tedukurikotoba (2563)

癇に障る

【漢字】癇に障る 【読み】かんにさわる 【意味】気に入らない。苛立たせる。 【例文1】あの言い方が癇に障る。 【例文2】嫌味で癇に障る。 もともと短気なところがあり、かっとなりやすいタイプではありましたが、温和な夫と結婚してからは、あの頃の私を知る人は驚くくらい丸くなっていた私。ところが、高齢出産で息子を出産してから、息子のイヤイヤ期の頃に、どうも更年期に入ったらしく、とにかくイライラしたり声を荒げる場面が増えてしまいました。息子にはあたらないようにと気をつけていたので、逆に他の人にあたってしまう事が多く、一番の被害者は夫。次に買い物に行った先での店員さんとか、電車の中や色んな場面で見かけるマナーの悪い人たち。そのうち息子のイヤイヤ期も終わり、落ち着いて幼稚園に通うようになったのに、私のイライラは増すばかりで、色んな事が癇に障って仕方がないのです。ちょうどその頃から今現在まで、ターゲットとなっているのは姑です。前から気は合わない部分が多かったのですが、今はやる事なす事、とにかく癇に障るので、電話にも出たくないし、遊びにも行きたくない、そんな状態です。姑が癇に障る事を言うのが増えたのか、私の更年期障害が進んだのか?答えはないままですが、このままでは大爆発、大衝突が起きてしまいそうと察知している夫から、あまり関わらなくて良いからというお墨付きをもらって今のところは安心しています。これってある程度からおさまるのなら良いのですが、ちょっと不安です。 「癇に障る」という意味は、今でいう「イラッと来る」という言葉に近いかもしれません。 絵で表すとしたら、こめかみにイライラマークが突然付いてしまうような状態です。 世の中には癇に障りやすい人というのがいます。 ちょっとしたことですぐにカッとなって、怒り出す人もその類かもしれません。 また、自分が気にしていることを相手に言われても、癇に障ってしまいます。 子供で言うならば、今勉強しようと思っていた矢先に、親から「遊んでばかりいないで勉強しなさい」と言われたら、癇に障ると思います。 大人になればその辺のあしらい方も分かっていて、心の中ではムッとしても、表面上は上手くかわしていけるのかもしれません。 しかし、大人でもそれができない人もいます。 神経質なのか、沸点が高いのか、ちょっとしたことですぐに癇に障るだけではなく、それを周りの人にぶつけてきます。 本人はそれで自分がスッキリしているのかもしれません。 また、怒鳴り付けることで自分の中に溜まっていた欝憤を晴らしているのかもしれません。 そのような大人、特に男性の高齢者をたまに見かけることがあります。 そのような人は人相にも出ていて、怒っていなくても、ちょっとした刺激を加えれば、すぐにでもカッとなって今にも怒り出しそうな雰囲気です。 そのような人を見かけたら、なるべき近づかないように気をつけています。 色々と人付き合いをしていると、どうしても癇に障る相手が出てきてしまうものです。そういう相手に出会ってしまうのは煩わしいと感じる反面、それは避けようのない事象なのかもしれないとも思います。というのも人は一人一人顔が違うように、性格や考え方も一人一人違うからです。だから自分とそりが合わない相手がいたり、自分の癇に障るようなことを言ってくる相手がいたとしても、それは仕方ないのかもしれません。 きっとどんな人であれ、意識的であっても無意識であっても、誰かを傷つけてしまうような言動をとってしまったことがあるのではないでしょうか。傷ついてしまった相手は悲しんだかもしれませんし、あるいは怒りを覚えたかもしれません。けれどこれはお互いが人間である以上、仕方ないことだと考えられます。 以上のことを諸々踏まえると、人というのは誰かに傷つけられてしまうし、反対に誰かを傷つけざるを得ない生き物のように思えます。少し不憫な生き物だなとも感じられますが、それでも人というのは誰かに対して優しくしたり、逆に優しくされることもあります。もし誰も傷つけないような生き物だったら、誰かを優しくすることもできないかもしれません。傷つくことがあるからこそ、優しさが身に染みるのではないでしょうか。

