tedukurikotoba (2563)

名物にうまい物なし

【漢字】名物にうまい物なし 【読み】めいぶつにうまいものはなし 【意味】名物と言われる物を食べたら実際美味しくない事もある。宣伝文句には期待に沿わない事がある。 【例文1】名物にうまい物なしというから売れ筋の品を買ったが、期待外れ。 【例文2】名物にうまい物なしの郷土料理は口に合わない。 【例文3】名物にうまい物なしだからまず、試食をする。 私は旅先ではかならず名物を土産として購入します。 名物にうまい物なし、なんてよく言いますが、私はこれまで自分が購入した名物を「おいしくない」なんて感じたことは一切ありません。 そもそも名物と言うのはその土地でおいしいと言われているものですから、旅行中に一度食べたものを土産として購入することがほとんどで、つまり美味しいから買っているわけなので、美味しくて当然とも思っています。 ただ、旅先の知らない土地で知らない味を美しい景色を見ながら食べたそれと、見慣れた我が家で食べる2度目のそれは、もちろんおいしさでは旅先で味わったものが上をいくわけですよね。私は「あぁ、これが名物にうまい物なし、の正体か」と思っていたわけですが、この言葉の本来の意味は少し違っていたようです。 本来の「名物にうまい物なし」の意味は、名物と呼ばれるものは人の評判がそれを名物と呼ばれるまでに伸し上げたものであって、必ずしも名が実を伴うわけではない、評判通りの質だとは限らないことのたとえです。 でもそういった観点でこの言葉を見たとき私が感じたことは「現代でもそうなのか?」ということです。 インターネットさえあれば行ったこともない外国の美味しいものが調べられるこの時代。むしろインターネット上での評判が、これまで見向きもされなかったものを名物にまで伸し上げるケースだってたくさんあります。 昔は狭いコミュニティの中で名物を決めてきましたが、今ではそのネットワークは世界規模と言えます。 そう考えると、もはや名物として生き残っていけるのは「本当にうまいもの」だけなんじゃないかと思ったり。 どちらにしても、その土地に根付いたその土地の味、いつまでもあり続けてほしいと願うばかりです。 名物にうまい物なしとはどうゆうことでしょうか。名物だから普通はうまいでしょう。 みんなが名物だと言っている意見なんて信用できないということでしょうか。ましてや人の言うことなど信じるなという意味なのでしょうか。 早速意味を調べてみました。 名は必ずしも実をともなわない、宣伝文句は期待はずれなことが多いなどの意味のようです。 やっぱりそのままの意味でした。 まあ、口コミで大評判だったお店に楽しみにいってみたものの、これ、言うほどおいしくないんだけど・・と思うことは多くあります。 そんな時はいつも私の味覚が乏しいんだ、みんな美味しい、美味しいと言っているしと思っていましたが、もしかしたら他の人たちも周りや口コミが美味しいと言っているから美味しいと言ってるだけで、あれ?って思っていたのかもしれませんね。 広告も同じです。パッケージや宣伝文句に誘われて購入にしたものの実物はこれかとがっかりすることも多々あります。 やっぱり自分の目や味覚を信じて選ばないといけませんね。所詮味覚なんてそれぞれだから自分が美味しいと思えば美味しいのだから人の意見に左右されるものではありません。でも名物にうまい物なしとは言い切れません。うまい物も実際多いですよ。

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無芸大食

【漢字】無芸大食 【読み】むげいたいしょく 【意味】特技も技術も無いのに食べる事だけは人並み以上の人をバカにした言い方。 【例文1】彼は無芸大食で太る一方だ。 【例文2】無芸大食で貯金が底をつく。 【例文3】無芸大食の将来が心配だ。 無芸大食とは、これといった特技や才能もなく、ただ人並み以上に食べるだけのことを言います。また、そのような人を指して言うこともあります。 無芸とは、身についた芸のないことです。この場合の芸は現代で言う芸よりも幅の広いものです。身につけた技一般を指し、技能や学問も含まれます。この言葉は決して良い意味では使われません。むしろ、誰かを指して言う場合は、その人を蔑んでいる場合さえあります。 最近ではテレビ番組などで、大食い大会が行われ、大食いつまり大食も一つの芸(特技)として扱われるのは、皮肉なものです。他には何の特技もなくて、ただ沢山食べられるだけでスターになっていくのですから、時代も変わったとしか思えません。しかし、いろいろ調べて見ると、なんと江戸時代にも大食い大会はあったようなのです。蕎麦を何杯食べたとか、寿司を何個食べたとかという記録が残されています。今も昔に大食いは芸の一つなのかも知れません。

