は、心からリラックスした状態をいうのですから、簡単には使えません。 大人になると、人はそうそう、リラックスできるものではありません。 ましてや、目上の方に、手足を伸ばしてください、などとは言えません。 そういう私はかつて、お世話になった短期滞在のお宿で、お宿の主からこう言われたことがあります。 「ここをあなたの実家だと思って、どうぞ手足を伸ばして寛いで生活してくださいね」。 こう言ってもらったときの、何とも言えない、気恥ずかしいような嬉しいような、そういう心持を、今でも覚えています。 大人になると、いえ、大人でなくても、実家だから手足を伸ばすというのは実は恵まれたラッキーな人だと思います。 でも、手足を伸ばすと誰かに言うとき、「ご実家だと思って」と添えられる場面は、多いものです。 「手足を伸ばして寛いでくださいね」。そんな言葉を掛けることができて、 なおかつ、そういう場所も、同時に提供できる自分になりたい。 これは私の目指す姿なのですが、この言葉を使うときに、「ご実家」を添えられるかどうかは、まだ、答えが自分の中でも出ていません。 ここのところ、若者を初め、居場所については、小さな子も、ご高齢の方も、本当にさまざま苦悩も抱えている人が多いと、毎日のように耳にします。 そんなことを思うと、 「一人旅に来た。手足を伸ばして心から楽しむぞ。」そんな使い方が、一番、誰にとっても良いのかなと、思います。 「手足を伸ばす」。やはり、心地よい言葉です。あなたは、この言葉を、どんな場面で、誰に使ってみたいでしょうか。

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終のすみか

【漢字】終のすみか 【読み】ついのすみか 【意味】最期を迎える時に住むところ。 【例文1】高齢の母の終の棲家を自宅にするか施設にするか考える。 【例文2】終のすみかは長男夫妻と孫たちに囲まれて過ごすと決めている。 【例文3】独り身で終のすみかが不安だ。 「終のすみか」とは人生の終焉を迎える場所のことです。円地文子の「終の棲家」という小説の題でこの言葉が知られるようになりました。昔は「終のすみか」などと考えずとも、大抵の人は今住んでいる場所であったわけです。では「終のすみか」が話題になってきたのはどうしてでしょう。それは日本人のライフスタイルの変化です。江戸時代は江戸の町を支えるために男手がたくさん必要で、独身の男性が長屋などに住んでいても、長屋に住む者同士で助け合い、病気になれば看病し、亡くなればみんなで協力して葬式をあげることが当然でした。時代は移り、第二次世界大戦後の高度成長期、黄金の卵と呼ばれた地方の子どもたちが集団就職で都会へやってきて、所帯を持って団地に住み、同時に核家族化が進みました。その彼らが年老いて団地も老朽化してきた現代、核家族で育った子どもたちはやはり核家族で暮らしているか、独身のまま単身で暮らしています。少子高齢化も進み、老人性認知症や、老人世帯の増加など今まで想定してこなかった新たな局面を迎えています。子どもにいろいろな事情で頼れない、頼りたくない高齢者。それでも身体機能は衰えるので独居は無理になっていきます。そこで「終のすみか」を考える事態になるのです。身体が不自由になった時、介護の担い手はどうするのか、子どものところで同居させてもらうのか、施設に入居するのか、それとも今の自分の家で最期まで踏ん張るか。そういう選択を迫られる時代になったということです。誰しも必ず迎える老年期。あなたは「終のすみか」をどうしますか? 今の時代、これからの時代には自宅を終のすみかにする人はどの位いるものなのでしょうか。 少し前の時代であれば、割と同居している世帯も多かったので介護の心配や身体が少し不自由になったからといって施設に入る事も今よりは大分少なかったと思います。 ですが、今は同居している家庭はあるものの、お嫁さん世代にはあまり同居に積極的な方は少なくなり、さらにお姑さん世代も子どもたちの世話にはなりたくないと言っている方もも割合多くいます。なので、マイホームを持っていながらも年齢を重ねていくにつれ、老人ホームなどの施設を終のすみかにしようと考えている方の数は思った以上に多いようです。 私の祖母もその一人で、旦那さんである祖父が亡くなってからまだまだ元気ではありますが、自宅ではない施設を終のすみかにと考えているようです。 ご夫婦共に健在でも老老介護を避けるために早めに施設を探している方もいると話を聞いた事もあります。 最期までマイホームで過ごす場合も、どこか施設に入る場合にしろメリットもデメリットもあります。 マイホームの場合は一番リラックス出来、安心して過ごす事が出来ますが老後にはある程度は家に手すりなどを付けたりなどのリフォームが必要になります。 そして、家事は食事などの必要最低限は最後まで必要になります。 施設の場合は、どういった施設を選ぶかにもよりますが、最低限の生活は保証してもらえます。自分で自分の事をする所もありますが、一人きりではないので何かあっても対処はしやすくなります。 ですが、それには当然の事ながら費用がかかります。選ぶ施設によってピンキリですが、充分に蓄えがないと厳しくなります。 どちらにせよ、なるべく自身が安心して過ごせる終のすみかを早い内に考えて決めておきたいですね。