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意表を突く

【漢字】意表を突く 【読み】いひょうをつく 【意味】誰も予想もしなかった事をして驚かせる。 【例文1】突然の辞職に全員が意表を突く。 【例文2】日本全国自転車の旅に意表を突く。 小学生の頃から歴史に興味があり、日本史や中国史、韓国史などの本を読む機会が多くあります。 中でも、中国の歴史が好きで三国志は本や映画で良く観ています。好きな理由は、最近のハイテク中心の戦いと違い戦術が勝敗を決めるという点です。 三国志の話の中に赤壁の戦いというシーンがあり、この戦いを制した軍は意表を突く作戦が勝利の理由だと思います。 赤壁の戦いは100万を越す曹操軍と、10万から20万しかいない孫権と劉備の同盟軍との戦いで、人数だけを見ると圧倒的に曹操軍が有利となっていました。 しかし、意表を突く策略を同盟軍が色々仕掛けたため、大軍の曹操軍は大敗して国へと逃げ帰ります。 この出来事からでも、どんなに不利な戦いでも意表を突く作戦をすれば勝機があるということが分かります。 そんな策略に色々な策士が登場して物語を盛り上げていくので、三国志や歴史の話は面白いと思います。 意表を突くという行動は、相手を驚かせたり対応を遅らすなど、戦略的に色々なメリットがあるので、古代的な武器しかない時代では最大の武器だったと思います。 意表を突くというのは、日本の相撲でも行われる時があり、猫騙しがその類だと思います。ただ、最近やる力士を見たことはありません。

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人事を尽くして天命を待つ

【漢字】人事を尽くして天命を待つ 【読み】じんじをつくしててんめいをまつ 【意味】出来ることは全てやったのであとは運命に任せるだけである。 【例文1】山で遭難して目印を大きく残して人事を尽くして天命を待つ。 【例文2】合格発表は人事を尽くして天命を待つ。 目標の結果に対して、人事を尽くして天命を待つ事も大事な事といえるでしょう。 自分が出来る限りの事をすることが人事を尽くす意味ですが、そうするとある程度は良い意味の諦めが持てるのかもしれません。 確かにとても人生の参考や指針ともなるような「ことわざ」のひとつでしょうが、個人的な意見もあります。 それは自分の努力をするのは重要ですが、それだけに執着せずに他人とも協力しながら目標に向かった方がより良い結果につながるのでは?ということです。 もちろん個人競技などでは自分の練習量や才能などが物をいうのでしょうが、それでも良いコーチが教えてくれるなどの他人の協力も成功には必要です。 そういう相手と良いコミュ二ケーションを取って信頼関係を築いたりすることで、ことわざの「人事を尽くして天命を待つ」もより効果的だという気持ちがあります。 自分と他人は当然ですが、人間なので成功するかどうかは不明ですよね。 なので、その時には肩に入った余計な力を抜いて、天命に任せようと思うと、気持ちがすっとして楽になります。 自分が、この言葉で、そんな気持ちになった時の思い出としては、「高校受験」「宅建の資格試験」の合格発表などがあります。 これから受験シーズンが到来します。 受験生にとっては重要なシーズンであり、悔いを残さないためにもやるべきことはすべてやっていく意気込みであると思います。 まさに、人事を尽くして天命を待つという境地になるようにしなければなりません。 もともとの意味は、全力で努力をし、その後は静かに天命に任せるということで、どんな結果になろうとも、悔いが残らない、というものです。 受験生に限らず、仕事においても準備を怠るといいことはありませんし、準備を怠ると必ず失敗します。 最近は、人事を尽くして天命を待つようなことを忙しさにかまけてやっていないことが多い気がします。 年齢を重ねることにより、努力をするということが、無駄なこともあるという気持ちも芽生えてしまっています。 例えば、業務上、上司の指示に従い、入念に準備を進めていたことが、鶴の一声で方針が変わり、一からやり直しが必要なことも多々あります。 また、準備を進めていたが、実際には出来レースとしてかませ犬のような役割であったことが後に分かるといった、理不尽なこともあります。 このように、年齢を重ねる度に、人事を尽くして天命を待つことができなくなっていることも事実ではないかと思うばかりです。

