tedukurikotoba (2563)

月に叢雲、花に風

【漢字】月に叢雲、花に風 【読み】つきにむらくもはなにかぜ 【意味】名月に雲がかかって見えない、風が吹いて花が散るようにいい事、楽しいことは邪魔が入りやすい。 【例文】図書館で勉強していたら騒がしい高校生たちがやって来た。月に叢雲、花に風で迷惑だ。 【例文】デートの時に限って残業で月に叢雲、花に風だ。 絶好調のときほど用心しなければならないとよく言われます。 スポーツ選手などでも去年まで絶好調だった選手が今年になって突然調子を落としたり、怪我で調子が取り戻せなくなることもあるからです。 クリエイティブな職業の場合は、良いものが出来てしまうと次回作るものに思い悩んでしまうこともあります。 芸能界においても名前が知られるようになった有名人は妬まれることも多くなり、周りのことを嗅ぎまわられスキャンダルが出ることもあり、成功者は孤独だという話しも聞きます。 「月に叢雲、花に風」という言葉がありますが、もともとは月でも花でもなかった人が突然目立つようになってしまい、環境の変化に戸惑ってしまうこともあるようです。 月は目立つ存在であるからこそ雲に隠れた際にもそれを意識されやすく、花もまた同様に風が吹くことで散ったことを意識されてしまいます。 春になると咲き誇る桜などは同時に吹き荒れる風のせいですぐに散ってしまうことからもそれが言えると思います。 これらのことからも目標や夢を達成することよりも、それを維持し続けていくことの方がよっぽど難しいことのように思えるのです。 そして同時に、そのときにしか見ることのできない儚いものだからこそ、美しいものはより美しく見えるのかもしれません。

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血が上る

【漢字】血が上る 【読み】ちがのぼる 【意味】カーッとなる。激怒する。興奮する。 【例文1】彼は反論する時、興奮して頭に血が上る。 【例文2】彼は血が上ると何をしでかすかわからない。 【例文3】頭に血が上ると危険だ。 家族仲がとても悪くて、家族の1人から私は狐つきだと言われて霊能者のような人に相談に連れて行かれるほど、私は自分の殻に閉じこもる偏屈な性格で昔からクラスメイトと言い争いになる事ばかりでした。人生で何も上手くいかない事ばかりが積み重なっていたせいか、私は非常に短気でイライラして頭に血が上る事が多かったです。クラスメイトにも家族にも私の理屈は通っていても屁理屈だからと言われて苦しかった。学校でも相手が私の態度にイライラするというので真剣に考えて理屈で言い返しても相手は私の話が長すぎて要点を得ないし覚えられないと返答されたり、屁理屈だと怒鳴りつけられたり、お互いに憎みあい、頭に血を上らせているせいで話が噛み合わなくなるばかりでした。 私が素直に言う事を聞かないので先生に私が悪いという部分だけを抜き出して説明されては、私が先生に「相手が私の言い分を省略して事情説明しています」と激高して、相手に自分の話を聞きもせずに無効にされたり屁理屈だという理由を全部味あわせて恨みを晴らしてからでないと、先生が仲裁してくれても相手の言い分は聞かないと主張して、仕方なく相手が先生の前でだけ私の話を聞かなかった事を謝っては、私は嘘の謝罪だと疑って罵るので、先生が時間が無いので仲裁を打ち切っても、またしても言い争いになり、私がいつまでも屁理屈よわばりされた事を根に持つのです。相手は過去の事は忘れたから持ち出すなと言うので、話がいつまでたっても解決しない。という負の無限ループを形成し続けるばかりで辛かったです。

