tedukurikotoba (2563)

実るほど頭の下がる稲穂かな

【漢字】実るほど頭の下がる稲穂かな 【読み】みのるほどこうべのさがるいなほかな 【意味】稲穂は実れば実るほど穂先が低く下がるものである。本当に偉い人は謙虚な姿勢で人と接する事ができるものだ。 【例文1】実るほど頭の下がる稲穂かなの接客で店が繁盛。 【例文2】ビジネスは実るほど頭の下がる稲穂かなが大事。 【例文3】サービス業は実るほど頭の下がる稲穂かなの姿勢が大事。 どんなに偉くなっても、また人の上に立つようになったらなおさらのこと、謙虚でいることが大切だと思います。 実際、そういう人には人が付いていきますし、尊敬の念も高くなります。 権力を振りかざして、わがままに振舞うようでは、すぐにその地位も落ちてしまうでしょう。 「実るほど頭の下がる稲穂かな」という言葉がありますが、まさにこの表現はぴったり当てはまると思います。 今年も稲刈り本番の時期を迎え、まだ刈り取られていない田んぼの稲穂は頭を下げて、その時を待っているようです。 しかし、今年は低温の日が多かったこともあり、あまり実っていないのか、頭が下がらず、まっすぐなままの稲穂も多く見受けられます。 今年の稲刈りが例年に比べると遅く感じるのは、稲穂の頭が下がるまで稲刈りを待っているのかもしれません。 稲穂の頭が下がっていないということは、また未熟だということです。 これは人間にも例えられるかもしれません。 未熟な人間ほど、謙虚さがなく、頭を下げるのを嫌がるような気がします。 もし、上司や目上の人の中でこういう人がいたら、中身は未熟なままだと思ったほうが良いのかもしれません。 実年齢と精神的な年齢は必ずしも比例していないところがあります。 年齢を重ねていくとともに、中身も熟していくように精進していきたいです。 私は最近まで、「実るほど頭の下がる稲穂かな」という言葉に対しては、結婚式でよくおじさんがスピーチで言っている言葉というイメージしかありませんでした。 それもあまりプラスのイメージではなく、どこか説教くさい言葉のように感じていました。 それが近頃新しい趣味として将棋をするようになって、棋士の人たちの言動や立ち居振る舞いを見てよくこの言葉を実感することになりました。 私の知っている棋士で、最も謙虚なのは羽生善治さんです。羽生さんといえば、20代でタイトル七冠独占の偉業を成し遂げた、言わずとしれた大棋士です。 それでも奢ることなく、若手棋士との勉強会やコンピュータ将棋の活用など、自身の能力を磨いておられます。 また羽生さんは対局中自分の形勢を実際よりも少し悪く見積もることが多く、ここにも謙虚な性格が表れていると思います。 羽生さん以外の棋士も、若くしてタイトルを取った棋士は本当に謙虚で礼儀正しいです。 最近公式戦29連勝で話題になった藤井聡太さんもそれに当てはまると思います。彼の対局前のインタビューで「〇〇さん(対局相手)の胸を借りるつもりで、戦法を教わりたいと思います」といった言葉など謙虚さがよく表れていて感動しました。 私も棋士の皆さんを見習って「実るほど頭の下がる稲穂かな」を実践していきたいと思います。

Continue reading...

不退転

【漢字】不退転 【読み】ふたいてん 【意味】仏教語で何があっても屈しない信念を持つという意味。 【例文1】不退転の決意は変わらない。 【例文2】不退転で転職を決める。 【例文3】不退転で結婚を誓う。 物事を進めていくためには、時には不退転の心構えで臨む必要があります。 特に大事な場面ではなおさらのことです。 いくら綿密な計画を立てていても、世の中は予想道理にはいかないことが多いものです。 外出しよう思ってあらかじめ天気予報を調べたら、天候は崩れなさそうだと思っていたのに、出かける間際になって急に天候が急変することもあります。 これは空の様子だけではなく、世の中や人生においても同じようなことが十分にあり得ます。 もしかしたら下手に予定を立てずに、そのつどアドリブで行ったほうが上手くいくのではないかと思うこともあります。 先のことに対して安心した途端に、予期せぬことに出会ってしまうということもあります。 しかし、そのような時でも常に不退転の心構えで臨んでいけば、道は開けていくと思います。 いつも逃げ道ばかりを探していると、いつの間にか行くべき道を見失ってしまうかもしれません。 物事をやり遂げるためには不退転の強い決意が必要ですが、集中力は欠かせないと思います。 集中力があることで、予期せぬ事態になっても、何とかそれを乗り越えていけるのだと思います。 天気や情勢が急変して、良くない方向へ行ってしまったとしても、何らかの対策はあるはずです。 諦めずに解決策を求めていく力が不退転に繋がっていくと思います。

Continue reading...