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気を揉む

【漢字】気を揉む 【読み】きをもむ 【意味】心配でやきもきする。 【例文】彼女が男性と楽しそうに会話しているのを見て気を揉む。 「気を揉む」ことは可能な限りしないようにしてるのが現在の自分です。 なぜなら、それをしたところで良い結果を得られるとは限らないからです。 それどころか疲れてしまうケースが多いので気を揉むことはしません。 それよりも例え、確実な結果はまだ分からないとしても良い結果を期待する方が精神的に何倍もいいかもと思います。 言葉としても、あまり良いイメージはありませんよね。 気を揉むことが人生にとってプラスとならないのなら、しない方が誰にとってもいい選択といえるでしょう。 そのためには、ふなっしーとかの可愛いゆるキャラのぬいぐるみを身近に置いといて眺めたりするのも多少は効果あるかもしれません。 さすがに職場などには置けませんが、自分の家のよくいる部屋に飾っておくだけで気持ちがリラックスできます。 他にも有効そうなのを挙げてみると「今を楽しむ」ことなどがあります。 そもそも、気を揉むというのは未来の事ですから、それよりも、とりあえずは今という時間を大事にしようという発想です。 人によって色々とあるのでしょうが自分にとっては、ゆるキャラのぬいぐるみを飾ったり、今を楽しむ事などは気を揉まずに過ごすために有効な方法となってます。

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艱難汝を玉にす

【漢字】艱難汝を玉にす 【読み】かんなんなんじをたまにす 【意味】人は困難を乗り越えてこそ成長する。 【例文1】逆境にあったからこそ艱難汝を玉にす。 【例文2】親元を離れて艱難汝を玉にす。 苦労や困難を乗り越えたらりっぱな人になれるのが「艱難汝を玉にす」です。 個人的にその言葉には納得は出来ますが、共感度はそれほど高い方ではありません。 その理由としては見方によっては「苦労しないと立派にはなれませんよ」とも受け取れます。 もしもそうであったら、そうまでして立派になりたいとは思わないからです。 そういう人間になるには、そんな要素もあった方がいいのかもしれませんがそれでも絶対条件ではないと思います。 確かに困難に負けてしまう人よりは、乗り越えた人の方が精神的にも強いし逞しい事でしょう。 その強い気持ちを活かして成功していくのなら参考にしたい気持ちは多少はありますが、自ら良くない状況に飛び込もうというまではさすがにいきません。 実際に自分から行える人は、強い人だし逆境も乗り越えた体験談を話すことで周りから注目されたり尊敬されたりはしそうです。 でも個人的な意見ですが同じ、りっぱな人物になるにしても苦労よりもある程度は楽しみながらなれる事を希望します。 例えば人を喜ばせたり、自分以外のためになることを行うのもりっぱな人間のひとつの形に近づけるような気もします。 例えばですがお笑い芸人の場合は自分も楽しみながら相手も楽しませてるので素晴らしい存在といえます。 「若い時の苦労は買ってでもせよ」ということわざもありますが、それを実践できた人間は「艱難汝を玉にす」も体現できる可能性が割と高い方だと思います。 人の人生に於いて様々な苦労や困難がやって来ますが、それらを乗り越えた時に一回り成長を遂げた様を「艱難汝を玉にす」と言い表します。「艱難」は困難を指し、困難に会い苦しみ悩む事だそうです。そして濁流に流される角のある岩も、下流に行きつく頃には丸い石になっている事から、この言葉が生まれたとされます。どれだけ素質に溢れた人でもそれを伸ばす為の努力をしなければ、三流の人で終わるかもしれません。一流になるに相応しい努力をしてこそ他人から認めて貰えるのです。努力というのは元来地味で退屈で面白味のない作業ですが、その作業を面倒臭がらずやり遂げた人こそ一流になる権利を得られるのです。もちろん努力した人全てがめでたく一流になれる訳ではなく、今度は努力をした者同士で一流の称号を掛けた競い合いが待っているのです。その競い合いはどこまでも続く事もあり、諦めた時が終わる時になる場合もあります。挑む事が苦しく感じる時もあるかもしれませんが、それらに費やす時間こそ成長の糧になっているのだと思います。場合によっては思わぬ不測の事態に見舞われ、窮地に立たされる場面もあるでしょうが、決して投げ遣りにならずあらゆる手段を講じてその窮地を乗り越えた人こそが「艱難汝を玉にす」と言うのだと思います。

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