tedukurikotoba (2563)

焼け石に水

【漢字】焼け石に水 【読み】やけいしにみず 【意味】焼けている石に水をかけても蒸発してしまうことから、努力が足りなくて効果がないという意味。 【例文1】10分勉強したくらいでは合格するわけがない。焼け石に水だ。 【例文2】1ヶ月練習したくらいでレギュラーは焼け石に水だ。 【例文3】200万の借金に2万円借りたところで焼け石に水だ。 焼け石に水とは焼けている石に水をかけてもすぐ蒸発していまうことからこのことわざがうまれました。意味は努力や援助が少なくて役に立たないことを言います。 具体例として 「借金が300万円に膨らんでしまったために親に3万円借りたところで焼け石に水だ」 「テスト勉強を徹夜で頑張ったが、眠くてしょうがない。焼け石に水だ」 「広い庭の花壇にじょうろで水やりをする。ホースで散水しないと焼け石に水だ」と使うことができます。 私も焼け石に水体験をしたことがあります。 小学校のころから足が速くかけっこは1、2番。毎年夏休みに行われる地区対抗のバスケットボールは弱小チームと言われながら準優勝となんでもこなせた感じでした。中学校では初心者ながらサッカー部に入部しました。体つきが大きかったのでゴールキーパーを命じられました。先輩は5歳からサッカーを続けていて小柄でしたが、瞬発力が半端ないくらい機敏でした。ただ体が大きいだけの自分は焼け石に水状態でした。 焼け石に水とは、効果が微弱であまり意味のない行動や、その様のことを指す慣用句です。あくまで「わずかな効果」であって、まったく意味がないわけではないので注意が必要です。類義語としては「遠火で手を焙る」や「二階から目薬」などがあたり、「焼け石に雀の涙」とも言うそうです。 語源は、焼けて熱くなった石(焼き石)に、ほんの少しの水をかけても、すぐに蒸発してしまうので、僅かに温度は下がるのかもしれませんが、あまり意味がありません。転じて微力の援助や努力ではほとんど効果が無いことを示す語として用いられます。つまり、事態が悪化するまでには様々な経路でそうなったのだから、少しの努力で改善するのは容易ではないという意味です。 どちらかというとマイナスなイメージの語で、「そんなことしても~」の形で使われることが多いです。「無意味」が一番近い言葉になると思いますが、「しないよりマシ」の意味も内包しています。英語でも似たようなものがあり、「What is a pound of butter among a kennel of hounds?(一群の猟犬に1ポンドのバターで何の足しになる?)」と言うそうです。 熱くなり過ぎた石は冷ますのに莫大な労力が必要になります。勿論大量の「水」を簡単に用意できるなら問題ないのですが、そうでないのなら石の温度に注意したいですね。ただ、もっと気を付けないといけないのが、「水」を運んでくれた人たちには決して言ってはいけません。そんなことした失礼になってしまいます。 意味の間違いもそうですが、使い方を誤っても恥をかくことわざや慣用句。正しく理解して適切に使っていきたいですね。

