tedukurikotoba (2563)

微塵もない

【漢字】微塵もない 【読み】みじんもない 【意味】これっぽちもないという意味。悪意に用いる。 【例文1】彼は思いやりのかけらも微塵もない。 【例文2】正そうという気が微塵もない。 【例文3】悪びれた様子が微塵もない。 微塵もないという言葉の意味は、文字通り、塵ほどわずかな分量も存在しないということを表現しています。 つまり全然ない、まったくないという言葉の意味と同じです。 ただこの言葉は少し、状況が悪い時や人を騙すまでは行かないまでも、そのような状況の時に使われることが多くあります。 例えば、人をあざむくということは微塵もない、とか、騙そうというつもりは微塵もない、といった言葉の表現です。 これらの表現から、身の潔白を示すことというよりは、裏で何か本心があって、その本心を隠そうとする際の、とっさに出る言葉ということもあります。 また反省する気持ちが微塵もないという言葉の表現もあります。 例えば、自分が悪いことをしているのに反省する表情や気持ちが言葉の節々から見当たらない場合にはこのような表現もします。 子どもの反抗期とかはこのようなことが多いのではないでしょうか。 我が家の息子たちも少しずつですが、反抗期になってきている気がします。 特に母親への言葉は次第に悪くなってきている気がします。 当然、親の干渉は私も嫌でしたし、子どもの気持ちがわからないでもないのですが、悪い事は悪いということを正しく教えてあげないとならないと思っています。

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まさかの時

【漢字】まさかの時 【読み】まさかのとき 【意味】急に事態が悪化する。 【例文1】まさかの時に備えて家族の非常袋を準備している。 【例文2】まさかの時を未然に防ぐため対策を取る。 【例文3】まさかの時に備えて非難場所を確認する。 突発的に緊急事態が発生したならば、逃げ出すだけで精一杯としか思えません。 持ち出すものを予め準備していたとしても、手に持とうが背負おうが動きが鈍ることに変わりはないでしょう。 全力で避難するならば後のことなど考えず、自分の身体ひとつで逃げ出すのがベストな選択だと思います。 災害に備えて水や食料を普段から蓄えておくのは別の話です。 供給が止まっても短い期間ならば凌げる程度に用意しておくのは、自治体など役所からも言われています。 それを全部かかえて避難するなど不可能だし、可能だとしたら事態は緊急性や重大性がないということになります。 実際のところ、先の大震災で一番困ったのは停電でした。 電気が止まった状態では、冷蔵庫も洗濯機も使えず、明かりは懐中電灯のみです。 網の目のように張り巡らされたライフラインに張り付くことで生きていることをまざまざど実感させられました。 避難する必要のない場所を住居とするか、避難先を予め作っておけばよいのかもしれないが、予算的にも厳しいものがあります。 まさかの時や状況が起きる可能性は限りなく小さいのが普通だが、先のことなど誰も予想がつきません。 出来る限り災害被害に巻き込まれない準備をして、壊滅的な災害が身近に発生しないことを願うばかりであります。 以前の私はパソコンでインターネットを使っているにもかかわらず、何もしていませんでした。 時々ニュースで、インターネット経由でパソコンがコンピューターウイルスに感染して、個人情報が漏れてしまったと言う話を聞いていましたが、それは単に運が悪かっただけで、自分は運がいい方だから大丈夫と考えていました。 ところがしばらく経った頃、パソコンがやたらと重く感じます。 パソコンのメーカーに相談をしてみました。 そしたら何と、コンピューターウイルスが入り込んでいる事がわかったのです。 コンピューターウイルスがパソコン内の情報をインターネットを通じて外部に送っていたので、パソコンが重くなってしまっていたのです。 幸いパソコン内には大した個人情報は入っていなかったので、被害は最小限に食い止めることができました。 この体験からまさかの時の為にセキュリティソフトを導入しました。 多くの人が私のように、セキュリティソフトを導入していない人がいるかもしれませんが、まさかの時に備えて今すぐセキュリティソフトを導入すべきです。 人生の中にはまさかの時があるものです。 そのような時はただ目の前のことを一生懸命にやっていくだけで、先のことを考える余裕はありません。 私が今までまさかの時を経験したことはいくつかあります。 その一つが大地震でした。 それほど大きくない揺れは子どもの頃から時々経験してきました。 それに慣れてしまっていたのも、不注意だったのかもしれません。 まさかこんなに大きな地震が来るとは思っていなかったというのが、当時の本音です。起きたばかりの時はこれが現実なのかどうかを考える余裕もありませんでした。 しばらく部屋の中にいましたが、度重なる大きな揺れで家が倒壊するのではないかという恐怖が襲ってきました。 さらに、家の外から叫び声が聞こえてくるようになりました。 そこで、外に人がいることが沸かし、自分も外に出ようと思いました。 それからも大きな余震がひっきりなしにやってきました。 その光景はまるで戦争のような感じがしました。 私は戦争体験者ではありませんが、もし戦争が起きたら街も人もパニック状態になり、このような状況になるのだろうと思いました。 まさかの時は突然やってきます。 しかし、乗り越えられないことはないということも同時に学びました。 震災を経験して、今を生きることの大切さを学びました。