百里を行く者は九十を半ばとす

【漢字】百里を行く者は九十を半ばとす 【読み】ひゃくりをゆくものはきゅうじゅうりをなかばとす 【意味】一里は3.9キロ。百里の旅となると終盤が辛い。九分までを半分だと思えという戒めで、何事にでも最後まで気を引き締めて行こうという意味。 【例文1】市民マラソンにエントリーしたが、途中でバテたらいけないのでゆっくり走ろう。百里を行く者は九十を半ばとす。 【例文2】山登りは百里を行く者は九十を半ばとす。 【例文3】後半戦も百里を行く者は九十を半ばとす。 東京マラソンに参加したとき、百里を行く者は九十を半ばとすの精神で走り抜くことができました。最後の方になるとリタイアしたくなってきてどうにでも良くなりますが、今までの練習のことを思いながら自分自身を戒めるとゴールまで完走することができます。「百里を行く者は九十を半ばとす」の諺は、何事も終わりのほうほど辛くなるけど目の前にゴールが見えても、まだ半分と思いなさいとい意味が込められています。周りのランナーを見ていると脱落者が多かったのです。ゴール目の前なのに座り込んでしまって休んでいて、そのままリタイアしてしまった人が何人かいました。マラソンの場合は一度でも足を休めてしまうと、それまでの筋肉痛がどっと太ももからふくらはぎの方まできてしまいます。走ろうにも歩こうにも前へ進まなくなってしまうので、諺の教えのように百里を行く者は九十を半ばとすという強い気持ちを持ち続けることが大切です。戦国時代の頃からある諺なので、戦うときに相手を九割倒したと思ってもまだ半分と思えば、勢いを劣らせることなく全員を倒していけるのではないかと思いました。仕事でも応用できそうな諺なので、あと少しと思っても気を緩めることなく、百里を行く者は九十を半ばとすを思い出していけば、最後まできちんと終わらせることができると思いました。

Continue reading...

鼻持ちならない

【漢字】鼻持ちならない 【読み】はなもちならない 【意味】我慢できないほど不愉快である。 【例文1】口臭が鼻持ちならない。 【例文2】加齢臭が鼻持ちならない。 【例文3】体臭が鼻持ちならない。 その人の言動について、どうにもがまんできないほど不快だという意味で使われる言葉に、「鼻持ちならない」という表現があります。「鼻持ち」という言葉は、「鼻持ちならない」以外では使われることがありません。「鼻持ちが、ならない」という意味だろうという推測はできても、肝心の「鼻持ち」がわからないのです。 調べてみたら、「鼻持ち」という名詞には「臭いのをがまんする」という意味があるのだとか。つまり、「臭いのをがまんすることに耐えられないほど臭い」のが、「鼻持ちならない」という状態ということなのでしょう。 人間は五感で不快を感じるものですが、特に嗅覚で感じる不快感は、生理的にがまんができないものです。たとえば人から、「見た目が嫌い」とか「声が嫌い」と言われるより、「臭いから嫌い」と言われた方が傷つくに違いありません。 鼻持ちならないという言葉に説得力があるのは、嗅覚は、他の感覚以上に強い生理的嫌悪感を抱かせるものだからなのではないでしょうか。 それで連想するのが「クサい芝居」という表現。「見ていられない芝居」というよりも、「クサい芝居」と言った方が、その嫌悪感がよりダイレクトに伝わってきます。 人間にとっての嗅覚には、そうした特徴があるのでしょう。

Continue reading...

猫ばば

【漢字】猫ばば 【読み】ねこばば 【意味】猫が糞をしたあと砂で隠す様子から、悪事を隠して知らん顔する。他人の物を勝手に拾得する。 【例文1】置いてあったゲーム機を猫ばばした。 【例文2】100円くらいいいだろうと落ちていたお金を猫ばばする。 【例文3】平気な顔して猫ばばする。 猫ばばという言葉は最近めったに聞かなくなりました。 子どもの頃の方がよく使っていたように思います。 「人のものを猫ばばするな」という言葉を耳にしたこともありました。 これに似た言葉で、泥棒猫というのもあります。 どちらも人のものを勝手に盗んで、自分のものにするという意味があります。 泥棒猫はどちらかというと、人に対して使う言葉かもしれません。 どちらも良い意味ではありませんが、猫が例えに使われているところがなんとも分かりやすくて面白いと思います。 しかし、猫好きにとってはあまり喜ばしい言葉ではないのかもしれません。 最近、猫ブームのようで、書店へ行っても猫に関する本を良く見かけるようになりました。 猫も犬も人間の身近にいる動物ですが、ずっと長い歴史があることなどから、それが当り前のように感じてしまいます。 猫の存在は人間を救うこともあります。 それなのに猫ばばといいあまりよろしくない言葉を使われると、猫の方も良い気はしないのではないかと思います。 猫は勝手気ままに生きているイメージがありますが、それが人間にとって羨ましく感じるところなのかもしれません。 身近な動物を使ったことわざなどの言葉は、どれも上手く表現されていてとても面白いと思います。 私は今まで猫ばばの経験は少ないのですが、猫ばばされたケースは多々あります。例えば会社勤めしていて、社用車で通勤していたことがありました。その時家の駐車場に車を置いていると、パソコンと現金4万円位猫ばばされた経験があります。警察には届けを出しました。現金は出てきませんでした。パソコンはケースだけが捨ててありました。こんな猫ばば泥棒は許されません。どういう気持ちで猫ばばしているのか。多分猫ばば泥棒は猫ばばに罪悪感を持っていないのではないでしょうか。何度もこういうことを繰り返して、いつかは捕まると思います。世の中と言うのはそのように出来ているのです。また、自転車を猫ばばされたことがあります。両親に買ってもらった新品の自転車を短時間のうちに猫ばばされてしまいました。両親には叱咤されました。平気で自転車を猫ばばされる奴がいるこんなひどいことをする奴は、同じことを言いますがいつかしっぺ返しがくると思います。世の中には人の物をまるで自分のもののようにして扱う、猫ばばするものがいます。とられた側はどんな気持ちで過ごしているかを考えたらそんな馬鹿なことはできないと思います。もっと日本も治安が良い世の中になってもらいたいと思います。

Continue reading...