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もっけの幸い

【漢字】もっけの幸い 【読み】もっけのさいわい 【意味】もっけとは妖怪のことで、妖怪が出たかのような思いがけない幸運をいう。 【例文1】家族で水族館に出かけたら入場100万人目の来場者で、記念品にホテル宿泊券をいただいてもっけの幸いだ。 【例文2】大好きな芸能人と遭遇してビックリしたが、もっけの幸いだった。 【例文3】もっけの幸いで福引の特賞が当たる。 私が中学生の時、お小遣いとして毎月1000円をもらっていました。中学生の時はお菓子を買ったりゲームセンターでコインゲームで遊んだりカラオケ行ったりでお金を費やしていました。ファッションとゲームが特に好きで、洋服は好きなブランドが当時あったのでそこでしか買わず、そのブランドは結構値段もするので1000円のお小遣いをちょっとずつ貯めたりお年玉を使ったりして買っていました。ゲームに関しては、当時はPS2のソフトが中古で購入できたので安くて面白そうだと思ったソフトを購入して遊んでいました。PS3も中学生の時は流行っていたのでソフトが高くてなかなか買えないということもありましたが、お小遣いで何とかやりくりしていました。 お金の使い道は今みたいに貯金という概念がなかったので欲しいものがあってその分のお金が貯まれば使うという感じだったのでお金は全然持っていませんでした。ある日の朝、私が中学校に通学する時のことでした。いつもは正面玄関から出るのですが、たまたま家の裏から出て行こうとした時にふと下を見ると一万円札が雨で濡れてフニャフニャになっていましたが、落ちていたのです。これはもっけの幸いでした。帰宅したらすぐにドライヤーで乾かしたのを覚えています。今思えば交番に届けるべきでした。軽くねこばばですね。 「もっけの幸い」とは思いがけず手に入った幸運や予想外のラッキーを指す言葉です。「もっけ」とは妖怪のことで平安時代人にとりつき祟りをもたらす死霊や生霊を「物の怪(もののけ)」といわれていてそれが「勿怪(もっけ)」に変化しました。室町時代には妖怪の出現は思いがけないことや「もののけ」は超自然的な畏れの気配という意味から思いがけないことや予期しないことの意味で用いられるようになりました。妖怪が出現するかのように思いもよらないことからの幸せを指して「もっけの幸い」と言われるようになりました。もともとは不吉なことを語源としますが「もっけの幸い」と後ろに「幸い」と続けることで次第に良い意味で用いられるようになりました。「もっけ」は山形県庄内地方の方言では「申し訳ない」「ありがたい」「すみません」という意味で用いられることから思いがけない幸せとする説もあるそうです。また仏教伝来以前、物の怪や怨霊が恐れられていて仏教が物の怪や怨霊を退治してくれるかもしれないとの期待から仏教が日本に広まった経緯があり仏教を広めたい側からは物の怪のおかげで仏教が広まったようなもので物の怪は布教活動に協力してくれたありがたい存在でありそれが「もっけの幸い」の語源となったという説があります。

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明眸皓歯

【漢字】明眸皓歯 【読み】めいぼうこうし 【意味】明るい瞳と、白く美しい歯並びの女性が美人だと言われる。 【例文1】彼女は頭もよく、明眸皓歯で良い所ばかりで羨ましい。 【例文2】彼女のように明眸皓歯を目指して歯の矯正する。 【例文3】明眸皓歯はカラコンに頼る。 「明眸皓歯(めいぼうこうし)」とは、「美しい瞳と、輝くきれいな歯」という意味で、「美人」を形容する言葉です。 実は私は、歯並びにコンプレックスを抱いていて、高校生の頃「歯の矯正をしたい」と本気で考えていました。そこで、暇さえあれば矯正歯科のパンフレットや、関連書籍などを読んでいました。歯の矯正に関する書物の類には、必ずといっていいほど「明眸皓歯」という四字熟語が記載されていました。「明眸皓歯という言葉がありますが、これはきれいな瞳と白く輝く歯をもった美人のことで~」と、いうような表現が、だいたい、本なら1ページ目か2ページ目に、パンフレットなら最初の10行目くらいまでに書いてありました。そのころの私にとって、「明眸皓歯」は、「一石二鳥」や「一日一善」よりも、もっと親しみのある熟語だったのです。 ある日、高校で四字熟語に関する作業を友人たちとしていました。グループで、熟語に関して発表をすることになったのです。四字熟語がたくさん書いてある紙を誰かが持ってきて、どれを選ぶか、というような話し合いをしていたと記憶しています。一人の友人が、ある熟語を指さして言いました。「これなんて読むの?」私は答えました。「めいぼうこうし。きれいな目と歯。美人のことだよ」そこにいた友人たちは、いっせいに私に尊敬のまなざしを向けました。「初めて見たよ。これ」「すごいね」と。私は、「いや、全然」と笑いながら、心の中で「矯正のパンフレットよ、ありがとう」と思いました。 最後に付け加えますと、私は、大学生のときに歯科の矯正を受けることができ、「皓歯」は、なんとか手に入れたのですが、悲しいかな、「明眸」の方はいかんともしがたく、美人ではありません、はい。