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ほぞを噛む

【漢字】ほぞを噛む 【読み】ほぞをかむ 【意味】ほぞとはへそのこと。へそを噛むことはできない動作から、どうにもならなくて悔やむ様子。 【例文1】想いを伝えきれないまま引っ越してほぞを噛む。 【例文2】友人とケンカ別れしてほぞを噛む。 【例文3】あの時もっと勉強しとけばよかったとほぞを噛む。 ほぞを噛むというのは、どうにもならないことにやりきれない想いを抱える、後悔するという意味です。 私がほぞを噛んだ経験をしたのは、中学3年の時、初恋の女の子に想いを伝えられなかったことです。それまでも何人かの女の子を好きになったことはあったのですが、どちらかといえば顔が可愛いから好きになったという感じでした。まあ思春期ですし仕方ないのかもしれませんが。そんな私が顔だけではなく、はじめて内面から好きになった女の子。その子は私と同じ部活に所属しており、本を読むのが好きな大人しめな女の子でした。普段はクラスでも目立つ子ではありませんでしたが、部活で仲のいい友達と話しているときなどは、楽しそうに優しい笑顔をみせる子で、私は彼女のそんなところに惹かれていき、せっかく部活が同じなのだからもっと話しかけてみようと、前日に見たテレビの話など他愛のない話をするようになりました。そうしてしばらく経った後ある日、彼女は教室で私と目が合うと目をそらすようになりました。はじめは嫌われてしまったのかと思ったのですが、話しかければむしろ好意的な対応で、部活でもこれまでと変わらない態度だったので、嫌われているわけではないようだと感じていました。結局告白する勇気を出せないまま中学を卒業し、次に再会したのは大学のオープンキャンパスでした。その時もお互いに大学受験がんばろうなどと励まし合い、いい雰囲気だったので私は大学でも彼女と会えるかもしれないと楽しみにしていたのですが、大学生となり再会した彼女は私の大学の近くの別の大学へと進学していました。それ自体は全く問題ではないのですが、問題は大学へ向かう途中に彼女に会い、話しかけても無視されるようになってしまったことです。私には何が原因かわかりませんが、仲が良いと思っていた彼女と急に話すこともできなくなったことを残念に思っています。あのとき想いを伝えていれば何かが変わっていたのでしょうか。

