tedukurikotoba (2563)

耳を塞ぐ

【漢字】耳を塞ぐ 【読み】みみをふさぐ 【意味】あえて聞かないようにする。 【例文1】30を過ぎると結婚はまだかまだかと聞かれ耳を塞ぐ。 【例文2】彼は都合が悪くなると耳を塞ぐ。 【例文3】同じことばかり言うので耳を塞ぐ。 耳を塞ぎたくなる時ってありますね。 自分の痛いところを突いてくる言葉だったり、それがまた図星だった時は聞いてられなくて耳を塞ぎたくなりますよね。 私は自分のコンプレックスに対して何か言われたり人格否定とかされると本気で泣きそうになりますね。いや、泣きそうじゃなくて確実に泣きますね。 でも、私は耳を塞ぎたくても塞げないんですよ。 ある程度、右から左に聞き流すとかできたらいいのですが、私の性分なのか一言一句聞き逃さないようにしちゃうんですよね。 悪口だろうが、なんだろうが人の話は聞かなくちゃいけないという考えが強く心と体に記憶されているんだと思うんです。 だからなのか、逆にすぐに耳を塞いで私の話を聞いてない人がいたらすごく腹が立っちゃうんですよね。 特に私の親なんて、私の話を全然聞いてないし憶えてもいないですよ。 聞かないし憶えていないので後腐れがないぶん私も言いたい放題できるのでストレス発散出来て助かるといえば助かりますが、もうちょっと私の話のポイントは抑えて欲しいですね。 人のことは置いといて私は聞くべき時は聞いて、聞かなくていい時は聞かない、とうまくバランスが取れるような大人になりたいですね。 どうやったらそういう風にできるんですかね、いい訓練方法があれば知りたいですね。

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腹八分に医者いらず

【漢字】腹八分目に医者いらず 【読み】はらはちぶんめにいしゃいらず 【意味】満腹になる前の八分で抑えておくのが体にも良い。 【例文1】我が家の食事量は腹八分に医者いらずだ。 【例文2】健康のためにも腹八分目に医者いらずにしておく。 【例文3】食べ過ぎに注意。腹八分目に医者いらずだ。 ことわざに「腹八分目に医者にいらず」という言葉があります。 この意味は、食べる時に腹八分目に留めておけば、医者に頼らなくても健康でいられる、という言葉通りの意味です。 必要以上のカロリーをとらないことで、糖尿病などの生活習慣病になるリスクを減らして、健康寿命を伸ばすことができる、という理屈からこのような言葉が生まれた、と言われています。 しかし、現代ではその言葉はもう古いと言われていて、今は腹六分目が理想であるという説もあります。 というのも、昔の食事と今の食事では同じ量であっても、カロリーが全く違うのは言うまでもないことです。 そのため、現代の食事で腹八分目だと食べ過ぎになってしまうのです。 腹六分目に抑えることで、平均寿命を1.5倍伸ばすことができ、肌も若々しく保つ効果があると言われています。 腹六分目がどれくらいの感覚かというと、「まだ全然食べられる」というくらいがそうです。 最初はもっと食べたい、と物足りなく感じるかもしれませが、人間の体は生活に順応していくもので、徐々に満足感を感じるようになってきます。 最初はどうしても我慢ができないと思うので、とにかくよく噛むようにして、食べ物をいつも以上に味わうようにするといいでしょう。 健康の為、食べ過ぎる事なく生活していれば体調良く過ごせる状態を「腹八分に医者いらず」と言います。美味しい物が目の前にあったり、空腹が過ぎると食べられるだけ食べようとしてしまうものです。その時は満腹感に包まれ、幸福感で満たされてしまうのですが、そういう食生活をずっと続けていると栄養過多になり、結果成人病を発症する原因になるかもしれないのです。成人病の一つに癌がありますが、漢字の成り立ちが「品を山ほど取ると病になる」と書きます。10代までの成長期には体に良くて栄養のある食品を多く摂取すれば、その分体を縦に大きく出来る可能性がありますが、30代を越えれば代謝も落ちて、摂取する物は脂肪として蓄積するだけになりがちです。それが肥満となり、運動不足を誘発して成人病を発症する流れを生むのです。それを回避する為には、お腹具合を過度な満腹にはせず、物足りない位で留める様に努める事が肝要です。始めの内は物足りなさに苦しむかもしれませんが、段々馴れてくれば空腹感はどうという事が無くなります。もし長生きしたいと望まれる方は、少食を旨とされる事を是非お勧めします。大体美味しい物もあまり食べ過ぎるとありがたみが薄れますし、何より食べ過ぎに良い事など何もないのですから。

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天地神明

【漢字】天地神明 【読み】てんちしんめい 【意味】すべての神様。 【例文1】天地神明に誓って家族を守る。 【例文2】天地神明に誓って無実だ。 【例文3】天地神明に誓って嘘偽りはない。 以前、職場でちょっとしたトラブルが起きてしまいました。チェックが抜けていたために数字が間違っていて再度資料を作り直すことになってしまったわけです。それが納期の前日だったので会社に泊まり込んで資料を仕上げ、何とか当日には間に合いました。多くは無いですが、人の目でチェックしているのですから間違えもあります。しかし、それが私のせいだと指摘してきた人がいるのです。それが後輩のK君でした。ミス項目を担当していたのがK君だったのですが、自分は一度資料を作ったけれど、私が指摘したから直した。そこが間違っていたと言い出したんです。本当にびっくりしました。 天地神明に誓って私は違うということ、資料を作るための資料集めは手伝いましたが、その後他の仕事をしていますので関わってはいないということを説明しました。私は本来別のプロジェクトをメインでやっていましたので、そちらの先輩が証人になってくれました。天地神明のおかげか周りには疑われずに済んだのですが、肝心のK君はイライラした様子で正直怖かったです。 結局のところ、K君からは先輩で私からは後輩にあたるMさんがミスの原因になったみたいですが、Mさんをかばったみたいです。それにしても私に罪を被せようとするのは神様が許しませんよ。