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大言壮語

【漢字】大言壮語 【読み】たいげんそうご 【意味】威勢よく大袈裟に言う。 【例文1】彼は大言壮語だから本気にしない方がいい。 【例文2】大言壮語のわりには先輩を前にするとへっぴり腰だな。 【例文3】大言壮語の手前、失敗はできない。 大言壮語とは出来そうにもない事を大袈裟に言う時に使います。 ホラを吹くと似ていますね。 わたしもたまに大袈裟に言う時があります。 例えば帝王切開で子どもを産んだ時の事です。若かったものですから、お腹を切るのが痛い、術後も痛いと聞かされていたので、初めての事で不安でいっぱいで嬉しさよりも前日は個室で泣いていました。(今更ながらわが子の誕生なのにごめん)麻酔が切れた時はまさに聞いていた通り本当に痛かったです。寝返りもできませんでした。二日目も前かがみになって点滴スタンドに寄りかかって 1歩歩くのが精いっぱいで時間をかけて歩きました。 見舞客にはこの麻酔なしで切られたみたいでものすごく痛いとみんなに言っていました。他人が聞けば大袈裟だと思うかもしれませんが、私にはそんな感じに思いました。平成10年あたりから術後の緩和がされたと聞きましたが、私は二度とあの痛みは味わいたくなかったので、二人目は自然分娩で産みました。 大言壮語を吐いては、穴があったら入りたいほど恥ずかしい負け方を晒し、ネットでもその当時の事が笑い者にされる例をあげるとドラゴンボールの有名キャラベジータです。説明不要なほど有名なフリーザと戦う前に、ベジータは不老不死にならないと絶対に勝てない!!と悟飯とクリリンを脅しまくっておいて、省略しますが不老不死になれなかったベジータ、悟飯、クリリンはフリーザと戦う事になります。戦闘力3万を超えたレベルのベジータと怒りでブチ切れると戦闘力2万以上の悟飯、この2人が1回パワーアップしただけでかなり強さを増していますが、戦闘力53万にプラスして変身するフリーザに、厳しいが勝てると自信満々に喧嘩を売ります。さっきまで目を血走らせてフリーザのヤバさを怒り心頭で喚き散らしていたのは一体なんだったのでしょうか。 そして目論見が外れて変身後フリーザに狼狽しまくるのですが、いろいろあってベジータはさらに信じられないほどパワーアップして、フリーザが後2回変身して真の姿を見せても、ベジータは先程までの怯えが嘘のように調子に乗りまくってネットで語り草になる大言壮語を長々と喋ります。いくら超強くなっても先ほどの醜態と狼狽ぶりがベジータ本人の中で無かった事にでもなっているのかと思いました。 ここからベジータはまたしても心が折られるわけですが、そこまでの台詞が笑うしかありません。噛ませ犬になるための前準備とも言える大言壮語がポンポン連発される部分は必見です。

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相思相愛

【漢字】相思相愛 【読み】そうしそうあい 【意味】お互いを想い、愛し合っている仲をいう。 【例文1】弟と彼女は相思相愛で羨ましい。 【例文2】彼と彼女は相思相愛で理想のカップルだ。 【例文3】相思相愛の仲で熱々だ。 片思い、誰でも一度は経験があると思います。片思いしている間は苦しくもあり、切なくもあり、でも楽しくもありますよね。 だけど片思いだけじゃ物足りない、好きな人と相思相愛になりたいと思うのは自然なことです。 ただ、友達歴が長かったり、緊張でうまく話せなかったり、いろいろな理由でなかなか告白ができずにいる人も多いはず。 だから告白までに「あれ、もしかしたら自分たち両思いかも?」という自信が少しでもつけば、告白の勇気も出てくるのではないでしょうか。 ただ告白せずに相手に自分を意識させて自然と相思相愛になるためには、それなりの努力がいると私は思います。 まず、相手とのコンタクトを増やした上で相手の話をうまく聞ける立場にならなくてはなりません。「この人なら何でも話せる」というポジションに持っていくためには、 聞き上手であることが重要です。相手のもっている情報をうまく引き出して、会話を盛り上げるテクニックです。 相手の好きなものや興味のあるものについて勉強したりするのが効果的ですが、一番は「悩みをきく」ことではないでしょうか。 楽しいことを共有するよりも、つらいことや一人で抱えているものを共有する方が相思相愛になっていく可能性は高まります。 相手を大事に思う気持ちや、苦しい時に支えてくれるかどうかが、男女関係なく恋愛において大きなポイントになることは間違いありません。

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誠心誠意

【漢字】誠心誠意 【読み】せいしんせいい 【意味】打算的な考えを持たず心を込めて対応する姿勢。 【例文1】お調子者で誠心誠意が見られないから信用できない。 【例文2】誠心誠意をもって妻に謝る。 【例文3】誠心誠意でボランティアに参加する。 ビジネスの場などで、「誠心誠意、努めてまいります。」ということを言う場面があります。相手に対して打算的にならず、真心をこめて対応する。という意味です。 仕事上の関係のみでなく、誠実さ、誠意をもって人に相対するということは、人間関係全般で大切なことは言うまでもありません。 しかしよく勘違いされがちですが、人の持つ「誠実さ」とは、その人の「資質」を表しているのではなく、あくまで「態度」だということです。「この人になら、自分は真心をもって尽くすことができる」と思えるような気持ちが、誠意という態度となって表れるのです。 それは相手が自分にとってどういう存在であるか、ということに尽きます。相手が自分の信用に足る人物、こちらの思いをちゃんと受け止めてくれる人物だと見込むからこそ、こちらもそれなりの態度で対応しなければならないと思わせるのです。 「やさしさ」や「思いやり」にも同様に言えることですが、人間の感情は、一般的に思われているよりもずっと「性格」ではなく「態度」を言い表しているものが多いように思われます。これは、もって生まれたものではなく(ごく稀に「誠意」や「思いやり」を資質として持っておられる方もいるようですが)、人間と人間の感情の相互作用によって生じる化学反応のようなものではないかな。と思います。 「誠心誠意、努めてまいります。」という言葉も、相手の誠実な態度を期待するばかりでなく、むしろ自身が相手の思いに応えられるように期待されているな。と感じなければならないのかもしれません。

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