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身が持たない

【漢字】身が持たない 【読み】みがもたない 【意味】身体が耐えられない。限界に近づく。 【例文1】1ヶ月のうち休みが1回だなんて身が持たない。 【例文2】庶民の私がセレブの奥様とのお付き合いは身が持たない。 【例文3】毎週ランチの付き合いは財布の身が持たない。 現代社会は時間に追われている人が多く、身が持たないと感じる場面が増えてきているのかもしれません。 以前の私もそのような状態になっていたことがあります。 不思議なもので、忙しい時ほどさらに忙しくなってしまうものです。 今ではその心理がわかるようになったので、忙しい時はまずは休むようにしています。 しかし、当時の私はその心理が良く理解できずにいました。 そのため、どんどん忙しくなっていき、それに自分をさらに合わせるようにしていきました。 身が持たないと感じていても、さらに忙しさの中に入っていってしまいました。 結局、そのような生活が数年続いたら、過労で倒れてしまい、全く体が動かなくなってしまいました。 身が持たないと自分が感じたならば、早めに止めることも大きな勇気だと思います。 自分の体があってこそ、自分の周りの世の中が動いていくものです。 忙しすぎると自分がどこかへ行ってしまい、誰かに振り回されているようになってしまいます。 周りのペースに巻き込まれないようにすることが、身が持たない状態にならないためのコツかもしれません。 身が持たない場面はいろいろあります。 私の場合、今まで感じた身が持たない状況はこれが最大だったと思います。 今後は身が持たない場面がないように、マイペースで忙しすぎない生活を送っていきたいです。 子供のいる主婦というのは、大変です。そして、子供が多ければ多いほど大変です。 朝は部活の練習に行く子供のために、6時前に起きてお弁当を作らなければなりません。 朝の仕事はお弁当作りだけにとどまらず、朝食の準備、洗濯物を干す、アイロンをかける、 掃除をする、食器を洗う、これらをした後で自分の身支度もしなければなりません。 本当に一分一秒を争う慌ただしさです。 会社へ行ったら、ひとまず家族のことは忘れて、仕事に没頭します。 でも休み時間となれば考えることは、「今日の晩御飯何にしようかな、冷蔵庫に何があったかな。帰りに何を買わなきゃいけないかな。」束の間の休息の時間さえ、家のことを考えています。そして昼休み後は、また仕事スイッチON。任された仕事だけに集中します。 家に帰る前に、スーパーに寄って、晩御飯の材料を買い求め、帰ったらすぐ準備をします。 洗濯をたたんで片づけ、食器を洗い、風呂を洗う。本当に休んでいる暇はありません。 それで、子供たちが感謝をしてくれているかと思えば、そうではありません。 子供たちは反抗期で口が悪く、出てくる言葉は悪態ばかり。 「何、このごはん!もっとおいしいもの作ってよ」主人は主人で、「汚い部屋だなぁ、ちゃんと掃除しろよ」 ちょっと手伝ってくれてもいいんじゃない?本当に主婦って身が持たない。

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間が持てない

【漢字】間が持てない 【読み】まがもてない 【意味】間が持たないと間違っている人が多いが、正しくは間が持てないである。 途切れがちの会話をうまくつなぐ事ができない。または時間があまって何もする事がない。 【例文1】彼は無口でつまらなくて間が持てない。 【例文2】初デートで間が持てなく必死でネタを探した。 【例文3】間が持てない気まずい雰囲気。 間が持てないとはあまった時間をうまくつなぎとめることができないという意味です。 この言葉は間が持たないと多く勘違いされているようです。実は私も間が持たないと使っていました。 私は社交的な性格でしてお友達も多いです。人と話すおしゃべりも大好きです。人見知りも全くありません。隣の席の人ともすぐに仲良くなれます。しかし中には人付き合いが苦手な感じの人もいるようです。そんな人とおしゃべりをすると会話が途切れ途切れになります。私はその間が持てない空気が苦手で何か話題を見つけないとと思ってしまうのです。おとなしめの方に聞きたいです。この間が持てない空気感どう思いますか?別に気にしないですか? 初デートなんかの時はさすがの私も緊張します。ましては付き合いたてというのは共通の話題を見つけ出して会話を盛り上げようとしますが、ネタが切れると し~んとなるあの空気何ともいえないくらい気まずいです。だから私は一緒にいて楽しませてくれる方じゃないと心が休まらないでしょう。

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忙中閑あり

【漢字】忙中閑あり 【読み】ぼうちゅうかんあり 【意味】忙しい中でも少しの暇はあるもの。 【例文1】忙しいとは言っても忙中閑ありだろ?ご飯だけでも食べに行こうよ。 【例文2】忙中閑ありを見つけては彼女に会いに行く。 【例文3】忙中閑ありでも授業参観に行く。 忙中閑あり (忙しい時でも僅かな暇はあるものだ) この言葉から、私は仕事の出来る優秀な人を連想します。仕事の出来る人は時間の使い方が上手く、忙しい中でもプライベートを充実させ、それがまた仕事の原動力になっている、というような人が多いと感じるからです。 私は結構習い事が好きで色々なお稽古事をしていましたが、何においても目覚ましく上達するのは、暇を持て余している生徒さんより、分単位で行動する会社社長や、女手ひとつで食堂を切り盛りして子育てしているお母さんなど、多忙を極める人の方が多かったのです。 自由に使える時間が限られているからこそ、趣味に使える時間を大切にしていたからでしょう。 逆に仕事の効率が悪い人は、閑中忙あり、という感じがします。 つまり、時間の使い方が下手なため、大して忙しくない時でも何かとバタバタとしてせわしない印象なのです。 結果プライベートな時間も落ち着いて楽しめず、精神的な充足感を得られないため、仕事の効率も落ちて悪循環です。私も残念なことに閑中忙あり、といった感じです。いつもそわそわと落ち着きなく、自由な時間にも家事や育児や仕事の事などが頭から離れず、結果として何事も効率が悪いのです。

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