tedukurikotoba (2563)

門外不出

【漢字】門外不出 【読み】もんがいふしゅつ 【意味】貴重品は厳重に保管して外に持ち出さない。口外しない。 【例文1】顧客リストを門外不出で管理する。 【例文2】門外不出の資料を閲覧する。 【例文3】門外不出の資料データを紛失する。 他人に貸し出すどころか見せることもしない品物や技術などを、門外不出の品とか技とか言います。 武術であれば一子相伝の究極奥義とかそんな感じのものでしょう。 現在であれば、開発中の社外秘など持ち出し禁止の情報などが該当しそうです。 個人情報保護の観点からすれば、役所や学校にある情報のほとんどは持ち出し禁止に当たりそうですが、外で紛失盗難のニュースはそれなりに発生しています。 システムの構造上の問題もあるのでしょうけれど、情報を取り扱う個々の自覚のなさが致命的な失敗を誘引しているように思えます。 情報処理技術が急速に発達した結果、それを管理するだけの技能というか心構えが全く追いついていません。 メモリ媒体には入った万単位の個人情報を屋外で失くしたり、外部との接続で秘匿すべき情報が流出してしまうのも、結局は注意不足が原因です。 自分の財布や携帯電話などであれば、そのような間抜けな失敗をするでしょうか。 もし財布や携帯すらきちんと管理できないならば、そのような人間には絶対に情報を管理させるべきではありません。 情報を安全に管理しようとするならば、門外不出どころか外部との接触を完全に断ち切った隔離空間でのみ操作閲覧可能にするべきでしょう。

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目先を変える

【漢字】目先を変える 【読み】めさきをかえる 【意味】飽きないように趣向を変える。 【例文1】マンネリ化して趣向を変える。 【例文2】目先を変えたイベント企画が必要だ。 【例文3】目先を変えた戦略で集客を狙う。 人生には山と谷があります。30歳そこそこまでは、本能の赴くまま自然に体を任せてフラフラと生きてきました。30歳後半に脱サラ後、自営業を始めました。従業員を雇う余裕などありませんので、すべてのことを1人で行います。税理士なども雇えないため、その関係も自分で勉強し、解決していくしかありません。 こうなったときに自然と身についたのが、立ち止まるという考え方でした。迷ったときに一旦その議題を置いておいて、やれることを前倒しでやるという手法です。サラリーマンのように時間に追われながらではこの手法は難しいのですが、そこは個人事業主。時間はたっぷりあります。議題は翌日回しになることが多いのですが、不思議とひと晩寝ると光明が差し込んできます。冷静に判断でき、時には目先を変えるやり方で解決法を考えることができます。 この手法のおかげで問題解決の力ももちろんですが、ストレスというものの対処もうまく出来ていると思います。重大な問題が日数により分散され、ピンポイントのストレスとして襲い掛かってこないため精神的に楽になり、なおのこと有効な解決法を探ることができるという相乗効果が起きています。 目先を変えるやり方は、奇抜な考えになりがちですが、やってみないことには成功するかわかりません。やらないで悩み続けるよりはやってみて失敗したほうが後悔はありません。

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胸が膨らむ

【漢字】胸が膨らむ 【読み】むねがふくらむ 【意味】嬉しい気持ちでいっぱいになる。 【例文1】初デートに胸が膨らむ。 【例文2】初めての一人暮らしに胸が膨らむ。 【例文3】成人式を迎え胸が膨らむ。 わたしは今年40歳になります。 とある地方都市に住んでいます。 40歳になるとなかなか新しいことに触れる機会がなくなります。 ある程度のことは経験済で、新鮮な気持ちになったり、ウキウキしたり期待に胸が膨らむような機会はあまりありません。 また、新しいことに飛び込む勇気もないのかもしれません。新しいことに飛び込むのはパワーが必要でシンプルに面倒くさいのもあります。 去年、同い年の友人が40歳を目前に控え、上京しました。 上京の相場は大学進学、就職、なにかしらの目標を持った若者でだいたい20代だと思っていましたし、実際だいたいの人がそのくらいの年齢で上京していると思います。(転勤や異動を除く)うちの子も就職で上京していってしまいました。 まさか息子と同じタイミングで友人も見送ることになるとは・・・ 長く勤めた会社を辞め、転職し、新しい生活を送る友人を勝手に案じていましたが本人はわたしの不安をよそに新生活に胸が膨らむらしく、ほんの少し羨ましく感じました。 わたしにはとてもそんな勇気もパワーもありません。 完全に人生の守りに入っています。 いつもテレビで見ている街で働く友人を、まだまだ攻めていくであろう友人を、少し誇りに思うのでした。 5年前、私が勤めている会社に勤務成績制度が導入されました。良い実績を残せばボーナスにその分の金額が反映されます。ランクはS、A、B、Cと四段階あり、Sは標準額の125%以下、110%、105%、100%となります。4月と10月にこのようなことをやりますとシートを作成し、その目標に向けて試行錯誤していくわけです。 しかし、私の会社は利益追求の会社とは違うサービス業ですので、数字が出にくいという欠点があります。仕事に120点や80点はなくすべてが100点にならなきゃいけない仕事です。新たな奇抜な提案を行っても規約などにより、明日すぐやり方を変えることができるという仕事内容ではありません。このような環境ですので、私を含め従業員全員が四苦八苦しています。 この制度が導入された当初は、目標を立てることに頭を抱えました。ところがある時をきっかけに目標立てが楽になりました。どうしてかというと従業員のPCレベルの低さに目を付けたからです。専門的な知識はいらない会社ですが、多少扱えると質問攻めにあうような会社です。私は独学ですが、オフィス系に関して多少の知識がありましたので質問攻めにあっていました。そして、これはネタになると判断したのです。 PCのマニュアルを作ったり、時間のある希望者には時間を作り指導を行ったりしてきました。これは他人と差のつく部分です。 今回の目標もPC系のネタをちりばめました。もちろん達成もしています。指導も行ったので、上司へのアピールも抜群です。 前回、前々回はSの評価。今回もSが取れるか(低くてもAかな)と期待に胸が膨らみます。結果の発表は1ヶ月後です。