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ペンは剣よりも強し

【漢字】ペンは剣よりも強し 【読み】ぺんはけんよりもつよし 【意味】サインをするだけで武器よりも大きな権力を表す。 【例文1】署名活動はペンは剣よりも強し。 【例文2】ペンは剣よりも強しなので署名捺印は慎重に。 【例文3】ペンは剣よりも強しというから手書きで熱弁する。 情報化社会と言われさまざまな情報が手に入るようになった現代ですが、SNSの登場などにより個人が手軽に情報を発信できる現代は「ペンは剣よりも強し」という言葉がより強くなっている気がします。 現代人は漢字離れなども叫ばれ、ペンを持つことが少なくなりましたが、そのかわりにスマホやパソコンなどで文章を書くことが可能になりました。 これによりニュースなどもインターネットやSNS上を流れ、テレビや新聞よりもすばやく情報を入手することができる時代になりました。 Twitterではニュースに対する個人の意見を投稿することができ、多くの人が投稿したニュースやつぶやきから今話題の出来事やニュースを知ることができます。 また個人の投稿はときに別の個人に向けられることもあり、多人数が特定の個人やニュースに対して攻撃的な投稿をすることで世論の流れが見えることもあります。 しかしそれはあくまで個人の投稿であるため、情報のソースがあいまいなものや、デマのようなものも見受けられることがありますが匿名の個人の意見が集まって大きな流れができる様は、良くも悪くも強大な力のように思えます。 だからこそ情報の信ぴょう性などを正確に見分けるための目が大切になると感じています。 数多ある情報の中から大切な情報を自分で探し出す時代がもうすでにやってきています。 言葉は世の中を変える大きな力があります。 それは単に力でねじ伏せるやり方よりも強力です。 「ペンは剣よりも強し」と言う言葉は、物書きにとってはとても勇気をもらえる言葉です。 自分の言葉だけで大きく世の中を変えられないかもしれないけれども、そのきっかけを作ることはできると思います。 以前、テレビドラマでこの「ペンは剣よりも強し」という言葉を言っていました。 私は今後も物書きを続けていくつもりですが、やはり世の中のためになるようなことを発信していきたいと思っています。 その為にも自分は今何ができるのかを常に模索しながら、情報収集を行っています。 言葉は言霊があり、それは大きな力を持っています。 言葉次第でマインドが変わり、良くも悪くも変わっていきます。 中には上手い言葉に乗せられて、騙されてしまう人もいるかもしれません。 言葉は使い方によっては薬にもなりますが、毒薬にもなってしまいます。 また、言葉を発信する側だけではなく、受ける側によっても変わってきます。 なるべく良い言葉を使い、自分や世の中のためになるような言葉を受信していきたいです。 「ペンは剣よりも強し」が有効に働き、昔のような国家や世界が武力でねじ伏せられるようなことがないようにしていきたいものです。 ペンは剣よりも強しという言葉があります。国や権力者が使う武器つまり警察や軍隊に対して、作家やジャーナリストはペン、即ち文章の力で対抗することができるということです。その力は武装蜂起やテロルを上回ることがあります。 先日、国の不正行為を元官僚の方が告発するという出来事がありました。驚くべきなのは、告発の前に読売新聞が彼が風俗店に出入りしているとでかでかと報じたということでした。スキャンダル専門の週刊誌でさえ取り上げないような事件でしたし、当の週刊誌のほうは読売新聞がそのような記事を書くことのほうをスクープとしたぐらいです。 情報源は内閣府ということで、読売新聞は内部告発者の信頼度をなくすために意図的に不必要な報道を行ったということでした。読売系列は保守的な論調で有名ではありましたが、ボーダーラインを越えてしまい権力の犬と化してしまったのです。世界一の発行部数を誇るクオリティペーパーであるはずの読売新聞はなぜここまで凋落してしまったのでしょうか? 一つには、社主の渡辺恒雄が強力な権力を握っており、誰も逆らえないという内部事情があるでしょう。渡辺が不偏不党のジャーナリズム精神を欠片でも持った人物であれば今回のようなことは起こりませんでした。そして、社内にジャーナリスト精神を強く持って渡辺に逆らえる気骨の人材が多くいれば今回のような大失態は起こらなかったに違いありません。まさに読売新聞がジャーナリズムとして自らペンを折った瞬間だったのです。