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知恵を絞る

【漢字】知恵を絞る 【読み】ちえをしぼる 【意味】あれこれ一生懸命考える。 【例文1】知恵を絞って考えた作品が完成した。 【例文2】意中の彼女を落とすためにあれこれ知恵を絞る。 【例文3】デートプランを知恵を絞って考える。 知恵を絞るとは真剣にアイディアを出すことです。 私も知恵を絞って毎日マイホーム貯金のために節約しています。 夫と結婚して3年。子どもはまだ2歳です。教育資金がかからないうちにマイホームを持つのが目標です。35~40坪くらいでもかまいません。とにかく子どもが伸び伸び暮らせるマイホームがほしいのです。元気いっぱいの男の子ですから、駐車場1台分の横の小さなスペースにブランコを設置して遊ばせたいのです。 日常生活ではお風呂の残り湯は洗濯に回すのは基本のこと、知恵を絞ってラインポイントをためてコンビニカードに移行する、スーパーへは18時以降の値引きセールはもちろん、5倍10倍の時が狙い目です。冬はエアコンからコタツに切り替えリビングで過ごす。夏は就寝時間は快適に過ごすため、クーラーを付けたり消したりしない。これは1時間不在だからといって消してしまうと逆効果だと知恵を付けたからです。こうして1年で80万貯めました。乗用車から維持費が安い軽自動車に乗り換えたのが一番の節約でした。頭金まであと220万がんばります。 知恵を絞るということばありますが、どうせ絞るならば、良いことのために絞りたいものです。人生というものは、生きるほどに、感動と共に、避けられない、悲しみにも遭遇するものです。最愛の親族との永遠の別れなども、そのうちの一つです。その悲しみに、あまりに深く捉えられてしまうと、つい、ネガティブなことを考える習慣がついてしまって、良いことのために知恵を絞るということを、つい、だんだんと忘れがちになるものです。 さて、では、良いこととは何でしょうか。それはあなたの近くいる人を笑顔にするためには何ができるだろう。ということがあると思います。 これは、誰にでもできる、楽しく知恵の絞る一つ目的となるでしょう。例えばあなたには仲の良い友人はいますか。その人に貸してあげたり薦めてあげると大変に喜ばれる本や、音楽を、もしかしてあなたは持ってはいないでしょうか。また、例えば、あなたには仲の良い親戚はいますか。年上であっても、年下であっても構いません。その親戚が、何かに困っているという話を最近、聞いたことはありませんか。例えば、自転車に乗りづらくなってきた、とか、太ってきて困っているとか。それを解決するために、知恵を絞ることもまた、素晴らしい知恵の絞り方です。 よく、面白おかしく、「ない知恵を絞る」などど言われますが、人にはその人その人に、オリジナルな知恵があるものです。 あなただけの知恵を絞ることで、誰かときっと、今よりよい関係が築けますよ。