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第六感

【漢字】第六感 【読み】だいろっかん 【意味】人間の5官 (視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚) 以外を超える鋭く働く感覚。直感。 【例文1】女の第六感は当たる。 【例文2】妻の第六感は鋭い。 【例文3】第六感を信じる。 人間には視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚という五感というものがあり、それに属さない心の働きを第六感と呼んでいます。 具体的に言うと、勘やインスピレーションなど誰もが少なからず感じているものから、予知能力や霊感などもこの部類に入ると言われています。 シックスセンス、というナイト・シャマラン監督の洋画はまさにタイトル通り第六感をモチーフにしたものですが、大ヒットしましたよね。 女の勘は怖いとも言われていますが、これも第六感によって、無意識のうちに感じているものだと言えます。 また、この第六感は、トレーニングによって鍛えることができるとも言われています。 その方法は極めてシンプルです。 五感をフルに感じて、神経細胞を研ぎ澄ます、これがベストな方法と言えます。 現代では、テレビやスマートフォンなどに熱中する人が多くなり、五感を研ぎ澄まして自然を感じるという機会がめっきり少なくなりました。 雨の匂いや動物の鳴き声など、些細なことでいいので、鼻を耳を、研ぎ澄ませてみましょう。 普段は意識しなかったことを感じてきたら、それは五感が研ぎ澄まされているサインです。 宝くじは数字を吟味して選ぶよりも、直感で選んだ方が当たるという説もあるくらいなので、第六感の力はバカにできないと私は思います。 人に備わっている五感意外に、先を見通せたり事前に何かを予知出来る感覚を「第六感」が働くと言います。虫の知らせや予知夢などもその類であり、何かがその人に入って来るみたいなのです。そういう人が競馬や競艇などをやれば、どれが一位になるかを当てる確率が高くなり、いざという時その恩恵に預かる事が出来る人です。科学や医学などに携わる人達に言わせれば、只の偶然でしかなく根拠はないと言われますが、必ずしもそういうものだけが世の理と決めつけるのは、早計ではと思えてなりません。そうであるなら家に仏壇を飾る必要などありませんし、神も仏もデタラメになったしまいます。人智を越えた感覚が存在する事で、何かしらの問題が解決する場合もある筈ですから、頭ごなしの否定はするものではないと思うのです。感が働く人の御蔭で窮地を救われたケースも多々聞いていますので、そう見くびってものでもないでしょう。「その先で事故が起こる予感がしたから、手前の信号で右折したら本当にそこで事故が起きた」という話をたまに聞きますが、そういう方にはきっと凡人にない「第六感」が備わっているのだと思うのです。基本的な体内構造というか、仕上がりが違う気がするので双方に見解の相違が出来るのは、無理からぬ事と言えます。誰かの台詞で「信じる信じないは貴方次第」と言っていますが、ある人にはあって無い人には全然ない感覚が「第六感」なのでしょう。

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春宵一刻値千金

【漢字】春宵一刻値千金 【読み】しゅんしょういっこくあたいせんきん 【意味】春の月夜は風情があってわずかな時間でも千金に値する心地よさがある。 【例文1】春宵一刻値千金の下で夜桜を楽しむ。 【例文2】春宵一刻値千金で和む。 【例文3】春宵一刻値千金は癒やされる。 春宵一刻値千金は、中国の北宋代の詩人「蘇軾」が読んだ詩「春夜」にある文言です。春の夜は趣深く、そのひと時は値千金の価値があるという意味です。一刻はおよそ30分を指し、千金はとても価値があることを大げさに表現しているのです。中国的な誇張表現で、三国志などでもすごく驚いたことを「血を吐いて昏絶す」などと表現しています。まあ、かなり話を盛っていることを差し引いても、長く厳しい冬を抜けて草木が芽吹き命が野山に満ち溢れる春の季節は酒を飲まずとも楽しいものです。多少酒が入ればついつい夜更かしして浮かれて遊んでしまうのも仕様が無いことでしょう。 そして、ぬくぬくと朝の起床時間ぎりぎりどころか限界いっぱいまで寝床から離れられない状況が出来るわけです。こうなると早起きは三文の徳とかはどこへやら、金を多少腹って寝ていられるなら払ってしまいそうな勢いで布団にしがみついてしまいます。春宵が30分で千金なら、春の朝は5分で千金に値してしまいそうです。風情もへったくれもない話ですが、眠いという本能に逆らって起きることは困難極まります。 結局のところ、一時間いくらで雇われることはあっても、自分の自由な時間は金を出せば手に入るというものではないという世知辛い現実に行き着いてしまいます。逆に、普段のしがらみなどを忘れられる時間こそ、まさに値千金と言えるでしょう。

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