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不言実行

【漢字】不言実行 【読み】ふげんじっこう 【意味】文句も理屈も言わず黙って実行する。 【例文1】彼女は不言実行で行動力がある。 【例文2】たまには不言実行したらどうだ? 【例文3】不言実行する彼女を見習いなさい。 有言実行できない男性は、恋愛においてあまり魅力的ではないと見受けられます。要するに『口先だけの男性』は好かれにくいということですね。むしろこれは恋愛や男性ということを抜きにしても、有言実行できない人全般に言えるのかもしれません。なんにせよ『実行できる人』は他人から見て魅力的ではないでしょうか。 では有言実行する男性と不言実行する男性とであれば、女性から見てどちらが魅力的なのでしょう。 女性が交際相手に求めるものとして、軽めの要望であれば『歩くときに車道側を歩いてくれる』『重い荷物を持ってくれる』などが挙げられます。どちらの要望であっても、男性がわざわざ「車道側は俺が歩く」や「荷物が重そうだから俺が持つ」と口に出すより、さりげなくそのような行動に移してくれた方が、女性には喜ばれそうですね。 もちろん口に出すのも良いと思います。しかしそのときは、その女性が喜びそうな言い方にしないと、逆に女性の機嫌を損ねてしまう可能性があります。ここは男性と女性の信頼関係や女性が求める男性像によって、男性自身が判断するのが無難でしょう。 有言実行な男性になるか、不言実行な男性になるかは難しいです。むしろ臨機応変に変えていくのが格好いいときもあるかもしれません。どちらにせよ『実行する』のが大事だとは言えるでしょう。ですが女性の方も、相手の男性に相応しい人間になることを忘れてはいけませんね。恋愛とは双方の行いによって、成り立つものではないでしょうか。 不言実行は目標などをいちいち口にしないで目標に向かい努力することを意味する言葉です。 人間は目標をを達成するために、様々な方法を使用しますが、学校や会社でも「目標を口にすることは大切だ」と私は教育されてきました。目標を口にすることは大切だと思います。有言実行という言葉もありますし、口にすることでその方の強い意志を感じることができます。 しかし、時には有言実行がうるさく感じてしまうことがあるのです。何をするにも言葉にするのは疲れてしまいますし、自分のことなのにいちいち他人に目標を発言することは迷惑な時もあるからです。 不言実行の方は淡々としている印象が強いですね。他人に「目標は何ですか」と質問されても誤魔化したりする方が多いのではないでしょうか。もちろん聞かれたらしっかりと答える方もいますが、目標を言う時はキッパリと発言するはずです。 有言実行と不言実行の方はどういった違いがあるのでしょうか。コミュニケーション能力の差もあると思います。ですが根本的に違うのは、目標達成に向けての思いの差ではないかと感じるのです。 言葉にする暇があったら、その時間を目標達成のために使いたい方や、中にはもし目標達成が出来なかったら恥ずかしいと考えている方もいるかもしれませんね。 人はよく有言実行と言う言葉を使いますが、この言葉の意味を考えると目標を言葉にして声に出す事により自分自身に誓いを立てたり自分との約束を守る為に行動をすると言う意味合いに似ているのではないかと思います。 また、人は思いを言葉する事で自分自身にプレッシャーをかけているのでは無いのでしょうか。 私の場合、目標を言葉にして宣言をしてしまうと次に気になるのは周りの目です。 あぁ宣言したのにこの人はそれに伴う行動をしていないと思われてるんじゃないかというのが気になります。 しかし、人は誰しも有言実行でなければいけない訳ではありません。 時には不言実行で多くを語らず目標達成に行動に移す人もたくさんいると思います。 私が思うに不言実行が出来る人は人一倍芯が強い人ではないかと考えています。 なぜそう思うのかと言うと有言実行のように周りに共感を得ようとしたり宣言したりせずに無言で行動するって事は自分のみと戦っているような気がして思いを言葉にしなくても行動に移せる人はすごいなと思うからです。 有言実行と不言実行という似ている様で真逆な2つの言葉だけれどこのどちらを選ぶかは本人次第でありまた、疑問として思いを言葉にするのとしないのでは結果にどれほど差が生じるのかと言うのが非常に気になります。

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