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水を打ったよう

【漢字】水を打ったよう 【読み】みずをうったよう 【意味】砂ぼこりに水をまくと落ち着くことから、静まり返る様子をいう。 【例文1】妻の一言で、さっきまで騒いでいた子どもが水を打ったように黙る。 【例文2】監督の一喝で水を打ったような静けさになる。 【例文3】開演時間になると水を打ったように静かになる。 水面に何かを打ち付けるとか、何かに水を激しくかけた状況を指している言葉ではありません。 いわゆる打ち水をした結果、空気中に舞う埃も落とされて場が清められて静かなひとときが確立された状況を指します。 実際には、イベントの開幕前などに大勢の人がいるにも関わらず、場が静まり返った状況などに使われます。 よく考えるとイベントの開幕前は結構騒がしいかもしれません。 激昂した教師の一喝によって全校生徒が集められた講堂内は水を打ったように静まり返った。 いやな静けさですが、大勢の人が突然物音一つ立てず口をつぐむ状況にはかなりの強制力が必要と思われます。 空気を読まずに騒ぐ輩は何処にでもいるものですが、そのような人間ですら押し黙る状況となるとこれくらいしか思いつきません。 音楽鑑賞などのようにマナーを守れる方々だけの集まりならば、自然な形で静かな空間が出来上がるのでしょう。 しかし現実問題として、努めて静かにしようとする人達がいくらいても、少数の騒がしい人により環境は破綻します。

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俎板の鯉

【漢字】俎板の鯉 【読み】まないたのこい 【意味】鯉は捕まえてもバタバタするが、まな板に乗せて包丁で横腹の器官をなでると動かなくなる。逃げ場がなく観念せざるを得ない状況をいう。 【例文1】ひったくり犯が防犯カメラに気づいて俎板の鯉で自首してきた。 【例文2】挟み撃ちされ俎板の鯉だ。 【例文3】証拠写真を撮られ俎板の鯉だ。 テレビを見ていると、いろいろな事件や事故など世間がざわついたことがあると記者会見が開かれ、その様子がニュースやバラエティ番組で放送されます。 問題が起きたことを報告したりそのお詫びのための記者会見では、たいていの人が「俎板の鯉」という風情で神妙にしています。 顔は決して笑顔ではなく、それよりも真顔で血の気が引いているということもよくあります。 記者会見が始まると登場した当事者は、まず深々と頭を下げて反省の態度を表すというのが最近のスタイル。 涙を流して話をする人もいれば、おっしゃる通りと質問者に対して言い訳をしない人も結構います。 中にはちょっと変わった人がいて、反省しつつもせっかくお集まりいただいたんだからと、サービスで言わなくても良いことをペラペラしゃべってしまって後の祭りということもあります。 不倫や離婚についての記者会見では、結婚当時の夫婦がにこやかに二人そろって映っている動画を流されたりとさんざんです。 見ているこちらが楽しい気分になるものはなかなかありません。 と言って、そうした反省の記者会見が無いなら無いで、いつになったら記者会見をするのでしょうというバラエティ番組の司会者の言葉に頷いたりしてしまいます。 「こんな状況に置かれて、もう自分ではどうあがいてもどうにもならないよ。まさに俎板の鯉だ」などという言い方をした人は、多いかもしれません。 「俎板の鯉」-よく聞く言葉ですが、これは皆さんよく知るとおり、まな板の上に置かれた鯉のように、自分で自分のことをどうすることもできず、ただ状況に左右されるのに身を任せるしかない状態のことを言います。 まな板の上に乗せられ後は調理されるだけ・・・ぞっとしますが、人は往々にしてこのような状況に自らを置いてしまうことがあるものです。 手術を控えた患者さんが、手術台の上で手術を待つだけの状態になることをたとえて「俎板の鯉」と表現することも、非常によく聞くものですね。 「明日はいよいよ手術だ。ここまで来たら、俎板の鯉と覚悟を決めることにするよ」などとよく言われますが、緊張感と悲壮感の漂う、なんとも言えない差し迫った気持ちを良く表しています。 また、ただ受け身の状態でいるしかない状態を指すのではなく、抜き差しならない状態の下で腹を括る、覚悟をしっかりと決める、という意味で使われることもあるようです。 自分でどうにもならない状況に追い込まれるのは嫌なものですが、もしそうなったら俎板の鯉のごとく腹を括り、運命を受け入れる潔さを持ちたいものですね。

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