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大願成就

【漢字】大願成就 【読み】たいがんじょうじゅ 【意味】大きな願いが叶えられること。 【例文1】大願成就のお参りに行き志望大学に合格する事ができた。 【例文2】20代で独立する夢があり、大願成就させるためにお金を貯める。 【例文3】想い続けた彼女と結婚できて大願成就だ。 人は皆、生まれてからいろいろな願いがあると思います。小さな願い、例えばパソコンがほしいなんていうものは誰もがかなえてしまうものですが、大きな願い、大願成就できる人はいったいどのような人なのでしょうか。大願成就とは大きな望みがが神仏のご加護でかなえられることです。そういえば世の中の大物、会社の経営者、テレビに出てくる著名人は神様を信じ、毎年決まった神社に参拝する方が多いようです。本当に神様はいるのでしょうか。それは?ですね。しかし、スピチュアルな世界ではわれわれの日常は天界とつながっているといいます。この世は天の思いが反映しているものとも言います。何か悪いことをすると天につばをかけるようなものだともいいますよね。それは自分に帰ってくるものです。このように考えると大願成就する人は常に品行方正であるのかも知れませんね。また、すまた大願成就する人は目標を定めて、それに向かってわき目も振らずに努力できる精神力を持ち合わせているのでしょう。何事も諦めずに努力していたら天界につながることができるのかもしれません。また大願成就する人はすべてのものに感謝できる心を持っているのかも知れません。すべてのものに感謝できたら心の平穏が保てますので物事がスムーズに行くことができます。このように考えたら健全で目標を定めてそれを懸命に努力した場合、誰もが大願成就できるのかもしれません。 

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創意工夫

【漢字】創意工夫 【読み】そういくふう 【意味】今まで誰も思いつかなかった新しい方法を見つけ出すこと。 【例文1】発明展覧会に生徒たちの創意工夫を凝らした作品が並ぶ。 【例文2】彼は創意工夫の建築家になるのが夢だ。 【例文3】意外にも子どもの発想が創意工夫だ。 今までだれも思いつかなかったことを考え出し、それを行うためのよい方策をあれこれ考えることはとても難しいです。いわゆる「創意工夫」というものですが、教育現場でも職場でもたびたび目にする四字熟語ですね。そもそも一人の人間が思いつくことなど限られていますし、新しいことを思いついた!と喜んだとしてもすでに先人の手によって世に出ているものがほとんどです。それでも「それは思いつかなかった」と誰もがびっくりするような考えを生み出す人がたまに出てきます。彼らと私たちの違いはなんなのでしょうか。気になったアーティストの記事を読んだり作品にふれたりしているうちにふと気が付いたことがあります。それは「かれらも新しい考えを全くのゼロから生み出したわけではない」ということです。模倣とは違いますが、過去の巨匠の作品や大企業家の教え、各宗教や昔からの言い伝え。それらが巨大なお鍋のスープの中に溶け込んでそのなかから結晶のような「新しい考え」が生まれるのです。斬新だ、新しい、といわれるもの中になぜか懐かしさと既視感も混ざりこんでいるのはこういう理由なのかもしれません。 「創意工夫」に必要なものはまず自分の中の巨大なスープに色々な材料を入れ込むことであり、そこから自分の経験という料理方法によって新しいことを生み出し改善を重ねていくことなのではないでしょうか。 私が以前営業部の営業所を任されている時の話です。営業所と言っても支店の出張所みたいな小さい所でした。営業の人数も7人位なので、業績もかなり小さい規模でした。 定期的に社長や部長が見回りにくるのですが、その頃私の営業所が社内でも下の方の成績だったので、社長が来る度に喝を入れられていました。ある日部長が見回りに来て、帰り際にお前は創意工夫が足りないんだと言い残し帰っていきました。その時はしっくりこなかったのですが、暇な時考えていたらなんだか部長の言いたい意味がわかりました。 業績が上がらないのなら、営業の人数を増やしてレベルアップをはかれば良いのかと思いました。今迄は、社長の指示通りの予算に合わせる為に人件費はいじらなかったのですが、会議で社長に業績アップを目的とした営業の底上げをするので、人数を増やして良いか提案しました。却下されると思っていたら、すぐに許可されました。 会議が終わり、本社から帰ろうとしたら部長に呼び止められて、それだよ!そういう発想が大切なんだと言われました。 私の考えた創意工夫の結果は大きく出ませんでしたが、前に出る為の解決手段にはなりました。今でも創意工夫は頭に置いて、日々仕事をしています。

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