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向こうに回す

【漢字】向こうに回す 【読み】むこうにまわす 【意味】相手と張り合う。 【例文1】サッカーの強豪校を向こうに回す。 【例文2】向こうに回して互角に戦う。 【例文3】彼女を向こうに回しても勝ち目はない。 「向こうに回す」という言葉は相手として張り合う、敵とするという意味です。 向こうに回すと怖い人というのは様々思い浮かぶと思いますが、私は、普段穏やかだけど、自分の芯がしっかりしていてしたたかな雰囲気を秘めている人はその傾向を感じます。 腰が低く穏やかな印象を受けますが、自分の意志がしっかりとあるだけに、笑顔の裏に何があるのだろうと考えてしまいます。 たまに笑っているのに、目は笑っていない、という人を見ると、怒りの沸点はすぐそこまで来ているように感じてハラハラします。 また、そういった人は普段の雰囲気から周囲の評判もいいだけに、向こうに回すと自分が損することに繋がりやすいのです。 私は接客業に携わっているので、様々な人を見ることが多く、そういった性格の人を見極める目は人並みに備わっていると思うんですが、たまに空気の読めない人がいるとドキッとしてしまいます。 明らかに怒りが顔に出ているのに、それを察することができないために、どんどん墓穴を掘ってしまう姿は見ているこちらが息苦しくなってきます。 一度静かなる怒りを爆発させた瞬間に遭遇したことがあり、その時はもうトラウマものでした。 向こうに回す人を見極める、というのは、世の中を賢く生きる上で必要なスキルなのではないかなと私は思います。 向こうに回すとは張り合うとか敵とする、という意味で使われてますね。 最近だと、相撲業界の中でも色々と張り合っているというかゴチャゴチャしてますよね。 確かに、古い悪しき習慣を断ち切るために古い体制を壊すために若手と敵対するっていう場面はありますね。 古い大きな組織だと、なあなあの関係で隠ぺい体質があったりしてお世辞にもいい環境ではないということもあり、新しい体制にするときっていうのは革命を起こすためにバトルというか新旧の敵対関係ができてしまうんですよね。 膿を出す作業なのかもしれないですが大変ですよね。 古い人たちは自分たちの立場を守るために必死になるし、新しい方は古い方を叩き潰そうと頑張るわけですからどちらかが潰れるまでやるわけですね。 こういう場合ってどっちが正しいとか、道理が通ってるかっていうところで決着はつかないんですよね。 どちらの熱量が多いかで勝敗が決まるように思いますね。 世の中、正しさなんてあてにならないですよね。 そもそも、国や時代によって正しいとされているものはコロコロ変わったりするので、正しいとか常識を基準に生きるのって他人の価値を基準で生きることになるから苦しくなってきたりしますよね。 だから、同じ生きるのなら他人を気にするのではなく自分の情熱に素直に生きたほうが楽しいように思いますね。

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身から出た錆

【漢字】身から出た錆 【読み】みからでたさび 【意味】刀の手入れを怠ると錆が付いて、戦いで使い物にならないと言うたとえから、自身が犯した行動で悪い結果になること。 【例文1】ダイエットと言って水しか摂らず倒れた。身から出た錆だ。 【例文2】仕事をサボっていたら営業成績がビリで身から出た錆だ。 【例文3】ギャンブルにつぎ込んで借金が増え身から出た錆だ。 身から出た錆という言葉は、自分の犯した悪行の為に自分自身が苦しむ事を意味する言葉です。言葉の由来としては、刀の錆はその刀身から発生して、最後はその刀自身を腐らさせてしまう事から、人間が犯した悪行を錆として例え、最後は自分自身が腐ってしまう、悪行が自分に跳ね返ってくると例えた言葉です。類義語としては、自業自得、悪因悪果、因果は巡る等が上げられます。身から出た錆と言う言葉の一お案的な使い方としては、夫婦間の離婚問題等の際、奥さんから三行半を付きつけられた旦那さんに対して、周囲の人から「それは身から出た錆だろう」と言われたり、ギャンブル等による借金問題で、借金の返済ができなくなり、周囲の人から「あれだけギャンブルは止める様に言っていたのに。この問題はあなた自身の身から出た錆です」と言われたりする際に使います。とかく人間は弱い生き物ですので、苦しい局面からは目をそらしたくなってしまうものですが、そんな時に自分にとって楽な方に逃げてしまった時、その後に楽な方に逃げてしまった事に対して、その報いを受ける事が必ず降りかかってくると言う戒めの言葉です。人間は楽をせず、その時の苦しみや辛い事にもしっかり目を向け、生きて行く事が大切です。

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